第3話 藤林忠保
脇差を手に取らなかった理由は長門殿だと気付いたというのもあるが、深夜の為全く何も見えなかったということに加え声が四方八方からするので脇差を取ったところで無駄だと思ったからだった。
「声が四方から聞こえます。これが忍術ですか?」
「なんの、この程度は子供の遊びのようなものですよ」
「宿直の者はどうなっておりますか」
「眠ってもらっております」
「起きる眠りですか?」
「それは勿論。朝になる前にはおきましょう」
なるほど忍びはこれほどまでに恐ろしい存在か。曽祖父が忍びを拒絶した理由は下賤な者だからではなく忍びに対する恐怖心が大きいのかもしれないな。
「それで、お呼びと聞いてまいりましたが」
いや、速すぎです。
「今日呼んでくれるように頼んで、その日のうちに来るとは思ってもみなかったですね」
直線距離で60kmはあったと思うのだが
「忍びにとってこの程度の距離は近いうちですな」
「なるほど曽祖父が恐れるのもわかるわ」
「恐れた、ですか?」
「曽祖父は狭量な人物ではない。その曽祖父が拒絶したのは余程忍び衆が恐ろしかったからだろうよ」
未だに何処向いて喋ればいいのかわからないので、私も結構怖がっていたりする。
「羽津如き小勢力に藤林衆という力は手に余ったのですよ、それほどの力を得ると周辺の豪族がどう動くかわからないですしね」
「羽津家と縁が切れた理由に関しては納得がいきましたが、それなら何故儂を呼んだので?」
「長門殿は胡蝶の夢はご存知か?」
「徳寿丸殿が胡蝶の夢を見たという話は聞き申しましたな」
「御坊から、現実が夢なのか。しかし、そんなことはどちらでもよいことだ、今を精いっぱい出来ることが大切ということだなと言われましてね」
長門殿はふむと頷き先を促してきました
「精一杯生きることにしました」
「うん? それだけか」
「それ以上に大切な事があるので?」
「なるほど、確かに精いっぱい生きるのは大切だが、それと我らと何の関わりがあるのか?」
「大乱が起きているのが現状です。これ以後も乱の影響が続いていき室町では治めることは不可能でしょう」
「それは未来人の知識か?」
「未来人の知識ではありますが、室町のこれまでを見て見れば戦乱の原因になりこそすれ。戦乱を治めるなど不可能でしょう、室町はいつも無為成敗で終わらせる為に乱の根本を解決できていません。関東を見ればよくわかるでしょう。それにそもそも室町は鄙に対して無為成敗で済ませることが多いのですよ。それだと結局問題は解決しません」
「確かに関東は今もひどい状況らしいな」
「それは室町という統治機構が最初から矛盾だらけで始まっているからです。それを正そうとした義教はかなり強引な手法を使った結果、赤松に殺されていますし」
「それは分かったが、我らと関りがなさそうなようだが」
「そのような事はございません。藤林と結ばなければ何も出来ないのですよ」
その言葉に長門殿から少し嬉しそうな雰囲気が漂ってきました
「詳しく聞こうじゃないか」
ようやく本気で私の話を聞く気になってくれたようです。
「当家や御坊でも多少の情報は入って来るでしょうが限界があります。忍びの情報網には勝てません。故に情報を多く仕入れてもらいたいですね」
「誰かを暗殺したりと言ったことは望まぬのか」
「邪魔な相手を暗殺すれば確かに楽なのかもしれません。しかし暗殺をする人間はそれが癖になります。そしてそういう人物に家臣も敵もついてきてくれません」
「なるほど暗殺することを忌避するのは良いことだ、ただ暗殺に対する警戒は厳重にするべきだな」
「藤林衆には情報収集と私の影護衛をお願いしたいと思います」
「対価は何か」
「当家の大きさでは所領を与えることはできません。故にこれらの知識と販売益の一部でお願いします」
そう言って私は畳の下に隠していた書付を長門殿に手伝ってもらいながら取り出しそれを長門殿に渡した。
一つ、石鹸の作り方と使い方とお勧めの売り先(上位の公家や大大名)
二つ、椎茸の栽培方法
三つ 清酒の簡単な作り方
四つ 火薬の作り方(硝石丘法という人畜屎尿を屋外で積み上げ 1~3 年を経過させた土を使うの土から硝石作る方法)を伝授する
五つ、火縄銃という新兵器の設計図を渡すので開発と生産を行う、生産量に応じて代価を払う事する、
但し一つから三つの販売益の内、羽津家の取り分を七とし藤林家を三とする。羽津家は取り分七の内三を藤林衆への扶持とする。
渡した紙を見ながら、わなわなと震えている長門殿にこちらから話しかけました。
「その条件はあくまで草案です、不満があるなら聞きますが」
長門殿は少し考えた後に
「いえ、不満は無いのですが取り分をややこしくしたのはなんででしょう」
「藤林衆いや藤林家は当家の家臣です。碌を払っているという体がいるのですよ」
「どれほど売れると思われているのか」
「それは長門殿次第じゃな」
「我らを家臣とすると」
「当分は隠しますがな」
「家臣か」
「最初の売り上げが上がるまではゆっくり考えられるといい」
「考えている程の数字が出なかったらどうする?」
「ははは、教えた知識は取り返すのは不可能ですね。まあこれまでの無礼にたいする詫びだったと思って貰ってかまわないですよ。但し」
「なんでござろうか」
「火薬と火縄はこれからの戦を変える、当家に独占的に扱わせて欲しいですな」
「了解した。ではこれにて失礼しようと思うが、来た次いでだ何か調べて欲しい物があれば調べるが」
「それでは四十八家の内情と神戸家について何の情報でもいいので欲しいですね」
「承知した。それでは夜分失礼した」
いない。襖が開いた音すらしなかったがどうやっていなくなったのか。この力が敵に回ったらと思うと恐怖を覚える、曽祖父の気持ちがよくわかります。
その頃藤林長門守忠保は伊賀への帰路、先ほどの会談を考えていた。
弟の善斎が会えというから早々に会いに行ってみたら、思っていた以上の才気に溢れた幼子だった。
自分が密かに潜入しても慌てずにまずは脇差に手を伸ばそうとして、それが無駄だとわかるや開き直ってこちらと対峙してきた。正直この時点で羽津家との関係を戻してもいいかと思っていたが、その程度では済まないだけの利益をもたらしてくれそうだ、これが上手くいけば里の者達の暮らしを良くしてやれるだろう。あそこまで自信を持って渡してきたのだ。それなりの成算があると思える。
そして最後にあった新兵器の絵図、あれだけ細かく指定があれば試作品もすぐに作れるかもしれない。
問題は百地と服部か、我らだけが豊かになれば面白くないだろうな。若が許せば両家とも巻き込み若の影として新しい世の中を共に見るのも悪くはないな。
「だが若よ、そちは未だに小領主の嫡男でしかない。これから先が長いぞ」
軽く笑いながら里に向けて全速力で帰還していきました。そして夜が明ける前に里へと帰りついていました。
「里長」
「俊胤か」
「羽津の若殿はどうでしたか」
「喜べ、宝石の原石だ」
それに対し阿部俊胤はほおっと軽く返答をした。
「それを善斎が全力で磨く。さぞ高級な宝石に育つことだろうよ」
「それでは羽津に従うので?」
「若殿から色んな案を貰ってな、実践してみて結果が出たら考えてくれだとよ。提案を検証する故、組頭を集めよ」
「承知いたしました」
伊賀藤林の里で会議が行われていた頃、徳寿丸も目を覚ましました。
流石にこの子供の体でこの睡眠時間は辛い、もしかして長門と話す時は常に深夜になるんだろうか、幼児にはちょっときついんだがなー。それと常に喉元に刃を突き付けられているようで実は凄い怖かった。父上に相談して今後は昼に来てもらうようにおねがいしよう。
「父上、母上、おはようございます」
「うむ、おはよう」
「おはようございます徳寿。なんだか眠そうですね」
「そのことで後程父上にご相談があります」
「分かった。じゃあ食べるとしよう」
「いただきます」
「徳寿、いただきますとはなんですか?」
「つい癖で出てしまいました。未来人がご飯を食べる前に言う言葉です」
「どういう意味なのか」
「神への感謝や調理者への感謝や食材への感謝と色々説がありますが定説はないようです」
「じゃあ儂が言い始めれば、儂が作ったということになるのか」
「そこは徳寿じゃないのですか」
「徳寿は大を成す者だ、このようなことくらい儂によこせ」
「では当家ではそうすると父上がきめたということにしましょうか」
「いいのですか徳寿?」
「かまいませんよ、父上には私が原因で苦労をたっぷり背負っていただく予定なので、これくらいは」
「そ、それはどういうことだ徳寿丸」
「今日もご飯が美味しいですね」
「おい徳寿」
家族での団欒を終えて父上と共に執務室に入りました。祖父様と曽祖父様に小国虎義と佐藤虎政がすでに執務に取り掛かっていましたので、そこに早速爆弾を落としてみました。
「曾祖叔父である藤林長門守忠保殿が会いに来ました」
その場にいる全員が口をぽかーんと開けて止まってしまいました。
「長門がきたのか!」
やはり一番に反応をしたのは曽祖父で長門殿の兄でもある蓮月入道でした。
「はい、しかし夜半の訪問は子供にはよくないので、今後は昼に会いに来てほしいですね」
「ちょっと待て、次に会いに来ることがあるということか?」
「ええ、四十八家と神戸家に関する情報を集めてもらうようにお願いしました」
自業自得とはいえ事前説明も無しに色々決めてしまったのでその説明に時間を取られることになってしまいました。
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