第9話 羽津忠虎
勝元と宗全の死期を予想したことは歴史を知っていた私としては何気なく言った一言でしたが、長門殿と丹波殿からすると青天の霹靂だったようです。
京から近いことから騒乱の影響を受けやすい伊賀という地理上無視は出来ない様でした。
「北畠教具が従うように言ってきたわ」
「伊勢守で更に伊勢守護ですからね、大義名分はありますが。長野に単独で勝てないと見えますな」
「そう見るか」
「兵を出すのが面倒だという可能性もあり得ますが、まあ長野が手強いのでしょう。これは好機です、北畠と長野が動けないうちに千種家を叩き潰すべきと具申いたします」
「ふむ、やるか」
「ここらで冒険も必要でしょう。城内の守りは私と私が雇った足軽にお任せ下さい」
「陣触を出せ! 千種を一気に叩き潰してくれるわ」
ふむ、うまくいくかどうかで今後の行く末がきまるか
「ご心配事でも?」
「父上が張り切り過ぎている、狙い撃ちされかねん」
「気を付けておきましょう」
「頼み申しあげる」
この時どこかで予言めいた力が発動していたのかもしれません。1週間前に勇ましく出陣した父上は物言わぬ屍となり敵陣に取り残されてしまいました。
歩きながら長門殿と話します
「長門殿父上は出しすぎたのですか」
「はい、幾度も止めたのですが、今が好機だと譲らず」
「敵の罠に嵌ってしまったと」
「気を付けるように言われていたのに申し訳ございません」
「言い方は悪いが父の失態だ、臣下に罪を押し付けることはせん」
「若」
「それより長門も重傷なのであろう、すぐに戻って休むがいい。用があれば静に申し付ける」
「承知いたしました。それでは失礼します」
なるほど消えているのでは無く死角に移動しているのか。
そして表情の間について襖を開け放ちます。
「徳寿丸よ、大人しく部屋で待って居るが良い」
祖父様の声もどこか力がありません。
「天命在三公、百王流畢竭、猿犬稱英雄、星流飛野外、鐘鼓喧國中、靑丘與赤土、茫茫遂爲空という詩があります今上天皇は百代目ではありませんが、勝元と宗全は犬と猿ですな。このような時に五歳だからと隠れてはいられません」
厚畳に向かいながら
「虎義、千種はこちらに向かってきているのか?」
「は、物見の話によれば休憩を取った後に真直ぐ向かって来ています」
「籠城していては阿倉川を見捨てたと言われるか」
「徳寿丸野戦をしかけるつもりか!」
「むろん、父上の体を返してもらわなければいけませぬ」
祖父様に続いて忠頼叔父が
「ここは阿倉川を渡して和平をする手もあるのではないか」
忠誠叔父上が
「兄上は怖気づいたか! 兄上が死んだ以上羽津の当主は徳寿丸だ。その指示に従えない者はされ!」
叔父上やりすぎーって思いつつ誰も出て行かなかったことに感謝して厚畳に座ります。
「此度の戦には私の足軽衆と火縄を持っていきます阿倉川の北西で戦います」
祖父様が小声で私にささやきます
「負けると逃げれんぞ」
「まあ何とかしますよ」
っと苦笑いを返して
「出陣だ! 祖父様後をお願いします」
「うむ、任されよう」
よし、謙信さんの名言を貰うことにしようかな、とか何故か緊張感が湧かない状態で戦場に向かっていると足軽が話しかけてきました。
「このような面白い事をするのに帰れはひどいのでは」
「長門か、城内の士気を見るにあのまま籠城は無理だったのだ」
「それにしても邪馬台詩などよくご存じで」
「私の前世は意外と役に立つらしいわ」
「それにしても鎧を着ないので?」
「重くて動けん。直垂で十分だ」
「今回も奇策があるので?」
「いや、無い。多分普通にかてるしな」
「相手は八百いますが」
「こちらも六百いる。十分勝てるさ」
合戦予定地の小杉に布陣した所、千種勢も丁度到着したところですが、何か大声で喚いています。
「何と言っているのかさっぱりだ」
「我らでもわかりませんでした」
「さてと」
「若?」
「聞け! 生を必するものは死し、死を必するものは生く、運は天にあり、鎧は胸にあり、手柄は足にあり。何時も敵を我が掌中に入れて合戦すべし。かかれ!」
謙信さん度々すみません。ついでに軍神の加護をお願いします
「お見事です。何時考えられたのですか」
「来るまでの間じゃ、さあ弓から私を守ってくれよ」
「うーん、困った」
「何が出ございますか?」
「旗印が誰のかわからん」
「どの旗印ですか」
「そこのそれじゃ」
「高城殿ですな」
「その右隣りは?」
「弓倉殿です」
「前面の敵が強すぎる。両部隊をいったん下げて、私の足軽で一旦受け止めさせた上で半包囲にする」
「なるほど」
「ほれ伝令はようせい。足軽隊長も速やかに動くがいい三間槍なら受け止めれるだろう」
「はは」
「今考えた策で?」
「戦は今動いているのだ、事前に考えられまいて」
「あの右側はだれじゃ」
「斎木殿ですね」
「今なら押し切れるぞ虎綱に強攻させよ」
「了解」
「押し切れそうにみえませんが」
「私にはわかるのだ、よし半包囲成功じゃ一気に押し込めろ」
「軍神が宿ったかのようじゃな」
「中央押せ千種を一気に討ち取れるぞ」
この攻勢で千種家当主を討ち取ることに成功したので大勝利に終わりました。
「このまま一気に西坂部城を落とすぞ」
「限界では?」
くる来る顔を見回して周囲の状況をみてから
「いや、まだいけるな」
「さようでございますか。そういえば火縄は使いませんでしたな」
「下手に使ってみろ、将軍に献上せよとか言われかねん」
「たしかにそうですが」
「どうしても使わざるを得ない時か、五百挺以上揃った時だな使うのは」
「では西坂部城を落とすぞ」
「ではお先に見てまいります」
「そちも重傷なのだ無理はするなよ」
「承知いたしました」
それから一刻もしないうちに西坂部城につきました。城内から狼煙が上がっていたので見に行かせた所、既に兵達は逃げ去った後でした。城を焼いて逃げていないでよかったです。何しろ父上の遺骸がそこにはあったからです。
「虎義、そろそろ夜になる今夜はここに泊まり守備兵を残し明日羽津に戻る」
「はは」
「虎政、たんまり米があったから兵達にははずんでやれ」
「承知いたしました」
「私は、暫く父上と一緒にいる」
『承知いたしました』
誰も周囲にいなくなったのを見計らったように涙が零れて来ました。
「父上‥‥父上‥‥父上!」
コンコンと部屋が叩かれる音で目が覚めました。どうやら涙が止まらず号泣したままその日は寝てしまったようです。
「誰か」
「小国虎義にございます」
「出立の時間か?」
「いえ、千種家から和平の使者を名乗るものが」
「よし,会おう」
「よろしいので?」
「どの道これ以上進むのは無理ではないが厳しい、両家とも当主を失っているから痛み分けという事なら受けてもいい」
「承知いたしました」
使者を一目見た瞬間に思いました、私はこいつは嫌いだっと。
「ふん、何用か」
「何用も何も和平条件の確認にございます」
「まずは言ってみろ話しくらいは聞いてやる」
私の態度が余りに急変したので家臣たちが慌てているがまあほっとこう
「最初に攻めてきたのは羽津家、それを撃退したのは当家になります。そして追撃した当家を撃退したのは羽津家。ここまではよろしいですね」
家臣たちも頷いている。こんな奴の口舌に引っかかるなと声を大にしていいたい。
「言ってみれば引き分けでございます。そこで開戦前の領土に戻すのが最善だと思われますがいかがですか?」
家臣たちの仲にはなるほどって顔をしている者も何人かいて、首をひねっている者もいる。なんだかな。
「西坂部城の事を意図的に抜いているがその辺はどうなのだ」
「開戦前に戻すので西坂部は当家の物と」
「黙れ! 西坂部を奪い取ったは私。父の遺骸を取り戻したのも私。千種家当主の首を取ったのも当家の者。首を持っているのも当家だ! そちの詐術に等引っかかる訳が無かろう本当に和平をというならばもっとましな人間を寄こせ」
「う、うぐ」
「使者殿がお帰りだ、可及的速やかにお帰りいただけ」
「和平の使者をお返しになりましたがどうなさいますか」
「あれが和平の使者だと、人を馬鹿にしたような奴を寄こして何が和平か! 気が変わった平尾城も落とすぞ」
「落とせましょうや」
「あの猿の言い分だと千種は余程に危ういらしい、平尾あたりまでならいけよう。無理そうなら包囲したことを持って勝ちとして引き上げる」
「はは!」
「朝餉を食べた後に出陣する、父上の遺体は帰りに連れて行くこととする」
「畏まりました」
「じゃあ、朝餉を食べてだな」
朝餉を食べた後に出撃してみると平尾城は思った通りに空城になっていました。
「あれだけ吠えて置けば逃げると思ったが、本当に空にするとはな」
「あれも計算の内だったのですか」
「人の上に立つものはその時その時の感情で物を言ってはいかんということだ」
「平尾城は忠雅叔父に預けたいが」
「承知いたした」
「ついでじゃ、西坂部城は忠誠叔父に、阿倉川城は忠度叔父上に任せる」
「ありがたいが、形だけでも後見がいた方がいいのではないか?」
「祖父様にしてもらうこととする。それと叔父上方に私からの重要な命令を言い渡す」
「は」
「子共を沢山作ることだ」
「は?」
「父上が無念の死を迎えてしまったせいで兄弟がこれ以上増えることがない。故に頼りになる従兄弟が出来るだけ欲しい」
「なるほど」
「冗談ではなく頼みますよ」
それでは父上をお連れして帰還です。
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