第14話

「さぁ、舞台が整いました。行きましょうか、先輩」


 朝出社すると、正装をしたアルフレッドがにこやかにほほ笑んだ。


「…私も連れていってくれるの?」

「えぇ、あなたには全てを見届ける権利がありますから」


 この数ヶ月で、アスター地方のカラーダイヤモンドは密かなブームになっていた。

 もともとは、ガルシア子爵家から親しい貴族に流れていたのが、フローレンス商会の工房で加工、販売することで、そのデザインが一気に洗練された。そうすると高位貴族が我先にと買い求めるようになり、結果、一気に貴族全体に広まっていったのだ。

 宝石のデザインの商談は私も手伝った。その人気が高まるにつけ、ガルシア子爵家に塩を送るようで嫌だったけど、キラキラと輝く宝石を見られるのは楽しかった。


 そして、その反響はついに王妃の目に留まるまでになった。

 王室からフローレンス商会にお声がかかったのだ。アルフレッドから報告を受けたガルシア子爵家では、その栄誉に快哉を上げたという。

 今日は王宮にて、アスター地方のカラーダイヤモンドで作ったブローチを王妃に献上するのだ。王室御用達ロイヤルワラントの称号が得られるかどうかで、今後の売上が大きく左右される。恐らく、本日はガルシア子爵、ナタリー夫人、カーターと総出で現れるだろうというのが、アルフレッドの見方だ。


(……全く、そんな席で断罪を考えるなんて…怖い人)


 私は今日もルーシーにきれいに飾り付けてもらった。

 王宮に上がるということで、菫色で艶のある礼服ローブ・モンタントを纏っている。全く次から次へと新しい衣装が一体何処から出てくるのか……。豪華な衣装に気後れしている私にルーシーは微笑む。


「この衣装は戦闘服ですよ、オリビアさん。綺麗な衣装を着ると背筋が伸びるでしょう?こんなに戦闘力の高い衣装なかなかありません。さぁ、胸を張って。あなたを虚仮にした人達に思い知らせてやるといいのです」


 そう言って、そっと背を押してくれた。

 私は思わず微笑んで、ルーシーにお礼を言う。

 うん、元気が出た。

 胸を張って、馬車に乗り込む。




 さぁ、いよいよだ。

 私は、王宮の謁見の間の入り口で目を瞑り、大きく息を吸い込んだ。

 エスコートしてくれるアルフレッドの腕にかけた手を、エスコートとは反対の手でそっと包まれる。アルフレッドを見上げると、心配そうにこちらを見下ろしていたので、にっと不敵に笑って見せる。虚を突かれた顔をしたアルフレッドは、徐に小さく噴出した。


「大丈夫そうですね。……では、行きますよ」


 私はアルフレッドの声に頷いた。

 謁見の間が門番によって開かれる。

 私はルーシーに言われたように背筋を伸ばして胸を張る。ガルシア子爵家あいつらにしょぼくれた姿など見せられない。意地でも、笑え。


 中にはすでに、ガルシア子爵家の面々は来ており、王座を向いて膝をついて控えていた。当然の事ながらこちらを見るものは誰もいない。

 私はゆっくりとガルシア子爵家の面子を見た。

 4人か…。

 後ろ姿でも分かる。アルフレッドの大方の予想通りのメンバーのようだ。

 どうでもいいけど、ナタリー夫人の髪飾り…献上するブローチよりも大きなカラーダイヤモンドがついてるけどいいのかしら。PRも兼ねているのだろうけど…。自己顕示欲の強い人間の考えることはよく分からない。

 アルフレッドのエスコートでガルシア子爵家の横で膝をついて礼を取る。

 王と王妃が玉座に現れ、ゆっくりと席につく。


「面を上げよ」


 王の声で全員が顔を上げる。


「本日は王妃の求めに応じてよくぞ参った。早速品を見せてもらおう」


 その言葉で、ガルシア子爵家からカーターが立ち上がる。

 もう一人の付き人がケースを開けると、手袋をはめたカーターが宝石を手に取り、掲げる。怪しいものが入っていないことを証明し、またケースに戻すと、王宮の侍女にケースを手渡す。侍女によって運ばれた宝石を、王妃がその手に取った。光にかざすようにしてブローチを見る。

 パナシウム鉱山のカラーダイヤモンドは、色味の違いはあれどピンク系統のものが出る。その可愛らしい色合いも女性に人気の理由だ。今回、王妃に献上したものはその中でも特に発色が鮮やかでピンクより赤と言った方が良い色味のものだ。ガルシア子爵は、色味より大きさを主張したが、アルフレッドが却下したと聞いている。中心にその希少性の高いレッドダイヤモンドを配置し、プラチナで花びらのような台座を作った上に薄いピンク色のカラーダイアモンドを惜しげもなくあしらった大変可愛らしい品だ。

 私も納品の時、近くで見ていたから知っている。まだ、20代と年若い王妃にはよく似合うと思う。


「まぁ、本当にきれいね。原石はもとより加工が大変すばらしいわ」

「もったいないお言葉です」


 アルフレッドが王妃のその言葉を受けて、微笑みを返す。

 王もその様子を見て満足そうに頷く。


「王妃も満足したようだ。そなたらに褒美を取らそう」


 ガルシア子爵は嬉しさを隠せないように言う。


「ありがたきお言葉。では、ぜひこのカラーダイヤモンドに王室御用達ロイヤルワラントの称号を授けていただけないでしょうか?」

「あぁ、もちろんだ。フローレンス商会はどうかな?」

「ありがとうございます。では、陛下。……この場を少々騒がせる許可を頂けますか?」


 王の言葉に、アルフレッドが不敵に笑った。

 王は鷹揚と頷く。


「あぁ、許可しよう」

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