第12話

 いくつかアルフレッドの商談に同席させてもらったけれど、その成果を発揮する機会はなかなか訪れなかった。

 嬉しいような、悲しいような…。

 基本的に工房との商談は、こちらの完成希望を伝えて、金額と納入時期を擦り合わせるのが主な内容のようだ。加工の仕方も金額も納期もアルフレッドが指示をくれるそうなので、私はもし相手が難色を示した時に、懸念点を聞き取って持ち帰り、アルフレッドに再度指示を仰げばいいらしい。

 何となく、それならできそうだと思っていただけに残念だ。

 今日は、アルフレッドが午前中留守にするそうなので、私は会頭室で一人仕事をしていた。


 コンコン


 ノックの音に、返答を返すと、従業員が一人入ってきた。新人のマリーだ。


「あ、あのすみません。会頭にお客様なのですが…」

「あら、アルフレッド出かけてるわよ?」

「そうお伝えしたのですが、今日この時間に約束があるとおっしゃっていて…」


 珍しいこともあるものね。ダブルブッキングしたのかしら?


「分かったわ。ちょっとお話聞いてみて、私で対応できるかやってみるわ」

「あ、ありがとうございます!」


 会頭も副会頭も不在で困り果てていたのだろう。最近大規模に整理解雇リストラをした結果、古参の従業員がいなくなってしまったこともあり、誰に相談していいかもわからなかったのだろう。お客様をお待たせするわけにもいかず、焦ってとりあえずここに来たマリーを見捨てることもできないので、私が出ることにする。



「お客様、大変お待たせして申し訳ございません。あいにく会頭は前の商談が長引いたようでまだ戻っておりませんので、私が代わりに内容をお伺いさせて……」


 取り急ぎ謝罪をしながら部屋に入り、そこにいる相手を見て言葉が止まった。相手も同じように口をポカンと開けて固まっている。


「…あなた……」

「オリビア…お嬢様」


 目の前にいる彼は私が伯爵令嬢の時、我が家で執事をしてくれていたカーターだ。我が家は伯爵家であっても斜陽の家で貧乏だったので、なかなかお抱えの専属執事を養う財力がなかった。


(だから若干、難ありの人材しかいなかったのよね…)


 カーターは養成学校を出てすぐの時に、未経験で雇った人材だ。いずれは別の家に仕えることになることも想定はしていたけれども、カーターは我が家が傾くや否や辞表を出して去って行ってしまった。

 傾く家を一緒に支えてくれとは言えないが、もう少しの期間彼が我が家に残ってくれていたら、他の使用人たちの処遇にも手をまわせたのにな、という恨み言は私の心の中だけにしまっておく。

 そういえば、その後の務め先は知らなかったな、と思う。あの時は、家の中のことだけで精一杯で、気を回す余裕もなかったが、紹介状もなくよく次の働き口を見つけられたものだ。

「なぜここに」と口の形だけで問われたので、答える。


「たまたま職業紹介所でここの求人が出ていてね。最近働きだしたのよ」

「そ、そうですか」

「あなたは元気そうね」

「え、えぇ、まぁ」


 辞めた先の家人とは気まずいのだろう、ひどく歯切れが悪く、もごもごと話している。


「会頭様がご不在のようですので、出直してまいります」


 そう言って立ち上がる。

 出直してくるというのなら、引き留めても仕方ないので出口まで見送ることにする。

 カーターを見送ってすぐ、アルフレッドが戻ってきた。何食わぬ顔をしているが、額に汗をかいている。慌てて戻ってきたようだ。

 私は、また出直すと言って帰ったことを伝える。


「…たく、僕が行くと伝えていたのに…」


 珍しく舌打ちして怒っている。

 私はその様子に何か不穏なものを感じる。まるで私に会わせたくなかったかのよう…?

 思えば、カーターの態度も不自然過ぎた。


「……ねぇ、あなた、今日は行っていたの?」

「……」

「ねぇ!」


 強めの口調でアルフレッドを問い詰めると観念したように髪をかき上げ息を吐く。


「……ガルシア子爵家です」


 私はその名前に目を見開く。

 ガルシア子爵家。借金の形に手離した我がベネット伯爵家の領地を、後に手に入れた家。そして、ミシェルの母―――ナタリーの新たな嫁ぎ先だ。

 確かに我が領地をかなりお安く手に入れた商売上手な子爵家に、我が子を顧みることなく有望な新しい相手とさっさと再婚した継母、どちらにも思うところは多々ある。けど、それだけだ。因縁めいた縁のある相手ではあるけど、別に隠すほどの相手ではないはずだ。


(…他にも何かある?)


「ちなみに今日の商談は何についてだったの?」

「…カラーダイヤモンドです」


 ガルシア子爵家でダイヤモンド?

 あそこは、確かワイナリーと原料の大規模農園が主産業だったはずだ。

 背中を嫌な汗が流れる。


「…産地は?」

「…全く察しがいいのも困りものですね」


 アルフレッドが肩を竦める。

 私は震える声で問いただす。


「アルフレッド、茶化さないで」

「…アスター地方パナシウム鉱山です」

「……そんな!」


 絶句した。

 アスター地方のパナシウム鉱山―――それは、かつて我がベネット伯爵領内にあった石炭の産出量の落ちた、寂れた炭鉱だったからだ。


「宝石が出たなんて聞いてない…!」


 その時、私は初めてカーターに謀られたのだと気付いた。

 領民からの報告を一番に受けるのが執事の仕事だ。カーターが握りつぶせば、お父様には情報が入らない。そういえば、お父様が失敗した事業、あれも元を正せばカーターに唆された話である。

 そこでハッとした。

 ロペス子爵家で見た、あの人。

 見知った人だと思ったけれど、思い出せなかったあの人。


「……ナタリー夫人」

「……気付いていたんですか。あなたは寮にいた。接触回数も少ないので顔も忘れていたかと思っていました。現に、あちらは気付いてもいなかった…」

「だって、あの人。ミシェルにそっくりなんだもの」


 私は悔しさに拳を握る。目の前が怒りで真っ赤に染まる。

 最初から全て仕組まれてたってことね……。

 恐らく、カーターは領民からパナシウム鉱山より宝石が出たという報告を受け、握りつぶした。そして、どういうつながりかは分からないが、ガルシア子爵家にこの話を持ち込んだ。今、ガルシア子爵家で宝石の商談を任されるまでになっていることから考えても、きっとそうだ。

 そして、ナタリー夫人が我が家に送り込まれた。カーターとナタリー夫人にそそのかされて、お父様は新しい事業に手を出し、失敗した。だってお父様は、ナタリー夫人と生まれてくる赤ちゃんミシェルのために収入を増やさなくては、と新しい事業への参入を決めたのだもの。そして、恐らく2人は逐一、ガルシア子爵家に情報を流していたのだろう。そうでなければ、乗っ取りの計画があんなにスムーズに進むわけがない。


「一言言わないときがすまない!」

「待ってください、先輩!あなたは今平民だ。貴族に楯突いたらどうなるか分からない!」


 飛び出そうとしたところをアルフレッドに抱え込まれる。

 腕から抜け出そうと無茶苦茶に暴れながら叫ぶ。


「放して!私ならどうなったって良い!ここで立ち向かわずに後悔するくらいなら、死んだ方がましよ!!」

「あなただけではすまない!あなたの大切な人たちがどうなっても良いんですか?」


 アルフレッドの言葉にお父様とミシェルの顔が浮かぶ。

 一瞬にして頭が冷えた。体から力が抜ける。振り切れた怒りによって瞳に滲んでいた涙が、重力に従って滑り落ちる。

 俯いた私の背をアルフレッドが慰めるように撫でる。


「僕があなたの敵を打ちます。必ず、あいつらを引きずり落とすから、今だけは堪えてください」


 何でアルフレッドは私のためにそこまでしてくれるのだろう。

 学園時代、いつも側にいた。アルフレッドは私に憎まれ口は叩くけれど、決して私の努力を笑ったりしなかった。女のくせにと陰で嘲笑されていた私にはそれが一番うれしかった。

 切磋琢磨して、一緒に勉強することが楽しかった。上を行くことは無理でも、せめて対等でありたいと思っていたのに…。

 あっと言う間に差を広げられ、もう到底追い付くことなんて出来ない。せめてこんな没落した姿なんか見られたく無かったのに。それどころか、過去の因縁の解決すら自分一人ではどうにも出来ないなんて……。


「お願い…これ以上私を惨めにしないで」


 呟いた声は小さすぎてきっと聞こえなかった。

 それでも、アルフレッドは私を抱く腕に力を込めた。

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