第5話 フライドチキン

「お客さん、困りますよ。しまってください」

 運転手が誰か他の乗客を注意している。見ると、前の方の席で、先程の親子がフライドチキンの箱を開けていた。母親は子どもにチキンを1つ手渡した後、知らん顔で自分の分を頬張っていたが、周囲の迷惑そうな視線に気づいたのか、すんませんと言って箱に片付ける。子どもは一度許されたはずのおやつを母親に取り上げられたのが納得いかないらしく、嫌だ、返してよと鼓膜を破らんばかりの大声で泣き出した。

 みなみは思わず耳を塞ぎながら、いつ他の乗客がキレて怒鳴り出さないかとハラハラしていた。彼女は大人の怒鳴り声が苦手だった。両親のケンカ、特に父の暴力を思い出して身がすくんでしまうからである。

 幸い、親子は車内の誰かが怒り出す前にバスを降りた。団地の前のバス停だった。男の子はバスから降りてもまだ怒りが鎮まらないらしく、後ろ向きに歩きながら、母親の太もものあたりを両の平手でバシバシと殴りつけている。ドアが閉まっても窓越しにうっすらとさっきの泣き声が聞こえた。


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