第13話 魔物の少女とマジスタの姉弟
イアンの部隊が襲撃地点へと到着した時にはすでに手遅れだった。
あたりは血の海、肉片や防具の破片が散乱していた。
「なんと惨いことを…、あれが話しに出ていた怪物か」
剣を抜くイアンと部下たち。
そこへ男の声が響きわたる。
「待っていたぞヴォルフ!」
イアンたちが声のした上空を見上げると、空飛ぶ魔物に乗ったスタイセンとザギがイアンたちを見下ろしながら、嘲笑を浮かべていた。
「スタイセン!?、なぜ貴様がここに!?」
スタイセンをみて驚くイアンだったが、心当たりに気付き、
「そうか、ザギ、お前の魔法だな!?」
「フッフッフ、お察しのとおり、わたしの魔法で背後を取らせていただきました、そしてヴォルフ将軍、貴方たちにはここで消えていただきますよ」
そう言うとザギは手のひらをイアンたちに向け、呪文を唱えだす。
「まずい!、アレはあの時使おうとした魔法か!?、総員固まらずに散開しろーっ!!」
イアンの掛け声で兵士たちは散り散りに退避しだす。
そしてそれを見計らったように地上の魔物たちが兵士たちに襲い掛かった。
「うわーーっ!化け物がーっ!」
「たすけてーーっ!」
逃げようとする者、応戦しようとする者、どんな行動を選んでも彼らの末路はひとつ、「死」のみだった。
逃げようとすればすぐに追いつかれ体を引き裂かれ、戦おうと剣を振るえば硬い皮膚に弾かれた後大きな拳で叩き潰され、兵士の数は徐々に減っていった。
そんな中でも諦めずに魔物に立ち向かうイアン。
「なんて硬さだ!、剣が通らないとは!、このままでは部隊は全滅だ、生き残っている者だけでも逃がさないと!」
人間相手ならば一騎当千のイアンですら手こずる魔物の屈強さ。
「クッ、こうなれば」
イアンは、剣が効かない巨人型の魔物に対し、相手が攻撃のため前のめりになった瞬間を狙い、剣先を魔物の首めがけて突き立てた。
「グオォォォォーーッ!」
魔物は刺された首を押さえながらもがき、地面へと倒れ込んだ。
イアンはさらに追撃をかけ、うずくまる魔物の首めがけて剣を振り下ろした。
「やはり弱点さえ見極めれば、勝てない相手ではないようだな、…だがこの数を相手にするのは分が悪すぎる、ここはやはり…、総員!何が何でもこの場から撤退しろっ!」
イアンの大きな声にも、すでに反応する者はひとりも居なかった。
そう、もうこの時点でイアンの部隊はイアン一人になっていたのだった。
「クッ、皆すまない」
標的を失った魔物たちは、最後の生き残りであるイアンに狙いを定めはじめる。
「ヴォルフよ、あとはお前だけだぞ?、ここで命乞いをして、俺に忠誠を誓うなら、助けてやってもいいぞ?、…だが拒絶すればお前はここで終わりだ」
スタイセンがイアンを見下し、勝ち誇ったように提案するが、
「誰が貴様に従うものか!、俺が忠誠を尽くすのはセルジオ陛下お一人だけだ!」
剣先を上空のスタイセンに向け、言い放つイアン。
「ならばここで死ぬがいい、あとでお前の家族も送ってやるから安心して逝くがいい!、やれ!ザギ」
スタイセンの命を受けたザギ、既に呪文詠唱は終わっており、手のひらから魔球を発生させ待機していた彼は、イアンに狙いを定め、
「それではさようなら、ヴォルフ将軍」
放たれる魔球、イアンはその場から走り出し回避しようとするが、魔球はイアンの背後で地面に衝突し、その瞬間大きな爆発を起こした。
直撃は避けられたイアンだったが、爆風で吹き飛ばされ、飛び散る土砂が彼の体に容赦なく傷を付けていった。
「グハッ、脚をやられたか…」
地面に叩きつけられ、左の下腿が折れてしまうイアン。
「万事休すか、せめて一矢報いたかったが…」
イアンはその時、死を覚悟した。
「フフン、これで終わりですよヴォルフ将軍、その男をバラバラにしてしまいなさい!」
ザギの命令で数体の魔物がイアンを取り囲んだ。
その時だった、一陣の風がイアンを囲む魔物の間を通り過ぎたかと思うと、魔物たちは体をいくつにも分断され、地面へと崩れ落ちていった。
そして、イアン、スタイセン、ザギの3人が気付いた時には彼はそこにいた、イアンを庇うように立ち、上空のスタイセンを睨みつける瞳、両手にそれぞれ短剣を握るクロノが。
「まだ懲りていないようだな?スタイセン!」
そう言いながら右手の剣をスタイセンに向けるクロノ。
「グッ、また貴様か!?、邪魔ばかりしよって!」
スタイセンは怒り半分、怯え半分といった感じの表情でクロノを睨む。
その間にも、ザギが再び詠唱を始めていた。
クロノはイアンの状態をみて、
「脚をやられてるのか?」
どうする?、彼を運んであの魔法を回避するのは厄介だ。
クロノは近くの地面が大きく抉られているのをみて、
「あれがヤツの魔法の威力か…、受け止めるにしても無事ではすまないだろうな、…ん?、やっと来たか」
クロノは自分が来た方向に目をやった。
「さあ今度こそ終わりです!」
魔法の詠唱が終わり、魔球をクロノとイアンのほうへ向けて構えた直後、1本の矢が上空のザギの右肩を捉えた。
「ギャーーッ!、一体なんです!?」
矢が飛んできた方向をみるザギとスタイセン。
「クッ、あの女もいたのか!?、こうなったらみんなまとめて魔物の餌にしてくれる!」
「クロノッ!、無事かっ!?」
弓を持ったデイジーを先頭に、第三騎士団がなだれ込んできた。
「油断するなっ!、ヤツらは一筋縄ではいかないぞっ!」
魔物の強さが人間以上であることを感じ取っていたクロノが、デイジーに向かって叫んだ。
それに続けてイアンも叫ぶ。
「弱点を狙えっ!、闇雲に攻撃しても武器が通らないぞっ!」
「そうか、弱点か…、1体ずつ確実に仕留めるぞ!、槍兵と弓兵はヤツの頭部を狙え!」
そう言うとデイジーは弓を捨て剣を抜き、一番近くにいる正面の魔物にそれを向けた。
それを合図に槍兵は槍を投げ、弓兵が矢を放った。
それらは標的の巨人型の魔物の顔面に降り注ぎ、その攻撃に気を取られている魔物めがけ、デイジーが馬から飛び上がり、剣で魔物の首を一閃。
頭部が転げ落ち、それを追うように胴体も地面へと崩れ落ちる。
「このグズどもが!、単独で動くな!数で押せ!、7号、お前はあの男を狙え!」
スタイセンはイラつきながらも魔物たちに指示を出す。
「絶対に連携を乱すなっ!」
対して、デイジーも騎士団に指示を出すと、それはひとつの生き物のように移動し、魔物の群れとの距離を取った。
「相手も連携を取るようになっては分が悪すぎる、ここはザイード殿が来るまで距離を取りながら時間を稼ぐか…」
デイジーは頭の中で戦術を組み立てていき、
「上空の敵は弓でけん制!、地上の敵はつかず離れず一定の距離を維持!」
指示を出した。
一方、スタイセンの命令で7号と呼ばれた魔物の少女は、クロノに襲い掛かっていた。
両手の長く鋭い爪を振るいながら、クロノに連続攻撃を仕掛ける。
クロノはそれを容易く躱しながら、目の前の少女を観察し、考えていた。
「コイツは人間なのか?、見た目は獣人だが、ほかのヤツらとは雰囲気が違う…、だが攻撃してくるなら倒すまでだ!」
クロノは少女の攻撃の合間を縫って、彼女を蹴り飛ばした。
吹き飛んだ少女は地面に尻餅を着き、クロノはすぐさま追撃、剣で少女の首に狙いを定め剣を振るった。
だが、刃が当たる瞬間クロノは気付いた、少女が無表情ながら涙を流していることに。
「ッ!!」
クロノは剣を紙一重のところで止めると、少女の口が動き出す。
「た・・すけ・・て、お兄・・・ちゃん・・、死に・・・たくない・・よ」
「ッ!!」
少女のその言葉にクロノの脳裏に、遠い昔に失った、今は亡き妹の顔がよぎった。
少女の言葉とは裏腹に、彼女はクロノを攻撃、迷いで動けないクロノを蹴り飛ばすのだった。
「クッ!」
吹き飛ばされながらも空中で体制を立て直し、2本の足で着地するクロノ。
「お前は一体!?…」
クロノがそう言葉を発した直後、少女は右手の手のひらをクロノへと向けた。
その瞬間…。
「なっ!」
な、なんだ、身体が動かない!
喋ることはおろか、息もできない!
これは彼女の能力?、魔法か?
息を止めていられる時間にも限界がある、これは本格的に危ないかもしれない。
力ずくでなんとかしたいところだが、根本的なところ、脳からの指示を完全に遮断されている感じだ。
今のクロノに許されているのは思考のみだった。
クロノを追い詰めている少女、そんな少女が再び口を開いた、今も尚涙を流しながら。
「お姉・・・ちゃん、お・・兄ちゃん・・、た・・す・けて、だれも・・殺し・・・たく・ない・・よ」
クッ、あの少女の中でなにが起こっているんだ!?、確かめたいが今のオレにはどうすることもできない。
今のクロノは死を待つのみだった。
「よくやったぞ7号!、トドメは俺が刺してやる、俺に恥を掻かせたお礼をしないとなーっ!」
スタイセンは魔物を操り、上空から動けないクロノに狙いを定める。
「いいぞー、ヤツを食って骨まで溶かしてやれ!」
スタイセンが乗るドラゴンモドキが大きく口を開きながら、クロノへと迫る。
そんな時、デイジーが遠目でクロノの異変に気付き、
「どうしたクロノ!?、なぜ戦わない?、なにか様子がへんだ!」
「デイジー様!、ここは私に任せて彼のところへ行ってあげてください!」
同じく異変に気付いていたクリシュナが叫んだ。
「すまないクリシュナ!、ここを頼む!」
デイジーはそう言うと、隊列から抜け出し、クロノの元へと馬を走らせた。
「フッフッフ、騎士団諸共消してあげますよ、先ほどの矢のお礼です」
上空で密かに魔球を作り上げていたザギ、先ほどの魔球の数倍の大きさはあろうかというものを、手のひらの上で弄んでいた。
「さあ、食らいなさい!」
魔球を投げつけるように、騎士団の中心めがけて放った。
「クッ、しまった!」
騎士団から抜け出たデイジーはザギの行動に気付いたが、前方では今にもクロノが魔物の餌食になろうとし、後方では騎士団の危機、彼女はどちらかを見捨てなくてはいけない状況に陥っていた。
「クリシュナ、どうにか避けてくれ!」
クリシュナからは聞こえない距離から言葉を送るデイジーだが、その叫びは虚しく、魔球は騎士団へ向かって落ちていった。
「クリシュナーーッ!」
デイジーが叫んだとき、なにかが騎士団の後方から飛来し、魔球を真っ二つに切り裂いた。
ふたつに分かれた魔球は空中で爆発、騎士団は事なきを得たのだった。
胸を撫で下ろすデイジー。
「だが今のは一体?」
その時、後方から叫び声が轟く。
「振り返るなデイジーッ!!、こちらは任せて、今は自分の成すべきことをしろっ!!」
その言葉でクロノを助けることに集中するデイジー。
「どうか間に合ってくれ!」
ケイティを全速力で走らせるデイジー、そして上空からクロノに迫る魔物とスタイセン。
それは間一髪だった、デイジーがクロノの腕を掴み、その場を通過する、その直後、スタイセンの魔物が開いた口で地面を抉りながら横切っていったのだ。
「どうしたクロノ!、お前らしくないぞ!?」
身体が動くようになったクロノは、デイジーの後ろに座ると、
「恩に着る、助かった」
素っ気無く礼を述べるクロノ。
「で、なにがあった?、あの場で全く動こうとしなかったが」
「あの水色の髪の少女の能力だ、思考以外の行動が全くできなくなってな、呼吸すらできなかった」
そう言いながら胸一杯に息を吸い込むクロノ。
「少女?、魔物ではないのか?…、クッ、ヤツが追ってくる、その話はあとだ、動けるか?クロノ」
「ああ、本調子ではないが大丈夫だ、ありがとうデイジー」
デイジーの耳元でそう言うと、クロノは馬の上に立つと後ろを向き、迫り来るスタイセンに向かい飛び立った。
「あの女は本当に俺の邪魔ばかりしてくれる、今度こそ二人まとめて葬ってやる!」
魔物を操り、デイジーたちを追うスタイセン、だがその時、クロノが彼のほうに向かって飛んでくるのだった。
「なんだアイツは!?、なぜ飛べる!?、まさかマジスタ族か!?、それとも人間ですらないのか!?」
慌てるスタイセン、正面から迫るクロノ。
「アイツを食い殺してしまえっ!」
スタイセンの言葉で、魔物が口を開く。
クロノはそれを上方へ避け、そのまま魔物の鼻の頭に剣を突き立てた。
「グワ~ッ!」
魔物は吠えながら暴れだし、スタイセンは立っていられず魔物の背中にしがみついた。
「このっ!、収まらんかっ!」
痛みで暴れまわる魔物、クロノはそれを尻目に、先ほどの少女を探した。
すると、少し離れたところで、反転して戻っていたデイジーと7号が接触するところだった。
「クッ、どちらも死なせるわけにはいかない、どうする?」
クロノはふたりのほうへと向かった。
対峙するデイジーと7号。
「ッ!、涙!?泣いているのか?、君は何者だ?、君のことを教えてくれないか?」
デイジーはそう言うと、優しく微笑み、それをみた7号がピクッと僅かに反応し、
「お・・ねえ・・ちゃん・・たすけて・・、このままじゃ・・・たくさん・・ひとを・・・殺しちゃう・・」
そんなことを告げる7号をみて、デイジーは馬から下り彼女へと歩み寄り、強く抱き締めた。
「私がそんなことをさせはしない、君の身体を縛っているのは誰なんだ?」
「ザ・・・ギ・・」
「やはりあの男か!、こんな少女まで操り人形にして、絶対に許せん!」
そこへクロノが合流。
「デイジー、その子は大丈夫なのか?」
「ああ、今…」
クロノに気付いた7号は、いきなりデイジーを押しのけ、クロノへと襲い掛かった。
クロノは軽く躱し、デイジーは7号の後ろから近付き、タイミングをみて羽交い絞めにする。
「落ち着くんだ!、君は人を殺したくはないのだろう!?」
デイジーが必死に訴えかけるが、7号の身体はデイジーの腕から逃れようと、激しくもがくだけだった。
そんな時…。
「なにをしている!?7号、ふたりとも殺してしまえ!」
魔物を落ち着かせたスタイセンが急接近し、7号に新たな命令を下した。
7号は背後のデイジーに顔を向け、
「ごめん・・・なさい・・、おねえ・・ちゃん・・」
そう言うとデイジーの脇腹へ強烈な肘を食らわせ、拘束から逃れた途端、苦痛で脇腹を押さえ身動きの出来ないデイジーに鋭い爪を振り上げた。
「おねえ・・ちゃん・・にげ・・・て」
言葉と行動が相反する7号。
だが今度はクロノがそれをさせまいと瞬時に近付き、7号の後頭部に手刀を浴びせた。
7号がその場に倒れ込みそうになるところを、苦痛の表情のデイジーが抱きとめた。
「君は必ず私たちが解放してやる!、絶対に!」
そんなデイジーの決意の言葉も虚しく。
「そうはさせるかっ!、そいつは俺の大事な玩具なのでな、返してもらうぞ!」
スタイセンの乗る魔物が火球を吐き出し、デイジーたちの手前の地面に命中、地面を抉り、炎と爆風がデイジーたちを襲った。
3人は散り散りに吹き飛ばされ、うずくまったところをスタイセンの魔物が前足で7号を掴み離脱していく。
「フン、仕切りなおしだ、今度こそ殺してやる」
上空で旋回し、倒れているデイジーとクロノに狙いを定めるスタイセンだったが、突如テレポートで背後に現れたザギ。
「将軍!、ここは一旦引きましょう!、ヤツは化け物です!、ザイード・フェルナンデス、情報とは全く違う!、わたしの大事な魔物たちがたくさん殺られました!」
怯えながら訴えるザギ。
「ザギ、なにを言っている?、あれだけの魔物相手にたかが人間ごときが…」
そう言いながら、魔物たちのいるほうをみると、連続で放たれる斬撃が魔物たちを斬り刻んでいく光景があった。
「な、なんだあれは!?」
驚愕するスタイセン。
「将軍、それどころではありません!、今は一旦引きましょう!、でないとわたしの大事な魔物たちが全滅してしまいます!」
「クッ、仕方あるまい、ここは引くぞ!」
そういうとスタイセンは地上を見下ろし、
「次会ったら必ず殺してやるからな!」
デイジーたちにそういい残し、スタイセンたちは魔物たちに撤退命令を出し、退却していくのだった。
立ち上がるデイジーとクロノ、ふたりは爆風で体中傷だらけになっていた。
「クッ、あの子を助けてやれなかった…、私の力不足だ!」
悔しそうに拳を握り締めるデイジー。
「悔やむより、彼女を助ける術を考えたらどうだ?」
諭すように言うクロノ。
「そ、そうだな、あの子をスタイセンから助け出してやることを考えないとだな!」
デイジーは決意の眼差しで、クロノに頷き返したのだった。
その後、スタイセンと魔物の軍勢が去ったことで、クリシュナたちや第四騎士団と合流、イアンは救護班による回復魔法で動けるまでには回復、デイジーは窮地を救ってくれたザイードに感謝を伝えるのだった。
「ザイード殿、本当に助かりました、感謝いたします」
深々と頭を下げるデイジー。
「ハッ、そんなこと気にすんなデイジー、ま、どうしてもって言うなら、今度メシでも奢ってくれや!」
そういいながらデイジーの肩を叩くザイード。
「ええ、機会があれば是非そうさせてください」
笑顔で答えるデイジー。
「クリシュナ、お前たちも無事で何よりだった、とりあえず皆にはしばらく休憩を取らせてやってくれ、怪我人の治療も忘れずにな」
「了解しました!」
デイジーの言葉に敬礼で返したクリシュナは、団員たちの元へと向かった。
「ところでザイード殿、先ほどの強力な攻撃は一体?」
デイジーはクリシュナたちを救った攻撃が気になり、ザイードに尋ねてみた。
「ああ、まあみられちまったから教えるが、俺がガキのころに知り合った師匠に教わった技、いや、授かった力なんだが…、あんな力、人間相手に使うようなもんでもないし、今まで使う機会がなかったが、さすがに今回は出し惜しみできる相手じゃなかったからな」
「そうだったんですね、その師匠という方もさぞ高名な方なのでしょうね?」
「う~ん、いや、有名な人間ではなかったな、子供のころの俺にとってはかなり刺激的な人ではあったが、ただこう、名前を思い出そうとすると頭の中に靄が掛かって、全く思い出せないんだこれが…」
その話を聞いて、デイジーとクロノはある人物に心当たる。
デイジーは、さすがに年齢が噛み合わないと思い、その考えを改めるが、クロノは違った、デイジーよりも多くその人物の能力の一端を垣間見た彼だからこそ、そう違和感はなかったのだ。
「話は変わるが、そっちの彼が「クロノ」か?、思った以上に腕が立ちそうだな?」
話題を変えるザイード。
「彼をご存知なのですか?」
「いや知らん!、総長殿からの報告で知った程度さ、お二人さん、なかなか仲がいいらしいな?」
にやけ顔のザイード。
「い、いやだからそういうのじゃありませんから!、彼とは縁があって協力関係なだけです!」
顔を赤らめながら否定するデイジー。
「ああ、デイジーの言うとおりだ、俺たちは仲間以外の何者でもない」
クロノの素っ気無い言葉に、否定しつつも心が痛むデイジーであった。
「そ、それよりもこれからのことを話しましょう!」
居たたまれず話題を変えようとするデイジー。
「これからか~、…俺は他のヤツらに任せて、のんびりしてようかと思っていたが、そうも言ってられない事態みたいだな?、デイジーの話を総長殿を通して伝わってきていたが、正直、半信半疑だった、これから先さらに厄介なのも出てくるんだろ?」
「ええ、情報源の少女の話ではそういうことらしいです」
「その少女とやらが、なんか引っかかるが…、師匠の言いつけもあるし、仕方ねえから俺も積極的に動くとするかねえ」
「ザイード殿にそう言ってもらえると心強いです!、ところでその言いつけというのは?」
「ああ、俺に授けた力は、将来来る災いのために振るえってな、まあそんなようなことを言っていたな、…その災いが今回のことを言っているのかは知らんがな」
「なにか謎めいた人物のようですね」
「ああ、確かに謎だらけだったな、いきなり俺の前から姿を消すし、今頃どこにいるのやら…」
「でもそんなに凄い師匠なら、私もいつか手ほどきを受けたいものです、私はまだまだ未熟ですから…」
「いつか会えたら紹介してやるよ、それよりも、だ、…スタイセンが退却した方向、共和国にも警戒するように伝えたほうがいいだろうな」
「ええ、そちらと総長殿には、私のほうから矢を飛ばしておきます」
「ああ、頼むぜ」
こうして話し合いは進み、第四は共和国の防衛のためにテムズに移動することとなり、イアンは騎士団の力を借り、命を落とした兵士たちを弔い、その後残してきた部隊の元へと帰還、第三はスタイセンの根城を探すため、彼らが去った北東の方角を目指すことになった。
そして、今回のスタイセンの行動は各方面へと知れ渡ったのだった。
日が暮れ始めたエソナの奥地、淡い水色の髪の少年が魔物と戦っていた。
「時間も遅くなってきたし、今日はコイツを倒したら引き上げようかな」
少年は軽やかに魔物の攻撃を躱しながら、手のひらから魔球を連発して魔物の各関節に当て、動きを封じていった。
「ふぅ、こんなもんかな」
動けなくなり、地面へと倒れた魔物に少年は近付き、手のひらで魔物の頭部に触れると、そこから引きずり出すように魔物の中から魔球とは似て非なる魔力の塊を取り出した。
その球体の中では魔力が渦巻き、美しい光を放っていた。
「この魔核(コア)を先祖代々回収し続けても、未だに魔物がいなくならないのはなぜなんだろうな、どこかに製造元があるのは間違いないようだけど、それも未だにみつからないし…」
そう呟く少年の傍らでは、コアを抜かれた魔物の様子が変化していく。
肉が溶けていき、骨のみになったかと思うと、その骨もみるみる灰と化し、風に飛ばされていった。
「それにしても姉さんはどこに行ったんだ?、あまり離れたら探すのが大変なのに…」
少年があたりを見回すと、ある木の陰から人影が現れる。
「ッ、君は誰!?」
少年が声を掛けた相手は、頭に青いバンダナを巻いた黒髪の少年だった。
「ようっ!、さっきの化け物との戦いみさせてもらったぜ、あの化け物が魔物ってやつか?」
そう尋ねてくる黒髪の少年を不審そうにみつめる水色髪の少年。
「おっと、俺は怪しい者じゃない、と言っても簡単には信用できないか…、俺は・・・、あっ、危ない後ろっ!」
黒髪の少年がそう叫び、水色髪の少年が背後に振り向くと、森の闇の中から新たな魔物が姿を現した。
その魔物は巨大な獅子の姿に、両肩から蛇のような触手が生えている形状で、現れるなり少年を前足で攻撃してきた。
少年は間一髪のところで後ろに飛びのき躱すが、魔物は両肩の触手の先から粘性の液体を発射、少年はまともにそれを浴び、捕り餅に掛かった小動物のように身動きが取れなくなった。
「クッ、や、殺られる!」
そう叫んだ直後。
「やらせるかよ!」
上から落下してきた黒髪の少年が、拳を魔物の頭頂部に叩き込む。
その破壊力は魔物の頭蓋骨を砕き、血飛沫を撒き散らせ、魔物を地面へと沈めた。
「なっ、素手で魔物を!?」
唖然となっていた水色髪の少年が我に返り口を開いた。
「大丈夫か?、う、うわ!なんだこの気持ち悪いの!?」
黒髪の少年は近付いてくると、粘液をみて声をあげた。
「さ、触らないほうがいいよ、かなり強い粘着力だから」
動けない水色髪の少年が忠告すると、
「でもどうするんだ?これ」
心配そうに言う黒髪の少年。
「これくらいなら大丈夫だよ、少し離れててくれないかな?」
「あ、ああ」
黒髪の少年が距離を取ると、魔力を放出し始める水色髪の少年。
すると、粘液がみるみる凍結していき、少年が体を揺さぶるだけでそれは粉々に砕け散った。
服の乱れを整えながら立ち上がる少年に拍手を送る黒髪の少年。
「おお、すごいすごい、それが魔法の力か」
黒髪の少年が近付いてきて右手を差し出す。
「俺は来賀瞬平、よろしくな!」
その手を握り返し、
「う、うん、僕は「カトル・グランフォード」、さっきは助けてくれてありがとう」
「なに、困ったときはお互い様ってな」
打ち解け合う瞬平とカトルであった。
その頃、少し離れた場所では…。
「カトルとはぐれてから物音のするほうに来てみたけど、こんなところに魔物の死骸か…、魔物同士で争うことは無いはずだから魔物以外の何者かにやられたのか…、頭が潰されてるからこれじゃ魔核も砕けて取り出せないか…、誰だよ!?こんなことするのは!」
淡い水色の長い髪を後ろ頭で結っている少女、彼女の名は「モニカ・グランフォード」、カトルの姉である。
「今日の狩りはかなり身体が汚れちゃったな~、近くに泉があったから、そこで水浴びしてからカトルと合流しましょう、でも、魔物を倒すような何者かもいるみたいだから警戒はしとかないと…」
そう言いながらモニカは移動を開始したのだった。
「カトル、お前を最初みたとき女の子かと思ったぞ、その顔と華奢な体つき、…やっぱりパッと見女の子だな?」
「瞬平、君って意外と失礼なこと言うよね?、それにその視線」
「いや、ゴメンゴメン、そういう趣味はないから安心してくれ、たださすがに男でその顔は珍しくてさ」
「そんなに僕って女っぽいかな~?、身近な人にはそんなこと言われたことないのに、なんかショックだよ」
「話は変わるけど、カトル、お前ってマジスタ族だよな?」
「う、うん、わかるんだ?」
「人から聞いた話でしか知らないけど、さっきみたいな魔法をみたのは初めてだったからな、魔法の存在自体は聞いてたけど、王国や共和国ではそれっぽいものをみたことないからさ」
「瞬平、そういう君はウィンダルじゃないよね?、魔力を全く感じない、つまり魔法を使えない存在、マジスタでもウィンダルでもない人間種なんて聞いたことないけど、君は一体?」
「まあ、詳しいことは後で話すとして、さっき魔物から取り出していた玉は?」
「ああ、これね」
カトルはリュックに仕舞っていた魔核を取り出し、瞬平にみせ、
「僕たちはこれを「魔核(コア)」って呼んでて、魔力を凝縮したもので、主に魔物の「命」として使われているんだ」
「なるほど、だからそれを抜かれたさっきの魔物は消えたのか」
「そういうこと!、君が倒してくれた魔物からも回収できたし、本当に助かったよ、ありがとう瞬平」
「いいってことさ、そのコアってのを集めてるなら、カトルと会う前にも1匹倒してるから、探してきてやるよ」
「そ、そうなの!?、ありがとう、僕は連れを探してくるから、またここで合流しようよ?」
「ああわかった、それじゃあ行ってくる!」
ふたりはその場で一旦別れ、それぞれの方向に歩き出したのだった。
「確かこの辺に…、あ、あった、でもこれ大丈夫なのか?、手加減分からなくて頭潰しちゃったんだけど…」
瞬平はカトルと分かれた後、自分が倒した魔物を観察していた。
「ん?、これって人の足跡?」
魔物の周辺に歩き回ったと思われる人間の足跡らしきものをみつけた瞬平。
「この森に人が?、いやさっきカトルが連れがどうとか言ってたから、多分その連れだろう、とりあえずさっきの場所に戻って…、?水の音?、ちょうどいい、近くに水場があるなら水を頂いていこうか」
瞬平が水の音のするほうへと歩いていくと、少し開けた場所に泉があり、その泉の中ほどに人影があった。
「ん?、向こうを向いているけど、あの髪の色はカトルか?」
瞬平は泉に近付き、
「おーい!、カトルーッ!、こんなところで水浴びか?、連れはみつかったのかよ?」
瞬平の声に反応した泉の人物が振り返ると、
「え?あ、あの…」
瞬平は言葉を失い、口をポカンと開き、鼻血を垂らしていた。
目の前の人物は顔と髪色こそカトルそっくりだが、顔から下は別物、二つの大きな膨らみと、股間にはナニも付いていなかったのだ。
「キャ、キャーーーーーーーッ!!!ヘンターーーイッ!」
その後、瞬平は…、いろんな意味で死んだのだった。
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