第11話 修行の成果と姫君の恋
瞬平たちがこの星に来てから7日目。
夜が明ける前、メヴィに叩き起こされた瞬平。
「どうしたんだ?こんな早くに起こして」
「瞬平!、キミにお使いをお願いしたくてね、…まあこれは特訓の成果を自分自身で確認してもらうためのお使いだから、そのつもりで頑張ってね!」
「どうせ俺には拒否権なんてないんだろ?、いいさ、久々に特訓以外のことができるのも楽しそうだしな」
「フフ、やる気だねぇ?、じゃあ内容を説明するからよ~く聞いてね!」
しばらくの後、説明を受け終えた瞬平は、ある場所を目指し走り続けていた、そのスピードはもはや人間のそれではなくなっており、追いかける獣たちも軽々と引き離し、獣の中には瞬平の気配を感じただけで逃げ出す者まで出るようになっていた。
夜が明ける頃、シェルヴィナはある音で目を覚ます。
「んん?、こんな時間になんの音かしら?」
彼女は寝ぼけ眼のまま、あたりを見渡し、「トンットンッ」という音の出所を探す、すると明るくなりはじめている窓の外、窓枠の端から覗き込むような人影があった。
「えっ!だ、誰っ!?」
驚いて慌ててベッドから飛び起き、部屋の出口へと逃げようとするシェルヴィナ、それをみた人影が慌ててシェルヴィナを止めようと腕をバタバタさせはじめる。
「?、わたくしが逃げようとしても窓を割って入ってこようとしない?悪漢ではないのかしら?」
気になったシェルヴィナは向き直り、警戒しながら窓へ近づいていくと、そこには見覚えのある黒髪の少年が笑顔で、「ここを開けてくれ」と片手でゼスチャーをしてみせた。
「貴方は確か、共和国に向かう途中でデイジーと話をしていた…」
何気なく窓を開けようとするシェルヴィナ、だがその窓は外開きで外で掴まっている人物は当然窓に押され、2階の高さから地面へと落下してしまうのだった。
「た、大変っ!、大丈夫ですかっ!?」
シェルヴィナは慌てて窓から上体を乗り出し覗き込むと、地面に仰向けに倒れている少年、彼は苦しむ様子もなく笑顔でシェルヴィナに手を振ったのだった。
だが、安心するのも束の間、安堵して力が抜けたシェルヴィナは、窓から上体を出していたため、よろめきそのまま体が外へと放り出されてしまうのだった。
「キャァッ!」
地面への衝突を覚悟して目を瞑るシェルヴィナ。
ところがその直後、柔らかいなにかに体が包まれる感覚を覚えた。
恐る恐る瞼を開くと、目の前には少年の笑顔が…
「ふぅ~、危ない危ない、王女様に傷でも付けたら、後でどんな仕打ちをされるかわかったもんじゃないからな、下手したらギロチンものだろ!」
シェルヴィナは文字通り「お姫様だっこ」状態で少年の腕の中にすっぽりと納まっていた。
「あ、ありがとうございます!、おかげで怪我もなく、あ、う~、そろそろ降ろしていただけませんか?」
顔を赤らめしどろもどろのシェルヴィナ。
「降ろすのはちょっと待ってくれないか?、まずは君の部屋に戻ろう、…窓までジャンプするからしっかり掴まっててくれ!」
「え?は、はいっ!」
シェルヴィナは言われるまま少年にガッチリと抱きつき、さらに顔を赤くするのだった。
そんなシェルヴィナの行動に、
「さすがに抱きつきすぎでは?、柔らかいものが押し付けられて…」
少年も顔が赤くなっていくのだった。
「じゃあ飛ぶぞ!」
少年はシェルヴィナを抱えたまま跳躍すると、計ったかのように2階の開いた窓へと吸い込まれていく。
「よし!、じゃあ降ろすぞ?」
「は、はい!」
少年は優しくシェルヴィナを床へと降ろす。
「それじゃあ改めて、君はシュトラール王国のお姫様で間違いないかな?」
「は、はい!いかにも、…そういう貴方はデイジーのお知り合い?、でしたか?」
「あ、う、うん、まあ俺にとっちゃデイジーは命の恩人でもあるんだけどな、…俺は来賀瞬平、瞬平でいいよ」
「わたくしはシェルヴィナと申します」
「…ところでなんで俺とデイジーが知り合いだって知ってるんだ?」
「はい、何日か前になりますが、デイジーに共和国まで送ってもらう途中、街道でデイジーと話し込んでいたのを馬車の窓からみていましたので…、そのときは確か、黒髪の女性と大きなワンちゃんもいっしょでいたよね?」
ワンちゃんて…、ここらへんは刹那に通じるものがあるな。
そんなことを思いながら、宙を仰ぎ記憶を辿る瞬平、
「ああ、あの時の馬車か…」
「…で瞬平様はどうしてこちらへ?」
「ああそれなんだけど、…俺は君を守りにきたんだ!」
唐突なその一言に、シェルヴィナの胸は高鳴り、再び顔を赤らめていく。
そして瞬平の脳裏には、膨れっ面の刹那が浮かぶのだった。
「た、確かに帝国の手が共和国にまで伸びてきているようですが、わたくしは今日、王国に戻ることになっていまして、もう危険はないかと…」
顔を赤らめながらチラチラと瞬平をみるシェルヴィナ。
「ん~、それが安全ともいえない状況らしいんだよ、情報によると帝国の者が何人か君を攫うために密かに入国してきていて、今にもこの屋敷に攻め入る状況らしいんだ、このままだと君は帝国の手に落ち、屋敷のほかの人たちは皆殺しにされる、それを回避するために俺はここに来たんだ」
「そ、それが事実だとして一体どうやって…?」
瞬平の言葉にはまだ半信半疑だが、僅かに震えているシェルヴィナ。
そんなシェルヴィナの手を取る瞬平。
「怖いかもしれないけど、とりあえず俺の指示に従ってくれないか?」
瞬平の手の温もりを感じていると自然と震えが治まっていくシェルヴィナ。
不思議です、瞬平様が近くにいるとなぜだか安心感が湧いてきて、胸がドキドキして…
ボーッとしているシェルヴィナをみて瞬平は怪訝そうに、
「王女様?話聞いてるか?」
その声で我に返るシェルヴィナ。
「瞬平様!、わたくしのことは「シェルヴィナ」とお呼びください!」
いきなりのことに驚いた瞬平は、
「え?あ、うん、シェルヴィナ?」
ん~、こんなことしている場合じゃないんだけど…、こんなとき刹那なら、シェルヴィちゃんとでも呼びそうだな?、よしっ!
「じゃあ、シェルヴィって呼んでいいかな?」
その提案にキョトンとするシェルヴィナ。
「シェ、シェルヴィですか?、…は、はいっ!ぜひそのようにお呼びください!、すごく親しくなれた感じでとても嬉しいです!」
ニコニコ顔のシェルヴィ。
なんかこのお姫様、急にテンション上がったな、名前で呼ばれるのがそんなに嬉しかったのか?、まあいいや、話を戻さないとな…
「で、シェルヴィ、さっそくなんだけどこの屋敷の人たちを全員起こして、皆で窓がない安全な部屋で閉じこもっててくれないか?」
「は、はい!、それでしたら食糧貯蔵用の地下室があります!」
詰め寄るシェルヴィ。
「シェ、シェルヴィ?、な、なんか近すぎないか?」
照れながら目を逸らす瞬平。
「いえ!静かに話しているのですからこれくらい近くないと!」
「ソ、ソウデスカ…、じゃ、じゃあさっそく行動に移ってくれ、襲撃者は俺がなんとかするからさ」
「瞬平様おひとりでですか?、そんなの危険すぎます!、わたくしも剣の腕には少々自信があります!、どうか瞬平様といっしょに戦わせてください!」
「その気持ちは嬉しいけど…」
瞬平の柔らかかった表情が真剣なものになり、両手をシェルヴィの肩に置くと、
「俺は君を守るために来たって言ったよな?、君に万が一のことがあったらデイジーや君を大事に想う人たちを悲しませることになる、俺は絶対そんなことにはさせたくないんだ!、だから今は俺の言うことに従ってくれ!、それに俺のことは心配いらない、伊達にキツい特訓をしてきたわけじゃないからな」
言い終えるころには笑顔へと戻る瞬平。
「瞬平様…、わ、わかりました!、今は瞬平様を信じて従います、…瞬平様も絶対に無理はしないでくださいね?」
無言で頷く瞬平をみて、シェルヴィは踵を返すと部屋から飛び出し行動に移すのだった。
それから程なくして仮面たちは現れ、3人が鍵をこじ開け屋敷の中へ、2人はそれぞれ表と裏の出入り口に張り付く、そしてシンク村を襲った者たちと同様、1人が少し離れた木の上から見張り兼狙撃手として着いた。
だが、もうそのときには肩に何本か縄を掛けた瞬平がその木の下に…、そこで瞬平は音も立てずにジャンプすると、木の上の仮面の背後に到達し、全く気付かない仮面を横蹴りで蹴落とす。
仮面は咄嗟に受身を取り着地するが、それを追うように落下してきた瞬平の肘が仮面の脳天を直撃し、そのまま地面へと沈んだ。
「ふぅ、死んでないだろうな?、一応加減はしといたけど…」
瞬平は倒れている仮面の喉元に指をあて、
「よし、大丈夫だな、さすがに人殺しにはなりたくないからな、大人しく眠っててくれよ」
肩に掛けた縄を2本取り、仮面の手足を拘束する。
「さてと、次に行こうか」
屋敷の裏口、担当の仮面が僅かな風の流れを察知し、周りを見渡すがなにも変化はなし。
「気のせいか?、脅かしやがって…」
「いや、気のせいじゃないぞ」
その声に慌てて背後をみると、すぐ後ろに瞬平が…、背中には尖った何かを押し当てられる感触。
「なに!?、いつの間に!」
「騒ぐなよ?、じゃないとブスリといっちゃうからな?」
「クッ!」
「お前たちはシュトラールの王女様を狙ってきた帝国の者で間違いないな?」
「な、なぜそれを!?」
それを聞くと瞬平は笑みを浮かべ、
「あれま、簡単に吐いちゃったよ」
「き、貴様何者だ!?」
慌てる仮面。
「とりあえず、アンタも眠っててくれ」
瞬平は仮面の背中に当てていた手刀を挙げ、これ見よがしに見せ付けると、
「だ、騙したな!?貴様ッ!」
仮面は背後に振り向いた瞬間、手刀を拳に切り替えた瞬平の一撃が彼の腹部に炸裂する。
「グハッ!」
胃液を吐きながら倒れこむ仮面。
瞬平は同じように仮面を拘束し、屋敷の影に放り込んだ。
続けて玄関前の仮面を瞬く間に無力化し、残るは屋敷内の3人のみとなった。
「殺気を放つ者の気配を鮮明に感じ取れるようになったのは大きいな、メヴィには感謝だな」
瞬平は屋敷の側面へと回った。
屋敷内、ひとつひとつ部屋の扉を慎重に開け、中を確認していく仮面たち、それぞれ手には武器を握っている。
「おかしい!、人が全くいない、ベッドには温もりが残っているから先ほどまではいたはずだ、一体どうなっている!?」
「いないならいないで好都合だろう、このまま王女の部屋を目指すぞ!」
3人の仮面は警戒しながらも、把握済みのシェルヴィの部屋へと直行するのだった。
「瞬平様は大丈夫でしょうか…」
施錠された地下室の扉の前で、シェルヴィは両手の指を絡め祈るように扉の外を気にしていた。
「姫殿下!、どうかご安心ください!、もしもの時はわたしたちが命に代えても殿下をお守りいたします!」
扉の脇に控えていた警備兵が彼女に声をかけると、
「お気持ちは嬉しいですが、そんな命を軽んじるような発言はやめてください!、今瞬平様がひとり、わたくしたち全員を守るために外に残られたのですから!」
「申し訳ありません殿下、今このとき、何もしていないわたしが言う言葉ではありませんでしたね」
「分かっていただければよいのです、なにがあっても命を捨てようなどとは思わないでくださいね」
その言葉の後シェルヴィは優しく微笑み、それをみた兵は「天使だ!」と内心思うのだった。
2階のシェルヴィの部屋の前へと辿り着いた仮面たち、ひとりがノブを回すと鍵は掛かっておらず、ゆっくりと開いていく、室内には星空の明かりが差し込む窓の前に佇む人影があった。
「チッ!、あれは王女じゃない!、殺れ!」
仲間に指示で人影めがけてナイフを放つ仮面。
しかし、そのナイフは人影に当たる瞬間、直角に軌道が変わり、壁へと突き刺さった。
「クッ、なんだ今のは!?、今度は俺がやる!」
両手剣を持った仮面が人影に向け突進していく。
だがそれも呆気なく躱され、剣を握る手を掴まれた直後、仮面の体は半回転し宙を舞う、背負い投げである。
そしてその先には窓、仮面はそのまま窓を突き破り外へ。
あまりにも一瞬のことに仮面は受身もとれずに地面へと叩きつけられたのだった
「チッ、なんだアイツは!?、今度は2人がかりでいくぞ!」
残った2人がそれぞれナイフと剣を構える。
すると、人影は仮面たちへに向かってゆっくりと歩いて近付いていく。
「まだわからないかな?、アンタたちの攻撃は俺には当たらないぜ」
月明かりの光が当たる角度がずれていき、徐々に人影の顔が露になっていく。
「なんだ!?貴様は!、王女をどこへ隠した!?」
怒鳴る仮面。
「悪党にそんなこと教えるわけないだろ?」
落ち着き払った表情の瞬平。
「なら取り押さえて吐かせるまでだ!、ここに来ているのが俺たちだけだと思うなよ!?」
「あ、ん~、外のヤツらなら早々に眠ってもらってるんだよな~、残念ながら…、アンタらの気配から全部で6人なのは把握済みだからな、残るはアンタら2人だけだってこと!」
「クッ、こ、このオオォ!、コイツを仕留めるぞ!」
仮面は2人で瞬平を挟み込み、ナイフと剣で同時に斬りかかる。
2人の攻撃はなかなかの連携だったが、瞬平は軽やかな動きでそれらを躱す、それも足の位置は動かさず、上半身の捻りだけで、である。
それに気付いた仮面が脚払いを掛けるが、瞬平はヒョイッと軽くジャンプして避けた。
「そんな蹴り避けられないわけないだろ!」
瞬平はそのまま、脚払いで低姿勢になっている仮面めがけて踵を落とす。
「グギャ!」
頭頂部に踵を食らった仮面はそのまま失神。
「な、なんなんだ!貴様は!?、俺たちは特殊な訓練を受けた戦闘のプロなんだぞっ!」
とうとう1人になってしまった仮面は、取り乱し、なりふり構わずに瞬平めがけて剣を振るう。
だがそれらは瞬平に掠りもせず、空を切る一方だった。
「あ~あ逆上しちゃったよ、このままはヤバイかな、メヴィの話だと…、とっとと黙らせるか」
瞬平は次に来た剣の振り下ろしを躱した直後、仮面の懐に入り、自分が修行中何度も食らった右手の中指を仮面の額にお見舞いしてやるのだった。
その一撃を受けた仮面は砕け、素顔を晒した男は後方に何度も回転しながら飛んでいき、「ドーンッ」と大きな音を立てて壁へと激突したのだった。
「あ~あ、ちょっと力加減間違えたかな?、死んでないよな?」
壁に突き刺さった仮面を引っ張り出し確認する。
「ふぅ、大丈夫だな、コイツらも拘束して爆薬を抜いておくか」
瞬平が仮面たちを拘束している最中のこと、
「ん?足音?、廊下からか」
瞬平は扉の脇に身を潜め様子を伺う。
少し前のこと、「ドーンッ」と大きな音は地下室まで届いており、避難した人々は不安な面持ちを隠せなかった、中でもシェルヴィは、
「瞬平様…、もう我慢の限界です!、わたくしは瞬平様の助太刀に向かいます!、貴方たちはこのまま隠れていてください!」
「いや、殿下それは危険すぎます!、どうか落ち着いてください!」
警備兵の1人がシェルヴィをなだめるが、彼女は剣を取り、
「いえ!、わたくしは参ります!、止めないでください!」
そんな彼女を見かねた警備兵たちは、
「仕方ありません、それならばわたしたちも同行いたします!、もちろん命を捨てるつもりはありませんからご心配無用ですぞ!」
「貴方たち…、お気持ち感謝いたします、それでは参りましょう!」
シェルヴィを先頭に数人の兵がその後に続いて地下室を後にしたのだった。
そして再び現在…
「この感じ、敵じゃないな、!まさかシェルヴィが地下室から出てきたのか!?、まったく、あれほど言ったのにお転婆なお姫様だな~」
そうこうしているうちに足音は部屋のすぐ外まで近づき、
「瞬平様っ!助太刀に参りましたっ!」
シェルヴィは剣を片手に部屋へと飛び込んでくる。
「これは!?」
室内の有様と倒れている仮面たちをみて、シェルヴィに緊張が走った。
そこへ背後から身を潜めていた瞬平がシェルヴィの肩を叩くと、彼女は咄嗟に振り向きながら剣を構える。
「おっと、俺だよ俺」
瞬平は後ろに飛びのき剣を避ける。
「しゅ、瞬平さま!、ご無事だったんですね!」
シェルヴィは持っていた剣を落とすと、瞬平に駆け寄り有無を言わさず抱きついたのだった。
「ちょ、ちょっとシェルヴィさん?」
瞬平は戸惑いながら、両手の行き場に困り宙で泳がす。
「凄い音がして、本当に心配したんですよ!」
シェルヴィは瞬平の胸の中で震え、泣いていた。
刹那ゴメン!今だけは許してくれ!
瞬平は心の中で刹那に謝罪しながら、両手でシェルヴィを強く抱き締め、
「だから大丈夫だって言ったろ?、王女様がそんな泣きべそかいてたら皆に笑われちまうぞ?」
瞬平は彼女を抱いたまま優しく声をかけ、そしていつの間にか部屋へ入ってきていた警備兵たちがふたりを見守っていたのだった。
それに気付いたシェルヴィは、
「は、はい、わたくしはもう大丈夫です、お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」
瞬平から離れたシェルヴィは、照れたように指で涙を拭うのであった。
「しかしこれは…、貴方がお1人で?」
室内を確認した警備兵が瞬平に尋ねた。
「ええ、外にも4人倒れてるんで回収してもらえると助かります」
後ろ頭を掻きながら答える瞬平。
「ああ、引き受けよう、それと今回の一件本当にありがとう!」
瞬平から爆薬、毒、自爆と言った仮面たちの危険性を聞き、警備兵たちは慎重に後始末に動き出したのだった。
「さてと、メヴィに頼まれたお使いも済んだことだし、森に戻るとするかな」
首や肩の間接を回し身体をほぐしながら何気なく呟く瞬平、それを聞き逃さなかったシェルヴィが、
「え?、瞬平様はもう行かれてしますのですか?、わたくしはもっと瞬平様といっしょにいたいです!」
「いやいや、君は王国に戻るんだろ?、それに俺は修行の最中なんだ、エソナに戻らないと…」
「エソナ?、それはエソナ大森林のことですか?」
「ああ、あそこで修行してるんだよ」
「まあ、そんな危険なところでですか?」
「ん~、今は特に危険ではないかな?、修行の甲斐あってか、俺にとってはもうそれほど危険じゃなくなったというか…、そう言うことだから君は国に戻って自分のやるべきことをやったほうがいい」
「そ、そうですね、わたくしにも王女としてやるべきことがありますよね」
そう言いながらも名残惜しそうに潤んだ瞳で瞬平をみつめるシェルヴィ。
「う、うぅ~、わ、わかったよ!、じゃあ帰り道の途中までは付き合ってやる!、王女の護衛としてな」
「しゅ、瞬平様!、ありがとうございます!、わたくし嬉しいです!」
シェルヴィは満面の笑みで瞬平の手を取り強く握り締めるのだった。
こうして、瞬平はメヴィからの依頼を難なく果たし、捕獲された仮面たちは厳重な監視下の元、街の警備局の牢屋へと投獄、後日首都へ移送し本格的な取り調べを行うことになったのだった。
「もしよろしければ瞬平様のことを教えていただけませんか?」
王国へと向かういかにもお偉いさんが使うような馬車の中、瞬平とシェルヴィが向かい合って座っていた。
「ん~、どこまで話していいかな…」
瞬平は少し考えてから、危険そうな話は避け、差しさわりのないことと修行のため幼馴染とともに旅をしており、その際にデイジーと出会い、助けられたこと、知り合った人たちのこと、一時的にシンク村に行動の拠点にしていることを話した。
「そうだったんですね、瞬平様は17歳ですか…、わたくしは年下ですから頼りになるお兄様といった感じでしょうか、歳も近いですからゴニョゴニョ」
シェルヴィは顔を赤らめ両手で頬を包む。
「え?、最後なんて言った?聞き取れなかったんだけど…」
「こちらの話です、瞬平様はお気になさらずに」
「ならいいんだけど…?」
馬車はサルバスを発ち、テムズを経由して王国へと入り、
「はじめてデイジーと会ったとき、馬車に乗っていたのはシェルヴィだったんだな?」
「はい、瞬平様とは運命的なものを感じますね!」
「そ、そうだな」
なんかこう運命というより、メヴィの手のひらの上で踊らされているような気がする、い、いや確信犯か?
瞬平がそんなことを考えていると、
「あの後、サルバスに着いたら街が怪物に襲われていまして、デイジーがあっという間に退治してしまって、本当に凄かったんですよ!」
嬉しそうにデイジーのことを話すシェルヴィ。
「シェルヴィはデイジーと仲がいいんだな?」
「は、はい!もちろんです!、一人っ子のわたくしには姉のような存在ですから!、強くて、優しくて、そして美しくて、わたくしの憧れの女性です!」
「そうか、デイジーはやっぱり凄いんだな、俺も見習わないとな」
「わたくしにとっては瞬平様も凄い方ですよ!、もしデイジーが男性だったら、きっと瞬平様のような感じだったと思います!」
「いやいや、それはデイジーに失礼だろう」
両手をバタバタさせて否定する瞬平。
「いえ!そんなことはありません!、デイジーは絶対失礼だなんて思わないでしょうし、きっとデイジーも瞬平様のこと…、いえそれはまずいです!、このままではライバルが…」
「いや、後半のほう何言ってたんだかわからないんだが…」
そんなふたりの会話を遮るように、
「姫殿下!、前方から騎士団らしき一団がこちらへ向かってきております!」
手綱を握っていた従者が覗き窓から声を掛けでくる。
「ほ、本当ですか!?、で、どちらの団でしょう?」
「は、はいあれは…、先頭におられるのはグレイス様のようです」
「デイジーなのですね!?、すみません馬車を止めてください!」
「はい、畏まりました」
馬車はゆっくりと止まり、シェルヴィは嬉しそうに馬車から降りたのだった。
「ホントにデイジーのことが好きなんだな、…しかしここでデイジーと会うとは思わなかったな、共和国に用事でもあるのか?、ま、とりあえず、俺も会っておくとするかな」
瞬平もシェルヴィに続いた。
騎士団は瞬平たちの目前まで来ると、デイジーの合図により一斉に止まる。
デイジーは馬から降りるとシェルヴィの前で片膝を着き、
「姫様、ご無事でなによりです、これから王都へ戻られるのですね?」
「ええ、そのつもりだったのですが…」
言葉を止め考え込むシェルヴィ、会話が中断したことでデイジーの視線がシェルヴィの隣に自然に立っていた瞬平へと移り、
「瞬平?、本当に瞬平なのか?、以前より逞しくなっていて見違えたぞ!、で、どうして瞬平が姫様といっしょにいるのだ?」
デイジーは立ち上がると瞬平に詰め寄った。
「ん~と、メヴィのお使いでシェルヴィにちょっとね」
何気なくデイジーから目を逸らす瞬平。
「シェ!?シェルヴィだと!?、瞬平貴様、姫様に対して馴れ馴れしすぎだぞ!」
瞬平の胸ぐらを掴むデイジー。
「あ、え、え~と、コメンナサイ?」
デイジーの気迫に圧され咄嗟に謝罪の言葉が出てしまう瞬平。
「デイジー!、瞬平様から手を離しなさい!、シェルヴィと呼ぶことを許したのはわたくしです!、瞬平様を攻めるのは筋違いですよ!」
ふたりの間に割って入り、引き離そうとするシェルヴィ。
「そ、そうだったのですね…、すまなかった瞬平!、ついムキになってしまって…」
瞬平に頭を下げるデイジー。
「それに前にデイジーにも言いましたが、わたくしのことを「姫様」ではなく、名前で呼んでほしいのですよ?」
「いえ、それはさすがに騎士団長として示しがつきませんので…」
「本当にデイジーは頭が固いのですから、…それと、話は変わりますが、デイジーはあまり瞬平様には近づかないようにしてくださいね?」
瞬平様がデイジーの魅力に惑わされては困りますから…。
「は、はあ…?」
よくわからないといった感じで、なんとなく返事をするデイジー。
「それより姫様、話を戻しますが、瞬平とはどんな経緯で?」
「それはですね…」
シェルヴィは瞬平との出会いと滞在先で起きたことを手短に話した。
「そんなことが…、瞬平、姫様を守って頂き感謝する」
再び瞬平に頭を下げるデイジー。
「い、いや、礼を言われるようなことじゃ…、修行の一環みたいなものだし…」
あたふたと照れ隠しをする瞬平なのであった。
「して姫様、先ほどなにかお考えになっていたようですが?」
「ええ、わたくしはこのまま王都に戻ってもよいのかと思いまして…、デイジーも瞬平様もわたくしを守るため我が身も顧みず戦ってくれました、わたくしはただ守られているだけでよいのでしょうか?」
「そ、それは姫様が剣を取るということですか!?」
慌てて詰め寄るデイジー。
「はい、それもひとつの選択ではないかと思いまして…」
「それはなりません!、いくら剣術を学ばれているとはいえ、実戦はそんなに甘いものではありません!、瞬平からもなにか言ってやってくれ!」
「そうだな、…シェルヴィ、君が選ぶべき選択はそれじゃないと思うぞ?、ここ数時間の君の言葉や行動で、君がとても優しくていい子だってことがよくわかったし、デイジーの君に接する態度をみてると、きっと国民からも凄く慕われているんだろうと思う、そんな君が危険な目に合うことを国民が望むと思うかい?」
瞬平は思ったことをストレートに伝えた。
「そ、それは…」
言い返せないシェルヴィ。
「それに王様やお姫様ってもんは、どっしり構えて国民に勇気を与えるもんじゃないか?、それにもしも困ったことがあれば俺も相談に乗るしな」
「瞬平様…」
瞬平様はどうしてこう、わたくしの心を揺さぶる言葉を次々と…。
シェルヴィは顔を赤らめながら、
「そうですね、瞬平様の仰るとおりです、わたくしは城へ戻りお父様のお手伝いをいたします!」
「ああ、それでいいと思うぞ、もしなにかあればシンク村を訪ねてくれ、きっと力になれると思うから」
「ありがとうございます!瞬平様!」
シェルヴィは彼の両手を取って強く握り締めるのだった。
デイジーも瞬平に近づき、
「姫様を説得してもらい助かったよ瞬平、姫様はやたらと瞬平に懐いているようだな?、…それと姫様のここまでの護衛にも礼を言う、ここからは私の部下を護衛に付けるつもりだ、瞬平は自分の成すべきことを果たしてくれ」
と耳打ちをする。
「あ、ああ、そうさせてもらうよ」
小声で返す瞬平、それに気付いたシェルヴィが、デイジーを押しのけ、瞬平に近づくと、そのままシェルヴィは瞬平の頬へとほんの一瞬唇を押し当てたのだった。
「な!?」「ひ、姫様っ!?」
呆気にとられる瞬平と驚くデイジー。
「フフ、瞬平様、今のは色々お世話になったお礼です!」
こうして、シェルヴィは瞬平との別れを惜しみながらも、デイジーの部下を数人護衛に付け王都へと発ち、瞬平とデイジーもそれぞれ、エソナと共和国へ向かうのだった。
一方、シャイクスを脱出したクロノたちは王国へ抜けるため南西方向へ馬車を進めていた。
だがその道中、ある一団と遭遇することになるのだった。
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