第14話

 きゃっきゃっと、ミシェルの笑う声が聞こえる。

 今日はとても気持ちのいい天気だったので、部屋に籠るよりはと思って、温室に出てきた。ミシェルには、私の休みの日の午前中、まずは読み書きと簡単な算術の勉強を教え始めた。ひとしきり、ミシェルが温室の植物を見て回ったところで声をかける。


「さぁ、ミシェル。そこのテーブルに座って、このノートに書き取りをしましょうか。まずは自分の名前から」

「はぁい!」


 そうして、暫く書き取りをしていると、温室に来客があった。離れていても分かる艶のある白銀の髪。

 あれは、フローレンス様だ。

 私はそっとミシェルの元を離れ、入り口の方に向かった。


「ごきげんよう、ビアちゃん」

「こんにちは、フローレンス様。すみません、こちら使用されますか?」


 私の言葉にフローレンス様はブンブンと手を振る。


「違うの。今日はお外でお勉強してるみたいだって、家政婦エナに聞いて…もし良かったら、少しお茶でもいかがかしら?」


 そう言って、上目遣いに見てくる。今日も抜群の可愛さだ。

 これを断れる人っているのだろうか。

 家政婦に話を聞いて、以前ミシェルとお茶したいと言っていたのを実行することにしたのだろう。前回のお茶会といい、行動力がある方だわ。それに、本当に子供が好きなんだな。私と話ながらも、視線はチラチラとミシェルの方を向いている。


「もちろんです。少し休憩を挟もうと思っていたところですので」


 フローレンス様を伴い、ミシェルの方に向かう。


「ミシェル、休憩にしましょうか。こちらはお屋敷の奥様、フローレンス様よ」

「ふわぁぁぁぁ!おひめさまだ!!」

「こら、ミシェル!ちゃんとご挨拶なさい!」


 フローレンス様はお姫様、お姫様!と興奮するミシェルを宥める様子を、微笑ましそうに見つめ、ミシェルに視線を合わせる。


「初めまして、ミシェルちゃん。あなたこそ天使みたいよ!私はフローレンス。仲良くしてくれる?」

「はい!ミシェルです。よろしくおねがいしましゅ」


 最後、噛んだ…。

 でも、可愛いからいいか。

 ミシェルは外に出す機会が少ないから、あまり実践が出来ないのよね。でも、教えたことを一応覚えてはいるみたいだから、良しとするか。


「きゃぁ、可愛い!よろしくね!ミシェルちゃん!」


 ミシェルは感極まったフローレンス様からギュー攻撃を受けている。可愛いもの同士がじゃれあってるのも可愛い、と微笑ましく見ていると、フローレンス様付の侍女さんがお茶の用意を始めた。それを見て、私もミシェルの勉強道具を片付けることにした。


「さぁ、お茶の準備が出来たみたいね。今日のおやつはクッキーなの!ミシェルちゃん気に入ってくれるかしら?」

「クッキー!」


 目を輝かせるミシェルに苦笑しながら、席に着く。

 折角だから、数字のお勉強をしましょうか。クッキーを皿に6つ乗せて、ミシェルの前に差し出す。


「さぁ、ミシェル。今あなたの前に6個のクッキーがあります。私たち三人で仲良く分けるとしたら、何個ずつかしら?」

「えっとえっと…2こずつ!」

「そうね、正解。じゃぁ、その2個をあなたのお皿に取って……元々のお皿には今何個クッキーがある?」

「4個!」

「はい、正解」


 私たちのやり取りを見ていたフローレンス様が感心したような声をあげる。


「ビアちゃんは男性のようなお勉強をミシェルちゃんに教えているのね」


 私はその言葉に首を振る。

 確かに、淑女教育では算術は必須ではない。女主人の役割は主に社交で、家計の管理は執事などに任せることが多いからだ。

 でも、と私は思う。


「…教育に性別はありません。男女等しく学ぶ権利があります」


 これは、私の持論だ。

 男だからとか、女だからではなく、本人の希望で道を選べるようにしたい。得意なことがあれば伸ばせばいいし、人と同じ道を進む必要なんて無いと思うのだ。そして、教育はそんな時の道しるべとなる。私はもちろんミシェルには幸せな結婚をしてもらえたらと思っているが、もしミシェルが将来、何か仕事に就きたいと思った時、今学んでいることで、一つでも選択肢が増えればいいと思っている。

 私の言葉を聞いて、フローレンス様は何かを考えたようだった。


「そう…確かビアちゃんは学園の成績もとても優秀だったのよね。あのね、私の親戚にもね、女の子なんだけど、研究者を目指している変わり者がいるのよ。両親は反対しているらしいのだけど…だからね、その子に、お勉強教えてあげてくれない?」


 フローレンス様からの急なお願いにポカンとするが、学びたい意欲があるのなら潰してしまうのはもったいない。


「…私でお役にたてるのなら」


 私の返事に嬉しそうにフローレンス様が破顔する。

 そして、一息つこうと、紅茶に口をつけた瞬間、口元を押さえた。持つのを放棄されたティーカップがガチャンと音を立てて床に転がる。

 私はそのただならぬ様子に慌てて立ち上がった。


「フローレンス様!?どうかしましたか?」


 侍女たちも慌てて側に寄ってくる。

 フローレンス様は青ざめた顔に無理に笑顔を浮かべた。


「…何でもないの。急に気持ち悪くなって…。ごめんなさい、こちらからお誘いしたけど、今日はもうお開きにしていいかしら」

「もちろんです!本当に大丈夫ですか?」

「おひめさま、きもちわるい?」


 心配そうに側に寄ってきたミシェルの頭をフローレンス様が優しく撫でる。


「大丈夫よ、ごめんね。また遊んでくれる?」

「いーよー!」


 ミシェルに微笑んだ後、侍女に支えられながらフローレンス様は退出していく。心配だが、出来ることは何もない。何事もなければいいのだけど…。私は、ミシェルと手を繋ぎ、フローレンス様の姿を見送った。

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