第13話

「あぁ、笑った。ふふふ、オリビアさん、お土産ありがとう。私、あなたのセンス好きよ。誕生日のプレゼントもとても気に入っているの」


 ようやく落ち着いたのか、笑うのをやめたフローレンス様が、紅茶を飲んで一息つく。


「アリスちゃんもねぇ。正直に言ってくれたらいいのに。手作りでなくても私、充分喜ぶわ」


 そう言って、兎をパクリと口に放り込む。


「うん、美味しい。…これね、とても美味しかったから、あなた達にも食べてほしかったの」


 さぁ、どうぞ、と勧められ、おずおずとフィナンシェを口に運ぶ。

 ふんだんに使われたバターの香りが鼻の奥に広がってとても美味しい。


「あ、美味しい」

「そうでしょ、そうでしょ。オリビアさんが持ってきてくれたのもあるから、量が倍になった分たくさん食べられるわ。どんどん召し上がって」


 ニコニコ笑いながら勧めてくれるフローレンス様にやっと少し肩の力が抜ける。

 この人は、特に含みなく自然体でこんな人なのかもしれない。やっと少し、アルフレッドが、彼女を妖精さんだと評した理由が分かる。

 ――――純粋なのだ。


「今日はね、アリスちゃんの主観の入らない場で、オリビアさんとお話してみたかったの。だから、アリスちゃんの知らないこの小ホールでお茶会することにしたのよ」

「そ、そうですか」


 てへ、と笑うフローレンス様は本当にかわいい。


「ねぇ、私もっとあなたと仲良くなりたいわ。リビィちゃんて呼んでいい?」

「ダメです。それは僕だけの呼び名です」


 フローレンス様の上目遣いのおねだりを間髪入れずにアルフレッドが断る。

 なぜ、あなたが断るの、と思ったが、何となくいつもの調子でアルフレッドにつっかかって行くところを見せるのは気が引けて、紅茶を飲んで誤魔化した。ぷくりと、頬を膨らませたフローレンス様は、けち、と言いながら私の愛称を考えている。


「義父上も、僕にあなたの愛称を呼ぶことを許さなかったでしょう?」

「ジークは、同性相手ならそんな強制しないわ。ねぇ、オリビアさん、アル君面倒くさくない?大丈夫?」

「……大丈夫です」

「その間は何ですか?」


 少し目の泳いだ私に対してアルフレッドが咎めるように言う。

 その時、フローレンス様がポンと手を打った。


「んー、じゃぁビアちゃんにしましょう!ねぇねぇ、ビアちゃん。あなた妹さんがいらっしゃるのよね」

「え、えぇ。少し年が離れていて、今五歳になります」

「まぁ!素敵。私、子供が好きなの!ぜひたまに一緒にお茶をさせてくれないかしら」

「それは…もちろん、ご迷惑でなければ…」

「ふふふ、嬉しい」


 フローレンス様はまさに花が綻ぶような様子で笑う。そんな笑顔で、子供が好きだと言うくらいだ。アルフレッドを養子に迎えるまでの10年、子供が出来ないこと、きっと辛かっただろうなと思う。もしかしたら、今もまだ。

 それでも、こんな風に無邪気に笑えるフローレンス様は強いなと思うし、この笑顔を守ってきた伯爵も、すごいなと思う。伯爵には思うところもあるが、この二人の関係は素敵だなと素直に感じる。


「ねぇ。アル君との馴初めを教えて頂戴な」

「それも二人の秘密だと言ったでしょう?」

「えー、ケチ。アル君面倒くさくない?大丈夫?」

「……大丈夫です」


 フローレンス様が何かを口にしては、アルフレッドが突っ込む。

 こうして、わいわい言っていると、あっという間に時間が過ぎた。


「あら、もうそんな時間?」


 メイドにそっと時間を告げられたフローレンス様が首をかしげた。


「また、ゆっくりお茶しましょうね」


 最後にフローレンス様がそう締める。

 こうして、お茶会はびっくりするほど和やかに終了した。




「フローレンス様、良い人だった」


 使用人部屋自分の部屋に戻る途中、ポツリと呟くと、アルフレッドが微かに笑った。


「そう言ってもらえると嬉しいですね。僕の家族ですから」

「えぇ、今日行ってみて良かったわ」

「僕の方も、アリス嬢を切り崩す糸口が見えた気がしますので、今日は有意義な会だったと思いますよ」


 最近アリス嬢に悩まされているアルフレッドが、黒く微笑んだ。

 その微笑みにゾッとしたものを感じつつ、兎のフィナンシェを手土産にお薦めしてくれたルーシーに心の中で感謝した。


「あぁ、そうだ」


 アルフレッドが急に立ち止まったので合わせて足を止める。

 どうしたのかと思って見上げると、柔らかく唇にキスを落とされた。人目のある廊下での出来事にぎょっとして唇を押さえてキョロキョロ辺りを見渡す。


「な、な、な、何すんのよ!」

「いいですか、リビィ?義母上や妹さんとお茶するのは構いませんが、僕との時間を疎かにしないように」


 それとこれとが何の関係が?と頭の中でぐるぐる考えていると、アルフレッドが耳元でボソリと呟いた。


「もし、あちらにばかり現を抜かすようでしたら、お仕置きですよ」


 こんな風にね、と耳に口付けられる。


「な、な、な、な」

「義母上に絆されていたでしょう?…先にきちんと釘を刺しておかないと」


 にっこり笑うアルフレッドに心の中で絶叫する。


(フローレンス様、やっぱりこの人面倒くさいです!!!)

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