第2話 開源寺善斎

 開源寺に向かう間も現状の認識を改めて考える。

 

 現在は文明四年(1472年)私がいるのは伊勢の国の北部で未来で言うところの四日市市にあたる。ちなみに先日倒した大矢知家も同じく四日市市の豪族に当たる。

 

 未来の四日市市と桑名市周辺に割拠した豪族達を称して北勢四十八家(実は五十三家)になる。伊勢国南部には二十万石程を治める北畠家がおり中伊勢には長野工藤氏がいて、我らと同じく北伊勢には神戸氏がいる、さらに現在の状況としては応仁・文明の乱が起こっている最中であり。その煽りを受けて全国に戦乱が広がりつつある。大矢知家も不仲なのもあったが戦乱の空気に当てられたのかもしれないな、


 国内を発展させるためには富国強兵が基本だが、そのために殖産興業を進める必要があるか。


 石鹸については苛性ソーダの作り方がわからないので木灰を使った方法で作ってみるか、日本に石鹸が入ってくるのは戦国時代末期なので十分売れるだろう。

 椎茸に関しては種駒の作り方がわからないから、源兵衛翁がはじめたクヌギに傷をつけて自然に椎茸の胞子が付着するのを待つか。

 清酒はまあすぐに結果がだせるか。贈答用の箱を作るために工芸品を作る職人を育成するのもいいかな。

 問題はやってることは簡単なので技術がすぐに盗まれそうなことだ。


 強兵に関しては優れた指南役が欲しいな、まだ若いが愛洲移香斎を招くのはどうだろうかな、槍は三間でやっていこう。火縄はどうしたものか、いずれはやって来るもんだし作ってしまうのも有りだが。


「若、若!」

 

 声に反応して思考をとぎれさせた。


「もう開源寺についておりますぞ」

「おお、そうじゃったかご苦労。では参るとしよう」

「先触れを出しておりませんが大丈夫でしょうか」

「坊主など役にも立たん念仏を唱えているだけではないか、問題ないわ」


 私がそう軽口を叩くと


「そんな訳ないだろう!」


 会いに来たその人。開源寺善斎が私を出迎えていた。


「これは御坊様お久しゅうございます」

「ははは、何事も無く挨拶しよるか、まあいい中に入りなさい」


 中に入ると開源寺は相応に草臥れているのがよくわかります。


「御坊、開源寺は草臥れているの」

「本家がもう少ししっかりしてくれればいいのだがな。まあ大矢知を取ったのは驚いたが」

「誰が作戦を考えたと思いますか?」

「徳寿であろう、あまり威張ると後で痛い目にあうぞ」

「それらも合わせて御坊にはご相談があります」

 

 拙僧も聞きたいことがあると言いつつ、鋭い目で私を見つめていました。


「まずは聞かせてもらおう、そなた何者なのだ?」


 御坊から殺気に似た鋭い空気が私を押し包みます。


「さて、私もそれを分からなくて御坊に相談にきたのです」


 御坊はひとつ頷いて話の先を勧めさせます。


「以前頭をぶつけたのですが、その折に違う人物の記憶が流れこんできました」

「口調が違うのはそのためか」

「以前の記憶も一応残ってはいるのですが、精神的には違う人物の方に引っ張られているようです」

「つまり?」

「今の私は徳寿丸で合っているのかと疑問になりまして」


 御坊はぶむと顎先を触りながら少し思考した後に


「それは問題あるまい。ここまで反応等をみてきたが知識は兎も角、徳寿丸に相違はないだろう。それに命の危機に遭い性格が変わることはあるらしいしな」


 私が頷いて考えていると


「それに大方殿が胡蝶の夢の話をしたというではないか、ようは夢が現実か、現実が夢なのか。しかし、そんなことはどちらでもよいことだ、今を精いっぱい出来ることが大切ということだな」

「では私は徳寿丸として精いっぱい生きればいいということですね」

「何かやりたいことがあるのか?」


 善斎御坊の言葉を聞いて目を瞑り改めて考えてみます。


「私の目的は乱世を終わらせることにします。というより本格的な戦国の世になる前に日本を統一します」


 善斎御坊は少し考えた後に


「乱世というのは今の大乱か?」

「今の大乱は始まりに過ぎません。今後将軍権力は低下の一途をたどり、遂には右京兆に追放されるという始末」


 善斎御坊は驚いたように目を見開きました

 

「その後は更に低下した将軍権力では全国を制御できず戦乱の世になります」

「細川右京兆が将軍を追放するのか、それは今の将軍か?」

「十代将軍で細川は勝元の子である政元ですね」

「細川右京兆が将軍を追放するなど世も末だな」

「そこからは乱世に一直線ですね。乱世になると一番不幸になるのは庶民です、私は彼らを助けたい」

「故に天下を取るのか、大人しくこのまま死のうかと思っていたが滾ってきたな」

「もちろん御坊にも働いてもらいますよ」

「すでに棺桶に片足を突っ込んでる儂にも働かせるか」

「人が足りていないのですよ、所領が倍近くなりましたからね」


 これで開源寺善斎御坊を味方に付けることが出来たと考えていいだろう。文に秀でている御坊には内政と外政を任せるとしたい。


「早速ですが茂福城の朝倉の大叔父を味方に付けてほしい」

「朝倉幽玄忠盛か、一応聞くが何故幽玄だ」

「一門であるのは勿論ですが羽津と大矢知の間にいますので敵でいられると困ります」

「ちゃんと戦略を練っているのならよかろう。幽玄には儂から話を通しておく。必ずや羽津に参るようにしておこう」

「これは頼もしい、私では大叔父と連絡を取っても取り合ってもらえない可能性があったので」

「ふむ。そなたは本当にただの庶民だったのか?」

「一応歴史は好きだったみたいですが、素人程度ですよ」

「本当にそうなのかの。まあいい他の用はなんじゃ」

「他に用があったのがわかりますか」

「ふん、顔を見ればわかるわ」

「では改めて我が領内の若者への教育をお願いしたいのです。特に重臣の子弟を中心にお願いします」

「人を育てるか、本格的に天下を狙う気らしいな。特にと言うことは他にも育てるのか?」

「庶民の中にも原石が眠っている可能性はありますゆえ」

 

 善斎御坊は少し考えた後に


「それは儂の方で探してみるとしよう。身分は問わぬということでいいのか?」

 

 私は一つ頷いて


「勿論私も鍛えていただきたい」


 善斎御坊は少し驚いた表情を浮かべた後に


「ふはは、よかろう厳しく仕込んでくれるわ」

「よろしくお願いします。それと藤林の曾祖叔父と和解をしたいのですが」


 それを聞き善斎御坊は難しそうな顔を浮かべた。


「やはり難しいですか?」


 善斎御坊はやはり難しそうな顔をして


「徳寿丸は何故藤林と不仲になったか知っておるか?」

「確か藤林家が家人に士分を求めて、曽祖父が拒否したのでしたっけ」


 藤林家は伊賀の三上忍の一家として力を持っている家ですが、所詮は忍びと考えて曽祖父が藤林家に養子に行った曾祖叔父が家臣を武士の身分を欲しがったのを拒否したのが不仲の始まりです。


「それだけではなく中々拗れておるわ」

「とおっしゃりますと」

「一門であることを良いことに無料で仕事をさせたりしていたな。何度か止めてはいたのだが」


 思わず顔を上げてしまい、おでこに手をあててしまいました。


「それでも藤林は必須です。私と話せるように取り計らっていただきたい」

「まあ連絡はしてみよう」

「最後に兵法家を招きたいのですが」


 善斎御坊はあごもとに手をやり


「未来知識で思い当たる人物はいるのか?」

「まだ若いですが、後に独自流派を立てる愛洲移香斎久忠という人物がいいかと思います」

「どこの在住か」

「伊勢の出生ということは分かるのですが、現在の在住まではわかりません」


 善斎御坊はふむと一つ声を出して


「それだけ分かれば探せよう。取り敢えず本日は以上か?」

「はい、色々頼みごとをして申し訳ございませんが、よろしくお願いします」

「うむ、まあ任せよ、そろそろ日も落ちる時間だ。母御も心配してしているだろうから疾く戻るといい」

「はい、それではまた近いうちに」

「厳しく扱いてやるわ」



 善斎御坊の元を辞した後も考え事は尽きない、取り敢えず朝倉の大叔父はどうにかなりそうだが、藤林の曾祖叔父は頑なになっている可能性が高い。それを何とか解きほぐしていくしかないが、そうなるとそれなりに利益を与える必要があるだろう。

 となるとかねてから考えていた石鹸等の産業を藤林家に譲るか、羽津でやってたらどのみち産業スパイを送られて簡単に秘密がもれるだろうしね。


 考え事をしていたら、あっという間に羽津城に到着。


「若、考え事をしていると馬から落ちますよ」

「この馬は頭がいい子だから大丈夫です、多分」


 馬の口取に少し怒られた後は本日の成果を父上に告げに行くために父上の部屋に挨拶をしてはいります。


 部屋に入るや否や父上が声を掛けてきます


「徳寿よ何か収穫があったのか」

「そう見えますか」

「顔にそう書いてあるわ」



「まずは、茂福城の朝倉の大叔父を味方に付けれそうです」

「なんと! 茂福の幽玄殿を味方につけれるのか」

「善斎御坊のお墨付きです」


 驚きから立ち直った父上が


「これは大きいな、これで大矢知と羽津を遮るものがいなくなるな」

「前回の戦いでも大矢知勢を領内に入れないでくれたお陰で有利な地形で戦えましたね。他にも細々と相談はしたのですが。藤林家との交渉の機会を貰えました」

「藤林か、藤林は難しいぞ」

「何とかやって見せますよ」


 

 その夜寝ていると急に虫の鳴き声が途絶えた。私は脇差を取ろうとしたがやめて。


「よく来てくれた」

 

 かすかに動く音が聞こえたと思ったら


「よくお気づきで」

「虫の音が消えたのでね」

「それは不覚であったわ」

「それよりもよくぞ来てくれた、藤林長門殿」



 闇夜の中、伊賀三上忍にして曾祖叔父藤林長門守忠保との対談が始まりました。

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