第5話 シュトラール王国とギムリア帝国


 そして夜が明け、瞬平が目を覚ます。

「ふわ~ぁ、よく寝た、この世界に来てからあまり寝てない上に、昨日は激動の1日だったからな~」


 そこへ、突然部屋のドアが勢いよく開き、慌てた様子の刹那が入ってきた。

「瞬ちゃん瞬ちゃん、大変だよ~!」

「なんだ?朝から刹那は元気だな~」

「瞬ちゃんそれどころじゃないよ~、さっき外に出たら、ボンちゃんがこんなんなっちゃってたよ~」

と、刹那が子犬を瞬平に突き出してきた。

「え?いや、ただの子犬だろ?、確かに毛の色とかはボスそっくりだけど…、こんなちっこいのがボスなわけないだろ!」

「私にはわかるもん、この子ボンちゃんだよ~」


 すると今度は部屋の窓からノックの音が聞こえ、

「今度はなんだ?ここ2階だぞ!」

瞬平たちが窓の外をみると、

「メヴィ?驚かすなよ!」

瞬平賀そう言うと、刹那は駆け寄って窓を開け、

「メヴィちゃんおはよ~」

「おはよ、刹那に瞬平、クロノも」

「ああ」

いつの間にか開いたままの入り口にクロノの姿があり。

「なんで、俺の部屋に集まってくるんだよ!?」

困惑気味する瞬平。


「だってボンちゃんが~」

「いや、だからそれ…」

「その子、ボスだよ」

瞬平の言葉を遮り、メヴィが断言する。

「なっ!どうみても違うだろ!」

「ボンちゃんだってば~、ね?メヴィちゃん」

「うん、ワタシがその姿にしたからね、間違いないよ」

「なに!?、…またなんだってボスをこんな姿に…」

小さくなったボスへ哀れみの視線を向ける瞬平。

それに反して刹那は、

「かわいいから、私は全然オーケーかな~」

ボスを抱きしめ頬ずりをする刹那。


「いやね、少し前に、村の外で寂しそうにしているのをみかけたからさ、ちょっと話を聞いたら、刹那と一緒にいたいけど、元の姿のままじゃ村に入りづらいからって…、なんて健気な子なんだろうね、ワタシもその子が刹那をそばで守ってくれるなら助かるからね、だからその姿に変えてあげたんだよ、その子ももちろん納得済みだよ!」

「といってもその姿じゃ、なんの戦力にもならないだろ?」

瞬平がそう言うと、ボスは刹那の腕の中から飛び出し、瞬平めがけてダイブ、その瞬間ボスが元のサイズへと戻り、瞬平に圧し掛かり、

「ガウ!」

「ぐるじ~」

そして今度はボスの体が瞬時に縮み、

「ワウ!」

「ボンちゃんすごいすごい!」

刹那が笑いながら拍手を送るのだった。


「というわけで、彼自身の意思でサイズを変えられるようにしてあげたから、その点は問題ないよね?」

「ふぅ、死ぬかと思ったぜ」

つぶれていた瞬平が体制を立て直す。


「フッ、賑やかな連中で飽きないな」

クロノが呟き、窓際まで近づくと、

「オレは先に行かせてもらう、なにかあれば聞いておく」

メヴィに声を掛けた。

「そうだな~、用事が済んだらデイジーを手伝ってあげてよ、くれぐれも目立たないようにね?」

相変わらず窓の外で浮遊しているメヴィがそう答えると、

「了解した、では行って来る!」

「よろしくね!クロノ」

「クロノくんいってらっしゃ~い!」

メヴィと刹那の言葉を受け、クロノは窓から飛び出し、メヴィの横をすり抜け、飛び去って行ったのだった。


 それをみた瞬平が慌ててベッドから下り、窓際へ。

「アイツも飛べるのかよ!?」

「まあ、魔将ともなれば当然のスキルだろうしね」

メヴィが何気なく答えた。

「便利すぎ!羨ましすぎだろ!」

「ボヤかないボヤかない、いずれは瞬平にも必要になるスキルではあるだろうけどね」

「いずれか…、まあ今は強くなることが先決、だろ?メヴィ」

「そういうことだね、準備ができたら、ワタシたちも出発するよ!瞬平」

「朝ごはんとお弁当の用意してあるから、ちゃんと食べていってね!」

ボスを抱きながら刹那がそう言うと、3人は1階ホールへ下りていくのだった。


「おはよう瞬平くん、よく眠れたかい?」

1階で掃除をしていたロナルドが声を掛けてくる。

「ロナルドさん、おはようございます!、おかげ様でぐっすり眠れました!」

「それはよかった、デイジーさんから当面の宿代は貰ってるから、好きに使ってくれていいよ、刹那ちゃんが宿の手伝いをしてくれるから、こちらも助かるしね、…今朝も朝早くから朝食の準備をしてくれたんだ、刹那ちゃんはいい嫁さんになるぞ!瞬平くん!」

瞬平に親指を立ててみせるロナルド。

「いいお嫁さんだなんて~、照れちゃうよ~」

苦しむボスを気にもせず強く抱き締めながら刹那は紅潮した顔で体をウネウネとさせ、チラッと瞬平をみつめた。

「ロナルドさん、あんまり刹那を持ち上げないでくれよっ!調子に乗るからさ~」

そう言う瞬平も赤面していたのだった。


「それにしても昨日はお客さんが増えてビックリしたよ、あのバケモノもそうだけど、色々事情がありそうだね?、なにかあれば遠慮なく頼ってくれ、君たちへの恩返しだと思ってさ」


 そこへメヴィが右手を挙げると、

「君は、メヴィちゃんだったね?どうしたんだい?」

「今日からワタシと瞬平は、しばらく留守にするから、刹那のこと頼めるかな?」

「ああ、もちろんだよ、任せてくれ!」

ロナルドはそう言うと、拳で自らの胸を叩いてみせた。


 メヴィは刹那へと向き直り、

「刹那、キミはデイジーとの約束の時までは、ここで村人たちの手伝いをお願いね!」

「うん、了解しました!」

「昨夜、この村の周りに、ワタシの意識と連動させたフィールドを張っておいたよ、とりあえず外敵の侵入は不可能だから安心していいよ、ただし、フィールドの外に出るときは十分に気をつけてね、…ボスも刹那のことよろしくね」

「ワウ!」

ボスは刹那の腕の中で小さく吠えたのだった。


「それじゃあ朝食を食べたら出発するよ!瞬平」

「おう!」


 そうして朝食が済み、3人と1匹で村の外れへと出てくる。

「このへんでいいかな、ここからは一気に大森林までいくよ、瞬平」

「瞬ちゃん、頑張ってきてね!」

刹那がガッツポーズを取ってみせる。

「ああ、任せろ!、刹那も気を付けてな、…ボス!刹那を頼むぞ!」

「ガウ!」

元の姿のボスが頷く。


「じゃ、いくよ!」

メヴィの掛け声とともに二人はその場から消え、

「瞬ちゃん、無事に帰ってきてね…」

刹那は遠くをみつめながら呟くのだった。


 そのころ、クロノは既に目的地へ到着しており、その上空から地上を観察していた。

「彼女(デイジー)はまだ到着していないようだな…、しかしこの兵士の数、魔族にとっては格好の餌場だな」

そこから視線をずらしていき。

「血族どもはあそこか…?、3匹集まっている?、まさか融合する気か!、同時に送られた仲間が半分以上消えたんだ、流石に強化ぐらいは考えるか…、いずれにせよ、さっさと片付けたほうがよさそうだな」

クロノが血族たちのいるところへと下りていくと、3体の血族はクロノに気付き、

「食イ物キタ、チカラ感ジル、コイツ食エバモット強クナル」

「オレから魔王の呪いが消えたためか?、オレのことを認識出来なくなったようだな、…融合するんだろ?待っててやるからさっさとしたらどうだ?」

「オレタチヒトツニナル」

すると、1体の血族の胸に他の1体が手のひらを当てると、吸収され胸の中へと消えていき、続けてもう1体も同じように…、2体の血族が吸収された直後、ひとつになった血族が痙攣をはじめ、体がみるみる大きくなり、筋肉が肥大し、元のサイズの2倍以上はあるであろう姿へと変化していった。


「さて、オマエを食って、もっと強くなるとするか」

「ほう、融合した血族ははじめてみるが、多少は頭のほうも成長するようだな?、…なんにせよ、貴様にはここで消えてもらうがな」

クロノは2本の短剣を抜き、構える。

「オマエ、オレを甘くみていると…」

血族の言葉に耳も貸さずに、クロノは残像を残し姿を消し、その直後、血族の背後に現れ、素早く飛び上がる。

「なにっ!」

血族が振り向くよりも先に一閃、胴体から切り離された首が地面へと落下していく。

「まさか、こんなにも簡単に…」

血族は端末魔を残し、頭部が地面を転がった。

脳を失った身体は脱力し倒れ、その重量ゆえに轟音が響かせ、地面を大きく揺るがしたのだった。


「融合体と言ってもこの程度か…、まあ元の固体たちが最弱クラスの血族たちならこんなものか…」

剣を納めたクロノが再び上空へと飛び上がり、

「これでひとまず魔族による犠牲者を出さずに済む、か」


 そのころ、魔王の居城では、

「ッ!、融合体になった血族まで消えるとは、あの星を生まれたばかりの子供たちの餌場にするにはリスクが大きかったようだな、魔将に使えそうな者をみつけてしまえば、そんな星など用済みだ、あとは好きに滅ぼしてくるがいいぞ!」

「御意に」

魔王の前で跪く3人の魔将が頭を下げた。

「あの星に再度繋がるまでまだ時間が掛かる、せいぜい力を蓄えておくことだな!」

頬杖をつき、薄ら笑う魔王だったが、今度はその手を顎に当て、

「それよりも気になるのは、ガルデス(53番目の魔将)だ、預けていた300人の血族たち諸共数時間前に反応が消えた、…魔界でなにかが起きているのか!?」

ガルデス、彼は魔王の命で魔界の一部宙域を預かり管理していた魔将であった。


 エソナ体森林手前の丘では…

「ここがデイジーの言っていたエソナ大森林か」

「うん、そうだよ」

メヴィと瞬平は、丘からその大森林を眺めていた。

「みた感じ、森以外なにもないところだな?」

「そう、ここから先は大陸の端まですべてが森だよ、この森の広さは国一つ分に相当するんだ」

「マジかよ!、ここで迷ったらもう出てこれないんじゃないか?」

「それは大丈夫でしょ、瞬平にはもう、この星に対応した方向感覚が定着しているだからね、言語にしてもそうだけど、この星に来た時にワタシがふたりの感覚を最適化しておいたからね!」

「それ聞こうと思ってたんだよ、ホントになんでもありだな…」

驚いたかと思うと、呆れ顔になる瞬平。


「まあ方向感覚がしっかりしていても、引き返すための体力が残っていなければ同じことだけどね」

「さらっと怖いこと言うなよ!、…で、ここでなにをすればいいんだ?」

「そうだね、まずはここに棲む獣たちと鬼ごっこをしてもらおうかな?」

「鬼ごっこ?バトルを挑むとかじゃなくて?」

「この森に棲む獣や魔物を甘くみないほうがいいよ、魔族に匹敵する固体もいるからね、今のキミの力じゃ挑んだところで…わかるよね?」

「なっ!なんか帰りたくなってきた…、というか、獣はともかく魔物ってなんだよ?!」

「デイジーが言ってたよね?モンスターの類がいるって、魔物、つまり魔法で人工的に生み出された生物、人を殺すために作られた兵器、遠い昔この星で色々あったようでね、その名残だね」

「・・・・・・・」

瞬平がポカンと口を開け固まっていると、

「瞬平、だいじょーぶ?怖いならやめとく?」

メヴィがわざと煽るような言葉を放つと、瞬平は迷いを振り払うように首をブルブルっと左右に振り、

「そんなわけあるかよっ!望むところだっての!」

「よしよし、それじゃあ、ここから10キロほど先でワタシは待ってるから、そこまで無事に辿り着いてね?、とりあえずキミの「命だけ」はワタシが保証するから、せいぜい頑張ってね」

そう言うとメヴィは、瞬平の目の前から瞬く間に消え、瞬平も森へ向かって走り出したのだった。

「なにがなんでも強くなってやるっ!クソッタレーッ!」

気合いと期待を込め、雄叫びを上げる瞬平なのであった。



 しばらくの後、国境ではデイジーがギルバートと合流し、戦況の確認をしていた。

「こちらが押し返す際に、両軍、ある程度犠牲が出たが、現在はなんとか防戦に徹しているところだ、…まあ「侵攻はするな」というのが陛下の命令だしな、だが長期化すればこちらが不利になるのも確かだ」


 王国騎士団は、デイジー、イグリスの団を除いた5つの団を国境に展開させ、帝国の3人の将軍が率いる部隊の進軍を抑え込んでいた。


「先輩、帝国の将軍は4人のはず、残りの1人は?」

「わからん、この戦いでは3人しか確認されていなくてな、出てこれない理由があるのか、それともなにかの策か、いずれにせよ、こちらもなんらかの手を打たないと犠牲が増えるばかりだぜ!」

忌々しそうな表情のギルバート。

「先輩、それなのですが、メヴィ殿から…」

デイジーは魔族の出現と瘴気の影響など、メヴィから聞いた話を国王に報告したことを伝えた。


「あの金髪の嬢ちゃんの話に確証を得たってわけか?」

「ええ、そこで私が帝国に休戦を申し込むため、帝国本陣に赴くことを陛下に進言し、承諾を得てきました、…瘴気の影響を考えると、早急にこの戦いを止める必要がありますから」

「話はわかったが、危険すぎる!その役目俺が代わる!…お前は俺の妹みたいなもんだ、そんなヤツにヘタすりゃ命を落とすかもしれねえ任務を任せられると思うか?」

「先輩…、お気持ちは嬉しいのですが、これは決まったことです、他の団長たちにもすでに伝令を送ってあります、それになにより、私も先輩を危険な目にあわせる気はありませんので!」

「デイジー、お前そこまで覚悟してきたのか?」

「もちろん死ぬつもりはありませんよ、それに逃げることになれば、先輩より私のほうが身軽ですからね」

デイジーが笑顔でそう言う。

「しかたねえな~、お前は頑固だからな、これ以上なにを言っても時間の無駄だろう、…デイジーこれを持っていけ」

ギルバートが野球ボール程の球を差し出す。

「これは煙幕弾、ですか?」

「ああ、使い方はわかってるな?

危険だと判断したら、それを使え、いいな?」

「ありがとうございます、先輩、…では早速行って参ります」

「ああ、くれぐれも気を抜くなよ?」

「わかっています、では後ほど」

騎士たちが胸に右手を当て、デイジーに向かい敬礼を送る中、彼女は馬に乗ると手綱を握り締め、馬を走らせるのだった。


 帝国の本陣を目指し、馬を駆るデイジー。

「!、…このへんでいいようだな」

デイジーは馬を止めるとその場で馬を下り、馬の体を撫でてやると、

「ケイティ、お前は先輩のところに帰っていてくれ、ここからは私1人で行く」

ケイティ、デイジーの愛馬で、美しい毛並みの白馬である。

デイジーがポンッとケイティの体を叩くと、ケイティは来た方向へと走り出したのだった。


 デイジーは前方の茂みを見渡すと両手を挙げ、

「私はシュトラール王国第三騎士団団長、デイジー・グレイス、帝国の指揮官殿にお目通り願いたい、断じて争うつもりはない!」

すると、帝国兵が数人、剣を構えながら茂みから出てきて、デイジーを取り囲んだ。

「私は国王陛下の命により来た休戦交渉の使者だ、このままでは前面戦争になり、両国に多くの犠牲が出るだろう、どうか指揮官殿のところへ案内してほしい」

話を聞いていた帝国兵の1人、隊長らしき男が、

「貴女は《紅の戦乙女》殿ですね?、いいでしょう、こちらも無駄な血を流したくないのは同じ、総指揮官のところへ案内いたしましょう、ただし、剣は預からせていただきます」

「ああ、従おう!」

デイジーは腰から鞘ごと剣を抜き、その男へと手渡した。

「確かにお預かりしました、ではこちらへ…、しばらく歩きになりますが、我慢していただけますね?」

デイジーは頷くと、帝国兵たちに囲まれたまま歩き出すのだった。


 帝国本陣の野営地の一際大きいテントでは…

「スタイセン将軍、お耳を」

スタイセン将軍、帝国四大将軍の1人、彼が今回の王国侵攻作戦の総指揮官である。

彼は兵士の報告を受け、

「ほほう、王国からの使者とな、よし通せ!」

デイジーは、剣を預けた隊長格の男に付き添われ、スタイセンのいるテントへと通された。

テントの中は広く、その奥で大きめな椅子に脚を組んで座る大柄の男、左右に数人の兵士が控えている。

「スタイセン将軍、こちらが王国からの使者、騎士団長のグレイス殿です、休戦交渉にいらしたそうです」

隊長格の男がデイジーについて説明すると、デイジーとスタイセンは視線を交わした。


 スタイセン将軍、帝国四大将軍の一角だったか…

デイジーは相手を確認すると片膝を着き、

「スタイセン将軍、お初にお目にかかります、私はシュトラール王国第三騎士団団長を務める、デイジー・グレイスと申します、…この度の突然の帝国の侵攻で、国王陛下も困惑しております、…王国と帝国は今まで良き友好関係を保ってきた関係、何ゆえ今になっての侵攻なのかご説明を頂きたく、そして何かのすれ違いがあるのであれば、話し合いの席を設けて頂きたいのです」

「ふむ、噂に違わぬ美しさだな、《紅の戦乙女》殿、実に惜しい、その体、1度味見をしてみたいところだが」

スタイセンはデイジーの身体を舐めるように眺め、舌舐めずりをする。

「なにを?!」

驚きの声をあげるデイジー。

この男、話がつうじないのか!?


「残念だが、今回の作戦は皇帝陛下の命令でな、俺たちはそれに従うだけだ、つまり君にはここで死んでもらう」

そこへ先ほどの隊長格の男がデイジーを庇うように間へ割って入り、

「将軍、いくらなんでもそれはやりすぎです!、お考え直しください!」

「フンッ、さすがヴァルドルの元部下、目障りなのはヤツと同じだな?、折角俺の指揮下に入れてやったのだから、大人しく命令に従っていればいいものを!」

スタイセンが入り口脇に控えていた兵士に目配せをすると、兵士は剣を抜き、背後から隊長格の男に斬りかかった。

「危ないっ!」

デイジーが叫ぶと、男は振り返るが、抵抗する間もなく剣がその胸を切り裂いたのだった。

「グハァッ!」

男は胸から血を撒き散らしながら後ろへと倒れ、

「ヴァルドル・・・さま・・・もうし・・わけ」

男はそのまま動かなくなった。

「なんということをっ!、貴方の部下ではないのですか?!」

デイジーが怒りの表情で立ち上がると、男の傍らに落ちていた自分の剣を拾い、鞘から剣を抜くと構えた。

「ハンッ、戦乙女殿、そんな顔をしては美しい顔が台無しだぞ?」

スタイセンは剣を向けられてもニヤケ顔で、全く臆することはなく。


「アイツらをここへ連れて来い!」

「はっ!」

スタイセンが兵士に命じると、兵士はテントの外へ、しばらくすると、拘束された3人の騎士団員を連れてきたのだった。

「こやつらは先の戦闘で生け捕りにした者たちだ、こういう時のためにな」

スタイセンの合図で団員たちの首へと剣が突きつけられた。

「グレイス団長、申し訳ありません」

団員の1人がデイジーに謝罪し、

「気にするな、君たちが生きていてくれただけでも儲けものだからな」

デイジーは観念して剣を捨てると、

「私はどうなっても構わない、彼らだけでも解放していただけないか?」

「この状況で交渉の余地があると思うか?、お前たち4人、仲良く首を切り落として王国へ送り届けてやろう、王国の者どもはさぞ悲しみ、憎しみ、怒り狂うだろうな?、さあ、まずはそこの3人からだ、…戦乙女殿がどんな顔をみせてくれるか見ものだな!、…その後存分に弄んでから同じところへ送ってやろうぞ!」

「クッ、卑劣な!」

デイジーは憎しみの目でスタイセンを睨みつけた。


 その時だった、テント内に一陣の風が吹き、

「デイジー、憎しみに囚われるな!それこそがヤツの狙いだ!」

声がした直後、団員たちに剣を突きつけていた兵士たちがバタバタと一斉に倒れ、暗闇から浮かび上がるようにクロノが姿を現したのだった。


「貴様っ!何者だっ!」

スタイセンは傍らの大剣を手に取り、剣先をクロノへと向けた。


「クロノ殿っ!来てくれたのか!」

デイジーはクロノに声を掛けながら再び剣を取り、倒れている男に駆け寄った。

「息はまだあるな、斬られる寸前に身を引いて致命傷を免れたのか?…」

男を抱え起こすデイジー。


 一方、クロノは短剣を抜き、団員たちの拘束を解いてやる。

「誰だか知らないが助かった、礼を言う」

頭を下げる団員に、クロノは、

「礼はいい、さっさと彼女と共に脱出しろ」

極めて冷静な口調で、デイジーへと目を向けるクロノ。

「わかった、この恩は忘れない!」

団員たちがデイジーに駆け寄り、クロノはスタイセンに目を光らせ牽制していた。


「グレイス団長!早く脱出しましょう!」

急ぐ団員たちにデイジーは、

「悪いが、君たちは先に行ってくれ、私がスタイセン将軍を抑えているうちに!」

そう言い、対峙しているクロノとスタイセンに目をやる。

「ですが団長!」

「これは団長命令だ!行けっ!」

彼だけを残しては行けないからな…

心の中で呟き、クロノをみる。

「わ、わかりました!団長もご無事で!必ず脱出してください!」

団員たちがテントの外へ走り出ると、驚きの光景が彼らの目の前に広がっていた…

「一体これは!?、帝国兵たちがみんな倒れている、息はあるようだが、これをすべて彼1人でやったというのか?、彼は一体…、なんにせよ、これならしばらく援軍の心配はないだろう、早く戻ってデッケル団長にグレイス団長のことを知らせるぞ!」

団員たちは付近に繋がれている馬を奪い、国境方面へと走り出したのだった。


 テント内では…

「クロノ殿、彼は私が引き受ける、貴方はこの者をシンク村まで送り届けてくれないか?、刹那ならきっとこの者を救えるはずだ!」

「いいのか?君には荷が重い相手だぞ?」

「ああ、先輩のおかげで策はあるからな」

そしてクロノがデイジーに近づこうとすると、

「黙って行かせると思うか!?」

スタイセンがクロノに斬りかかる。


 しかし、クロノはそれを軽々と避け、続けざまの攻撃もすべて素早い動きで躱していく。

「この俺の連撃をすべて躱しただと!?、…ではこれならどうだっ!」

スタイセンは、上段からの渾身の一撃を放った。

だが、クロノはその一撃を1本の短剣で、何食わぬ顔で受け止め、その凄まじい衝撃はクロノの身体を通じて地面を揺るがし土煙を舞い上がらせるが、クロノは全くダメージを受けていなかった。


「なんだと?!」

驚愕するスタイセンに、クロノは鋭い眼光を放ち、

「オレは目立たないようにと言われているんでな、あえてアンタたちを殺さずにいる、この意味わかるだろ?」

「貴様は一体…」

恐怖に満ちた表情で後ずさり、その場に尻餅をつくスタイセン。


 クロノは剣を納め、デイジーの元へ…

「クロノ殿、加勢感謝する、本当にありがとう、初めて会った時から気配で感じてはいたが、貴方も相当の実力を持っているようだな?」

「オレなど大したことはないさ、…それよりも、この男を刹那のところへ、だったな?」

「ああ、よろしく頼む、外に馬がいたはずだからそれを…」

「その必要ない」

意識のない男をデイジーから受け取り、肩へ抱えるクロノ。

「本当に君は残るのか?」

「その者はクロノ殿に任せておけば心配いらないだろうが、先に脱出した団員たちの時間稼ぎが必要だからな」

「無理はするなよ」

クロノはそう言いテントの外へ出ようとした時、1度振り返り、

「オレのことは「クロノ」でいい、オレも君のことを「デイジー」と呼ばせてもらう」

デイジーは微妙に顔を赤らめながら、

「ああクロノ、彼のことをよろしく頼む!」

クロノは頷き返すと外へと出て行った。


「フンッ、アイツさえいなければ小娘1人、俺の相手ではないな!」

腰を抜かしていたスタイセンは立ち上がり、デイジーへと剣先を向ける。

「いい機会だ、帝国最強の腕をみせてもらうぞ!」

そう言うとデイジーも剣を構えた。


「お望み通りみせてやろう、あっさり死なないでくれよ?」

スタイセンがクロノに放った技、大剣を上段からデイジーめがけて渾身の力で振り下ろす。

デイジーは相棒の両手剣でそれを受け止めるが、その威力に圧され片膝をついてしまう。

クッ、クロノはこの一撃を片手で受け止めたのか!?


「どうだ?俺のモノになるなら命だけは助けてやるぞ?」

「冗談ではない!、貴方のような愚劣な者に、体を許す気など毛頭ない!」

キッと睨みつけ、剣を押し返すデイジー。

「帝国最強と謳われる将軍が、このような低俗な男だったとはな、期待外れも甚だしい!」

とはいえ剣の腕前は本物、ここは時間を稼いだら早々に脱出したほうが良さそうだ。

デイジーは持ち前の素早さで右へ左へ移動しながら、その都度剣を叩き込むが、スタイセンはそれらを軽くいなしていく。

「噂の戦乙女の実力もこんなものか?ほらこれならどうだ?!」

スタイセンが横からなぎ払うように大剣を振るった。

デイジーは咄嗟に剣でガードするが、その威力に押され、数メートルほど地面を横滑りしていった。

「まだ諦める気にならないか?このままでは本当に殺してしまうぞ?」

嘲笑するスタイセン。


 それに対しデイジーはなにも答えず、ヒット&アウェイを繰り返していき、テント内を縦横無尽に移動していった。

だが、その連続攻撃もすべて弾かれ、

「そろそろわかったのではないか?お前では俺に傷一つ付けられないことを」


 跳ね回るデイジーはテントの出口の前にきたところで攻撃を止めた。

「そうだな、力ではまだ遠く及ばないようだ、だが…」

デイジーは剣先でテント内の柱を指し示し、スタイセンがそれを目で追った。

「なに?!柱に切り込みだと!」

他の柱を見渡すと、ほぼすべての柱に同じような切り込みが入っていた。

「無駄に動き回っていたのはこのためか!?」

デイジーは懐から煙幕弾を取り出し、

「いい具合に時間稼ぎが出来たので私はこれで失礼させてもらう!」

それをスタイセンの足元へと叩きつけ、出口両脇の柱を剣で切り崩しながら外へと出ていく。

「待て!女っ!」

煙に巻かれ動けないスタイセンは崩れ落ちるテントの中へと消えていった。


「さすがにこの騒ぎでは周辺の兵士が集まってくるかもしれない、私も急いで脱出するとしよう」

デイジーはテント脇に繋がれていた馬を奪い、ギルバートの元へと急ぎ戻るのだった。


 その後すぐ、崩れたテントが内側から吹き飛び、スタイセンが姿を現す。

「あの女、小癪な真似を…、今度会ったら必ず殺す!」


 そこへ騒ぎに気付いて集まって来た帝国兵たち…

「将軍!ご無事ですか!?」

「俺なら平気だ!、それよりも一刻も早くザギを呼び寄せろ!」

フフッ、シンク村の「せつな」と言ったか、その者を手中に納めれば、アイツらの情報は元より、なにかの切り札に使えるかもしれん。

スタイセンは心の中でそう呟き、イヤらしい笑みを浮かべるのだった。

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