第2話 幻燈

 車窓を流れる街明かりは、光の筋となって、走馬灯のように、古い記憶を呼び起こす。家族で行った夜の遊園地、メリーゴーランド、ぐるぐる回る夜景、イルミネーション、ピンク色のわたあめ、叔母と乗った東京行きの夜行バス。あの日以来、みなみは一度も実家に帰っていない。全ては両親とともにあの家へ置いていった。思い出も、悲しみも、憎しみも、何もかも。

 バスはまず大きなバス停で停車した。このバス停は電車の駅の近くにあるため、多くの人が降り、また多くの人が乗り込んでくる。空いた席に座り、乗降口から吐き出される人の群れに目をやったとき、彼女はそこにかつての自分の幻影を見た。叔母に手を引かれ、不安げな表情で、見知らぬ土地に降り立ったときの自分の幻影を。それはぼんやりとした幻でしかなかったが、彼女にとっては紛れもない、はっきりとした現在の像に見えた。


ーおばちゃん、まだ着かないの?

ーまだよ。まだうんと遠く。


いつぞやの幻が視界から消えたあとも、みなみの心の中では、過去の会話が繰り返されていた。


ーお母さんは?

ーおうち。

ーお父さんは?

ーお母さんと一緒にみっちゃんの昔のおうちよ。


 みなみはだんだん具合が悪くなってきた。厚着のまま暖房の効いた車内にいるのだから、寒いどころか少し暑いくらいのはずなのに、寒気がして、鳥肌が立つ。かと思えば、密閉された空気の蒸し暑さと、こもったいろいろな人や物の臭いに耐えられなくなり、吐き気など、車酔いの症状が出始める。


ーどうして二人ともおばちゃんの家にはついてこないの?

ーそれはね...相談員さんやお役所の人とも話し合って決めたことだから...


記憶の中の、叔母との会話はいつもそこで終わる。このあと他にも何か大切なことを話していた気がするが、そちらの方は全く思い出せない。そもそも、壊れたカセットテープのように何度も再生されるこの会話が、実際に交わされたものであるかも疑わしい。貧血で具合が悪いこともあり、みなみは目を閉じてそのまま眠ってしまった。

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