第4話 親子
バスはコンビニの前で停止した。母親とみられるジャージ姿の若い女性と、5、6歳くらいの小さな男の子が手をつないで乗り込んできた。女性の濃い化粧とボサボサの金髪を見たとき、みなみは最近久しぶりに会った自分の母親を思い出した。化粧はきちんとしているのに髪はぐしゃぐしゃという身だしなみのアンバランスさが似ていたのだ。母とは叔母も交えた食事会で何度か顔を合わせているが、この前の回を最後に、自分はもう二度と参加しないだろうとみなみは思った。
父との張りつめた生活が終わって以来、緊張がゆるんだのか、母はすっかりおかしくなってしまった。妻に暴力をふるうろくでなしと別れたことは母にとっても、娘であるみなみにとっても良い判断であったはずだ。それでも、些細なことで感情的になり、泣き叫ぶ母を見る度に、自分がしたことは間違いだったのではないかと、みなみは罪悪感にとらわれるのであった。
もし、私があのクリスマスイブの日に家出などしなければ、家族はばらばらにならずに済み、母が心のバランスを崩すこともなかったのではないか。私さえ生まれなければ、母は狂う前に父と別れることができたのではないか...とりとめもない自責の念が湧き、みなみは頭を軽く左右に振った。今更考えても仕方のないことだ。まずはとにかく、忘れなければ。
父との交流はほとんど途切れていた。別れたばかりの頃は手紙もよく来ていて、たまには会おうという話もあったのだが、みなみが返事を書きそびれているうちにそれもなくなった。今は何年かに一回、年賀状が届くくらいのものである。だが彼女は周囲の人が思うほど、父親を毛嫌いしていたわけではなかった。彼はみなみに対しては手をあげることもなかったし、母とうまくいっていた時期に限っては、みなみをいろいろな場所に遊びに連れていってくれていた。
それでも、父のことを完全に許していたわけではなかったし、会うのも怖かった。家族が散り散りになってしまったのは、両親の仲が悪かったためであり、その原因を作ったのは父の暴力だった。しかし、もし二人の離婚を決定的なものにしたのが私の家出だとしたら? 父は最愛の娘に裏切られたと強い怒りを抱くかもしれない。再会しても殴られず楽しく過ごせるという保証はなかった。
叔母は、自分の姉を痛めつけたみなみの父親をひどく恨んでおり、あんなクズ男とは絶対に会うなと言っている。時々叔母の家に孫の顔を見にやって来る母方の祖父母も同じ意見だった。
ーでも、その[クズ男]は私のお父さんでもあるんだよ。
みなみは何度もそう言いかけたが、引き取ってくれた叔母の心情を害するのではないかと思うと、言えなかった。それに、大した落ち度もない母を殴り、自分にも大きな恐怖を与えた父親を許せないのはみなみも同じだった。
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