第3話 鬼退治をしましょう
桃太郎のお伽話は日本で一番有名だと言っていい。
子供の頃に、誰もが一度、絵本などで耳にする英雄譚。
そのストーリーは実にわかりやすい。
人々に悪さをする鬼を、桃から生まれた桃太郎が、猿、犬、雉の三匹の仲間を連れて倒しにいく。
桃太郎は仲間たちと協力をし鬼倒して、平和が戻ってめでたしめでたし。
しかしこの話は言うまでもなく「夢物語」。
昔の人が作ったに過ぎない「童話」だ。
「……なのに、なんだよこれ」
薄い桃色の髪に高校の制服。平凡な顔立ちの少年、桃浦太一は呆然としていた。
まず、自分が巨大な桃の中に入っていたことにはシンプルに驚いている。その桃が川を流れていたことにも。
そしてその桃が二つに割れた瞬間、桃浦太一の視界一杯に広がったのはどこかの片田舎にありそうな山の風景。
そして――、
「やぁやぁ! 気分はどうだい新生児! ここは空気が美味いだろう!」
「……いや、桃の味しかしない」
赤色の髪を長く伸ばし、ポニーテールで束ねている、スタイルが抜群の美少女が目の前にいる。
巫女装束を着ているが、豊満なおっぱい様が隠しきれていない。同年代か、少し上くらいの女の子が腰に手を当てながら笑って立っている。
「あはは! それもそうか! キミは今、桃から出てきたんだからね! でも美味しいだろう? それは十代目だ!」
「どんな意味⁉︎ 熟し過ぎてるだろ絶対に!」
成熟して十年経っているとかだったらシャレにならない。
別に食べてないけど太一は嫌いな桃を吐き出すみたいにペッペと地面に唾を吐いた。そんな様子を赤髪美少女は笑いながら見ていて、太一の嫌な反応なんてお構いなしだ。
太一は一通り桃の味やら匂いを自分の中から抹消すると立ち上がって辺りを見回した。
「……つーか。ここはどこでアンタは誰だ」
「ん? なんだ、ゲン坊はキミに何も教えていないのか?」
首を傾げた赤髪美少女の発言に、太一も太一で眉を顰めた。
「ゲン坊?」
「キミの祖父、桃浦源太郎のことだよ」
「……は?」
平然と、それこそ当たり前のように「ゲン坊」を太一の祖父、源太郎だと言ってのけた赤髪美少女。太一は全くもって理解できない様子でキョトンとしてしまう。
そんな彼の反応が面白かったのか、赤髪美少女は愉快そうに顔を緩めて、
「そうかそうか。キミはまだ何も知らないんだな。よしいいだろう。これからのことも含めてボクが全部一から教えてあげよう!」
一人の世界に入ったみたいに頷くと、赤髪美少女は胸を張って太一にそう言った。
なんだか勝手に話が進んでいくが、まず最初の疑問が解決されていないことを忘れてはいけない。
太一は一呼吸を置くように息を吐いて、
「とりあえず。聞きたいことは色々あるけど、ここはどこでアンタは誰なんだ?」
「? あー、そうだったね。そういえば自己紹介がまだだった」
さっきから妙に距離感が近い赤髪美少女は、太一に言われると最初の工程を思い出したように咳払いを一つして、胸を張った。
そして、こう言ったのだ。
「ボクの名前はウラ。鬼が巣食うこの〈桃源界〉でキミをずっと待っていた。これから一緒に鬼を倒す仲間だよ。どうぞよろしく!」
△▼△▼△▼△▼
――ここは異世界、とは少し違うらしい。
「……なんつーか。あれだ、ボロい」
「あっはは! まぁ外観は確かにアレだが中は意外と居心地がいいぞ!」
太一が桃の中に閉じ込められて流れ着いた川から少し歩いた先に、ポツンと山小屋が一つ建っていた。まるで「桃太郎」の絵本でよく見た小さな平屋のようだ。
ウラ、と名乗った赤髪美少女の後に続き、太一は平屋の中へとお邪魔する。
「お邪魔しまーす……って、きったねぇなあ。ベテランニートの部屋じゃねえか」
「あ、あはは。ま、まぁ外観も中も大して変わらないのがいいところなんだよ。さぁそこに座るといい!」
苦笑いを浮かべてばかりいるウラ。
なんとなく見てはいけないものを見てしまった気がする。
案外、女の子の部屋は花園ではなく腐植園なのかもしれないと太一は自分の中で完結させた。
そうしないと心が痛い。
とりあえずウラが急いで適当に片してくれた場所に腰を落ち着かせて、太一は口を開いた。
「それで? 〈桃源界〉ってのはなんだ。ここはありきたりな異世界でもないんだろ」
ウラは焦りながら一通り部屋の片付けを終えると急いで太一の前に座り、乱れた髪やら荒い息を整えて、
「そう。ここはキミの世界で広く知られている『異世界系』とは少し違う。確かにキミ視点から語ればここも異世界なんだろうけど、ボクから言わせてもらえばここは全く違う世界ではないんだ」
とか言われてもウラの言う通り、太一から言わせてもらえばここも十分異世界だ。さっきまで源太郎の部屋にいて、巻物の光に呑まれた瞬間、気がつけば桃の中……この〈桃源界〉なる場所にいたのだから。
「まず最初に、〈桃源界〉とは何なのか。そこから話をしようか」
ウラの提案に、太一はもちろん頷いた。というより、頷くしかない。
「キミが育った世界を仮に『現実界』と呼称したとして。その世界には種々様々なお伽話が伝承されているだろう?」
「あぁ」
例えば、桃太郎。
例えば、浦島太郎。
例えば、金太郎。
例えば、一寸法師。
例えば、かぐや姫。
例えば、猿かに合戦。
例えば、赤ずきん。
例えば、シンデレラ。
例えば、不思議の国のアリス。
……とにかく『現実界』には両手の指じゃ数えきれないほどのお伽話が存在する。
「その内の一つ、「桃太郎」のお伽話が時間軸になっている世界。それがここ、〈桃源界〉なんだ」
「……なる、ほど?」
太一は首を傾げた。
なんとなく、ウラが説明したいことはわかったが、それがどうして太一が〈桃源界〉に呼ばれる理由になるのだろう?
というか、ここが仮に本当に〈桃源界〉だとして、「桃太郎」が実際に存在したと信用する材料になるとは限らないし、誰も言っていない。
そんな太一の内心を読み取ったのか、ウラは「無理もない」と言いたげな表情で頷いた。
「キミたちの世界からしてみれば「桃太郎」や他のお伽話が現実としてあるわけがない。確かにその通りだ。実際、そっちの世界じゃ伝承として、子供達に読み聞かせる英雄譚として語られているわけだしね」
太一の世界のことを理解した上で、ウラは言う。
「しかしながらその理論に一石を投じてみようと思う。なぁ、少年。一体誰がいつ、お伽話が嘘だって言ったんだい? 誰がどこで、伽の英雄たちが具象の存在だと、言ったんだい?」
「……それは」
「証明できないだろう? 証明できないものを確定事項のように言いふらして自慢気に両手を振って歩くことは、鬼よりタチが悪いよ」
確かにその通りだと、太一は出会ったばかりの謎美少女に論破されて、反論の口を閉じた。
証明出来ないものは、等しく大多数の意見に揉み消されてしまう。それは心霊現象や超能力などが良い例だろう。
しかし、そこまで自信を持って言うのなら、だ。
「証明できんのか?」
「と、言うと?」
「ここが「桃太郎」の世界だって、お前は証明出来んのかよ」
「できる!」
即答。
即決。
少しは躊躇うと踏んでいたのに、太一の予想は大きく外れてしまう。何ならウラは満面の笑みで応えたくらいだ。
彼女はポニーテールと豊満な胸を揺らしながら立ち上がり、そのダイナマイトオッパイの谷間に手を突っ込んだ。
「なんてところに手を突っ込んでんだ!」
「し、仕方ないだろう! 収納する場所がここしかないんだ!」
動き辛くないのか……。あと気にならないのか。そんな疑問を抱くのも恥ずかしくて太一は顔を赤くする。
しかし照れるのも一瞬だ。
次の瞬間にウラが胸から取り出したのは古びた一本の巻物だった。
どこかで、見たことがあった。
それは――、
「……それって、ジジィが持ってたやつと同じ?」
「彼のは
そう言って、ウラは細い手で桃源書を掴みながら、それを太一に見せつけた。
太一をこの世界に送りつけた原因。
謎の光を放った、謎の書物。
「それが、「桃太郎」の存在をどう証明するってんだよ」
「見れば分かる。これには「桃太郎」の全てが記されているからね」
「……「桃太郎」の、全て」
源太郎もついさっき、あの部屋で似たようなことを言っていたような気がする。
そしてこうも言っていた。
桃浦の血筋は、桃源書に魅了、執着、興味を持つと。
言葉通りだと思った。
桃浦太一もまた例外ではないのだ。
彼は、薄桃色の髪の毛の少年は、桃源書から目を離せない。
この世界に来る前の感覚と、どこか似ていた。
「さぁ。『この世界の過去』を見るといい」
ウラが喋ったと同時だった。
全く同じ現象が起きた。
彼女が桃源書を開いた瞬間、薄桃色の光が瞬いて、視界一杯に広がって、太一を呑み込んで――、
「うぉおおああああああああ⁉︎」
「どんぶらこと、行こうじゃないか」
――太一の『魂』が、時を遡った。
△▼△▼△▼△▼
――流れて、流れて、流れていく。
「な、なんだ⁉︎」
「記憶の加速だよ。正確にはキミの桃浦の『魂』が代々継承してきた記憶だけどね」
真っ白な空間だった。
写真のような、映像の一部のような、断片的な記憶が太一とウラの横を過ぎ去っていく。
「「桃太郎」の話は今更説明しなくても分かるだろう。悪さをしている鬼を、「桃太郎」が三匹の仲間を連れて倒しにいく物語。今こうしてボクたちの横を過ぎ去っていく過去の記憶は、その話が実際にあった時の時間だ」
「…………」
ウラが丁寧に説明してくれているが、正直彼女の声を律儀に聞いている暇はなかった。
余裕がない、と言った方がいいかもしれない。
衝撃がありすぎた。
惹かれて、引きつけられて、目が離せない。
数々の「桃太郎」を見た。
色々な「歴史」を目撃した。
「桃太郎」は、男だけじゃなく女もいた。
人相などはハッキリしないし、声もノイズが酷くて何を言っているのかわからないけれど。
とにかく「桃太郎」が仲間と共に鬼と戦っていた。
――そして、
「……誰も、鬼を倒せなかったのか」
「……そうさ。歴代の「桃太郎」、その誰一人として、鬼を討つ事は叶わなかった」
過去の記憶で、「桃太郎」たちは血を流しながら、傷を作りながら必死に鬼と戦っていた。時には涙をも流して。
それでも、「桃太郎」たちの力が鬼の喉元に届く事はなく、無念の絶命を果たしていた。
「……そんなに強いのか、鬼は」
「強い。どうしようもなく理不尽なほどに」
「……そうか」
鬼の強さが桁違いな事は、ウラの表情と声だけで分かった。同時に、「桃太郎」のお伽話が本当にあったことも、この記憶の流星を見てしまっては信用するしかない。
しかしこの気持ちは、感情はなんだろう。
――どうしてこんなに、切ないのだろう。
「歴代の「桃太郎」も、キミのような顔をしていた」
「……歴代」
ウラが太一の様子を見てとって、そう言った。
今この瞬間にも、二人の周囲には記憶の映像が流星のように流れては消えていっている。
「キミは今、悔しいんだ。鬼を倒すことが出来なくて。先代の「桃太郎」が、夢半ばにして倒れて逝ったことが」
「……」
「それが何よりの証拠だよ。キミが「桃太郎」で、この世界が鬼に支配されている「桃太郎」の時間軸だということの」
――桃浦太一はお伽話が大嫌いだ。
都合が良くて、美談で、勧善懲悪で、全くもって現実的じゃない。
その中でも、特に「桃太郎」は大嫌いだ。
特別な力なんてないくせに、特別な力を持った人間のことなんてなにもわかっちゃいないのに、特別な存在になろうとして鬼を討つべく動いて。
でも、多分そうじゃなかった。
「桃太郎」は、自分が英雄になりたいから戦っていたんじゃない。
過去の記憶を垣間見て、理解した。
――「桃太郎」は鬼を倒さなきゃいけない。
ただ、それだけのために。
「……「桃太郎」云々のことは、とりあえず認める。信用する。オレが今代の「桃太郎」なのは、正直まだ理解もできてねぇ。――だけど」
一拍置いて、太一はウラをまっすぐみた。
記憶の断片が流星となって迸る中、確かにこう言ったのだ。
「鬼は今回でオレが倒す。「桃太郎」のお伽話は、オレで完結させてやる。美談でもご都合主義でも何でも良い。ハッピーエンドにして、本を閉じる前に『めでたしめでたし』っていう言葉をこの世界の人間にも言わせてやる」
つまりはそういうことだったのかもしれない。
源太郎が太一を〈桃源界〉に送る前、言っていた。
お前が歴代最強。
自分の力を信じろ。
お前が終わらせろ。
小さい時からずっと特質して強かったけど、でもきっと、今回で鬼との戦いを終わらせたいから、神様が……いいや。先代達が力をくれたのだ。
まだまだ聞きたいことは積もってるし、疑問なんて少ししか解消されていない。
でも。
「やってやるぞクソジジイ。鬼共を全員ぶっ飛ばして、この世界でオレはお前を超えてやるからな」
――さぁさぁ、お立ち合い。
これより始まるのは終わらないお伽話のその一旦。桃が輝く大一番、鬼との決着まであと少し。
この物語が終わるまで、しばしのお付き合い。
「待ってろよ鬼野郎。オレが「桃太郎」だ」
いざ、幕を開こう。
「桃太郎」のお伽話を、どうぞご覧あれ。
△▼△▼△▼△▼
「――嘘だろぉおおおお⁉︎」
ゴシャアッ‼︎‼︎ と。
巨大な拳が太一の全身を『面』で捉えて爆発する。
絶大的な威力を誇る一撃を受けて、桃浦太一は岩壁まで盛大に吹っ飛んだ。
ちょっとこれは予想外。
太一は岩壁の残骸に埋もれ、這い出て、自分をこんな目に遭わせた元凶を見上げた。
まるで某特撮番組の怪獣のようだった。
とにかく大きくて、見た目はまんまの鬼。
「……えーっと。棄権するってルール上あり?」
とりあえず冷静になろうと思い、太一はボロボロになった姿でとある方向を見やる。
呑気に茶菓子を食べているウラを見たのだ。なんかムカつく。
ウラは口元に付いたあんこをペロリと舐め取ってたから、満面の笑みで言った。
「なし! がんばれ!」
「なんでお前はそんな余裕な感じで饅頭食ってんだァァァァ‼︎」
次の瞬間。
桃浦太一は巨大な鬼のフリーキックをもらって彼方まで吹っ飛んだのだった。
フェアリー・リトライブ 天沢壱成 @Reply
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