第9話 リュートとデイジー
朝、リュートが少女の声で目を覚まし、瞼を開くとそこにはたわわに実った大きな二つの膨らみが…
「こ、これはまだ夢の中!?」
リュートは両手を伸ばし、そのおいしそうな巨大な果実を掴もうとすると…、両手首をものすごい力で掴まれ、
「いてててててっ!」
「えっちぃ手だな~、このまま握り潰しちゃおうかな~」
メヴィは仰向けのリュートの腹の上に跨り、彼を見下ろしていた。
「お約束はいいからさっさと起・き・る!」
「おいしそうな大きな胸に輝く金髪の美少女、…そうか、君がメヴィだね?」
「うん、正解!、ワタシのことはエクサから聞いたみたいだね?」
「うむ、君も聞いていたとおりの子のようだね、…それはともかく、とても名残惜しい光景だが、とりあえず手を離して、わたしの上から降りてくれないかな?」
「あ、そうだね!、このままじゃもうひとりのキミを起こしかねないしね?」
メヴィはベッドから降り、リュートは上体を起こした。
「メヴィ、君も意外とオマセだね、まあ実際反応しかけたけど…」
「いやいや、ワタシはキミのノリに合わせているだけだよ?」
笑いながら言うメヴィ。
「ともあれ、君に会えて光栄だよ、…それに先日はエクサが世話になったようだね、礼を言うよ」
「まああれは、成り行きだから、礼を言われるようなことじゃないけど…、こちらも刹那たちを助けてくれてありがとね、…それとは別に、初対面でいきなり悪いんだけどリュートにお願いがあるんだ、これからしばらくの間色々手伝ってくれないかな?、引き受けてくれたらキミにとっても多分いいことがあるしね」
「君のような可愛い子に頼みごとをされては、断る理由もないが、…メヴィ、君はわたしやエクサのこと、色々把握している様子だが、それが君の能力(ちから)なのかい?」
「能力というほどのものでもないと思うけど、ただ色々と「知っている」だけのことだよ?」
「フム、君は実に興味深い子だね!、君を手伝っているとこれから先、いろいろ楽しめそうだし、しばらくの間付き合わせてもらうよ」
「うん!よろしくね、リュート!」
右手を差し出すリュート、その手を握り返すメヴィ。
「そうと決まればキミにはいろいろ説明しておこうかな」
そう言うとメヴィは右の手のひらをリュートの額にかざす。
「一体なにを?」
怪訝な表情のリュート。
するとリュートの頭の中に一気に情報が流れ込んできて、
「な、なんだこれは!?」
「口で説明すると、ものすごく長くなりそうだからね、キミに知っておいてほしい情報を直接頭に入れさせてもらったよ」
ポカンと口を開いたままのリュートだったが、
「そ、そんなこともできるのかい!?、本当に面白いよ!君は!」
「食いつきすぎのような気もするけど…、さてと、刹那からお弁当も受け取ったことだし、ワタシはエソナに戻るから、あとのことはよろしくねリュート!」
そう言い残し、メヴィは窓を開けるとそこから飛び去っていったのだった。
リュートはベッドから降りると、
「行ってしまった…、本当に不思議な子だな…、おっと呆けてる場合じゃないな、間もなくデイジーが来るんだったか…、噂の女性に会うのだからとことんキメなければな!」
リュートは着替えを終えると、身だしなみを整え部屋を出るのだった。
「リュートさん、おはよ~ございます!」
「おはよう、リュートくん」
1階へ下りてきたリュートに声を掛ける刹那とロナルド。
「おはよう諸君!、それにしてもいい匂いだ、朝食かな?」
「ああ、刹那ちゃんが作った朝食だよ、さあ召し上がれ!」
ロナルドがリュートをテーブルへと案内する。
「それは楽しみだ」
リュートが席に着くと、向かいの席に刹那も腰掛ける。
「リュートさん、メヴィちゃんに会いました?」
「うん、凄く大きかったよ!、…じゃなくて!」
「リュートさんのエッチ!」
「いやいや、刹那も普通に大きいって教えてくれたよね?」
「フフ、冗談ですよ」
「刹那も人が悪い」
「エヘヘ」
舌をちょこっと出して笑う刹那。
「メヴィから一通りのことを教えてもらったよ、これからはわたしも手伝うことになったから、よろしく頼むよ刹那」
「う、うん、ありがとうリュートさん」
驚きながらも笑顔で礼を言う刹那。
「それにしてもメヴィは本当に不思議な子だな、突然現れたかと思えばあっという間に飛び出して行ったよ」
リュートはそう言った後、朝食を口に運んだ。
「んっ!、なんだこれは!?、凄く美味しい!、これを刹那が作ったのかい?」
「うん!、エヘヘ、料理には自信があるんですよね~」
「はじめて食べる料理だが、正直わたしの城、いや、わたしの家の料理人のものより美味しいよ!」
「喜んでもらえてよかった!」
美味しそうに食べ続けるリュートを嬉しそうに眺める刹那。
ちょうどその時、外から馬の鳴き声が…
「ん?、デイジーちゃんが到着したのかな?」
そう言うと席を立つ刹那。
「なに!?、それは大変だっ!」
リュートは料理を搔き込み、刹那が出入り口に向かおうとしたところで、その扉が外から開けられ、人影が入ってくる。
「おかえり!、デイジーちゃん!」
デイジーをみるなり刹那は彼女に抱きついた。
「あ、ああ、ただいま刹那、1週間ぶりくらいか?」
刹那はデイジーから体を離し、
「そうだよ、デイジーちゃんが出かけてから色々あったんだから~!」
テーブルのリュートはデイジーをみるなり、口をポカンと開け、持っていたホークが手から滑り落ちた。
「う、美しい…」
リュートはのっそりと立ち上がると、デイジーに駆け寄り、彼女の両手を取ると、
「ぜひわたしと結婚してほしい!」
「リュ、リュートさん!」
いきなりのプロポーズに驚く刹那。
デイジーは目を見開いて、
「な、なんだ!?貴方はいきなり!?」
「そ、そうだよ~、いきなり結婚だなんで、デイジーちゃんにも心の準備が…」
刹那がリュートを押し返す。
「せ、刹那?、心の準備とか以前の話のような気がするのだが…」
困惑するデイジー。
「す、すまない、取り乱してしまって…、君をみた瞬間、一目惚れをしてしまった、…美しく、その中に力強さを感じさせ、まさしくわたしが探し求めていた理想の女性が目の前に!」
「そ、そう言われるのは悪い気はしないが…、悪いが私は結婚など考えていないし、なにより貴方とは初対面だ、なにも知らない相手にそんなことを言われても困る!」
その言葉に力なく項垂れるリュート。
「元気出してリュートさん!、会ったばかりなんだから、まだまだこれからだよ!」
リュートの肩に手を置き、覗きこみながらそう言う刹那。
「そ、そうだな!、これからわたしの本気を彼女にみせていけば、きっと!」
そう言うと、両手の拳を握るリュート。
「いや、そもそも彼は何者なんだ?、刹那」
困惑しながらも冷静に尋ねるデイジー。
「うんとねぇ、実は昨日・・・」
刹那は昨日のシンク村での出来事を簡潔に説明したのだった。
「昨日シンク村でそんなことがあったのか…、刹那、助けにきてやれずにすまなかった!」
頭を下げるデイジー。
「そんなの仕方ないよ!、デイジーちゃんにも仕事があるんだし」
「だが、皆が無事で本当によかった…、リュート殿にも世話になった、私からも礼を言う、ありがとう!」
「ハハ、昨日から何度も礼を言われて、むず痒いのだが…、それに色々事情を聞いて、これからも力にならせてもらうことになったんだ、よろしく頼むよデイジー、…それと「殿」呼びは止めてくれないかな?、君とはもっと仲良くなりたいのでね」
「あ、ああ分かった、リュート」
リュートが右手を差し出すと、デイジーはその手を握り返したのだった。
そこへロナルドが来て、
「デイジーさん、その話なんだが、帝国の仮面の連中のことを頼めますか?、死体も含めて」
「ご主人、ああ、出かける前に、王都に引き取りの者を遣すよう手紙を送っておくとしよう」
「ありがとうデイジーさん、いつも助かります」
「いや、お気になさらず、これも騎士の務めですから」
その後、デイジーにも朝食が振舞われ、
「さて、デイジーも刹那の美味しい朝食を摂り終えたことだし、さっそくテムズへ向かうとしようか!」
リュートが刹那とデイジーに向かってそう告げると、
「え?、リュートも行くのか?」
デイジーは驚き、聞き返す。
「ああ、もちろんだとも!、メヴィに頼まれたということもあるが、何よりも女の子を守るのがわたしの使命だからね!」
「そ、そうか、だがくれぐれも無茶はしないでくれ」
「おお、その優しい気遣いも君の魅力の一つなんだね」
リュートが嬉しそうにデイジーに微笑みかける。
「それじゃあ出発しよ~!、デイジーちゃん、リュートさん」
刹那の声を合図に3人は外へ、ロナルドが入り口から手を振り、
「3人共気をつけて!」
刹那はロナルドに手を振り返した。
デイジーはケイティに、刹那はボスに、その後ろにリュートが乗り、走り出すのだった。
テムズ、王国側玄関口から出たところの街道…
グレンとセリオスの前に現れた男は剣を抜き、剣先をグレンへと向け、
「なぜ殿下を攫った!?、グレンッ!」
「イアン、お前が来るとはな、スタイセンの差し金か?ザギッ!」
「フフフ、よくぞお分かりで、ヴァルドル「元」将軍」
イアンと呼ばれた男の後ろから、バットアイの統括者ザギが姿を現した。
「この状況ではもう逃げられませんよ、どうします?、故郷に帰って処刑されるか、それともこの場で処刑されるか、どちらかお選びを…」
ザギは不適な笑みを浮かべそう告げた。
グレンは背後のセリオスに向かって小声で、
「殿下、街道を西に向かって走ってください、わたしがここで時間を稼ぎます!」
「それではグレンは!?、相手はイアンだけじゃない!、お前ひとりじゃっ!」
相手側はイアン、ザギに加え、その部下が4人、総勢6人の部隊である。
「殿下!、わたしは貴方を生かすためにここにいるのです、貴方がここにいても捕まるか殺されるかのいずれかです!」
「僕は足手まといということだな…、それは事実だから仕方ない、…わかったよグレン、だがお前も絶対に生きて脱出してくれ!」
「ええ、必ず!、さあ走ってください!」
その言葉に、セリオスは背を向け、走り出した。
その直後、イアンが急接近し、グレンに斬りかかる。
グレンは上段から振り下ろされたそれを剣で受け止め、
「イアン!、お前今の状況をわかっているのか!?、俺の送った手紙は届いていないのか!?」
「ああ、届いたさ…」
ふたりは鍔迫り合いの中、お互いにしか聞こえない声量で言い合う。
その隙をついて、仮面がセリオスを追おうと動き出したとき、
「待ちなさい!」
それを制するザギ。
「今、ヴァルドルの脇を通れば、間違いなく殺されるでしょう、殿下の脚なら事が済んでからでもすぐ追いつけます、今は待ちなさい!」
ザギのその言葉に仮面たちは黙って後ろへと下がったのだった。
そして、剣を打ち合うふたりは、
「ならなぜスタイセンに従っている!?」
「クッ、好きで従っていると思うか?!、俺も手紙を読んだ後、行動を起こそうと!、だがすでに遅すぎた、スタイセンはお前が消えたあと、こちらに手を回していたんだ!」
「なにがあった!?イアン!」
「か、家族を人質に取られたんだ!…、あいつらを救うにはこうするしかないんだ!」
強力な一撃を繰り出すイアン、それを弾くグレン。
「スタイセン、そこまで堕ちたか!」
怒りに満ちた形相のグレン。
ふたりの打ち合いは尚も続いた。
その頃セリオスは、息を切らせながらも走り続け、テムズの街が完全にみえなくなる距離まで離れていた。
「はあ、はあ、は、はやく、王国の者に助けを、求めて、グレンを助けない、と…」
グレンを一刻も早く助けようと、かなりの距離を全力で走り続けたセリオスだったが、ついに疲労が限界を越え、走る速度が徐々に落ち、呼吸が困難になり、体が左右にフラつき始める。
「グレンを助けない・・・と・・・」
そしてとうとうセリオスは力尽き、その場へと倒れ込んでしまった。
それから程なくして、その場に彼らが現れたのだった…
「あ?!、だれか倒れてるよ!」
「うん、まだ子供のようだね」
ボスに乗った刹那とその後ろから覗き込むリュート。
「刹那、頼めるか?」
隣で馬を駆るデイジーが声を掛けてくる。
「うん、もちろんだよ!、待ってて今すぐ助けるから!」
足を止め、それぞれボスとケイティから降りると倒れているセリオスに駆け寄る面々。
その頃、グレンとイアンの攻防はまだ続いており、
「グレン!、頼むから投降してくれっ!、そして殿下を・・・」
イアンがグレンを説得するが、
「なにを言っている!?、投降すればむざむざ殺されるだけだ!、殿下も含めてな!、その証拠にテムズの街ではバットアイの襲撃を受けたばかりだ!、俺たちを逃がすために残った部下たちもどうなっているかわからない有様なんだぞ!」
しばらく続いていた打ち合いを黙ってみていたザギは、爪先で地面を叩き始め、苛立ちを募らせ始めていた。
「ヴォルフ将軍っ!、なにをモタモタやっているのです!?、このままでは殿下に追いつけなくなりますよ!?、まさかこの期に及んで親友相手に手を抜いているわけではありませんよねぇ!?、もし命令に背いたら、どうなるかわかっていますよねぇ?」
ザギのその言葉にイアンは舌打ちをしたかと思うと、今までよりも動きが鋭くなっていった。
「グレン、ここからは本気でいくぞ!、上手く凌げよ!」
「イアンお前、時間稼ぎのために?、なんだかんだでお前なりに殿下の身を案じているんだな?、…いいだろう、とことん付き合ってやるさ!」
今までよりも激しい打ち合いを繰り広げる二人、だが両者一歩も退かず膠着状態が尚も続いた。
「チッ、忌々しい方たちですねぇ、ならばこちらも手段を選んではいられません、いいですね?」
ザギは部下たちに目配せをし、
「チャンスを見計らって殺りなさい!」
仮面たちはそれぞれナイフや弓を取り出した。
そしてその時が訪れた。
長時間の戦いで両者に疲れが出始め、グレンの動きがほんの一瞬鈍ったその時、仮面たちの放ったナイフや矢がグレンの体に突き刺さり、グレンなら避けられるだろうと思いながらも放ったイアンの一撃が、動けなくなったグレンの体を的確に捉え、左肩から右腰へと抜ける深い斬り傷を刻んだ。
「グハッ、ぬかったか!…」
グレンは膝から崩れ落ち、その場で膝立ちになる。
「さあ、止めを刺しなさい!、ヴォルフ将軍!」
「なぜ戦いの邪魔をした!?ザギッ!」
イアンは怒りの目でザギを睨みつける。
「わかるでしょう?、こんな茶番にいつまでも付き合っていられませんからねぇ、さっさと彼を処刑して、殿下を追いますよ!」
「チッ!」
「将軍が殺らないのであれば、こちらで」
再び仮面たちに目配せをした直後、彼らは再びクレンめがけて矢を放ち、それらはグレンの体に新たな穴を開けていった。
「で・・・殿下・・・」
血反吐を吐きながら前方に倒れ込むグレン、…イアンは彼に背を向け、
「すまないグレン…」
その場から離れるのだった。
「さあ、首をはねてスタイセン将軍へ届けますよ!」
ザギの指示に剣を抜いた仮面の一人が倒れているグレンに歩み寄り、剣をグレンの首へとあてがった。
その時だった、どこからともなく拳大の石が飛来し、仮面の顔面に直撃したのだった。
「グアッ!」
仮面が砕け、顔面から血を噴き出しながらグレンに覆いかぶさるように倒れる男、慌てて石が飛んできた街道、街とは反対の方角に目を向ける一同。
そこには、こちらへと土煙を上げながら迫ってくる二つの影。
「馬!?、一方は犬?ですか…」
何者か見極めようとするザギだが、その瞬間にも二つの影は距離を詰めてくる。
「な!、なんでヤツがここにいる!?、赤い髪に赤い鎧、《紅の戦乙女》がっ!」
驚きの表情を隠せないザギ、そして一旦下がる3人の仮面たち。
グレンのそばで庇うように止まるケイティとボス、ケイティから降りるデイジーとセリオス、そしてデイジーは剣を抜きザギたちへと剣先を向け、セリオスは無残な姿で倒れているグレンへと駆け寄る。
「あんな距離から石を投げて、当てられるなんて、すごいねリュートさん!」
「フフ、これぐらいお安い御用さ!」
そう言いながらボスから降り、グレンに駆け寄る刹那とリュート。
「どれ、刺さっているモノを全部抜くから、あとは頼むよ刹那」
リュートがグレンに刺さっていた矢やナイフをゆっくり抜いていき、刹那がそれを追うように治療術で傷口を塞いでいった。
「まだ息はあるね、今助けますからね!、…あの仮面の人たち、村にきた人たちと同じ格好だよ、デイジーちゃん!」
「やはり帝国の者たちか…」
ザギたちに鋭い視線を放ち、威圧するデイジー。
「死ぬなグレンッ!」
涙を流しながらグレンの体に寄り添うセリオス。
「だいじょうぶだよ、絶対助けるから!」
刹那はセリオスに優しく微笑みかける。
「お前たち!、帝国の者だな!?、王国内で騒ぎを起こすとは、どういう了見だ!?、大人しく投降するならよし、刃向かうようならこちらも遠慮なくいかせてもらう!」
剣で威嚇しながら、ザギたちに近づいていくデイジー。
「チッ、小娘が!、かくなるうえは…、都合よく殿下も戻ってきてくれたことですし、これを使うしかないでしょう!」
そう言うとザギは、手のひらをデイジーたちへと向けると、なにやら呪文を唱えだし、手のひらから膨大な魔力を発生させていく。
「クッ、なんという魔力だ!、貴様!、普通の人間ではないな!?」
デイジーのその言葉に、
「フッ、それはご想像にお任せしますよ、殿下とヴァルドルに加え、王国騎士団長を一人葬れるのですから、この力を隠しておく必要はないでしょう」
そうしているうちにも魔力が膨れ上がっていく。
デイジーは刹那たちを庇うようにザギの前に立ちはだかる。
「貴女が盾になったところで、全員仲良く吹き飛びますよ、ククク」
だがその時、ニヤけるザギの顔の横を物凄い速度で何かが通過した、その鋭い風圧はザギの左目を切り裂き、流血に至らしめた。
その直後、ザギの後ろから呻き声が…、そこには顔面にナイフが深々と刺さった仮面が…、彼はそのまま後ろへと倒れ絶命したのだった。
「目が!目がーっ!」
激痛で左目を押さえ、魔力を散らしてしまうザギ。
「チッ、外したか、…ヤツの魔力に押されて軌道がそれたか」
呟くリュート、そう彼は都合よくグレンから引き抜いたナイフを使い、ザギを狙って放ったのだ。
「フフ、殺られる前に殺れってね、君の攻撃魔法は発動までラグがあるようだからね、次は当てるよ?」
持っているもう1本のナイフをチラつかせるリュート。
「おのれ~!」
苦痛に顔を歪めながらもリュートを睨みつけるザギ。
そこへ…
「これで形勢逆転だな!」
刹那の術によって完治したグレンが起き上がり剣を構える。
「なんだと!?、貴様は虫の息だったはず、なぜ起き上がれるのです!?」
完全に冷静さを失ったザギ。
「フンッ、俺にもワケが分からないが、どうやら死に損ねたようだな、これでまたしばらくは殿下のお側にいられそうだ!」
「お話中悪いが、刹那を狙ってシンク村に襲撃をかけさせたのはお前だな!」
さらにデイジーが怒りの視線でザギに問う。
「だからなんだと言うのです?、もしかしてその人物を奪われて怒り心頭と言ったところですか?」
ザギのその言葉に今度は呆れ顔になるデイジー。
「フフ、残念ながら刹那は帝国の手に落ちてなどいない、…そして襲撃を実行した仮面たちは、4人が死に、2人は拘束させてもらった!」
「な、なんですと!?」
唖然とするザギ。
「こちらには心強い仲間がいるのでな、何度シンク村を襲おうとも無駄だ!」
デイジーのその言葉に、苦虫を噛み砕いたような表情になるザギ。
「ぐぬぬ、…まあいいでしょう、ここは一旦退かせてもらいますよ、お前達!、ャツらの足止めをしなさい!、その後はわかっていますね?」
残った仮面2人に指示を出しイアンに近づくザギ。
「ヴォルフ将軍、退きますよ!」
そう言うとザギは呪文を唱えだす。
2人の仮面はデイジーたちに特攻をかけるが、呆気なくデイジーとグレンに斬り伏せられる。
「それではごきげんよう、次会う時を楽しみにしていますよ、もしも貴方たちが生きていればですけどね」
そんな中、グレンとイアンはお互いの名を呼び、視線を交わす。
呪文を唱え終え、光に包まれるザギとイアン、直後二人は光と共にその場から消え去ったのだった。
「自分の部下を捨て駒にするとは…」
デイジーは瀕死の仮面に近づくと、彼らに哀れみの視線を向けた。
その時、倒れたままの仮面が手を腰に付けた布袋へとゆっくりと伸ばしていく。
遠目でそれにいち早く気付いたリュートが、
「あれはまさか!?、…みんな伏せろっ!!」
叫ぶのと同時にリュートは、仮面のすぐそばにいたデイジーに向かって全速力で走り、その勢いのままデイジーを庇うように抱き締め、地面へと滑り込んだ。
その直後、仮面を中心に数メートルを巻き込み爆発、彼らは自爆用の爆薬により跡形もなく吹き飛び、爆発の衝撃が地面を抉り、爆風が周囲を襲った。
幸い、少し離れたところにいた刹那、ボス、セリオス、グレンはリュートの指示通りに伏せたため、かすり傷程度で済んでいた。
だが、仮面のすぐそばにいたデイジーとリュートは…
「う…、今のはいったい…」
爆発の衝撃で一瞬意識を失っていたデイジーが頭を押さえながら目を覚ますと、彼女はうつ伏せの状態で、背中に何かが圧し掛かる重みを感じた。
彼女が視線を上に向けると、そこにはぐったりとしたリュートの顔があった。
「リュート?、おい!、冗談はやめてくれ!」
必死に声をかけながらデイジーは自分の上からリュートを下ろし、体を起こすと、視線の先、ほんの数メートル先には爆発で抉り取られた地面があった。
「おい!しっかりしてくれ!リュート!」
リュートを仰向けに寝かせ、彼の顔を覗きこむデイジー。
そこへ刹那たちが駆け寄ってきて、
「リュートさん!?、すぐに治療しないと!」
「頼む!刹那!、リュートのやつ、私を庇って…」
懇願するデイジーと、急ぎ治療を始めようとする刹那。
だが…
「ふぇ?、…どこもケガしてないみたいだけど?、おかしいな~、息はあるし…」
不思議そうな顔の刹那。
「ではどうしてリュートは目を覚まさない?」
心底心配といった様子のデイジー。
そこへ…
「ん?、今その者の顔が少し笑ったようにみえたぞ?」
成り行きを見守っていたセリオスが唐突に口を開いた。
「え?、もしや、リュートォ!?」
デイジーは不機嫌な顔に一変、そして彼女は右手の拳を振り上げると、リュートの腹めがけて叩き込んだ。
「グハッ、ゲホッゲホッ、効くーーっ!」
腹を押さえてのた打ち回るリュート。
「なぜ私たちを騙すようなマネをした!?」
デイジーはリュートの胸ぐらを掴み、問い詰める。
「い、いや、ほんの出来心でね、君がわたしのことをどのくらい心配してくれるかな~と」
「そ、そんなの…」
言いかけたデイジーがリュートを突き倒し、背を向けると、
「自分を命がけで庇った相手を、心配しないわけがないだろうっ!」
少し顔の赤いデイジーが再びリュートのほうへ向き直ると、
「そ、それよりもだ!、なぜあの爆発でお前は無事でいられた!?、あんな威力だ、普通なら無傷ではすまないだろう?」
デイジーはそういうと、地面に開いた穴を指差す。
「うむ、実はわたしが着けているマントは特別製でね、薄くても非常に防御力に優れているんだ、…と言っても爆薬の威力は未知数だったから、このマントで耐えられるかは賭けだったけどね」
「そ、そうか、すまなかったな、私のために危険な目にあわせて…」
「まあ、女性を守るのは当然として、君に一目惚れしてしまった身としては、振り向いてもらうための当然の行動だよ!」
デイジーは再度背を向けると、
「わ、私には恋だの愛だのはよくわからないが、…貴方への認識が変わったような気がする…、助けてくれてありがとうリュート」
そう言うとデイジーは歩き出し、少し離れた位置にいたセリオスとグレンの元へと向かった。
一方、デイジーとリュートのやり取りをみていた刹那は、
「さっきの取り乱したデイジーちゃん、なんか可愛かったね、ボンちゃん」
「ガウ!」
「顔も少し赤かったし、これは脈ありかもしれないよ、リュートさん」
刹那はニヤけながら生暖かい視線を、離れていくデイジーをボーッとみつめるリュートへ送るのだった。
「先ほどは詳しい話が出来ませんでしたが、やはり貴方は帝国の皇子、セリオス殿下だったのですね?、どこかでみたお顔だとは思っていましたが…」
デイジーはそう言うと、セリオスの前で片膝を着いた。
「ああ、僕も貴女のことは覚えているぞ、去年の騎士団長の就任式をちょうど見に来ていてな、それに史上最年少の騎士団長だの、絶世の美女だのと世間を賑わせてくれていたしな」
「や、やめてください!その話は…、そんなの噂に尾ひれが付いただけのことですから、…それに私はまだまだ精進不足で、今も仲間に助けてもらわなければ死んでいた身ですので…」
デイジーが照れながらそう言うと、
「まあそう謙遜せずとも、少なくとも間違った情報ではないだろう」
グレンも口を開く。
「そ、そんなことより、皇子がなぜ王国に?、しかも帝国の者に狙われているなんて…」
デイジーは居たたまれなくなり話を本題へと戻し、刹那やリュートも話を聞くためそこへ加わるのだった。
デイジーたちはグレンから帝国での出来事を聞き、デイジーは自分の推測の裏が取れた形となったのだった。
「やはり、スタイセンの反逆でしたか…、わかりました、私がお二人を国王陛下の元までご案内いたしましょう」
「よろしく頼む、グレイス殿」
グレンはデイジーに頭を下げた。
「陛下ならきっとお力になってくれるはずです、…というわけで私は王都に向かうことになった、刹那たちとはシンク村で一旦お別れだな」
「そっか~、デイジーちゃんも忙しそうだし、今度いつ会えるかはわからないね?」
「そうだな、これからは本格的な戦いになりそうだし、魔族のことも気になるが、今は目先のことをどうにかしないとな」
「ん?、魔族?、確かメヴィが教えてくれた情報に出てきたけど、それって伝説に出てくる魔族とは違うのかい?」
リュートがデイジーの口から出た「魔族」という言葉に反応する。
「その「魔族」とは違うらしい、メヴィ殿の話では魔界というところから現れる存在とのことだった、私も2度遭遇したが、いずれも人々を襲っていたので討伐したのだが…、まあ魔族に関する話はシンク村に戻ってから刹那や村人に聞くといい」
「そうさせてもらうよ、非常に興味深い話だしね、…だが君と別れるのも非常に辛い、この際君と一緒に王都へ・・・」
「リュート!、私はこれから戦争に赴く身だ、そんな者といっしょにいても命を危険に晒すだけだぞ?」
「だからこそなんだが、君を守るためにそばに、そしてあわよくば結婚!」
「またその話か?、私はそれに答える気はないからな!、貴方は私に代わってシンク村を守ってやってくれ、嫌でなければな」
「ん~、君からの頼まれごとを断るわけにはいかない、だがわたしは絶対諦めないからね!、…それとも君には意中の人でも!?」
すかさずデイジーの両手を取り問い詰めるリュート。
「そ、そんなのはいない!」
慌てて否定するデイジーだったが、頭の中に一瞬クロノの顔が浮かんでいた。
「ん?、その反応はまさか!、う、胸が苦しい!、わたしはすでにフラれていたのか!?」
デイジーの手を離し、項垂れるリュート。
「だから私はそういうことには疎いのだっ!、そう落ちこまれても困る、…まあなんだ、機会があれば話ぐらいなら聞いてやらないでもない、…さあわかったらシンク村へ向かうぞ!リュート!」
そう言うと彼に背を向け馬の元へ向かうデイジー。
「リュートさんカンバッ!」
そのやりとりを見ていた刹那が、心の中でリュートに声援を送るのだった。
デイジーたちがシンク村へ向かう準備を始めようとしたとき、
「取り込み中すまないが、出発する前にテムズに寄らせてもらってもよいだろうか?、残してきた部下たちが気になるのでな」
その申し出に快く頷いたデイジー。
グレンの横に立つセリオスが小声で、
「面白い者たちだな?、グレン」
「ええ、同感です」
二人はデイジーたちをみつめたあと、テムズへと戻るのだった。
尚、テムズでの騒動は、騒ぎを聞きつけた街の兵たちが駆けつけたことにより、バットアイは撤退、負傷者が出たもののグレンの部下は全員無事。
彼らはグレンと合流後、負傷者は刹那の術により完治し、その後、グレンたちと共に王都へ向かうことになったのだった。
その頃、共和国の南に位置する街・サルバスでは、フランク首相の命を受けた者が、シェルヴィナ王女を逃がすため、王女が滞在している邸宅へと到着したところであった。
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