佐倉美佳 5月

 椎名と親しくなったのは、5月の体育祭の時だった。

 それまでの間も、名簿が隣なのもあって全く話さないわけではなかったし、お互いを苗字で呼び捨てにするくらいにはなっていたけれど、所属してるグループが違うこともあってそれ以上親しくなるようなこともなかった。

 なので、椎名の部活や家庭環境なども、この時までは禄に把握してはいなかったのだ。


 あたしたちの高校の体育祭はなかなか大掛かりで、赤組と白組の応援席としてわざわざ工事現場で組むようなやぐらが組まれる。もちろんみんなその櫓の上に座って炎天下の中応援をするのだけれど、その下は日陰になっているので、陽の光からの逃げ場の少ないグラウンドの中では、数少ない直射日光からの避難場所なっている。


 そこのちょうど真ん中あたりで、椎名がぐったりとしていた。

 ちょっと涼むかーくらいの気持ちで櫓の下に入ったあたしは、ぎょっとしてすぐに駆け寄ったのを覚えている。どう見ても熱中症だった。

 とりあえず抱き起こして、水筒に入れていたスポーツドリンクをせないように気をつけながら飲ませた。テニス部の先輩から聞いていたはずの熱中症の対処法をまごつきながらも何とか実践していると、ぼんやりと椎名が目を開いた。

 「あれ……佐倉……? 私、どうして」

 「たぶん熱中症。あっ無理はしないで。あたしが保健室まで連れてくから」

 「うん、ごめんだけど頼むわ……。あー頭痛ってぇ……」

 これが、あたしが明確に覚えている中では椎名との会話だった。

 この後椎名はもぞもぞと動いて、自分からあたしにもたれ掛かってきた。案外図太いなと思ったけれど、持ち上げた身体は驚くほどに軽くて、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

 そのあと、担任の先生に話して、保険委員会の子がちょうど手を離せないとのことであたしが直接保健室へ連れて行くことになった。


 「しかしなんか意外。椎名って暑さとかに強いタイプかと思ってた」

 肩を支えながら保健室へと歩いていく途中で、あたしはふとそんな風に問いかけた。

 「私がー? ないない、私バリバリのインドアだよ」

 「でもさほら、日焼けしてるし」

 「あーこれ? 生まれつきちょっと色素濃いんだわ私。死んだ爺ちゃんが外国人だったらしくてー。どこの国かは知らないんだけどな」

 椎名はそう言って、あたしの方にかけている手と反対側の手で自分の体操着の胸元を引っ張って見せた。確かに日焼けによる色の違いなんかはなかったけれど、あたしはそれよりも、体格の割に豊満な褐色の胸元とミントグリーンのスポーツブラのコントラストに目が行って仕方がなかった。

 「あ、ごめん。汗臭いかな私」

 不意にそんなことを言って椎名が手を引っ込めた。

 「ね、熱中症になると汗はむしろ引くって聞くし」

 「えーうそだー」

 ちょっとどきりとしたあたしの、胸の拍動が伝わらないように必死で抑えた返事に対して、けれど椎名は何ともないように呑気にそう答えた。

 5月とは思えない真夏じみた日差しが、他に誰もいない校舎の中、あたしたちだけを照らしていた。

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