第13話

 

 感情のふり幅が大きすぎてぐったりした私をアルフレッドは黙って家まで送ってくれた。

 こんな貧民街をあんなキラキラした人と歩いたなんて笑える。…実際の私には、そんなこと考える余裕なんかなかったけど。

 家に帰り、お父様とミシェルの顔を見て今度は声を上げて泣いてしまった。私の泣き声にびっくりして一緒に泣いたミシェルと、おろおろとアルフレッドを見上げるお父様。玄関先なのにとてもカオスな状態だ。


「突然お邪魔してすみません、私アルフレッド・オーエンスと申します。今、オリビアさんの働き先の商会で会頭をしております。ちょっと一人にしておくことができなかったので家までお送りいたしました」


 お父様の腕の中でぐしゅぐしゅ泣く私を抱きしめながら、父がアルフレッドと対峙する。


「それは…うちの娘がご迷惑をおかけしてすみません。あの、何があったんですか?」


 当然だ。いきなり娘が帰ってくるなり泣きだしたら、びっくりするだろう。

 アルフレッドは言葉を探している。


「それは…私の口からお話しするのは、オリビアさんの本意ではないと思います。彼女が落ち着かれたら、彼女に聞いてもらえますか?」

「…はぁ」

「それでは、失礼します」


 アルフレッドは多くを語らず去っていった。

 とりあえず中に入ろう?と誘導してくれるお父様に子供のように手を引かれる。

 リビングで、改めてお父様に抱き着きめそめそしながら、ポツリとこぼす。


「……お父様、家の没落がすべて誰かに仕組まれたことだったって言ったらどうする?」


 お父様は領地経営の才は無いが、良い人間なのである。無駄遣いもしないし、細々と領地を守って生きていけただろう。執事さえしっかりしていれば、騙されたりしなければ、こんな風に貴族社会を追われる必要なんて無かったのだ。


「そうだね。……例え実際のところがどうであろうと、現状没落している以上、領地を守れなかった私に全ての責任があるのだと思う。私には領地経営の才がなかった。それは事実だからね。そして、そんな私に土地を納められる領民も不幸なんだ。なるべくしてなった結果だと思う。…それでもね、私は家族三人で仲良く暮らせる現状に満足しているよ」


 私はお父様の言葉にまたひとつ涙をこぼした。お父様は私の涙の理由をおぼろげながら察したのであろう。それ以上は何も聞いてこなかった。頭を撫でられながら私は気が済むまで泣いた。



 翌日、だるい体を引きずり出社したものの、到底仕事なんか手につかなくて、考えるのは裏切り者にどうやったら制裁を加えることができるのかということばかりだった。

 下働きとしてなら潜入できるかしら?ナタリー様は私の事、お分かりにならないみたいだし…カーターがいるからダメか……。

 余りに上の空だったからだろう、アルフレッドがため息をつく。


「オリビア先輩。昨日堪えるって約束しましたよね?」


 私は行儀悪く頬杖をついて、じろりとアルフレッドを見る。


「あなたこそ、私のプライベートに首を突っ込んでどうする気?そんなことしてる暇なんて無いでしょう?」


 昨日は、それどころではなくて流していたが、本来アルフレッドに動いてもらうのは筋違いだ。

 アルフレッドはまた一つため息を吐く。


「僕がどうしてあなたのために尽力するか本当に分からないんですか?」


 存外に真摯な声で返されてキョトンとする。

 え、これ分からないって言ったら怒られるやつ?


「あなたに何かがあった時、頼るどころか相談もしてもらえない立場に甘んじるなんてもう真っ平だ」


 そう言って、アルフレッドは自嘲するように嗤った。

 なんだろうその言い方。


「…それだと、私に頼ってほしいって聞こえるわよ」


 アルフレッドは、私のそのつぶやきには答えず、別のことを質問してきた。


「…どうしてあの時、僕に学園を去ることを教えてくれなかったんですか?僕はあなたにとってそんなにちっぽけな人間でしたか?」


 私はその問いにゴクリと唾を飲み込む。

 思い出したくない、苦い記憶。


「…言おうと思ったわ…でも、あの時」


 ※※※


 学園を退学することが決まってから、気まずくてアルフレッドを避けていた。でも、最後だからきちんと挨拶はしたいと思っていて。時だけが無情に過ぎて行って、その日で最後という時。

 それでも、放課後まで勇気が出なくて、最後の最後に勇気を出して、図書室に行った。いつも示し合わせたわけではないけれど、二人で勉強していた窓際の机にアルフレッドはいた。


「何なんですか…最近僕のこと避けてません?」


 憮然とした顔で話すアルフレッドの問いを無視して、最後に絶対聞いておきたいと思っていたことを問う。


「…ねぇ、私達って好敵手ライバルよね」

「はぁ?何でそんなものにならないといけないんですか…」


 勇気を振り絞ったのに、アルフレッドから返ってきたのは冷たい視線。私はすっかり、意気地をくじかれたのだ。

 そっか、アルフレッドと対等な関係を築けていると思っていたのはきっと私だけだったのだ。思い上がらなくてよかった。それであれば、私の退学など伝えられても迷惑だろう。

 何も言わずに去ろう。それがいい…。


「そ、そうよね」

「オリビア先輩?」

「何でもないわ…」


 ※※※


「私はあなたにとって対等な人間ですらないと思って…そんな私に身の上話なんてされても、あなた困ったでしょ?」


 私の言葉に、アルフレッドは腹の中の空気を全て押し出したのではないかと言うほどの深い深い息を吐いた。私と同じように行儀悪く机に頬杖を突く。こころもち顔を背けて流し目でこちらを見る。

 な、何よ。


「…対等なわけないじゃないですか」

「…だから分かって…」

「最初から僕の敗けに決まっています。…こんなにあなたの事が大切なんです。僕があなたに敵うわけないでしょう」


 絶句する私。顔が真っ赤になっている気がする。

 何、今なんて言った?思考が固まる。口を金魚のようにパクパクするしかできない。そんな私の様子を見て、アルフレッドがこちらに顔を戻してにっこり笑って言う。


「ねぇ先輩。この事が解決したらご褒美をください。そうすればあなたの問題を解決することに、僕にも旨味が出ます。ほら、対等イーブンでしょう?」


 衝撃から立ち直れず、ポカンと頷く。


「……私に用意できるものなら」

「先輩にしか用意できないものですよ」


 俄然やる気が出てきました、とアルフレッドは机に向かう。

 あれ?これ私安請け合いして大丈夫だった?

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