第8話 百地丹波

 正月も無事終わり、私も五歳になりました。


 各職業も仕事始めも終わり本格的に仕事が始まります。私は相変わらず母上と善斎御坊から文字の勉強をしているのですが、候とか読める気がしない。


 そして正月気分も終わりというところで私の曽祖父様である、羽津蓮月入道忠邦が流行り病に罹りあっさりと無くなってしまいました。

 享年は六十五歳、この時代で考えれば大往生だとは思うのですが、涙が止まらずぎゃん泣きしてしまいました。

 祖父様が儂の時もあんなに泣いてくれるかのうとか言っていましたが、成長した私は多分泣きません。


 そして長門殿が見たことも無いキラキラと輝きそうな笑顔で私と父上を訪ねてきました。


「長門殿機嫌が良さそうですね」

「ええ、機嫌もよくなりますとも、若から託された石鹸と清酒の売り上げがまさに飛ぶように売れて笑いがとまりませぬ。当初は里の中には商人の真似事などをするのは嫌だと抜かす者もいましたが、今では率先して働いておりますわ」

「して大叔父上よ、ただ自慢しに来たわけではございますまい?」

「そちらでも調べたと思うが赤堀と浜田の後ろには長野がいたようじゃわ」

「当家は長野とは確執は無かったと思いますが」

「大乱で長野は北畠と戦っているからな、大きくなっている羽津に北を突かれぬように窮余の策だったのであろう」

「当家は北畠と敵対しつつ、更に長野とも敵対とは何とも大大名のようですね」

「確かに、所領の大きさを考えなければ大大名のようだな」

「して、長門殿はそんな絶望的な話だけお持ちしたのですか?」

「今年分の上納品を銭が良いということなので銭でおもちしました」

「今年の分は無くてもいいと言ったはずですが」

「稼ぎが予想以上だったもので。更に米転がしがうまくいきもうしました」

「そちらの取り分はすでに抜いてあるのであろう?」

「先に抜かせていただいております」

「では、倉に納めた分の二割を改めて藤林家に下賜することとする。正式に関係を結んだのです、これまで以上に期待させていただきますよ」

「ではまずは最初の仕事といたしましょう」

「百地か服部が動いたので?」

「流石は若、驚かせ甲斐がない」

「では、伊賀の三上忍のうち二家が当家につくのか」

「そうなりますな」

「条件は石鹸と清酒か、藤林とて隣人が貧しい暮らしを送ってる中贅沢はしにくかろう。教えてかままいませんよ。石鹸に香料なんかを入れると良い匂いになるかもしれませんね」

「そういう情報は早めにお願いいたします」

「しかし長門の自信からするとそれなりの銭が手に入れられるようだな。儂はちと見に行く」

「父上、二割は長門殿に渡すのですよ」

「わかっておる」


「火縄はどうか?」

「二十挺といったところですね。ただ火薬が足りませんが」

「硝石か古土法という方法も一応あるが」

「詳しく!」

「う、うむ」


 その頃急ぎ足で倉に入った忠虎は


「我が家の倉にこれほどの銭が積み重なっているとは」


 そのまま銭を眺めていると


「父上いつまでそうしているのですか?」

「おお徳寿か、しかし凄いぞこれは」

「では長門殿約定通りここから二割を下賜しますので、これからもよろしくお願いします」

「ここから銭が消えるのか」

「父上、銭は使って初めて生きるのです。この銭を使って足軽を集めますよ」

「どれくらいの碌をあたえるのですか?」

「腕が立つものは六貫四人扶持とし、素人同然の者は三貫一人扶持とする。後ついでに槍を三間とする」

「まあ扶持については分かったが槍を伸ばすのか?」

「三間程度の長さであれば、上から叩きつけるだけで戦えます」

「本気で天下を狙うのだな」

「私の野望というのもありますが、乱世で苦労するのは主上でも公方でもなく民達です、それを救わなければいけません」

「そこまで思っているならば何も言うまい、そなたが進む道の地ならしくらいはしておいてやろう」

「そのためにも火縄がもっと必要ですね」

「百地にも作らせますか?」

「長門殿は火縄の力をご存知で?」

「試し打ちもしていない者をお渡しできませんので、なるほど情報が漏れるのが怖いということですな」

「火縄をあまり広めたくないのですよね」

「百地は信頼していいでしょう。他の伊賀者は微妙ですが」

「他の伊賀者はだめなのですか?」

「二木家に従っておりますからな」

「では、百地でも作るように依頼してください。出来た火縄は全て購入します」

「承知」


 そう言って長門殿は姿を消しました


「目の前にいたのに消えたのだが」

「忍びとは恐ろしいものですね、曽祖父様が恐れたのも分かります」



 西坂部城は結局千種家が接収した、動員力千人を誇る千種家と今当たるのは難しいので判断は正しかったといえるだろう。

 しかしそれを見た千種家が私達を腰抜けだと笑っているそうです。千種は絶対に滅ぼそうと思いました。

 中野城は中上城の坂家に接収されましたが、正直中上城だけでいっぱいいっぱいなのに中野城取ってどうするつもりなのか見ものです未来人の知識だと蓮如に帰依して歴史から姿を消すはずですが。


 そういえば今年は文明五年でしたね。山名宗全と細川勝元の両名が死ぬ年のはずですが、和平に向かっていた流れが一旦白紙になってしまうのでしたね。まあこちらとしては京の民には可哀そうですがもう少し争っていただいた方が好都合なのですがね。

 外国の学者さんが「無意味な戦争ー勝利も無く、はっきりとした決着すらつかなかった」なんて応仁の乱を評していましたが私はそうは思いません。将軍権力の低下と天皇の権威低下を日本中に知らしめて新しい時代を作るための空気を熟成するための大乱だったのだと思います。

 この大乱を利用して更に所領を広げたいですが、伊勢守護北畠教具の目が怖いので静かにすることとしまう。

 もう少し足軽と火縄が揃えば一気に北伊勢を取りに行ってもいいのですがね、守護大名と真っ向から戦える強さはないですからね。


 と考え事をしながら眠りに付こうとすると、初めて感じる気配を感じて思わず脇差を投げつけてしまいました。唯一の武器を投げてどうするよ私。


「ほう、聞いていたよりも見事な腕前。しかし唯一の武器を手放すのはまずうございますな」

「百地か服部かどっちです。両者じゃないならさっさと首を刎ねるといい」

「藤林の可能性は考えないのですな」

「忍びには独特の気配がある。会ったことのある忍びなら里もわかるというものだ」

「それは、気付きませんでしたな」

「それで何用だ百地丹波殿」

「藤林の身内贔屓かと思っておりましたが、そんなことはないようですな」

「欲しいのは火縄と火薬か? それなら藤林から許可を与えさせたが」

「いえ、我らも直臣にしてほしく」

「よいでしょう」

「あっさりでございますね」

「優秀な人間を自ら捨てる程に愚かではないと思っています」

「徳寿丸様の曽祖父様が泣いておりますぞ」

「曽祖父様はいい意味で凡人だったのだ、そなたらの様な怖い人間を使う器量はなかったのでしょう」

「ご自身にはその器量があると?」

「それを試している最中ですよ」

「何か仕事はございますか」

「藤林家がやっている米転がしが人手が足りないと言っていたが」

「商人の真似事ですな」

「結構な収入になるのですよ、そうだ忘れていた」

「なんでしょう」

「服部も欲しい。その仲介を頼みたいのと、それと」

「それと?」

「宗全と勝元が今年中に死ぬ。その後の経過も知りたいから京をしっかりと見張ってくれ」


「聞き間違えでなければ宗全と勝元が死ぬと?」

「うむ、宗全は三月頃、勝元は五月頃に死ぬはずです。その影響が伊勢と伊賀にどれくらい出てくるのかが知りたいのです」

「承知仕りました」

「服部の件も忘れないで下いね」

「それでは失礼」

 

 相変わらず忍びらしく消えていく姿も見えませんでした


「長門殿」

「儂がいるのがわかっていたのか」

「あのような怖い人と会わせるのに長門殿が来ない訳がありません」

「して何用で」

「丹波殿が私の脇差を持って行ってしまいました。そのまま褒美の先渡しということで下賜しますので鞘を渡して来てください」

「ふはは、丹波も流石に驚きすぎていたようだな。鞘の件は畏まった」


 そして再びいつの間にか消えてるので忍びはこういう物だと納得することにしました。



 徳寿丸の元を下がって里に向かっていた百地丹波は、いい主を持てたかもしれないとほくそ笑んでいたら

 いつの間にか傍を走っている男がいることに気付き忍刀を抜こうとして相手が分かり刀から手を離した。


「何用か長門」

「丹波こそ何時まで若の脇差を持っているのだ」

「何?」

 

 と懐を漁ると徳寿丸の脇差を晒しを巻いた状態で入っていました。


「ふはは、そんなに主を得たことが嬉しいか」

「思った以上に浮かれていたようだ、今更戻るのも恰好つかんの」

「そこでこれじゃ」


 長門から丹波に鞘が渡されました


「若から褒美の先払いだとさ」

「なんともはや、これは気合を入れないといかんな」

「それにしても若と楽しそうな話をしておったの、なんでも今年中に宗全も勝元も死ぬとか」

「聞いておったのか」

「若の口元を読んだだけだ、我らにも一枚かませろ」

「よいのか? 商人の真似事をせんでも」

「そこよ、あまりに儲けるから、皆がそちらを楽しんでな。たまにはきちんとした忍び仕事をやらせたくてな。それに」

「それに、なんだ」

「若の予言を聞いたのは儂らだけなのは僥倖だが、若が他にも漏らすことはありえる。その時に若の威光を損なわないように宗全と勝元を始末せんとな」

「おぉおぉ、藤林家は恐ろしい家よ」


 伊賀を代表する上忍二人がそう話しながら夜の闇の中を里に向けて疾走しながら喋っていました。

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