第3話 瞬平と刹那


 宿の入り口をくぐる瞬平たち。


「こんにちわ~」

「お邪魔しまーす!」

俺たちは宿屋に入り、中を見渡してから声を掛けてみると、

「おう!いらっしゃい!」

奥から中年の男性が返事とともに顔を出してきた。

この宿屋の主人だろうか?


「部屋をご所望かい?、…ておい!君ボロボロじゃないか!大丈夫なのか?!」

俺の姿をみて慌てて近寄ってくると親身になって心配してくれる主人。

「大丈夫です、怪我はないんで…、ここにくる途中ちょっと獣に襲われまして…」

隣には苦笑する刹那。


「そうか、怪我がないならいいんだが…、隣の店で服を売ってるから、あとで覗いてみるといいよ」

「ええ、そのつもりです、ありがとうございます」

俺は軽く頭を下げ礼を言う。

「で、部屋は一部屋かい?」

主人は俺と刹那を交互にみて尋ねてきた。

「ええ、人と待ち合わせしてまして…、宿泊するかはまだわからないんですよ、とりあえず一部屋でお願いします」

俺がそう答えると、

「よし!了解だ、それじゃあ待ち合わせの相手が来たら部屋まで案内してあげよう、相手はどんな人だい?」

ホントに親切な主人だな、頼んでもいないのに…


「いいんですか?助かります、…待ち合わせの相手は、赤い髪の女性で「デイジー」って名前の…」

すると、主人が驚きの表情で、

「なんだ、君たちデイジーさんの知り合いなのかい?、こりゃあ驚いた、だがデイジーさんなら少し前にここから出発したばかりだよ?」

デイジー、主人と知り合いなのか?、それなら話がはやい。

「実は、多分その出発のあとに彼女と出会って、話がしたいからここで待っててくれという話になりまして…」

「そうなのかい?、それじゃデイジーさん、またここに戻ってくるんだな、

…わかった、戻ってきたら部屋まで案内してあげよう」

「ありがとうございます!おじさん!」

刹那がお礼を言い、頭を下げると、

「なんのなんの、お客様は神様だからねぇ、じゃあ部屋を用意しておくから君たちは隣で買い物でもしてきたらどうだい?」

「ええ、そうさせてもらいます」

俺が答えた直後、刹那のお腹が鳴り、俺と主人が同時に刹那をみると、刹那は顔を赤く染め俯くのだった。

「よしついでに食事も用意しておいてあげよう」

主人が気前よくそういってくれると、

「いいんですかぁ?ありがとうございます、もうお腹ペコペコで~」

刹那が両手を合わせ、目を輝かせながら礼を言い。

「本当にありがとうございます、じゃ俺たち隣覗いてきますね」

俺も礼を言いつつ外出を告げると、

「おう、いってらっしゃい!、気をつけてな!」

「いってきま~す!」

刹那は嬉しそうに返事をし、俺たちは宿を出たのだった。


「優しいおじさんだったね!」

刹那は笑顔でそう言ってくる。

「ああ、そうだな、…それじゃあさっさと買い物済ませておじさんの料理をご馳走になろうぜ」

言いながら俺は刹那の腹を指差すと、

「瞬ちゃんのイジワル~!」

ポカポカと両手で俺を叩いてくる。

「わりぃわりぃ、じゃ店入ろうせ」

「も~!」

プンプンしながら刹那が先に店に入っていった。

「お邪魔しまーす!」

刹那が声を掛けるが返事がない、カウンターには爺さんがこちらに目もくれず、眠そうな顔で立っている。

刹那は気にもせず、商品をみて回る。

「ん~、瞬ちゃんの服はっと」

俺の服を探してくれているようだ。

俺もそれに習って商品棚を見ていく。


 しばらく商品を物色していると、突然全身に悪寒が襲ってきた。

直後、外から…

「キャーッ!バケモンーッ!」


「なんだ?!」

俺は咄嗟に出口へ、刹那も続き、カウンターの爺さんもさすがに驚いたのかその後に続いた。


 3人が外に出てみると、

「な!」

「瞬ちゃん!あれなに?!」

「バ!バケモノーッ!」

それをみた3人はそれぞれ声をあげ、爺さんはすぐさま店の中へ逃げ込み、中から「カチャリ」と鍵を掛ける音がしたのだった。

それは地球ではまず存在しないであろう、身の丈は人の倍以上はあり、筋肉の塊のような姿、俺たちが知っている「鬼」を連想させ、まさにバケモノだった。

そいつは全身から黒い靄を放ちながら、右手で中年女性を握り締めていた。

その女性は苦悶の表情で、

「たす・・・けて・・・」

俺たちとの距離ではよく聞こえなかったが、どうする?

今の俺じゃ勝てる気がしない、でもあの人を見捨てるなんてできない!

だが、気持ちとは裏腹に、俺は恐怖で体が動かず、近所の村人も家に逃げ込んだり、悲鳴をあげながら逃げ惑っていた。


 そんな中、隣の宿から出てきた主人が鍬らしきモノを振り上げ、バケモノに向かって走り出していた。

「キーラさんを放せっ!バケモノッ!」

主人はバケモノめがけて突進していった。

主人に気付いたバケモノは、

「食事ノ邪魔ヲスルナ!」

ヤツが素早く左腕を払うと…

まだ数メートルほど距離があったのに主人はなぜか体の前面から血を噴き出しながら、後方へと吹き飛ばされ、地面に倒れた主人は、その後起き上がることはなかった。


 今なにが起こった?

驚きで俺が呆然と立ち尽くしていると、

「おじさんっ!」

刹那がなんの迷いもなく走り出していた。

それをみた俺は我に返り、後を追って倒れている主人へと駆け寄った。

「おじさん!死なないでっ!」

刹那は無我夢中で治療術を使い、俺はそれを庇うようにバケモノとの間に入った。

するとそこへボスが現れ、俺の隣でバケモノに向かって威嚇をはじめる。

「ボンちゃん無事だったんだね?よかった…」

刹那は安堵しながらボスをみつめた。


 そんな俺たちをバケモノは探るように睨み、

「オマエタチ、ウマソウダ、何カチカラヲ感ジル、オマエタチカラ先ニ食ウ!」

バケモノはそう言うと、右手に握っていた女性を放った。


 このままじゃみんな殺られる!今はやるしかない!

俺は覚悟を決め、

「刹那!おじさんを連れて逃げろ!」

「え?でも瞬ちゃんは?」

「俺が時間を稼ぐ、おじさんの意識が戻ったらすぐ逃げろ!、俺もその後すぐ逃げるから心配すんな」

「う、うん、絶対約束だよ!」

「ああ約束だ!」

そう言うと俺は刹那からボスへと視線を移し、

「ボス、頼みがある、俺がアイツの気を引いてる間に、あそこで倒れてる人を連れて、刹那たちと逃げてくれ!」

俺はバケモノの傍で倒れている女性を指差すと、

「グルゥ」

ボスは「分かった!」と言わんばかりに唸る。

「頼んだぞ!相棒!」


 これで覚悟も準備も出来た。

「いくぞっ!」

俺はヤツの左側面にダッシュで近付いていく。

ヤツは俺を目で追いながら、主人にやったように腕を払った。

が、今度はその手、いや爪から線状の斬撃が放たれるのがハッキリとみえた。

これが主人を切り裂いたのか?、みえるのならなんとか…

俺は紙一重でそれを避けた。

攻撃が当たらなかったのが気に入らないのか、ヤツは何度も両手を交互に払い攻撃を繰り返す。

俺は目が馴れてきたのか、徐々に余裕が出てきた。

ヤツが俺を攻撃することに夢中になている間、頼んだとおりボスが女性の服を咥え、上へ放り上げると背中で受け止め、そのまま刹那の元へ。

刹那も治療が終わったのか、主人がフラフラしながら起き上がった

「瞬ちゃん!約束だよっ!」

俺に声を掛けると刹那は主人に肩を貸し、その場を後にしたのだった。


 さて、こんなバケモノからどうやって逃げるか…

急所を攻撃して動きを止めるか?、いや俺の攻撃が通用する相手じゃないか…

色々考えながら攻撃を避けていると、足元に転がっているモノに気付いた。

これは、おじさんが持っていた鍬か、まあないよりマシか…

それを拾い上げると、槍投げの要領でヤツの顔面めがけて渾身の力で投げ放った。

俺は間髪入れづ鍬を追うように走り出し、ヤツの左側面に回り込もうとしたとき、鍬がヤツの顔面に到達、うまくいったと思ったとき、ヤツは軽く首を横に倒しそれを躱した。

ここまできたら引き下がれない、俺は走る勢いをそのままに、ヤツの左脇腹に飛び蹴りをくらわそうと飛び上がった。

が、ヤツは俺の足が届く前に左腕で軽く払い落とし、俺は虚しく地面へと落下、受身は取れたが、ヤツの左足の踏みつけが追撃してきた。

それを寸前で横に転がり躱す。

ヤツの足が踏みつけた地面は深く沈む。


「クソッ!こっちの攻撃が全く効かない!」

踏みつけを躱した勢いのまま立ち上がったその時、それがきた、ヤツの右脚の蹴りが目の前に、咄嗟に両腕でガードするが…、その蹴りは俺の両腕の骨を砕き、そのパワーは俺を簡単に吹き飛ばし、何度も地面を転がり跳ね上がりながら数十メートル先の民家のレンガ製の壁に激突したのだった。


「ゴホッ!ゲホッ!」

衝撃で壁は崩れ、俺は血反吐を吐きながらうずくまる。

「クソッ!なんで…俺はこんな…にも弱い…んだ…」

声にならない声で呟く。

もう全身の骨がバラバラだ、肋骨が肺に刺さり息もままならない。

メヴィ、俺を選んだのは間違いだぜ、もう指1本動かせない、せめて刹那たちが逃げ切ってくれれば…

そこへ、ガシッガシッという足音をさせながらヤツが近づいてくる。

「フンッ、思ワズ力ガ入ッテ殺シテシマウトコロダッタ、生キテイルウチニ食ワナイト意味ガナイカラナ」

ヤツが数メートル先まで近づいたとき、突然人影が俺を庇うようにヤツとの間に割って入った。


「もうやめてっ!」

クッ、刹那!なんで戻ってきたんだ!

「ゲホッ、せつ…な、に…げ…ろ…」

声を上げたくてもほとんど声にならない、メヴィ頼むから刹那を守ってくれ!


「お願いっ!もうやめてっ!」

刹那は泣きながら大の字でヤツに立ちふさがり懇願するが、

「食イ物ガ増エタナ、安心シロ、二人仲良ク喰ッテヤル」

返ってきたのは無慈悲な言葉だった。


「ヤハリオマエラカラ妙ナちから感ジル、食ッテソノちから頂クトスルカ」

そんな時、突然刹那の首に掛けられたタリスマンが光りだし、

「ン?ソレニモ妙ナちから感ジル!」

ヤツは刹那に近づくと、タリスマンをその大きな指でつまみ、引きちぎったのだった。


「それはダメェェェーッ!」

刹那が手を伸ばすが、

「フンッ、タダノごみノヨウダナ」

ヤツは摘んだタリスマンを簡単ににすりつぶし、粉々に砕いてしまった。

「うっ、そ、それがないと瞬ちゃんが…」

刹那はその場で泣き崩れてしまう。


「ソレジャ、オマエカラ美味シク頂クトスルカ!」

「せ・・・つな・・」

俺は刹那に逃げるように言おうとするがうまく声が出せない。

そして俺がなにもできずに、ヤツが刹那へと手を伸ばしかけたとき、遠くから何かの音が聞こえてきた。

段々近づいてくる?馬の足音?

そこで俺の意識は強制的に途切れた。


 そこへ馬を駆る一人の騎士が現れ、

「瞬平っ!刹那っ!無事か?!」

騎士は馬をさらに加速させ、剣を抜きバケモノへ一直線に向かっていく。

「マタ食イ物ガ来タカ」

ヤツが攻撃態勢に入ると同時に騎士は鞍の上に立ち、そのまま馬の背から飛び上がり、突進と落下のすべての力を剣に込めて、バケモノめがけて振り下ろしたのだった。

バケモノは咄嗟に両腕でガードするが、それも虚しく両腕ごと縦に一閃。

「ナニ?!」

バケモノが驚いた瞬間、その体は左右半分ずつに両断されたのだった。


「二人とも無事か?!」

騎士・デイジーが刹那たちに駆け寄り安否を確認するが、瞬平に目を向け愕然となる。

「これは…」

もう誰がみても手の施しようがないほどの重傷だった。

「すまない、私がもっとはやく来ていれば…」

そんなデイジーの謝罪の言葉も刹那には届かず、ボロ雑巾のように横たわった瞬平の身体にすがりつき、泣きじゃくっていた。

「グスッ、このままじゃ瞬ちゃんが死んじゃう、お願いメヴィちゃん!瞬ちゃんを助けて!」


 そのとき、刹那の頭の中に声が響く。

「刹那、聞こえるかい?、今、刹那の頭の中に直接話しかけてる」

刹那が顔を上げ空を仰ぐ。

「え?メヴィちゃん?」

刹那につられてデイジーも空を見上げるが、そこにはなにもない。

「刹那?」

心配そうに刹那を見守るデイジー。


「メヴィちゃん助けて!瞬ちゃんが死んじゃうよぉ!」

メヴィにすがる刹那。

「大丈夫、刹那の治療術は万能だからね、いつものとおりやってごらん、もう何度も使ってるよね?」

まるでみていたかのように、メヴィの優しい声が返ってくる。

「でもタリスマンが壊されちゃって、もう使えないよ~!」

「そう、もうタリスマンは必要ないんだ、タリスマンは刹那に能力を芽生えさせるためのキッカケでしかないからね」

刹那は驚きの表情を浮かべ、

「え?それって」

「うん、使ってごらん、「キミの」癒しの力を」


「瞬ちゃん!今私が助けるから待っててね!」

力強い声で気合いを入れる刹那。

それと同時に両手を瀕死の瞬平へとかざす。


 すると、瞬平の身体から瞬く間に傷が消えていき、

「刹那、それは!回復魔法か?!」

その不思議な現象を目の当たりにし、驚きを隠せないデイジーが問い掛けるが、刹那は瞬平を助けるのに一心不乱で、その声は耳に届いていなかった。


「いや、魔法とは違う、もっと別のモノか?」

デイジーは不思議そうに成り行きを見守る。


瞬平の身体から完全に傷が消えたところで刹那が両手を下ろし、

「よかったよぉ、間に合って…」

涙を流しながら瞬平の顔を覗きこみ、その安らかな寝顔に安堵し表情を緩める刹那。

彼女の涙が瞬平の頬に落ちたとき、ピクリと身体が反応し、瞼がゆっくりと開いていく。

「俺、生きてるのか?」

その声に気付いた刹那が、勢いよく瞬平に抱きつく。

「瞬ちゃんっ!、本当によかったよぅ~」

「刹那?!、おまえが治してくれたのか?、何度もありがとうな」

瞬平も刹那を抱き締め、彼女の頭を撫でてやる。

「そんなの気にしないで!、瞬ちゃんが生きててくれただけで十分だよ!」

刹那の抱きついた両腕に力が込められる。


「そういえばヤツは?」

肝心なことを思い出し、刹那を抱いたまま慌てて上体を起こし周囲を見渡す瞬平。

そこには、心配そうに瞬平たちを見守っていたデイジーの姿と、その傍らに残骸と化し絶命しているバケモノの姿があった。


「デイジー、来てくれていたのか!?」

「うむ、瞬平たちも無事?で何よりだ」

「もしかして、そこに転がってるのって、デイジーが?」

「ああ、刹那が危なかったからな、私が討伐した」

何食わぬ顔で答えるデイジー。

「マジかよ!、あのバケモノをか?、しかもデイジー無傷じゃん!」

「瞬ちゃん!まだ病み上がりなんだから暴れないのっ!」

刹那が体を離し、俺をみつめ、文句を言ってくる7。

「いやでも俺、ヤツに手も足も出なかったし…、ホント俺弱すぎだろ!」

「いや、君は十分強い、みたところ村に犠牲者は出ていないようだし、よく村を守ってくれたな、礼を言わせてくれ、ありがとう瞬平、それに刹那もな」

デイジーが地べたに座ったままのふたりに両手を差し延べると、ふたりがその手を握ると、引き起こしやるのだった。


「それを言ったら俺たちだってデイジーに助けてもらったわけだしな…、本当にありがとう」

「気にするな、それが騎士の務めだからな!」

デイジーかっこよすぎだろ!

「そうだよ!デイジーちゃんが来てくれなかったら、私も瞬ちゃんもアイツに食べられちゃってたよ!」

刹那が興奮気味に言う。


「それにしても、任務から戻ってくるの速くないか?」

瞬平が疑問に思ったことを聞いてみると、

「それなんだが、私の任務は要人の護衛でな、帝国の侵攻から避難するために王都から同盟国の隣国へ送り届けたのだが、到着した街にも、アイツと同族と思しきヤツが街を襲撃していてな」

そばで転がっている骸を指差すデイジー。

「微妙に見た目や大きさが違うようだが、少なくとも今まで私がみたことのない種族だ、…おそらくヤツらがメヴィ殿の言っていた魔族なのだと思う」

瞬平と刹那が息を呑む。

「で、そいつはどうなったんだ?」

話の続きを促す瞬平。

「ああ、街の警備兵たちが応戦していたようだが、苦戦していたようだったのでな、加勢して斬り捨ててきた」

「なっ!」

またも驚かされるふたり。

「兵士に数人負傷者が出たようだが、幸い死者は出てなかったようだ」

「デイジーちゃん強すぎだよ~」

全くもって同感だ、

ん?ということは7体の魔族のうち2体倒したってことか?、しかもデイジー1人で…


「まあそれもあって、君たちのことが心配になってな、急ぎ戻ってきたというわけだ」

俺って本当に強くなれるんだろうか?

デイジー1人で全部片付けられるんじゃないのか?


 瞬平がそんなことを考えているところへ…

「君たちっ!それにデイジーさんも無事かい?!」

宿の主人を先頭に逃げていた村人たちが戻り、屋内に避難していた村人たちも、扉開き顔を覗かせていた。

「ご主人たちも無事か?」

デイジーが村人たちを見渡す。

「ええ、わたしとキーラさんが怪我を負ったが、そこのお嬢さんが回復魔法?で治してくれましたよ!」

「そうか、皆が無事で本当に良かった」

デイジーは安心したのか、ようやく肩の力を抜いたのだった。


「ところでさっきのバケモノはどうなったんですか?」

村人の1人がデイジーに尋ねると、

「ああ、私が討伐しておいたから、とりあえず今は安全だろう」

そう言うと骸を指指すデイジー。

「さすがデイジー様、いつも村を守っていただきありがとうございます」

「これも騎士の務めだからな、礼には及ばない、…だが彼には礼を言ってやってくれないか、彼がいなかったら多くの犠牲が出ていたかもしれなかったのだから…」

デイジーが少し離れたところにいるボロボロの服を着た、悔しげに俯く少年に視線を向けそう言った。

「お嬢さんもありがとね~」

バケモノに最初に捕まっていた女性・キーラが刹那の両手を取って感謝を表し、

「キーラさんももう大丈夫ですか?」

刹那が心配そうにキーラさんに尋ねると、

「ええ、あなたのおかげよ」

その言葉に照れながら微笑む刹那。


 クッ、俺は結局また大したことが出来なかったな、おまけに刹那を危険な目にあわせて…

両手を握り締め悔しがっている瞬平の元へ主人が近づいてくると、

「君もありがとう、君が時間を稼いでくれなかったら、どれだけの村人が犠牲になっていたことか…」

「いえ、俺なんか大して役に立てなくて…、デイジーが来てくれなかったら…」

俯き、涙を堪える瞬平。

「そう自分を卑下するもんじゃない!、君はこの村にとっての英雄だよ!」

主人は正面から瞬平の両肩をポンポンと叩いた。

瞬平は堪えていても、なぜか涙が零れ落ちた。

そう、俺はもっと強くならないと、刹那や戦えない人たちを守るためにも!

更なる決意を心に刻む瞬平なのであった。


「しかし、なんなんですコイツは?…、わたしははじめてですよこんなの…」

主人はデイジーに向き直ると、ヤツを指差しながら尋ねた。

「私も詳しくは知らないが、おそらく「魔族」という者らしい」

デイジーはバケモノの骸をみつめながらそう答えた。

「お伽話なんかに出てくるアレですか?、確かにイメージとしては重なりますが…」

「まあ、情報も少ないことだし、そこらへんのことは今はいいだろう、…とりあえず、ヤツの屍を放置するわけにもいかないからな、村の男衆を集めて、アレを木箱にでも詰めておいてくれないか?、それが終わったら調査のため騎士団が引き取らせてもらおう」

「わかりました、…君たちも疲れただろう、お礼と言ってはなんだが、宿代と食事代はサービスしておくから、ゆっくりするといい」

主人がそう言うと、

「ありがと~、おじさん!、私も料理手伝いますね!」

刹那は完全に元気を取り戻したのだった。


「そういえば君たちの名前を聞いていなかったね、教えてもらってもいいかい?」

「ええ、俺は「瞬平」で、こっちが「刹那」です」

「うむ、わたしは「ロナルド」だ、よろしくな!」

「こちらこそよろしくお願いします!」

自己紹介が終わったところで、ロナルドが男衆に声をかけ、デイジーに頼まれたとおり作業に取り掛かりはじめる。

「あ!そうだ、君たちの部屋は2階の一番奥だから好きに使ってくれていいよ!」

思い出したようにロナルドがひと声掛け、

「ええ、ありがたく使わせてもらいます!」

瞬平と刹那は頭を下げ感謝したのだった。


「ねえねえ瞬ちゃん!、部屋に行く前に、ね?」

刹那が雑貨屋を指差した。

「そうだな、制服も大変なことになってるしな、改めて覗いてみるか」

そこへデイジーが近づいてきて、

「それでは私は彼らの手伝いと、王都への報告を済ませてくるので、君たちも用事が済ませたら部屋に戻っていてくれ、その時改めて話をしよう」

「ええ/うん」

ふたりが同時に返事をすると、デイジーはロナルドたちと合流したのだった。


「そういえばボスはどうした?」

刹那に尋ねる瞬平。

「うん、また村の外で待っててもらってるよ、怖がる人もいるかもしれないしね」

「でかした刹那!」

「えっへん!」

胸を張る刹那だった。


 それから改めて瞬平たちは雑貨屋を訪れ、

「お邪魔しま~す」

刹那が声を掛けると、

「お前さんたちかい、…村を守ってくれた礼だ、好きなもん持っていくがええ!」

カウンターの爺さんが無愛想にそう言った。

「いいのおじいさん?」

刹那は物怖じもせず聞き返し、

「いいと言っておるじゃろ!」

「ありがと~、おじいさん!」

「じゃあ遠慮なく」

瞬平は商品に目をやった。


 俺の服はもちろんだが、刹那もあの制服のままじゃ目立つだろうから、刹那に似合いそうなのを選ぶか…

そういえば俺たちの鞄は?

俺は元々川原に放り出してたから手元にはないが、刹那は手に持っていたはず。

「刹那、学校の鞄はどうした?この星に来る前は持ってたよな?」

「そういえば!」

刹那は慌て、

「んん~、確かあのとき、何かに包まれる感覚にビックリして手放しちゃったかも?、なんか色々ありすぎてあんまり思い出せない…、瞬ちゃんどうしよ~、カバン川原に置いてきちゃったかも~、財布とかスマホとか入ったままだよぉ」

「そりゃあどうしようもないな、警察に届けられていることを祈るしかない」

こんなファンタジーな世界にいても、俺たちの思考は極めて現実的だった。


 瞬平たちは、それぞれ体に合ったリュックと日持ちのしそうな食糧、瞬平にはいわゆる旅人の服、刹那には太ももがむき出しの丈の短いローブをもらうことになり…

「この服パンツがみえそうだよ~、こんなの選ぶなんて瞬ちゃんのエッチィ!」

ジト目で瞬平の顔を覗き込む刹那。

瞬平は目をそらしながら、

「いや、刹那に合いそうなのがそれしかなかったんだ!、他のはおばさんが着るようなのばっかだし」

「しょうがないな~、そういうことにしておいてあげるよ、瞬ちゃん!」

ニヤニヤしながら瞬平をみつめる刹那。

瞬平は逃げるように、

「爺さん!これだけもらってくよ!」

「ああ、好きにせい、またなにか入用になったら来るといい、今度はきっちり金をもらうがな!」

「おじいさん、ありがとね!」

瞬平たちは礼を言い、雑貨屋を後にしたのだった。


 そのころ外では、片付けが大方終わっており、瞬平が激突した民家の壁も板で応急処置されているようだった。

「さて、宿に戻るか」

「うん、そうだね」

宿に入る瞬平たち。


「おかえり~、お二人さん!」

奥から顔を覗かせ声を掛けるロナルド。

「今は食事の準備してるから、部屋で待っていてくれるかい?」

「ええ、ありがとうございます」

瞬平が礼を言うと、

「おじさん!私も手伝います!、瞬ちゃん先に行ってて」

刹那はそう言い、ロナルドのいる調理場へと入っていったのだった。

「いや~、助かるよ刹那ちゃん」

「料理は得意なんで任せてください!」

調理場からふたりの声が聞こえてくる。


 そう、刹那はああみえて意外と料理が上手い、本人が「食べる」ことが好きなため、よく自分で料理をしているし、学校では料理部に所属している。


「それじゃあ俺は部屋で待つとするか」

瞬平は借りた部屋へと戻り、食事とデイジーを待つことにしたのだった。


 一方、もうひとつの大陸に赴いたメヴィは…

「さて、瞬平たちは問題なく動いてくれているし、次は

ワタシの番かな」


 その大陸のとある街を上空からみている人影があった、

彼は、72人いる魔将の1人、72番目の「クロノ」である。

メヴィはさらに上空から彼を観察していたのだった。


「彼が魔将の「クロノ」か…、みた目は普通の人間の青年、今のところ街を襲う気はなさそうだけど」

そう、彼は瞬平たちが闘った魔族とはまるで違う、普通の人間の姿であった。

「やはり彼は…、そういうことなら、ちゃちゃっと片付けてくるとしますかね!」

メヴィはその場から瞬時に消えると同時にクロノの眼前に姿を現し、

「キミ、魔将のクロノだよね?、ちょっとワタシに付き合ってくれないかな?」

「?!貴様、何者だ?一体どこから!」

突然のことに一瞬驚くクロノだが、すぐに冷静な表情に戻り、

「オレのことを知っているのか?、フンッ、かなりの実力者のようだな?、こんな星に魔将クラスかそれ以上の者がいるとはな」

「ねえ、どうする?ワタシに付き合ってくれるなら悪いようにはしないよ?、キミは他の魔族のように手当たり次第に人間を襲ってはいないようだし、対話の余地はあるよね?」

クロノは探るようにメヴィをみるが、黙って頷く。

「ちょっとその前に、と」

メヴィは右手をクロノにかざす、が、当然クロノが身構え、

「なんの真似だ?!」

「気にしない気にしない!もう終わったから、痛くなかったでしょ?」

釈然としないクロノ、今のメヴィの行動のあと、彼は自身の身体に微妙な違和感をおぼえていた。

「さ、ここじゃ何だから場所を移そうか?」

そしてメヴィはクロノと共に、とある場所へと転移したのだった。


 そのころ、魔界、魔王の居城では、玉座に座す魔王ヴェルガラントが怒りを堪え、考えを巡らせていた。

「あの星では一体なにが起こっている?

二人の血族(こども)たちの反応が、先ほど消えたと思えば、今度はクロノか…

最弱とはいえ魔将の身でありながらあっさり消えるとは愚か者が!、まあ、奴なぞ所詮試作品、代わりなどいつでも作れるわ!」

嘲笑を浮かべる魔王、だがその時…

「なに?!また血族(こども)たちの反応が消えた…だと!?、それもほぼ同時に二人、…己、何者か知らんが、ワタシを怒らせたことを後悔するがいいわ!」

こうして怒りに震える魔王は、瞬平たちのいる星へと第2陣を送る準備にかかるのだった。

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