第6話 困った子
「まったく、うるさいガキだ」
通路を挟んで隣の席に座った老人が、苛立たしげにつぶやく。
「まったくしつけがなっていない。最近は、親も、子も」
もし結婚して気難しい子どもを持ったら、私もあんな風に言われてしまうのだろうかとみなみは思った。実際、母親も若い頃は、幼いみなみが、よく泣き、なかなか泣き止まないのに苦労したらしい。叔母や祖父母が笑い話として聞かせてくれたが、当のみなみにとっては笑える話ではなかった。両親のケンカの原因が、扱いにくい子どもを育てるストレスだとすれば、両親の仲を引き裂いたのはやっぱり自分だということになる。
ー私なんて、いない方がよかったのだろうか。少なくとも、お父さんと、お母さんの幸せのためには。
みなみの前の席には、フライドチキンの入ったレジ袋が取り残されていた。先程の親子が居たたまれなくなって足早に降りるとき、うっかり忘れていったのだろう。油っぽい臭いが車内に充満している。油物の臭いは苦手だ。早く誰かが気づいて運転手に知らせるなり、持ち帰って捨てるなりしてくれたらいいのにとみなみは思った。
今頃、家に着いたあの男の子...まだ着いていないかもしれない...は、母親の手にチキンがないことに気づいて、大泣きしていることだろう。凄まじい泣き声と地団駄に、階下や隣室からはうるさいと苦情が続き、母親は耐えられなくなって子どもを叩く。
そんな最悪なシナリオを想像してもなお、みなみがあの少年を羨ましく感じてしまうのは、彼女には母親に可愛がってもらった記憶がほとんどないからだった。無愛想で、子どもとのふれあいをあまり好まない母親。母娘二人で仲良く出かけたことも、手をつないだことも、帰りに何か美味しいものを買ってくれることもなかった。無口かつ無表情で、何事にも大した反応を示さなかった母が唯一感情的になっていたのは、父とのケンカのときだけだった。
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