第7話 レイラの猛攻と思惑


 瞬平たちが、この星に来てから4日目…

昨日、デイジーから教わり、この大陸ウインドール大陸のいろいろな知識を得たクロノは、早速帝国へ潜入。

クロノは潜入自体難なく果たし、皇帝陛下と接触するため帝国内を移動していた。


「まずは帝都を目指すんだったな…」

目立たないように飛行能力は使わず、かといって街道も使わず、道なき道をクロノはひた走った。


 一方、クロノを見送ったデイジーは、サイモンに呼び出され、彼の元を訪れていた。

「来たかデイジーよ、実は先ほど、南の国境付近で哨戒任務にあたっていた部隊から至急の報告があってな、南の小国・ムジェンダが、国境付近に兵を集め始めているらしいんじゃ」

「ムジェンダですか…」

その名を聞いたデイジーの表情が険しくなる。

「…そうか、お前さんにとっては因縁のある国じゃったな」


 ーー4年前のこと、ムジェンダから王国へ流入してきた盗賊団が、国境付近の村をいくつか襲撃し、虐殺と略奪を繰り返す事件が発生、事態を重くみた騎士団は盗賊団討伐のため動き出したが、盗賊団が神出鬼没だったため討伐は難攻していた。

騎士団の守りが行き届かない小さな村々は、独自に用心棒を雇い、村の守りに当たらせていた。

だが、ある貧乏な村が用心棒を雇えず困り果て、不安な毎日を過ごしていた。

その話を聞いた当時王国でも高名な凄腕の剣士が無償で用心棒を買って出たのだった。

彼こそが、デイジーが最も尊敬する人物にして彼女の父親、ハリソン・グレイスであった。

幸か不幸か、彼がその村に到着したその日の夜に事件は起こった、盗賊の夜襲である。

ハリソンが盗賊団の接近を事前に察知できたため、村人たちの避難は完了済みで、ハリソンは1人で盗賊団を迎え撃つため村に残ったのだった。

盗賊たちはハリソンの名前を聞いた途端目の色を変え、愚かなことにハリソンを討ち取れば名を挙げられると我先にとハリソンに斬り掛かっていった。

だが、実力の差は明白で、盗賊団たちは容易く斬り伏せられ、最後に残った馬上の首領らしき男が、弓を構えハリソンに向けた。

ハリソンはそれでもお構いなしに男へと突進していき、焦った男は慌てて矢を放った。

だが、ハリソンはそれを紙一重で避け、尚も男に向かって走った。

「チッ!外したか…」

危険を感じた男は、馬を反転させ、その場から一人逃げ出したのだった。


 足を止めたハリソン、だがその時、彼は全身の激痛と眩暈に襲われたのだった。

そう、彼を狙った矢は僅かに掠めており、不幸なことにそれには猛毒が仕込まれていたのである。


「クッ!しくじったか…、付近に人がいないんじゃ、助けも呼べないか…」

ハリソンは崩れ落ちそうな体を、剣を杖代わりにすることで堪える。

「デイジー、すまない、まだ若いお前を、1人にさせちまいそうだ…、悔しいな~、お前の騎士姿も、花嫁姿も、みれ・・ない・・なんて・・・」

フラつきながらも堪えて立ち続けるハリソン。

「父さんは誰よ・・りも・・お前・・の・・しあわせ・・を・・ね・・が・・・・」

こうして、ハリソンは最愛の娘のことを想い、涙を流し、誰にも見取られることなく、立ったまま絶命したのであった。

往年40歳、死しても彼の武勇の数々は、現在(いま)も語り継がれているのであった。


 この時、デイジーは17歳、王立騎士学院に通う学生で、彼女が父の死を知ったのは、それからしばらく経ってのことだった。

それから3年後、彼女が騎士団長になり、国内の巡回警備に自ら志願したのは、父の意志を継ぎ、力無き者に寄り添い、身近で守るため…

そんな決意の表れであることに他ならなかった。

そして今、彼女が腰に携えている剣こそが、最後まで最愛の父を支えてくれた形見の剣なのであった。ーー


「私のことはお気になさらず、話を続けてください」

気を取り直し、真剣な眼差しをみせるデイジー。

「フム、お前さんも知ってのとおり、あの国は、国とは名ばかりの無法地帯じゃ、どういう意図で兵を国境に集めたのかはわからんが…、もしかすると帝国と手を結んだのか、それとも漁夫の利を狙っておるのか…、いずれにせよ、悪い予感しかせん!」

「私も同感です」

「そこでじゃ、お前さんはギルバートと合流して、南の国境に向かってくれんか、…本来なら、王都で待機しているイグリスに向かわせるところじゃが、あやつが行くと、無駄な争いを起こしかねんからな」

「確かに…、では早速向かうとしましょう、こうしている間にもなにが起こるかわかりませんので!」

「そうじゃな、よろしく頼むぞデイジー」

こうして、デイジーは、急ぎギルバートの元に戻り、彼と共に南の国境へと向かうのだった。


「しかし、ムジェンダがな~、…あそこは今や盗賊が治める国だ、国力も兵力も大したことはないはずだが、王国に牙を剥くとはどんな酔狂だかな」

騎士団を率い南下するデイジーとギルバートは、馬を走らせながら話をしていた。


「私も少し考えたのですが、これは明らかに陽動ですよね?」

「だろうな、…だからと言ってほっとくわけにもいかんしな、…ん?どうした?デイジー」

話の最中に考え込む仕草をみせたデイジーが気になり、ギルバートは怪訝な表情で声を掛けた。


「なにか嫌な予感がするんです、このまま私たちの団が南に向かってしまうのは…」

「そうか…、なにか考えでもあるのか?」

「ええ、ですかそれでは総長殿の命に背くことに…」

「いや、爺さんならそれも見越しての人選だと思うぜ?」

「そうでしょうか…」

「ああ、俺が保証する!、だからその考えとやらを言ってみな!」

「それでしたら…」


 デイジーの考えとは…

1度王都へ寄り、サイモンの命令という口実で、イグリスを南の国境の防衛に向かわせ、ギルバートは王都から西に向かい、そこから北上、帝国との国境西端を守る第七騎士団の後方に付く。

デイジーは刹那との約束も考慮し、王都の防衛に当たるというものだった。


「いいぜ、その話乗ってやる、デイジーのカンはよく当たるからな、…そうとなれば、俺がイグリスの尻を叩いてやるぜ!」

これからの方針が決まり、一路王都へ。


 そのころ、帝国の東、帝国と共和国の国境付近にある監視小屋では…

「ここならひとまず安心です、殿下」

フードを被った男たちがそれを剥ぎ、少年の前で片膝を着いた。


「道中、大体のことは聞いたが、父上が幽閉されているというのは本当のことなのか?ヴァルドル!」

「はい、王国への侵攻開始前日のことです、偶然、スタイセン将軍と隠密部隊のザギの会話を扉越しに聞きまして、…スタイセン、ヤツは陛下を睡眠薬を使って連れ去り、どこかへ幽閉した上、陛下の命令と偽って、王国侵攻に乗り出したのです!」

「スタイセンがそんなことを…、だから最近父上は姿をお見せにならなかったのか…、それで父上の居場所はわかっているのか?」

「それが…、未だにわかっていません、それを部下に探らせていたところ、偶然殿下の御身も危険なことを知り、急ぎお助けに参ったのです」

「そうだったのか…、いつもすまない、グレン」

「滅相もありません、ですが陛下を守れなかったことが殿下に申し訳なく、この先、この命に代えても殿下をお守りし、陛下を必ず助け出してみせます!」

「もちろん父上を助け出すためなら僕も手伝うから、なんでも言ってくれ!クレン」

「殿下…、では、これからのことなのですが、共和国を経由して王国へ向かい、国王に帝国で起きていることを知らせたいと思います」

「うん、僕もそれには賛成だ、帝国への誤解を解き、王国の力を借りて、父上と帝国を取り戻すためにな!」

「逞しくなられましたな、殿下」

「もしそうなったのだとすれば、いつも面倒をみてくれたイアン、そしてお前のお陰だ、グレン」

こうして、一通り話し終えた彼らは、追手の可能性も考え、すぐに小屋を後にし、一路共和国を目指すのだった。


 そして、彼らが出発してから程なくして、グレンの読み通り、隠密部隊バットアイの2個小隊が小屋を発見し、その報告を記した魔法の矢文をザギの元へと放った後、追跡を続行したのだった。


 〔魔法の矢〕

魔力を注ぎ込んだ矢で、指定の魔法の的まで落下することなく到達する。

主に、国に仕える者が使用を許され、手紙のやりとりに使われており、一般人にはあまり馴染みのないモノである。

ちなみに、デイジーがシンク村で、王都への諸々の報告に使ったのも、この方法である。


 数時間後、矢文がザギに届き、ザギはその内容をスタイセンへ報告していた。

「部下の報告によりますと、残留物などから賊の正体はヴァルドル「元」将軍の可能性が高いようです」

「ヤツか…、余計な真似をしてくれる!、早々に消しておくべきだったな!」

「ですな、…保身のために雲隠れすると予想していましたが、まさか殿下を連れ去るとは…」

「フンッ、この際だ、殿下もヴァルドル共々消えてもらうとしようか、…なにかの役に立つかと生かしておいたが、こうチョロチョロされても邪魔なだけだからな」

「よろしいので?」

「保険は陛下お1人で十分だろう!」

「了解しました、命令を出しておきましょう、追跡対象すべての抹殺と」

「とはいえ、ヴァルドル相手では、お前の部下たちでは荷が重いだろう、ヴォルフも差し向けるとしよう、フフ、面白いショーになるやもしれんぞ?」

「ヴォルフ将軍を、ですか?、それでは前線に穴が空くのでは?」

「なに、幸い王国は防戦に徹しているだけだ、将軍1人留守になった程度で、こちらが不利になることはあるまい」

「なるほど」

「それに、作戦通り騎士団の一部が南下したという報告もあったしな、これで王国の守りも弱り、いよいよ次の段階に移れるというものだ!」

「と言われますと?」

「明日、国境西部にいるストレインの部隊を本格的に進軍させる、フフ、ムジェンダの陽動で国境がかなり手薄になったからな、…連中、金の話をチラつかせただけでこうもあっさり乗ってくるとはな、愉快で笑いが止まらんわ!」


 そこへ、バットアイの隊員が訪れ、

「報告が入りました!」

「フム、聞こうか」

スタイセンは緩んだ顔を引き締め直すと報告を促した。


「シンク村へ向かった部隊から、到着の報告と、明日、「セツナ」の捕獲を実行に移すそうです、報告は以上です!」

「うむ、下がっていいぞ!」

スタイセンの言葉でテントを出ていく隊員、その直後、

「フフフフフ、フワッハッハッハッ!、こうも順調に進むとはな、多少邪魔も入ったが、大した問題ではあるまい、…とはいえ、戦乙女はともかく、シンク村にクロノがいないとも限らん、捕獲部隊には慎重に動くよう伝えておけ!、それと、共和国への降伏勧告の準備も忘れるな」

「畏まりました、それではわたくしもこれにて失礼いたします」

ザギは頭を下げ、テントから出て行った。


「フフ、「セツナ」とやらがどんなヤツか楽しみだ!、クロノと戦乙女の絶望した顔をみれないのが残念だがなァ」

いやらしくニヤけるスタイセンであった。


 夕暮れ時、王都へ到着したデイジーたち…

王城の一室では、デイジー、ギルバート、イグリスの3人が話し合いをしていた。

「なぜ私がそんな任務を!?」

声を荒げるイグリス。

「爺さんの命令だぜ、もちろん従うよな?」

ニヤけ顔のギルバート。

「クッ、ロックバイン様の命令ならいた仕方あるまい、だがデッケル!

あのお方を爺さんなどと気安く呼ぶな!、あのお方は貴族の中でも…」

イグリスの言葉を遮り、

「ヘッ、あの爺さんが身分を気にするようなタマかよ!、爺さんは器がデカいからな、どこかの誰かさんと違ってよ!」

「フンッ、まあいい、私は早速南へ向かうぞ!」

「よろしく頼むぜ、くれぐれも先走るなよ?、爺さんもお前のそういうところが心配なんだとよ!」

ギルバートの言葉を背に、イグリスはなにも言わずに部屋を出て行ったのだった。


「先輩、さすがですね、イグリス殿の扱いがうまい」

「ま、仲がいいわけじゃねえが、同期で付き合いが長いからな、…さて、俺もお前に言われたとおり、西から国境を目指すとするかね」

「先輩、よろしくお願いします、くれぐれも無茶はしないでくださいね!」

背を向け手をヒラヒラと振り、ギルバートも部屋を出て行き、ひとり残ったデイジー。


「刹那との約束は明後日、…2人で王国、帝国、共和国、三国の国境が交わる関所の町・テムズの手前あたりに向かうんだったか…、メヴィ殿はそれ以上なにも教えてはくれなかったが、彼女のことだから重要な「何か」があるんだろう…、刹那の能力で助けてほしい人がいるようなことを言っていたしな」

デイジーは1人考えを巡らせ呟くのだった。


 この日、瞬平と刹那はそれそれ、特にトラブルもなく、前日同様1日を乗り越え、今日の疲れを癒すため、それぞれの場所で眠りに就いていたのだった。

そしてメヴィは例のごとく、用事と言い残しその夜もどこかへと出かけて行ったのだった。


 瞬平たちがこの星に来てから5日目の早朝…

瞬平が目を覚ますと、いつもと違う景色が広がっていた。

「ん?、どこだここは…」

気になり体を起こした瞬平の目の前には刹那が立っていた。

だが、明らかに様子がおかしい、目は虚ろで涙を溢れさせ、身体は震え、フラついていた。

「ど、どうしたんだ!?刹那!、なにがあった!?」

慌てて声を掛けた瞬平に刹那は、

「瞬ちゃん、どうして助けに来てくれなかったの?、デイジーちゃんも、クロノくんも、ボンちゃんも、みんなアイツらに殺されちゃったよ…」

「え?なにを言って…」

驚いた瞬平は、2人が立つ草原を見回すと、…そこには夥しい量の肉片で埋め尽くされた大地へと変わっていった。

その肉片の中には、デイジー、クロノ、ボス、ロナルドらの頭部も…

「うっ、うわーっ!、なんなんだこれ!?」

叫び、愕然とする瞬平の横を刹那はすり抜け、フラフラと歩いていく。

「刹那!、どこへ!?」

振り向いて追いかけようとする瞬平、すると刹那は1度立ち止まり、

「さよなら瞬ちゃん、私もみんなのところに行くね…」

「な、なにを言って…」

再び歩き出す刹那、瞬平は走って追いかけるが全く追いつけない、走っているはずなのに前へ進んでくれない。

「待ってくれ刹那っ!」

瞬平が何度呼び掛けても、刹那はなにも聞こえていないように歩き続け、刹那の向かった先に刹那の数倍はある人影が現れ、その右腕を振り上げた。

「や、やめろーーーっ!やめてくれ…、頼むから…う…」

涙を流しながら懇願する瞬平。

そんな瞬平の叫びも虚しく、振り上げられたその腕が刹那めがけて容赦なく振り下ろされる。

刹那はその腕、鋭い爪が当たった瞬間、人間の姿ではなくなり、周りを埋め尽くす肉片へと同化していった。


「あーーーーっ!、せつ・・・な・・、なんで・・・こんなことに・・・」

絶叫と共に瞬平は勢いよく起き上がった。

「こ・・こは?、いつもの寝床?」

涙でグシャグシャな顔の瞬平。

「え?、夢だった・・・のか?、…なんてイヤな夢だよ!…グス…」

そこへ、

「大丈夫かい?瞬平、…ひどくうなされていたけど」

「メ、メヴィ?、いつからそこに?」

メヴィは球体の外から心配そうに瞬平をみつめていた。

「ん~、ちょっと前からかな?」

瞬平は顔を隠すようにそっぽを向き、涙を拭う。

「まあ、あんな夢を見たんじゃ仕方がないけど、夢は夢!、元気出してよ!」

「?、今なんてった?、もしかして夢の内容わかってて、起こさず放置してたのかよ?!」

メヴィを睨みつける瞬平。

「えへへ、いや~ゴメンコメン、ワタシもその夢が気になったからさ、ついね」

「なにがついだ!、この鬼畜ツインテールがっ!」

「アハハ」

笑って誤魔化すメヴィが瞬平に背を向けると真剣な表情に一変、そして小声で、

「安心して瞬平、絶対夢のようにはならないから、もしものときはワタシがキミたちを守るから…」

「ん?、メヴィ、なにか言ったか?」

「ん~、なんでもない!、…さ~て、泣き虫の瞬平くん、今日も特訓張り切っていくヨーっ!」

そう言って振り返り、メヴィは瞬平に笑顔を向けるのだった。

「だれが泣き虫だ!だれが!」


 その後、メヴィが持ってきた刹那の弁当を食べ終えた瞬平は、今日の特訓を開始するのだった。


 場所は変わって帝国との国境西側で帝国の将軍、レイラ・ストレインが進軍を開始していた。

「まったく!、あのオヤジ(スタイセン)はなに考えてんだろうねェ、陛下の命令といわれりゃあ、アタシらは従うしかないが、どう考えても陛下がこんな命令を出すとは思えない、…それにヴァルドル将軍の皇子誘拐とか…、一体帝国でなにが起きているんだろうねェ、…ま、「今は」できる範囲で命令に従っておくかとするね!」

レイラはそう呟くと、軍を指揮し、王国側を守備する第七騎士団との戦闘を開始するのだった。


 戦闘中、レイラは第七騎士団団長、ディクス・ライオットと遭遇。

「アンタが頭かい?、いい男じゃないか、…だが、こっちのほうはどうかねェ?」

馬上のレイラが剣を相手にみせつけるように前に突き出すと、

「侵略者がっ!、ここで必ず食い止める!」

同じく馬上のディクスも両手剣を構え、相手の様子をうかがう。

レイラは両手剣を2本、左右それぞれの手で軽々と持ち、2本の刀身をクロスさせた。

「フン、珍しい剣術を使うようだが、ここで引き返してもらうぞ女!」

2人は同時に馬を走らせ急接近、そしてそれは一瞬で決まった、すれ違いざまディクスがなぎ払うような横斬りを右側を通過しょうとするレイラに放ち、レイラは外側(左手)の剣でそれを受け止めるのと同時に、内側(右手)の剣でディクスの剣を斬り上げ、弾き飛ばしたのだった。

「なにっ!」

剣はディクスの手を離れ、頭上を舞い、地面へと突き刺さった。


「なんだい!、威勢がよかった割には呆気ないねェ、…っ!」

レイラがなにかに気付いたときには、ディクスの背中に矢が突き刺さっており、彼は馬から転げ落ちた。

「誰だい!、横槍をいれてくんのは!?」

レイラが矢の飛んできたほうをみると、自分の部下とは違う様相の人物が、弓を片手に走り去っていくところであった。

「あれは、…バットアイのヤツだね、チッ、やっぱりあのオヤジがなにか企んでやがるのか?…」

そこへレイラの部下の1人が、地面に転がるディクスに近寄り、

「レイラ様、この男、まだ息がありますが、ここで首をはねますか?」

「そうだねェ…」

しばらく考えたレイラは、

「よし、決めた!」

そう言うとレイラは剣を高々と上げ、

「レイラ・ストレインが、王国の将を討ち取ったっ!、ここで死にたくない者はさっさと退きなっ!」

レイラの大きな声に、交戦中の騎士たちが一斉にそちらへ視線を向けると、レイラの傍らには地面に横たわる団長の姿が。


 レイラはさらに、

「言っておく!、ここで刃向かうんならアタシが直々に相手してやるよ!」

レイラの威圧に怖気づいた騎士たちはその場から撤退し始めたのだった。


 その後、レイラはディクスをみて、

「そいつを治療してやんな!、アタシの気が変わるまでは生かしておく!、いいね!」

「了解しました!」

数人の兵士がディクスを取り囲み、応急手当を始めたのだった。


「それが終わったら先に進むよ!」

こうして、レイラの軍は王国への進軍を再開するのだった。


 デイジーの指示通り、王国西部から北上していた第二騎士団…

「団長っ!、前方に敵軍らしき影が接近中ですっ!」

ギルバートの部下が声をあげた。

「チッ、間に合わなかったか…、ディクスのヤツ、無事だろうな?、頼むから生きていてくれよ…」

ギルバートは険しい表情で呟きつつ、そのまま前進した。

両軍、一定の間合いで動きを止めた。


「チッ、やはり相手はレイラ姐さんか、厄介な相手と鉢合わせたモンだぜ…、いや待てよ、…これはむしろ好都合かもしれねえな、少なくともスタイセンのような卑劣な真似はしねえはずだ、…ここは話をしてみるか…」

ギルバートは1人で前に出ると、

「全員ここで待機っ!、俺が1人で話をしてくる、だが、もしも俺になにかあれば迷わず撤退しろ!、…俺抜きで勝てる相手じゃねえからな!」

そう言うと、ギルバートはゆっくりと馬を前進させていったのだった。


 一方レイラは、1人でこちらへ向かってくる者を確認すると、

「ほお、今度の相手はギルバートかい、1人で向かってくるとは、一騎打ちでも申し込むつもりかねェ」

レイラは右手を挙げ、

「アンタたちは動くんじゃないよ!、アタシの邪魔をするヤツは味方でも「斬る」からねェ!」

レイラも1人で前進し、ギルバートの元へと向かっていく。

2人は馬一頭分ほどの距離まで近づいたところで馬を止めた。


「久しぶりだねェ、ギルバート、1人で来るなんていい度胸じゃないか、このアタシに一騎打ちでも申し込みに来たのかい?、数年前の御前試合じゃアタシにボロ負けしたアンタが!」

「クッ、イヤな思い出を穿り返すんじゃねえっての!、俺だって少しは腕を上げてるんだぜ!、レイラ姐さんよう」

「ま、今はアンタより、噂の戦乙女の嬢ちゃんと戦ってみたいんだけどねェ」

「チッ、俺は眼中になしかよ!、…ところで、国境を守っていたディクスはどうした?!、まさか殺ったのか?」

「ん?、あのいい男かい?、殺しちまった、と言ったらどうする?」

妖艶な笑みを浮かべ、挑発気味にそう言ったレイラ。


「それが「本当」なら、姐さんを許すわけにはいかねえ、…と言いたいところだが、まずは話がしたくて俺は1人でここに来た!」

「まあ、そうだろうねェ、いきなり戦争を吹っかけられた側としちゃあ、納得のいく説明をしろ!、てところだろうさ、…と言っても、実のところアタシも今回の陛下の命令には、釈然としないものがあってねェ」

「だったら大人しく軍を退いてもらえねえか?」

「そいつは無理な相談だねェ、アタシも軍人だ、…なにか理由がない限り、命令に従うのが道理だろ?、「理由」が無ければねェ」

「ならこれはどうだ?」

ギルバートは、デイジーが停戦交渉に赴いたが、スタイセンに有無を言わさず殺されかけたことや魔族の襲来のことを、レイラに説明したのだった。


「ほお、こりゃあ面白い話が聞けたねェ、停戦の遣いを陛下の下へ通さないとは、…ますますあのオヤジ、いや、タヌキの独断先行の疑いが濃厚になってきたみたいだねェ」

「ッ、もしや姐さん、勘付いていたのかよ!」

「フンッ、アタシを誰だと思ってんだい?!、といっても確信が持てるほどの情報がなかったからねェ、…それと魔族だったかい?、帝国ではそんな話聞いてないけどねェ、そんなのはただの御伽噺じゃないのかい?」

「まあ、俺も実際にみたわけじゃねえが、うちのデイジーが、王国と共和国で一匹ずつ倒してるらしくてな、複数の目撃証言もあるから、間違いねえとは思うぜ」

「フフ、アタシャますますその嬢ちゃんに興味が湧いてきたよ」

「そっちかよ!、いい歳し…」

「アンタ!、歳の話をしたらこの場で殺すよ!?」

「ヒィィ、こわいこわい、…で、姐さんはこれからどうするつもりだよ?」

「そうだねぇ、…ギルバート、アンタ、ここで死にな!」

レイラは即座に剣を抜き、ギルバートに突きつけた。

「なっ!、これが答えかよ…、見損なったぜ姐さん!」

「これも運命だと思って諦めな!」

ギルバートは悔しげな表情で目を閉じ、

「サーシャ、アイリス、デイジー、すまねえ、俺は帰れそうになさそうだ…」

そして、レイラは剣を振り上げ、ギルバートに狙いを定めるのだった。


 それから程なくして、その報せは、王都にいるデイジーや国王、前線の各騎士団に伝えられた。

「デイジー様!、報告です!」

執務室で控えていたデイジーの元へ、副団長のクリシュナが慌てた様子で入室してきた。

「どうした?クリシュナ、そんなに慌てて…」

「デイジー様、落ち着いて聞いてください、…デッケル団長とライオット団長が、…戦死されたと報告が入りました…」

それを聞いたデイジーは、愕然とし、

「なん・・だと?・・・せんぱいが・・・死んだ?、…私の指示の所為で…」

机に両手を着き、項垂れ、虚ろな表情で涙を流すデイジー。


「デイジー様!、しっかりしてください!、王国の北西部は帝国の手に落ちました!」

それを聞いたデイジーはふと気付く。

「北西部?、…それではクリシュナの故郷は?」

「はい、おそらくは占領されたかと…」

デイジーは涙を拭い、

「すまない、取り乱して…、早くクリシュナの故郷を取り戻さないとな!」

「デイジー様…、あ、それと、先ほどの報告と共に、デイジー様個人に宛てられた手紙も添えられていました、…こちらです。」

クリシュナがその手紙を差し出すと、デイジーは早速開封し、内容を確認したのだった。


「…なっ、先輩…、なんてことをしてるんですか…」

デイジーの真剣だった表情がみるみる綻び、笑顔に…、それと同時に涙が頬を流れ落ちたのだった。


「デイジー様?、どうされました?、手紙にはなんと?」

不思議そうにみていたクリシュナが声を掛けると、

「フフ、すまない、ちょっと呆れただけだ、…だが、これはクリシュナにもみせておかないとな、…だがこの手紙の内容は、時が来るまで他言無用にな?」

クリシュナは手紙を受け取ると、それを読み始め、

「これは…、敵将はストレイン将軍でしたか、なかなかの人物のようですね」

「ああ、この礼は、いずれ返させてもらうとしよう」

そうなると、クロノの行動が大きな鍵になりそうだ、連絡が取れないのが悔やまれるが、彼ならばきっと大丈夫だろう。

デイジーは心の中でそう呟くのだった。


 敗走した第七騎士団は、国境沿いの東隣の地域を守備していた第六騎士団と合流、その頃にはギルバートらの戦死の報せが彼らにも届いており、第六騎士団はその場の守りを、団長代行となる副団長が率いる第七騎士団に任せ、レイラの軍を追うべく南西へと移動するのだった。

そして、サイモンは、2人の団長の死を悼む暇もなく、国境を守る騎士団が減ったことへの対応に急ぐのだった。


 時間は少し遡り、同日昼前のシンク村では…

村人たちは平穏に過ごしていた…、だがその穏やか村に、マントを纏い、フードと仮面で顔を隠した者たちが数人、密かに迫っていたのだった。

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