第12話 スタイセンと魔物の軍勢


「あれは帝国軍だな、旗や鎧の紋章には見覚えがある」

常人よりもはるかに視力の高いクロノは、こちらが相手に補足されるよりも早く、どう動くかを考えていた。


 脇道はなし、下手に道から外れると返って怪しまれるだろうな…、ここの道幅は馬車同士がすれ違える程度、…ここは馬車を止めて相手をやり過ごすのが妥当か…。

そう結論を出したクロノは馬車を道端に止め、セルジオたちに声を掛ける。

「前方から帝国軍が来ている、アンタたちはなるべく顔を隠しててくれ、相手がスタイセン派なら戦闘になる可能性もある、アンタらが戦う必要はないが、覚悟だけはしておいてくれ」

「ああ、分かった、…相手が親しい者であることを祈るよ」

セルジオは緊張の面持ちで返事をした。

「ああ、そうしてくれ、戦わずに済むならそれに越したことはないからな」

クロノはそう言うと、フードを深々と被り直し、帝国軍の通過を待つのだった。


 しばらく待つこと十数分、ようやく帝国軍が至近距離へと到達。

国境とは逆、急いでいたところをみると、撤退してきた軍か?、だがそれにしては奇妙だ…。

クロノが考えを巡らせていると、ちょうどすれ違う直前、先頭の馬を駆る女性と目が合ってしまう、そこでその女性が手を挙げ合図すると、その後ろの一団が一斉に動きを止める。


「へぇ~、そこのアンタ、なかなかいい目をしているじゃないか、腕も立ちそうだ、…アンタ、旅人かい?」

女性がクロノに問い掛ける。

「ええ、商売の帰りでしてね、兵隊さん方はこれからどちらへ?」

クロノは適当に話をでっち上げる。

「あ~、それは秘密だよ、どこで誰に聞かれているか分からないからねェ、…ところでアンタ、うちの部隊に入る気はないかい?、商人なんかよりず~っと刺激的だよ?」

「いや、オレは…」

なんだ?この女は!いきなりだな。

困惑するクロノ。


 そんな女性を見かねた部下も彼女を窘めるが、

「フンッ、こういうことに関してはアタシのカンはよく当たるんだ、このボウヤは強い!」

そんな時、馬車の荷台から、

「そこまでだ!レイラ!」

セルジオが馬車から降り、姿を現すのだった。


「へ、陛下!?、なぜ陛下がこんなところに!?」

驚きを隠せないレイラ。

「レイラ!まずは問う、お前はスタイセン側の人間か?」

セルジオの真剣な問い掛けに周囲に緊張が走る。


 だがレイラはキッパリと、

「陛下、冗談は辞めてください、アタシは陛下に忠誠を誓った身ですよ?、あんな腹黒タヌキオヤジ、土下座されたって従うつもりはありませんよ!」

レイラのその答えにセルジオは胸を撫で下ろしながらも、僅かな違和感を覚えていた。


「レイラ、お前どこまで知っているんだ?、返事から察するにある程度は状況を把握しているようだが…」

そのセルジオの言葉にレイラはニヤりと表情を崩し、

「今このとき、確信と確証が一気に得られましたよ、スタイセンによる反逆のね、…薄々おかしいとは思っていました、陛下が王国侵攻の命令を出すはずがありませんからね」

「ああ、もちろんだ、王国とはよい友好関係を築いて久しいからな」

セルジオは力強く言い切った。

「そこへきて、王国からの情報でスタイセンの反逆の可能性が濃厚になりましてね、こうして反逆者の背後を取るために密かに回り込んでいる最中というわけですよ」

「そうだったのか、だがどうしてゲオルグが反逆を!?」

腑に落ちないといった感じのセルジオ。

「あのオヤジ、陛下の前では猫を被っていましたからねェ、アタシとしちゃあなんら違和感はありませんけどね、…野心に火をつける「何か」があったんでしょう、ところで陛下は今までどちらへ?」

「ああ、昨晩までシャイクスにあるゲオルグの別荘に監禁されていた、そこにいるイアンの家族と共にな」

馬車の荷台に目をやるセルジオ。

「なるほど、ヴォルフ将軍の弱みを手中に収めていたと…、こうなると姿を消しているヴァルドル将軍と、人質を取られているヴォルフ将軍はこちら側の人間で間違いないでしょう、ただしヴァルドル将軍に関しては安否が不明ですがね」

「グレンとイアンがわたしを裏切るとは思ってはいないが、グレンは一体どこに?…、それにセリオスは!?」

「ああ確かセリオス殿下でしたら…!?、陛下、落ち着いて聞いてください、殿下はすでにスタイセンの手に落ちているかあるいは…、確証はありませんが…」

僅かに悔しげな表情で語るレイラ。

「ああ、わたしが囚われた時点でその可能性を考えていた、…今はセリオスとグレンが生きていることを信じるしかないだろう」


 セルジオたちの会話を、懐の短剣を密かに握り締めながら聞いていたクロノは、その手を緩め馬車から降り、

「話の途中悪いが、アンタが無防備に姿を晒したってことはそっちの女性は信頼できる人物なんだな?」

そうセルジオに問い掛ける。

「ああ、彼女なら大丈夫だ、少し性格に問題はあるがな、彼女は帝国軍の将軍の一人・レイラ・ストレインだ」

苦笑しながら答えるセルジオ。

「聞こえてますよ陛下、誰の性格が問題ありですってェ?、それはさておき…そっちのボウヤは?」

「彼はクロノ、わたしたちを救出してくれた恩人さ、…王国のグレイス騎士団長から頼まれて密かに帝国に潜入していたらしい」

「フフ、ここでまた紅の嬢ちゃんの登場ですか、ますます会ってみたくなりましたよ」

興味津々といった感じでニヤけるレイラ。

「彼女は帝国のためいろいろ動いてくれているようだな?」

そうレイラがクロノに問い掛けると、

「ああ、まあ祖国を守るためでもあるからな、当然の成り行きではあるだろう」

クロノは被っていたフードを下ろすとそう答えた。


「これでアンタは王国に逃れる必要がなくなったな?、これからは彼女に守ってもらえばいい、…それに彼女たち(マーヤとティム)を取り戻したと知れば、もう一人の将軍もアンタに従うだろ?」

クロノがセルジオにそう聞くと、

「うむ、それは間違いないだろう、…クロノ、君は王国へ戻るつもりなのか?」

「ああ、とりあえずデイジーからの頼まれ事は済んだからな」

「それでは君に頼みがある、これから用意する国王陛下への手紙を届けてもらいたいのだが、引き受けてくれるか?」

「ああ構わない、その程度のことなら断る理由もないからな」

こうしてそれぞれの今後の行動が決まり、クロノが王国へ戻ろうというとき、レイラがクロノに声を掛けたのだった。


「ねえボウヤ、いやクロノ、さっきも言ったが、アンタがよければうちの部隊に入る気はないかい?、アンタをみかけてからその隠そうとしても隠し切れていない気の強さに、アタシの身体がうずうずしちまってねェ、なんならアンタの雌(オンナ)になってやってもいいよ?」

レイラがみせつけるように胸を張ると、大きめな胸が重力に逆らいバウンドする。

それをみてもクロノは至って冷静に、

「悪くはない話だが、今はやるべきことがあるんでな、それが終わってから考えさせてもらう、それでいいか?」

「フフ、いいだろう、いい返事を期待しているよ!」

その後、クロノはひとり、王国へと戻るのだった。


 単独行動のクロノにとっては、さほどの時間も掛からずサイモンの元へと到着し、セルジオから預かった手紙の引き渡しを果たした。

その場には、セリオスとグレンの姿もあり、それぞれ自己紹介をした後、

「ご苦労だったなクロノ君、この手紙はワシのほうで陛下に送っておこう、ワシからの報告といっしょにな」

「ああ、頼む」

「ではクロノ君、改めて帝国であったことを一通り話してくれんか?」

クロノはサイモン、セリオス、グレンを前に、帝国での出来事を話すのだった。


 セリオスは安堵の表情で、

「父上は無事でしたか…、ひとつ心配事がなくなって安心しました…」

「それに、マーヤとティムまで助けてもらって、本当にありがとう、クロノ殿!」

深々と頭を下げるグレン。

「これでイアンの足枷がとれた、…これからは心置きなく彼と連携がとれるだろう」

グレンのその言葉に、サイモンは少し考えてから、

「これで敵はスタイセンのみじゃが、早くヤツを「押さえ込まないとまずいことになるかもしれんな、クロノ君?」

「ああ、数日後、魔族の第2陣が現れる、そうなれば一将軍の反逆など比較にならないほどの戦い、いや、地獄になるだろうな」

クロノはそう答えた。


「とは言ってものう、ワシは魔族とやらをみたことがないからイマイチ想像ができん、その強さとやらはどれほどのものなんじゃ?」

「はっきり言うと、アンタたちの力では相手にならないな、…下級魔族であればアンタたちでも互角以上に戦えるだろう、実際デイジーが2体倒したらしいからな、だが中級や上級になると次元が違う、特殊な能力や攻撃手段を持った魔将なら、一瞬でこの星(せかい)を滅ぼせるだろう」

「そんなにもか!?、それが本当じゃとして、ワシらは滅びを待つしかないということか?」

「それはどうだろうな、オレならある程度は渡り合えると思うが、相手にもよる、…ただ、今ここ(この星)には魔族にとって厄介な女がいるからな、彼女ならあるいは…」

「その女というのは?、もしかしてデイジーが言っていた心強い仲間とやらの金髪の少女のことかの?」

怪訝な表情で尋ねるサイモン。

「ああ、オレやデイジー、他の連中を引き合わせた張本人さ、魔族以上に底の知れない女だ、彼女が積極的に動いてくれれば希望はあるかもしれない、他は…少しこの世界にある気配を探ってみる…」

そう言うと、クロノはしばらく黙り込み、意識を集中しだした。


西のほうに大きな気配が二つ、それより劣るがもう一つ気配がある、そして東に一つ…」

この東の気配、この感じ、瞬平なのか?、たった数日でここまで変われるものなのか?、…この成長速度、まるで「魔族化」した生物じゃないか!

俯いて考え込むクロノ、それが気になったサイモンは、

「どうした?クロノ君、顔色が悪いようじゃが」

「いや、なんでもない、ただ悪寒がしただけだ」

オレを魔族の呪縛から解放してくれたメヴィが、瞬平を魔族に変えたなんて思いたくはないが、瞬平のこの気配…、オレの考えすぎだといいが…

「ああ、すまない、話を戻そう、…とりあえずはスタイセンを速やかに押さえて、大陸全体で協力して魔族に備えたほうがいいだろうな」

確か、メヴィの話ではドラゴンが血族を倒したということだったな、敵か味方かわからないドラゴンの話を出すのは、今は控えておくか。


 あと気になるのは、オレがメヴィと初めて会ったもうひとつの大陸、…あの場ではかなり強い気配をいくつか感じたが…、今はほとんど感じない、オレの気のせいだったのか?

クロノの脳裏にそんな考えがよぎった。


「ふむ、それも陛下に相談してみよう、もしかしたら思わぬところから重大なヒントが出てくるかもしれんからのう」

「ああ、そうしてくれ、…ところで、もう一つの大陸とは交流はないのか?」

オレが一番最初に気になって訪れた大陸、調べている最中にメヴィが現れて、結局なにも分からずじまいだったな…、あの大陸には妙な力も働いていたように感じたんだが…。

クロノは忘れかけていた疑問をサイモンに聞いてみた。


「もう一つの大陸じゃと?、…あ~あ、言い伝えにある大陸のことじゃな?、交流どころかそんな大陸があるのかすら確認されておらんのじゃ、なにせこの大陸の周りは激しい海流のせいで船が外海に出ることができんのじゃよ、外海に出ようとした船は強い力で押し戻されるだけで、特に危険というわけではないようじゃが、まるで何者かの意志でこの大陸から出ることを阻まれているような感じじゃのう」

「なるほどな」

もう1度あちらの大陸に渡ってみたほうがいいかもしれないな、魔族があちらに出現する可能性もあるしな…、メヴィに聞いてみるのもいいが…、そういえばメヴィの気配を感じなかったな、気配を殺しているのか?

クロノが考えを巡らせていると、

「クロノ君や、君はこれからどうするんじゃ?」

サイモンの声にハッと集中を解くクロノ。

「そうだな、オレはデイジーの手伝いが仕事だからな、…そういえばデイジーは今どこに?」

「ああ、報告では共和国に援軍として向かったようじゃ、と言っても今の状況なら援軍の必要もなくなるじゃろうがな」

「そうか、ならオレもとりあえずそちらに向かうことにする」

「ああわかった、…クロノ君や、どうかデイジーを守ってやってくれ、あの娘は父の背中を追おうとするあまり、なんでも自分ひとりで背負い込もうとする節があるんじゃ、魔族とやらが現れたとき、我が身を犠牲にしてでも力無き者を守ろうとするじゃろう、あの娘もまだまだ若い、人生これからじゃ、この老いぼれより先に逝かれてはあの娘の父親に申し訳が立たんからのう」

「デイジーの父親?」

「ああ、4年前に亡くなっておるよ、今のデイジーは天涯孤独じゃ、と言っても彼女を慕う者はたくさんおる、特に姫様やギルはもう家族同然じゃ、ワシじゃて可愛い孫娘のようなモンじゃしな」

「そうだったのか…」

オレと同じ天涯孤独の身の上だったんだな、デイジーは…。


「だからどうか頼む!、あの娘を守ってやってくれ!」

「言われるまでもないさ、オレだってこれ以上大事なものを奪われたくはないからな」

「ありがとうクロノ君!」

こうしてクロノは、多くの情報を持ち、デイジーのいる共和国へと向かうことになったのだった。


 セルジオからの手紙はサイモンの手紙と共に国王の元へ7送られ、スタイセンの企みが公に知れ渡り、彼を押さえ込むため、王国、帝国、共和国の三国は共同作戦を行うことになったのだった。

イアンには、密かに家族を無事保護したことと作戦の内容を伝えられ、これによりスタイセンは王国騎士団と帝国軍に完全に包囲された形となり、それと同時にギルバートとディクスの戦死は偽装であったことが各方面に伝えられたのだった。


 そしてその日の日没、セルジオとセリオスによる投降の呼びかけが行われた。

それにより、真実を知らずにスタイセンに従っていた兵士たちが次々と剣を捨て投降し、同じようにデイジーによって真実を伝えられた共和国方面の部隊も速やかに投降したのだった。


「クッ、投降しろだと!?、ふざけるなっ!、俺の作戦は完璧だったはず、なぜこうなった!?、この世界を支配すれば魔王から究極の力を授かれるという約束がこのままでは…」

スタイセンは追い詰められていた、謎の少女と、彼女が集めた数人の若者たちの行動によって。


「将軍、こうなってはアレを出すしかありません、まだ完璧に調整は済んでいませんが、ここで出さねば我々には後がありません」

ザギがなにやらを提案し出すと、

「クッ、お前が研究を進めていた魔物とやらを使うつもりなのか?、それは本当に使えるのだろうな?」

藁にもすがる思いでスタイセンは聞き返す。

「はい、計算では今動かせるモノを全て出せば、敵の大多数を潰せるかと」

「フンッ、もうそれに賭けるしかないようだな…、ん!?」

スタイセンが何かを閃めいたらしく表情が明るくなり、

「フッフッフ、いいことを思いついたぞ、ザギ、お前の魔法と魔物、大いに頼りにさせてもらうぞ!、フッハッハッハ!」

こうしてスタイセンは再び野望に燃え、ザギを従え、形勢逆転を賭けた行動に出るのだった。


 瞬平たちがこの星に来てから8日目の早朝。

瞬平は再びメヴィに叩き起こされ、次なるお使いへと出されるのだった。


「今度はエソナの最奥まで行って来い、か…、今回のお使いはあまり詳しいこと教えてくれなかったな」


 出発前…。

「今度相手にするのは人間じゃなく魔物だから、盛大に退治しちゃっていいけど、強さは人間とは比べ物にならないから気を付けてね、…ちなみに魔物はこの大陸に伝わる「魔族」の元ネタのひとつだから」

魔物について話すメヴィ。

「元ネタの「ひとつ」?、他にも元ネタがあるのか?」

「うん、刹那に聞いたと思うけど、マジスタ族と、彼らが作りだした魔物を混同して「魔族」という居もしない存在がイメージ化されて伝わったんだよ」

「つまり、魔界から来る魔族とは関係ないんだよな?」

「うん、全く関係ないよ、…でも強さはキミをコテンパンにした魔族と同等かそれ以上と思っておいたほうがいい」

「コ、コテンパンて…、で、お使いというのはそいつらを倒してくればいいのか?」

「それも含めて、行けばわかるよ、それと女の子にも気を付けてね!、最近瞬平はモテモテのようだからね」

「いやそれは・・・」


「なんてこと言ってたっけ」

場面は現在、森を走る瞬平。

「最奥、つまり海岸に面した地域のことらしいけど、距離はかなりあるみたいだからスピードを上げていくか」

瞬平はひた走る、時には襲い掛かる獣を蹴散らしながら。


「テレポートの魔法、なかなか使えるではないか!、ザギ」

スタイセンとザギは数人の部下を連れ、包囲網の外、帝都と共和国の中間ほどにある荒野へと転移していた。

「お褒めに預かり光栄です」

「といってもこの程度の人数を運ぶのが限界か?、まあ残してきた兵たちにはうまいこと囮役になってもらうがな!」


「将軍、入り口はこちらになります」

ザギは地面から突き出た1メートルほどの高さの岩に近付くと、岩の上部の平らな部分に手を当てた。

すると、その岩の横の地面が盛り上がり出し、隠し扉が現れる。


「こんな仕掛けがあるとはな、これを降りれば貴様の研究所というわけだな?」

スタイセンは驚きながらも楽しげにそう言った。

「はい、作るのに何年も要しましたが、おかげでよい研究ができてますよ…、バットアイ隊員の洗脳と教育、肉体の強化、色々な生物を使っての実験、そして魔物の製造…、おっと拷問の類もここで行っております」

ニヤけながら語るザギ。

「フンッ、悪趣味なことだな、まあそれも俺の役に立つならどうでもいいことだ」

「さあ、参りましょう、わたしの愛しの研究所へ」

ザギが先頭に立ち、隠し扉を潜り地下へと下りて行く、続くスタイセンと部下たち。


 地下に下りると先のみえない通路が続いており、まっすぐ歩いていくと左右にいくつもの扉を横切っていく。

「いかにもといった感じの研究所だな、それで魔物はどこにいるのだ?」

ザギの後ろを歩くスタイセンが尋ねると、

「それは1番奥、この通路の突き当たりにある巨大な飼育部屋におります、一応わたしの命令を聞くように調整してありますが、いつ暴走するかもわかりませんので、その万が一の備えとして1番奥というわけです」


 話しながらしばらく歩き続けると、ようやく一際広い空間に出る、正面には両開きの大きな扉が一行を待っていた。

「こちらが飼育部屋です、では開けますよ」

ザギはそう言うと、扉の取っ手付近にあるパネルへと手を当てた。

すると「グワーン」という音と共に、扉が両側に開いていく。

その最中、スタイセンは中を覗き込み驚愕する。

「こいつらが魔物か!?、なんという化け物どもだ、この俺に鳥肌を立たせるとは!」

広い部屋の中には人間の数倍の大きさはあるような異形が数え切れないほどおり、室内を徘徊していた。


「ザギ、こんな化け物どもを拘束もせずに放置しておいて大丈夫なのか?」

スタイセンが魔物たちを警戒しながら尋ねると、

「ご安心を、そう簡単には暴走いたしませんよ、もし暴走した場合は檻や鎖などはなんの役にも立ちませんので…」

「フッ、そうか、で、こんな図体のヤツらをどうやって外へ出すのだ?、今通ってきた通路ではどうみても通れそうにないようだが?」

「それもご安心を!、では中へどうぞ」

一行が広い室内に入ると、ザギは壁に近付き、入り口にあったものと同じようなパネルに手を当てた。

すると、部屋全体が揺れだし、床と天上、それを支える支柱もろとも上昇していく。


「なにがおきているのだ!?」

スタイセンや部下たちが慌てる中、

「今、部屋ごと地上へと上げているところですので怖れる必要はありません」

「だ、誰が怖れるか!?、俺をだれだと思っている!」

ザギのちょっとしたセリフに反応し、胸を張りながら言い放つスタイセン。


 その間も部屋は上昇を続け、徐々に壁が下へと消えてゆき、外の景色が露になっていった。

「お~、こういう仕掛けか、面白いものを作ったものだなザギよ」

「フフ、さすがにここまでの施設を建造するのには骨が折れましたがね」

そこで「ガタン」という振動と共に部屋の上昇が止まった。


「さて将軍、これからどういたしましょうか?、魔物たちはいつでも動かせますよ」

「ハハッ、そんなの決まっているだろう、俺の計画の邪魔をしたヤツらを血祭りにあけるぞ!!、…この場所からだとヴォルフの部隊の背後を取れる、まずはヤツからだ」

「承知いたしました、それでは将軍はコヤツらをお使いください」

ザギが「パチンッ」指を鳴らして合図をするとある魔物が近付いてくる。

「ほう、これは使えそうだな」

その魔物は翼の生えた巨大なトカゲのような姿をしていた。


「コヤツは人工のドラゴンを生み出そうと作ったモノですが、さすがに実物をみたことのないわたしでは再現とまでは言えませんが、よく出来ているかと…、いずれは実物を入手して解剖してみたいものです」

目を輝かせながら語るザギ。

「おっと失礼しました、つい自分の世界に入ってしまったようで…、それともう1体…、7号こちらへ!」

するとザギの背後から10代半ばといった容姿の少女が現れた。

その少女は、髪は淡い水色で、長さは肩の上ほどと短め、そして彼女には普通の人間にはない頭部に獣の耳と腰から尻尾が生えていた。


「なんだこの娘は?」

スタイセンは物珍しそうに少女を眺めながら聞いた。

「コヤツは人間と魔物を融合させた実験体です、見た目は少女ですが、中身は他の魔物同様、おまけにわたしと同じで魔法が使えますので、かなりの戦力になるかと」

「ほう、それはたのしみだな、…ところでザギよ」

言いながらザギに近付き、

「この娘、夜の相手もできるのか?」

ザギの耳元で尋ねる。

「はい、命令さえしていただければ、どんなことでも言うことを聞きますよ」

「ハハハ、それはいい!、邪魔なヤツらを排除したあと、思う存分可愛がってやるわ!」

ニヤけながら歓喜するスタイセン。

「そういえば、先ほどこの娘を7号ど呼んでいたが、他にもこのような娘がおるのか?」

スタイセンはさらなる邪な期待を持ってザギに尋ねた。

「いえ、残念ながら女とは限りません、しかも1号から6号までは失敗いたしまして、全て他の魔物の餌にいたしました」

悪びれもせず答えるザギ。

「フン、相変わらずえげつない男だ、まあ俺が言えたことではないがな」


「あと、部下たちの足として使える魔物もおりますので、いつでも出られます」

「フム、それではさっそく準備を整え出撃するぞ!」

こうして、スタイセンとザギは魔物の大群を率いて、残してきたスタイセン軍を包囲しているであろう帝国軍に奇襲を掛けるため、移動を開始したのであった。


 その頃、帝国と共和国の国境では…。

「それは本当なのか?クロノ!」

驚き、慌てて聞き返すデイジー。

「ああ、今いきなり帝国方面に割と大きい気配が多数現れた、これは人間というより獣に近い感じだ」

「いきなり現れるとは、魔族ではないのか?」

「いや、魔族でないことは間違いないが、気配からして下級から中級の血族に匹敵する戦闘力を持っていそうだ」

クロノの気配を探る能力により、想定外の事態をいち早く知ることができたデイジーと共和国警備隊。


「なぜいきなりそんな者たちが…、これは確認する必要がありそうですね、デイジー様」

クリシュナがそう言うと、

「そうだな、国境はとりあえず安全を確保できたことだし、ここのことは警備隊に任せて、私たちはその謎の一団を確かめにいくとしよう」


 その時再びクロノがなにかを感じ取り、

「さっきの気配が西に動き出したようだぞ」

「それはつまり帝都の方角か!?」

緊張の面持ちで尋ねるデイジー。

「いやこれは、スタイセンを包囲している国境側だ」

「ますます嫌な予感がしてきた、急いだほうがよさそうだな」

決断したデイジーが馬に乗り出し、騎士団に合図を出した。


「ここは第四騎士団にも協力を仰いで戦力を増強しておくべきか…」

デイジーは少し考えてから呟いた。

第四騎士団、王国・共和国の国境で最も共和国に近い場所で防衛に当たっていた騎士団。

騎士団長はザイード・フェルナンデス、騎士団長の中では最強と言われているが、怠惰な性格であまり積極的に動こうとはしない男である。


「クリシュナ、要請を出しておいてくれ」

「了解しました!」

そのあとすぐに第三騎士団はクロノと共に西に移動を開始、正体不明の一団を追跡するのだった。


 第四騎士団駐屯地。

「ザイード様、共和国に援軍として出ていた第三から協力要請が届いております!」

クリシュナがデイジーから頼まれ、放った魔法の矢が第四騎士団も元へ届いていた。


「デイジーからか?、はぁ~、よく働く嬢ちゃんだな~、で内容は?」

「ハッ、正体不明の一団がスタイセン将軍を包囲している作戦地域に向かって移動中、第三騎士団が追跡を開始、相手の戦力が未知数のため、協力を求む、とのことです」

「はぁ~、仕方ねえな~、せっかく国境の隅っこでのんびりできてたのに…、じゃあいっちょ働くとしますか!」

椅子にふんぞり返っていたザイードは立ち上がり、

「よし!、第四出撃準備!、とっとと第三を追うぞっ!!」

ザイードの掛け声で速やかに準備を整え、第四騎士団は移動を開始したのだった。


 それから数時間後、昼を過ぎた頃…。

「スタイセンのヤツ、動こうとしないな、投降を呼び掛けても反応なし、なにか企んでいるのか?」

イアンの部隊はスタイセン軍包囲作戦で包囲網の東側を担当していた。

「マーヤとティムが無事保護されたと報告が届いたときは本当に嬉しかったが、スタイセンを本当の意味で止めない事には安心はできない…、特にあの男、ザギだ、あんな魔法を使えるとは、未だに信じられない」

イアンは、セリオスとグレンの追跡時にみせたザギの魔法を思い出していた。

「途中で王国の者に止められたとはいえ、ヤツの手のひらから発せられていた魔力は尋常ではなかった、それにあの瞬間移動、体験した俺ですら未だに信じられない」


 その時イアンの副官が声が掛かる。

「将軍、まだ陛下からの攻撃命令がありませんが、いつまで待つのでしょうか?」

「仕方あるまい、反逆の首謀者とはいえ、長年陛下に仕えていた男だ、陛下もそれなりに情を感じているのだろう」

セルジオやスタイセンを古くから知るイアン。

「だが俺は、ヤツを絶対に許す気はない、家族を盾に取るような男、今すぐにでも…」

その時だった…。


「将軍っ!、後方で待機中の部隊が何者かの襲撃を受けて、壊滅状態だと報告が入りました!」

慌てて走りこんできた兵士がそう告げた。

「な、なんだとっ!、一体何者の仕業だ!」

「それが、逃げてきた兵の話では、怪物の群れに襲われたと…、怪物の背中の上には帝国兵の姿もあったとのことです!」

「クッ、こんな時に!、…救援に向かうぞ!、部隊の半分はここで任務続行、そして最寄の部隊へ援軍要請を出しておけ!、残りの者は俺に続け!」

こうしてイアンは、部隊の半分を率いて後方、東の襲撃地点へと向かうのだった。

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