第7話 兵糧攻め
四百の兵が羽津城を囲んでいる、壮観と言いたいところだけれど四百じゃ少なく見えますね。羽津城は城門が四門あるので包囲するとしたら最大でも百ずつ。赤堀と浜田がそれぞれ本陣を作るはずなので両本陣に五十は詰めているはず。そう考えると門一つにつき五十ほどしかいないのよね。こちらは普通に考えると各城門に二十ずつつめるべきなんだろうけど、それでは面白くないね。
そう考えながらぶつぶつ言っていると
「考えは纏ったのか?」
「もしかして、私待ちでしたか」
「それだけ熱心に考えていると期待はしてしまうわ」
「それでは私の秘策をひとつ。城内の各城門に案山子を立たせて陣傘を被せて数を誤魔化します。各城門の実数は十人とし本丸の守りも空にして六十人の部隊を作ります。そして一気に北門から出て北門を包囲している連中を打ち払った後は西に陣を構えている赤堀勢の本陣を攻撃してからそのまま西門の包囲勢を後背から叩き西門内に入ります」
「危うくないか?」
「四倍の敵を相手にしているのです。こちらも冒険は必要でしょう」
「赤堀は討たなくていいのか?」
「そこまで赤堀陣内に入ってしまうと抜けるのが簡単ではないですから」
「生存を第一にするということか」
「下手に赤堀を討って、家臣たちが頑なになられてもこまりますし」
「では赤堀と浜田がこちらの狙いに気付く前に動き始めねばならん、早速行動に移そう」
「夜襲なので符丁が必要でしょう」
「なんとする?」
「勝ったに対して大勝利。でいきましょう」
そして評定の間に取り残された私は長門殿にひとつお願い事をしました。
「長門殿には別にお願いがあるのですが」
長門殿がにやりと笑い
「何を頼むかはわかった。報酬は赤堀と浜田の米でよかろう」
「よろしくお願いします」
やるべきことはやったので城壁から様子を伺おうとしていた所を母上に捕まってしまいました。
「徳寿丸、どこにいこうとしているのですか?」
「ちょーっと、城壁の方に」
「駄目に決まっています。徳寿丸は母と姉妹たちと部屋に残るのです」
「はい、わかりました」
「まったく、文字の勉強でもしますよ」
「はい」
夜も遅くなった刻限に羽津勢が動きます。
「忠誠よ指揮はまかせたぞ」
「了解です。勝ち戦にして徳寿丸に箔をつけてあげましょう」
そう言って叔父の一人である羽津忠誠は門を開けさせ一気に飛び出していきました。
「敵の首は捨ておけ! 一気に駆けるぞ」
北門包囲部隊は数でも士気でも負けていた為、あっさり壊走しました。
「なるほどな四百の敵と思うから厳しく思うのか。続けて赤堀の本陣に向かうぞ!」
突撃部隊はそのままの勢いで赤堀の本隊にたどり着きましたが激しい抵抗に遭い、早々に切り上げて西門包囲軍の背後を突き散々に暴れ西門から帰城しました。
首を取らなかったこともあり敵の赤堀勢の被害ははっきりとは分かりませんが、長門殿の報告だと百以上の死傷者と五十人以上の逃亡者をだしたようです。
その翌日もちょこんと評定の間に座っていました。
「中々の大勝利でしたな」
「この分だとご当主様が戻らなくても勝てそうですな」
と軽く調子に乗っていたので水を被せるとする。
「まだ戦力は向こうの方が倍以上います。くれぐれも油断なきよう」
「徳寿丸の言う通りよ、むしろここからが本番と心得よ」
そこに長門殿がやってきました。
「長門呼んでいないぞ」
「若から依頼を受けていまして」
「そうなのか徳寿丸」
「事前に説明しなかったのは申し訳ございません、それで長門殿戦果は」
「赤堀勢の兵糧は殆ど奪い取ることに成功した。浜田勢の兵糧も半分以上奪い残りは焼いてやったわ」
「ふふ、これで兵糧攻めに入れますね」
「何ということをやらせていたのか。しかしそれなら直ぐにでも敵は引くのではないのではないか」
「普通の将ならそうするでしょうね。長門殿、赤堀と浜田は引きそうでしたか?」
「いや、あれは引かんな。むしろ後に引けないといった感じだな」
「後ろに何者かがいてせっつかれているのでしょうか」
「その辺を調べてみるとしよう」
「こちらから打って出るか?」
「時間はこちらの武器です。敵の戦力再配置が終わるまではのんびり眺めていましょう」
そう言って評定の間を出た私は城壁から敵軍の動きを見ようと城壁に向かった所で母上により捕獲されました。
「何故母上は私の居場所が分かるのでしょうか」
「心強い仲間が私にもいるのですよ」
母上が視線を向けた先には静がいました。まさか伊賀者に裏切られるとは
静は申し訳なさそうに頭を下げました。
その後しばらくの間は赤堀と浜田による攻勢が続いたのですが、半月も立たないうちに攻勢が弱くなってきました。
「攻勢が弱くなってきましたね」
「昨日敵の臓腑を切ってみたら碌に食べ物をとっていないようでした」
「赤堀と浜田に従う兵には可哀そうですが、逆兵糧攻め成功ですね」
それと、と長門殿が一息いれてから
「忠虎殿達が戻ってきたようです」
「阿倉川城は落としたのでしょうか」
「はい、落としております」
「では評定の間に行きます」
評定の間にいくと流石に疲れかが酷いみたいで皆酷い顔をしていました。
私が評定の間に入ると曽祖父様が疲れた表情で私に問いかけます。
「徳寿丸か何かあったのか」
「父上達が阿倉川城を落とし戻ってきました」
「誠か!」
「はい、外の父上達と間を合わせて城内からも打って出ましょう」
「徳寿丸の策を採用する、合図があるかもしれないからしっかりと確認しておくように」
その後は長門殿が連絡役となり、赤堀と浜田に対して夜襲で挟み撃ちにしました。まさに川越夜戦を思わせるような圧倒的な勝利ぶりで赤堀家と浜田家の当主を始め重臣達も討ち取ることに成功しました。
私は母上に抱きかかえられて身動きも出来ずに寝ていたので戦の詳細は長門殿や父上達から聞きました。
翌日戦勝ムードも抜けきっていない状態の評定の間にいつものように思いっきり力を入れて襖を開けて入りました。ちなみに襖は少ししか開きませんでした。そこを小国虎義がそっと開いてくれました。
「父上今こそ好機、浜田と赤堀に攻め入って叔父上達を養子として送り込む時です!」
「確かに好機ではあるが、兵糧に心配がある」
「藤林家が赤堀と浜田から大量に奪っています。それを購入して他家に介入される前に急ぎ攻め込みましょう」
「確かに他家に口を出されるのは面白くはないか」
「赤堀も浜田も一族です。滅ぼすのではなく養子ということなら抵抗は少ないのではないかと」
「そうだな。それでいこう忠頼と忠季は覚悟をしておくのだ」
「招致仕りました」
「赤堀忠頼か浜田忠頼か悪く無いな」
「では、守りは任せたぞ徳寿よ」
「はい、お気をつけて」
それから通日たち朝倉家の援軍を得た上で父上達は出陣していきました。
「ご心配ですか?」
「いや、戦にはなるまい」
「赤堀も浜田もあっさりと降ると?」
「当主も主力も討ち取られて、一族から養嗣子を迎えるという話ですからね。断る理由が弱いのですよ」
「討ったのは当家ですが?」
「そんなことを気にしていては他の家に乗っ取られるだけですよ。今は乱世なのです」
長門殿と話をした数週間後赤堀城と浜田城両城とも降伏をして叔父である羽津忠頼と羽津忠季が養子に入ることで話が纏りました。議題にあがっているのが西坂部城と中野城です。元々赤堀家の城であったため接収すべきという意見と現状これ以上の拡張政策をを行るのは周囲に敵を作りすぎて危険だという意見です。
正直拡張出来る時にやっておくといいですが、赤堀家が実質滅んだ現状で西坂部城や中野城に手を出すのは当家の国力では厳しく思います。
父上もそれは分かっているようですが、家臣たちがイケイケになってしまっているのが手に負えないですね。
面倒ごとは避けようと評定の間に背中を向けて歩き出したら首元を掴まれた上で評定の間の端に座らされました。
長門めいつか痛い目に遭わせてやる。
「おお、徳寿丸や。そなたはどう思うか」
まあこうなると仕方がないので
「皆さんの声に覇気はあるのですが表情に覇気がありません。この状況で戦っても勝ち目はあるのでしょうか。もともと当家の土地ではないのです、家臣たちに無理をさせてまで取りに行くべき場所ではございません。故に今年の戦はもう終わらせ来年の準備をするのがいいかと思います」
「来年から使う備中鍬の準備もあることだし今年は戦仕舞いとするか」
「正月支度もあるでしょうし、年末年始はのんびりしましょう」
ということで今年の戦は終わりということになりました。
「よろしかったので? 西坂部城は中々に美味しいですが」
「それを守り切る力が無いのですから、しょうがありません。 それに」
長門殿が不思議そうな顔をして
「必要になったら取りに行けばいいだけです」
「ふはは、乱世らしい考え方よ」
「現在の石高は朝倉、赤堀、浜田を入れても六千五百程度ですからね、もう少し力がほしいですね」
「どう力を手にいれるのだ?」
「それが藤林家に任せている銭のちからです。銭で米を買い買った米で酒を造り、銭で兵を雇い戦い、銭を使い火縄を集めて、銭を使い朝廷を動かすのです」
「幕府が頼りにならないからな」
「頼りになったら勢力の拡張なんてできないので逆にこまります」
「なるほど、それで朝廷か」
「まあそこそこに役に立ち、そこまでは邪魔をしないという存在ですからね伊勢守を北畠から奪いたいものです」
「中々難しそうだが」
「今は夢物語です、だから少しずつ献金は進めて行きます」
冬は戦をしないこととし、来年の田植えに力を入れ新領地の農民達からの忠誠を手に入れたいものです。
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