第2話 美しき騎士団長と忍び寄る影


 暗い森の中、星空の明かりだけを頼りに俺たちは歩き続けている。


「刹那、ここがどんな危険な場所かわからないんだから、俺から絶対離れるなよ?」

隣を歩く刹那にそう言うと、

「うん、もちろんだよ~、こんな暗い森の中だと何がいるかわからないし、クマとか出そうだしね」

刹那の言うとおり、実際何がいるかわからない、しかもここは地球ではないのだ、

どんな化け物がいたって不思議じゃない、メヴィもそこらへんは全く教えてくれなかったしな。


「それにしてもメヴィちゃんどこ行ったんだろうね、用事があるとか言ってたけど…」

「俺たちをここへ連れてきた張本人がそれをほったらかして、なにを考えているんだかな…」

俺が訝しげに言うと、

「でもきっと私たちに関係のある用事なんじゃないかな?そんな気がするよ」

刹那は完全にメヴィを信じきっているようだ。

まあ俺もあいつを疑っているわけじゃないが、いないとなると不安な気持ちになるのは拭えない。


 しばらく歩いたところで、

「まだ道にも出ないし、こう暗いと歩きづらい、夜明けまでここらへんで休憩するか?」

俺はともかく、刹那は疲れが出てきているようだからな、というわけで刹那に提案してみた。


「そうだねぇ、もう脚がくたくただしね」

刹那も異論はないようだ。

「じゃあ安全そうなところをさがそう」

刹那は「うん!」と頷いた。


 二人で近辺を見渡していると、刹那がなにかをみつけたのか、

「瞬ちゃんこっちこっち!」

俺の手を引いてとある場所まで連れてくる、するとそこには根元にポッカリ穴の開いた大木が立っていた。

「休むにはうってつけな場所をみつけたな、刹那」

「えっへん!」

嬉しそうに微笑む刹那。


「でもこれ、何かの巣じゃないだろうな…」

そういって中を覗き込むが、暗くてよくみえない。

警戒しながら中に入り確認していると、

「だいじょうぶ?瞬ちゃん」

穴の外から心配そうな刹那の声が聞こえてくる。


「とりあえず大丈夫そうだ、なんの気配もないし、何かがいた痕跡もない」

俺は穴から手だけを出し手招きすると、刹那が緊張しながら穴に入ってくる。


「ここなら二人でも十分な広さだし、夜明けまで交代で休もう」

「うん、そうしよう」

「じゃあ刹那から先に休んでくれ、何かあれば起こすから」

俺は刹那に先を譲った。

「え?いいの?」

「おまえのほうが明らかに疲れているしな、ゆっくり休んでくれ」

「じゃあお言葉に甘えて…」

刹那は俺に近づいてくると横になり、あぐらをかいている俺の膝の上に頭を乗せてきたのだった。

「おいおい、いきなりどこで寝るんだよ?」

慌てる俺に、

「交代したら私も膝枕してあげるから、いいでしょ~?」

「仕方ないやつだなあ、刹那は」

俺は膝の上の刹那の頭に軽く片手を添えて、撫でてやる。

「やったーっ!ありがとね瞬ちゃん」

刹那は嬉しそうに目を閉じ、

「瞬ちゃんおやすみ~」

刹那はあっという間に眠りに落ち、寝息を立てるのだった。


 そういえば今何時ごろだろう?

ふと思い付く。

たしかズボンのポケットにスマホが…

ポケットからスマホを取り出して時刻を確認すると、

「21時過ぎか」

それにわかってはいたが、やはり圏外か…


 ちょっと待てよ、地球から移動するころが夕方で、移動後は真っ暗闇、となるとスマホの時計はあてにならないな…

そもそもこの星と地球で自転周期が同じとは限らないしな、ま、スマホがあれば時間が計れるし、2~3時間は刹那を寝かせておいてやろう。


 一方そのころメヴィは、瞬平たちとはかなり離れた場所、海が見える丘の頂に一人立っていた。


「ん~、この星には二つの大陸があるんだっけ」

独り言を呟き出すメヴィ。

「こちらの大陸に魔族が7体、この子たちは瞬平たちに任せるとして…」

そう言うとメヴィは、瞬平たちがいるであろう方角から反対側に広がる海に視線を移し、

「あっちの大陸に魔将が1体、瞬平立ちには教えなかったし、こちらはワタシが行ったほうがいいかな…、それにこの感じは…、ちょっと試してみるかな」

その直後、メヴィは高速で海の彼方へと飛び立つのだった。


 舞台を戻し、瞬平たちは…


「もうそろそろ刹那と交代するか」

と考えはじめた直後、異変は起こった。

穴の外から草木がざわめく音、何かがいる?

それもひとつやふたつじゃない、囲まれてる?


「刹那、起きろ!」

俺は刹那の口を手でふさぎながら小声で声をかける。

刹那は慌てて目を開けるが、口をふさがれているため声を出せない。

「俺たち、何かに囲まれてるみたいだ、頼むから騒ぐなよ?」

刹那が縦に首を振ったのを確認して口から手を外してやる。

「何かってなに?」

刹那が小声で聞いてくる。

「わからないが、かなりの数っぽいな…」

「そんな~、瞬ちゃんどうしよ~?」

不安を隠せない刹那。

俺は少し考えてから、

「この暗闇で迂闊に外に出るのは危険だ、夜明けを待ったほうがいいだろうな、この穴の中なら入り口だけ警戒してればいいわけだし」

「うん、たしかにそうだね」

「じゃあもしものときのために、刹那は奥へ」

刹那を移動させ、俺は入り口付近を陣取る、もちろん二人とも外からはなるべく死角になる位置だ。


「「何か」が中に入ってくるかもしれない、これは寝ずの番になるな…」

「ごめんね瞬ちゃん、私だけ休んじゃって…」

刹那が申し訳なさそうに言う。

「気にするなって、俺が言い出したことなんだから」

「でも~」

「約束したろ?俺が刹那を守るって」

俺が笑顔でそう言うと、

「うん、ありがとう瞬ちゃん!」

刹那は少し元気を取り戻したのだった。


 それからしばらく外に意識を向け見張りをしていると、徐々に空が明るくなりはじめてきたのだった。

まだ何かの気配があるが、ずっと立て篭もっているわけにもいかない、覚悟を決めて外に出てみるか?、そう思い立った俺は、

「刹那、おまえは中で待っていてくれ、俺は外を確かめてくるから」

「え?、そんなの危ないよ~」

当たり前だが刹那が心配そうだ。

「でもここで立ち往生というわけにもいかないだろ?、俺たちは先に進まなきゃいけないんだから…」

「う~、わかったよぅ、でも絶対無茶はしないでよ?瞬ちゃん」

「ああ分かってる、それじゃあ行ってくる!」

そういうと俺は意を決し穴から勢いよく飛び出したのだった。


「げっ!マジか?」

周りの草むらからオオカミっぽい獣がゾロゾロと10数頭、空腹なのか涎を垂らしながらゆっくりとこちらに近づいてくる。

「刹那っ!返事はしなくていいから!、俺が戻るまで絶対穴から出てくるなよ!」

大声で獣の注意を引くのと同時に刹那に指示を出し、刹那のいる穴からコイツらを遠ざけることを最優先に考え、獣たちの間をダッシュで駆け抜け、獣たちを誘導するように走る。


「見た限りでは全部こちらを追ってきてるな…」

俺は走りながら背後を確認し、刹那が標的になっていないことに安堵した。


 しばらく走り、少し開けた場所に出たところで、

「ここまでくればいいか!」

俺は咄嗟にUターンし、追ってくる獣たちの先頭の1匹の顔面めがけて膝を打ち込んだ。

するとその一撃を食らった獣はもんどりうってその場に沈む。

「よし、1匹目!」

直後、獣たちはすばやく俺を取り囲み、そのうちの4頭が同時に前後左右から飛び掛ってきた。

「くっ!連携が取れてやがる!」

俺は前方の1頭に狙いを定め走り出し、左右の2頭をかわし、正面の獣を下から蹴り上げる。

すかさず蹴り上げた右脚をそのまま素早く回れ右、後方から迫る1頭にめがけ踵落としをくれてやる。

「これで3匹!」

残った2頭が追撃してくるが、体を捻りそれぞれ紙一重で躱すのと同時に獣たちの後頭部めがけて手刀を叩き込む。

「ふぅ、なんかいつもより体が軽いし、思うように体が反応するぞ」

これもメヴィの能力(ちから)の影響か?

などと考えていると、待機していた残り10頭程度の群れの中から、一際目立つ1頭歩み出てくる。

「コイツは…デカい…」

その獣は他のより一際大きく、トラやライオンに匹敵する大きさだ、いかにも「ボス」という雰囲気を漂わせていた。


「一騎打ち、てか?」

言葉が理解できるかはわからないが、

「安心しな!そいつらは殺しちゃいない」

そう言い、俺の攻撃で横たわっている獣たちを指差す。


「いいぜ!、ただし俺が勝ったらこの場は退いてくれよ?」

そしてお互い睨み合い、戦闘態勢に入る。

先に動いたのは獣、素早く左右に蛇行しながら近づいてくる。

「はやい!」

目で追いながら攻撃を見極めようとするが、その素早さと不規則な動きから攻撃への切り替えが読みづらい。

徐々に距離が詰まってくる。

俺も自ら距離を詰めながら右拳を放つが、獣は当たる瞬間に体を僅かにずらし、そのまま前足の鋭い爪で俺の右脇腹を切り裂いた。

「くっ!あの図体であのスピードなんて反則だろ!」

痛みに耐えながらも、横を通過した獣をうしろ回し蹴りで追撃する。

が、呆気なく空を切り、獣はその無防備な俺の蹴り足に爪を立てた。

「チッ、右脚もやられたか…」

その場で膝をつく俺に、獣は容赦なく飛び掛かってくる、

「こうなったら!」

牙を剥き飛び掛かってくる獣めがけて右肘を突き出し左足で地面を勢いよく蹴り、獣の開いた口めがけてその肘をねじ込んだ。

「ガルルル!」

獣の牙が容赦なく右腕に食い込んでいく。

骨が砕けそうな痛みを堪えながらもそのままの勢いで獣を押し倒し、仰向けの状態になった獣の腹の上に、俺は馬乗りになり、口に中の腕をさらに押し込んでいく、それにより気道を塞ぎ、地面を背にしている獣はもう逃れることはできなかった。

これでは息もろくに出来ないだろう。

「これで終わりだ!」

まだ生きている左腕で渾身の拳を獣の鳩尾めがけて叩き込んだ。

「グァ!」

獣は全身を痙攣させながら失神していった。

それをみていた残りの獣たちが一斉に蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。


「くっ!こいつを侮りすぎたか、これはさすがにヤバイかもしれない…」

腕を獣の口から引き抜き立ち上がる。

右腕に骨がみえるくらいの深い噛み傷、右脇腹と右脛に裂傷、出血がひどい。

「無茶しないって約束したのに…」

刹那のいる穴からかなり離れたからな、意識を失う前に辿り着けるかわからない。

意識を失えばさっきの獣たちの餌食だろうな。

その時はメヴィ、頼むから刹那だけでも地球に返してやってくれよな。


 俺は気力で右脚をひきずりながら刹那の元を目指し歩いた、だがだんだんと意識が薄れて脚にも力が入らなくなっていく。

「!」

そして脚がもつれその場に倒れ込んだ。

「くそっ!ここまでか、もう立ち上がる力も出ない…」

それでも尚、左の手足だけで這いずり、前へ進もうとする俺。


「しゅ・・ちゃ・・」

すると前方からかすかに声が聞こえてくる。

視界が霞む目でそちらをみると、人影がこちらへ向かって駆けてくるようだった。

「俺が戻るまで待ってろって言ったのに、ホントに心配性なやつだな…」

その直後、俺の意識は途切れたのだった。


 意識を失ってからどのくらい経ったのか…、徐々に意識が覚醒していく。

ん?さっきまでの傷の痛みがない?、俺は死んだのか?

仰向けで寝ていたのか、後頭部に暖かくて柔らかい感触がある。

あ!刹那は?!

慌てて目を開けると、目の前に涙の跡を残した刹那の顔があった。

「瞬ちゃん!やっと目を覚ましてくれた、もう目を覚まさないかと思ったんだからねっ!」

刹那が涙の跡の上に涙を上書きするのだった。


「ごめん刹那、俺の考えが少しばかり甘かったよ」

「そんなのいいから!身体は痛くない?動かせる?」

右腕を上げて確認してみると、制服は穴だらけだが傷はすっかり消えていた。

「刹那が治してくれたのか?ありがとな、どこも痛みはないし普通に動けそうだ」

そう言いながら微笑み、刹那を安心させてやる。


「ホントによかったよ~!」

安堵する刹那の顔をみつめていると、獣たちのことを思い出し、

「そうだ!あいつらは?」

刹那の膝枕が名残惜しいが、慌てて起き上がると、

「・・・」

目の前にさっき倒したはずの獣のボスがおすわりしてこちらをみつめていたのだった。

「げっ!なんでお前がここにいるんだよ!まだやる気なのか?!」

そいつはこちらをみつめたまま襲い掛かってくる様子はなかった。

「瞬ちゃんおちついて!、そのワンちゃんはなにもしないよ!」

「ワンちゃんて…刹那おまえなあ、…こいつは俺を襲ってきた獣の群れのボスだぞ?」

「その子はもう大丈夫だよ、さっきその子の傷も治してあげたけど、なにもしてこなかったし、なんとなくなかよくなれそうな気がするんだよね」

刹那が立ち上がり、そいつに近づくと背中を撫でてやる。

「なるほど、さっきみたいな敵意を感じないな…」

「でしょう?瞬ちゃんを傷つけたことは許せないけど、瞬ちゃんはこのとおり元通りだし、それに瞬ちゃんが目を覚ますまで私たちを守ってくれていたみたいだしね?、…でも今度瞬ちゃんを傷つけたら、「めっ」だよ?」

刹那がそいつに微笑みかけると、今まで微動だにしなかったそいつはピクンと体を震わし顔を背けるのだった。


 その後、刹那は再び俺を強引に膝枕に寝かせると、「もう少し休んでね!」と俺に少しの間休養を取らせでくれた。

どのくらにの時間が経ったのか、刹那が口を開く、

「お日様もかなりのぼっちゃったね」

「そういえば、たぶん半日以上はメシを食ってないな」

そう言いながら俺は体を起こした。

「お腹空いたね~」

刹那が腹をさする。

空腹感を思い出し、二人して黙り込んでいると、先ほどから姿を消していたボスが現す。

「ボス」というのは、俺と死闘を繰り広げたあの獣のボスのことである。

名前がないのもなんなので、俺が付けた。

「それじゃあ、ボンちゃんだね!」

刹那はそう呼ぶらしい。


 そのボスの口には何かがくわえられており、

「あ~!これ果物じゃないかなあ?」

刹那がボスに駆け寄ると、ボスはそれを地面に降ろした。

「これ私たちにくれるの?」

「ガゥ」

「ありがとねボンちゃん!」

刹那は喜び、ボスの頭を撫でてやる。


 俺はその果物を手に取り、

「ありがたくいただいておくけど、お前だって腹減ってんじゃないのか?、だからこそ俺を襲ってきたんだろうしな」

といっても肉食らしきボスに食わせるものなんて手元にはないしな、

ん?いや、その心配はいらなさそうだ、よくみるとボスの口の端には血が、そして腹も微妙に膨れていた。

何を食ってきたのか気になるが…


「ボスも何か食ってきたみたいだし、俺たちも腹ごしらえして出発するとするか!」

「そうだね、そうしよ~」

俺たちはその果物を次々と口に入れていった。

「ん~ん、瑞々しくておりし~ね~!」

ご満悦な刹那。


二人でそれらを平らげ、出発するため立ち上がると、ボスが近づいてきて俺たちに背を向けてくる。

「乗れって言ってるみたいだよ」

「わかるのか?刹那」

「うん、なんとなくだけどね」

となると、ここは…

「俺は歩くから、刹那乗せてもらえよ」

「え、瞬ちゃんはいいの?」

「ああ、強くなるための試練だからな、体は動かしたほうがいいだろうしな」

「なるほど~、それじゃあ私はお言葉に甘えて…」

刹那がボスに跨ると、俺たちは西に向かって出発するのだった。


 森の中をしばらく進むとようやくちゃんとした道に出たので、その道を使って更に西を目指し進む。

そういえば、俺たちはこの世界の方角を全くわからないはずなのに、なんとなく方角を認識している。

思えば、メヴィが「西」と指差したときからだろうか、なんとなく頭の中で認識している。

これもメヴィの能力なのだろうか?などと考えていると、

「この道を進んでたらこの世界の人に会えるのかなぁ」

刹那が何気なくそんなことを言い出す。

「おそらくな、普段使われている道みたいだし、そのうち村か街にぶつかるんじゃないか?、ほら森が開けてきたぞ」

俺が指差した先は、森から草原へと切り替わる場所だった。


「うわあ~、広いね~、あっ!向こうから何か来るよ!」

俺と刹那は道の先に目をこらす。

確かに、はるか遠くに、こちらへ向かってくる何かがみえた。

徐々に近づいてくると、馬車であることがわかった。

手綱を握るのは鎧を身に着けたヒゲ面のおっさん。

「刹那、油断するなよ!」

俺が小声でいうと、刹那は頷いた。

馬車は装飾されていて、いかにもお偉いさんが乗っていそうな豪華さだ、ここからでは中はみえない。

俺たちは緊張しながら馬車とすれ違い。

「行ったか…」

ホッと胸を撫で下ろしたその直後、馬車が止まりおっさんが声を掛けてきた。

「君たち!どこに行くんだい?、みたところ異国人のようだが」

その声に振り返るとおっさんが馬車から降り近づいてきた。


 俺はいつでも動けるように意識しながら、

「いや~、こんにちわ~、俺たち旅をしてて、どこか休めるところを探しているところです」

あやしまれないように、ごく自然に振舞う。

「西か、そちらに向かうなら気を付けたほうがいいよ」

おっさんは気さくな感じで、危ない人物ではなさそうだが…

「え、なにかあるんですか?」

とりあえず聞いておくことにした。

「最近北の帝国がこの国に攻め入ってきてな、詳しいことは言えないが、ここから西にある王都もかなり慌しいことになっているんだ、王都までに集落もいくつかあるが、そちらもこれからどうなるかわからない、十分気を付けるようにな」

「そうですか…、気を付けます、忠告ありがとうございます」

俺が礼を言うと、刹那もボスの上で会釈した。


 それにしても国同士の戦争か…

魔族退治が目的の俺たちだが、もしかすると他にも厄介なことに巻き込まれるかもしれないな…


 おっさんとの話が終わったかと思ったその時…

「ちょっと待て!先ほど異国人と言ったか?」

馬車の中から女性らしき声が聞こえてきた。

「ええ、みたことのない服装に、黒髪の少年少女の二人連れです、団長」

おっさんが見たままを報告すろ。

ん?なにかヤバイことになるんじゃ?

それに団長?やはりお偉いさんの馬車だったか…

すると、馬車の扉が開き人が降りてくる。

その人物は、丈が膝上くらいの赤いスカートと赤い鎧を身にまとい、左腰には剣を携えた赤い髪の女性で、しかも驚くほどの美人だった。

そこでなぜか刹那が頬を膨らませ俺を睨んでくる。


「唐突ですまないが、君たちはどこからきた?、もしかしてメヴィ殿が言っていた男女二人組というのは君たちのことではないのか?!」

「え?!」

俺と刹那は同時に声をあげ、顔を見合わせたのだった。


「どうやらその様子だと、間違いなさそうだな?」

もしかしてこの女性(ひと)がメヴィが言っていたデイジーって「子」?、いやいや、どう見ても俺より年上のお姉さんだろ!

「もしかしてデイジー…さん?ですか?」

俺も思わず聞いてみた。

「ああ、まさしく私はデイジー、シュトラール王国第三騎士団団長を務める「デイジー・グレイス」だ!」

「デイジーちゃん、団長だって!、えらい人だったんだぁ!」

刹那が驚きの声をあげたた、

「刹那、さすがにちゃん付けはマズいだろう」

「あ!ごめんなさい、デイジーさん!」

刹那が慌てて言い直すが、

「私は別に構わないが…」

ん?ちょっとガッカリしてる?

「私の名前を知っているということは、メヴィ殿から私のことは聞いていたようだな?」

「ええ、お名前だけ、ですけどね(強いとも言ってたか)」

俺が答えるとおっさんが、

「団長、メヴィ殿というと、例のドラゴン討伐の際の?」

げっ!ドラゴン?この星にはドラゴンなんているのか?!


「ああ、あの時の少女だ…、で、メヴィ殿は一緒ではないのか?」

「昨夜、用事があるとかでどこかへ行ってしまいましたよ」

「そうか…、彼女は他に何か言っていなかったか?」

「聞いたのは、魔族のことと、あとはデイジーさんに話を聞けって言われたくらいですね」

俺がそう答えるとデイジーさんは少し考え込んでから、

「すまないが、私は今大事な任務の途中でな、君たちと話をしたいのは山々なんだが、話はその任務が終わらせてからで構わないだろうか?」

さすがに任務を中断させるわけにもいかないな…

「俺たちは構いませんよ、な?刹那」

「う、うん!」

刹那も異論はないようだ。


「ではそうだな…

ここから西にしばらく行くと、「シンク」という村があるのだが、そこの宿屋で待っていてくれないか?」

「ええ、わかりました」

「そうだ!忘れるところだったな、…君たちの名前を聞いても構わないか?」

俺たちの名前はメヴィから聞いていないようだな。


「俺は、来賀瞬平、よろしくお願いします!」

続いて、

「私は風車刹那で、こっちの子はボンちゃんです!」

デイジーさんは俺と刹那をみたあと、ボスに目を移し、

「驚いたな、まさかとは思ったがフェンリルを手懐けているのか?、フェンリルが人に懐くことはないと思っていたが…」

フェンリルか、地球でも聞いたことある名前だな。

「こいつフェンリルって言うんですか?、こいつとは色々ありましてね、今は友達みたいなもんです!」

「他にも聞きたいことはあるが、話は後ほどにしよう、瞬平と言ったな、これを持っていくといい」

すると、デイジーさんが懐から布袋を取り出し俺に差し出してきた。

俺がそれを受け取ると、なにやらずっしりと重たかった。

「これは?」

「金貨だ、僅かだが服や食料ぐらいなら買えるだろう」

言いながら俺が着ている制服を指差す。

「その格好では何かと動きづらいだろうからな」

言われるまでもなく俺の制服はボロボロだった。

「ありがとうございます、助かります」

「では、私は任務を済ませてくるので、後ほど村で落ち合おう」

「ええ、わかりました。」

「それから、これから私のことを呼ぶときは「デイジー」でかまわないぞ!」

デイジーさん、いやデイジーは背を向け、馬車に乗り込んだ。

その時、馬車の中にチラッともう1人、人が乗っているのがみえた。

女の子?まあいいか、はっきりみえなかったし…


「さっきも言ったが気を付けてな!」

おっさんも俺たちに一声掛けて馬車に戻り、手綱を握ると馬車を出発させるのだった。


「さて、デイジーの言ってた村に向かうか!」

「そうだね、行こっ!瞬ちゃん!ボンちゃん!」

改めて西へ向かって出発するのだった。


「それにしても、デイジー美人でかっこよかったな」

俺が遠くをみるように呟くと、

「そうだね~、すごく頼りになりそうな人だったねぇ」

刹那が胸の前で両手の指絡め、遠い目をする。

「おまけに強いらしいからな、俺も負けてられないな!」

「瞬ちゃんカンバッ!」

刹那が拳を上げガッツポーズを取る。


 そうしてしばらく道を進むとようやく建物がみえてきた。

レンガと木で造られた、いかにも西洋風な建物だ。

「ここがシンク村かな?、…ボスは村の外で待っていてくれるか?」

「ええ~、ボンちゃん置いてくの~?いっしょがいいよ~」

刹那が駄々をこねる。

「当たり前だろ!普通の人からみたら猛獣だぞ?」

「う~、仕方ないなぁ…、ボンちゃん!おとなしく待っててね」

刹那はボスから降りるとボスの頭を撫でてやる。

「グルゥ」

ボスは村外れにある林へと向かって行った。

ん~、ボスも刹那に逆らえなくなってきてるな…


 俺たちは村を見渡し、

「村というだけあって民家がまばらだな、宿屋は、と」

「あ!瞬ちゃんあれじゃない?看板出てるよ!」

刹那が指差した看板をみると、見たことのない文字なのだが、不思議と意味がわかった。

そういえば、デイジーたちの言葉が普通に理解できてたな、これもメヴィの能力(ちから)なのか?

メヴィが戻ってきたら聞いてみるか。


 さっそく俺たちは宿屋へと向かい、

「宿屋の隣は雑貨屋か、あとで覗いてみようぜ、刹那!」

「うん、瞬ちゃんの服も探さないとだね!」

そして俺たちは宿屋の入り口をくぐるのだった。


 ちょうどそのころ、全身から黒い瘴気を放つ異形がシンク村に迫っていたのだった。

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