第11話

「あっはっはっは!やらかしたなぁ!」

「…私は何もしてないわ」


 朝っぱらから会頭室に来て笑い転げているのは副会頭のブラウンだ。この人暇なのかしら。やっぱり、昨日の夜会の話はすでに社交界に広まっているらしい。

 お遣いで他家に訪問したブラウンが知っているのだ。


「いやー、オーエンス伯爵家のお坊ちゃまがついに見つけた相手が平民だったって、社交界ではもちきりだよ。挙句、入れあげすぎて、城が立つほどに飾り立ててたって!」

「そっち!?」


 私は目をむく。ロペス子爵とフローレンス商会の確執は!?

 というか、やっぱり飾り立て過ぎだったのよ!

 もちろん帰ってすぐにドレスも宝石も返却した。「ドレスはともかく宝石はまた使うので持っておいてもらっていいですよ」なんて怖すぎることをアルフレッドが言っていたけど、家じゃ強盗に押し入られるのが目に見えている。

 焦る私に、ブラウンはきょとんとする。


「そっちって?」

「…ロペス子爵とアルフレッドがやり合ったことは…?」

「あぁ、そんなこと。ロペス子爵は会頭の不興を買ったらしいって話は聞いたけど。まぁ、人は離れるだろうなぁ」

「…そんなことって…そっか、そんなこと…よね」


 確かに、女性が集まればあの程度のいざこざ日常茶飯事よね。でも、それなら、できれば私の存在も、そんなことで流してほしかった…。


「ただ、会頭の不興を買っちゃならんと、ロペス子爵が他の貴族から遠巻きにされているからね。皆、オリビア嬢の素性を気にしてはいても、子爵には尋ねられないので、あなたの名前は今のところ広まってないみたいだ。そして、元貴族だということもね」

「…そう、それならよかったわ…」


 確かに、あの場では私の名前は出なかったし、取り巻きのお嬢さん方は自分があの場にいたことを知られたくないから、もし私の名前をマリカとアリシアあのふたりから聞いていても、口をつぐんだのかしら…少なくとも、私が学園に通う元貴族だったのは感づいた人もいたでしょうけどね。


「ほらほら、先輩呆けてないで仕事してください。ブラウンも用がないなら帰れ」


 アルフレッドが呆れたような顔をして、空気を換えるようにパンパンと手を鳴らす。

 はーい、と軽く返事をしながらブラウンが出ていく。

 私も切り替えるように、書類を手元に寄せた。昨日休んだ分が溜まっているのだ。何より今は何も考えず仕事に没頭したい気分だった。

 あぁ、と思い出したようにアルフレッドが言う。


「ブラウンが今日からしばらく出張に出ます。その穴埋めで僕も忙しくなりますので、もしかしたらオリビア先輩にも商談をお願いすることがあるかもしれません。よろしくお願いしますね」

「はぁ!?ちょっと!何気軽に言ってくれてるわけ!?いきなり一人で商談担当!?」

「あはは、そんな無理は言いませんよ。試しに何件か僕の商談の場に同席してもらえますか?今日は書類で手いっぱいですか?」

「……ちょっとなら手は取れるけど…」


 びっくりした。またお得意のスパルタかと思ったじゃない。正直人前に出るのは好きじゃないけど…。まぁ、仕方ないわよね。

 今日は、宝石加工の商談らしい。基本的に原料は現地買い付け、加工については協力工房への依頼を商会で行うらしい。ブラウン、出張ってことはどこか遠くに原料の買い付けに行ったのかしら…。

 私は憮然とした顔をしているのだろう。アルフレッドが苦笑して「では、2時間後に」と言う。

 そのまま黙って仕事に没頭し始めたので、私もあわてて書類を捌く。2時間で少しでも終わらせておかないと。




(で、私何を見せられているのかしら?)


 2時間後アルフレッドと共に、商会の応接室でお迎えしたお客様は女性だった。

 応接室に入ってくるなり、原石がよく見えるように、とアルフレッドを隣に座らせ、額のくっつきそうな距離で、原石を眺めて談笑している。


「うふふ、アル様ったら、いつも無理ばっかりおっしゃるんだから。この前の加工も時間がなくて大変でしたのよ?」

「貴女にしかお願いできないことなんですよ。今回もよろしくお願いします」

「もー。今度デートしてくださるなら考えて差し上げるわ」

「僕みたいな若輩者があなたの隣を歩ける栄誉を頂けるなんて光栄だな。でも、残念。今副会頭が留守にしておりましてね、しばらく余裕がなさそうなんです」


 …色恋営業?

 え、私こんなことできないわよ?一番の苦手分野よ?

 一言も発さずポカンとしていると、ルーシーがノックして入ってきた。

 アルフレッドに何事かを耳打ちすると、「名残惜しいですが、時間ですね」とアルフレッドが笑い、商談が終わった。

 名残惜しげにこちらを振り返る女性を3人で見送ると、胡乱な目でアルフレッドを見上げる。


「…何、私もあんな風にソファの隣に座って、担当者と額くっつけっておしゃべりすれば言いわけ?」


 見送りの笑顔のままぴしりとアルフレッドが固まる。


「……オリビア先輩に担当してもらうのは、女性の担当者を想定してますから、そんなことしなくていいんですよ」

「……あれじゃ参考にならないわ。あなたと担当変わったら、担当者の女性に刺されそうじゃない。はぁ、あなたが男性担当者とどうやって商談してるかが見たいわ」

「……」


 私すごくまっとうなこと言ってるわよね!?

 それなのに、アルフレッドは何かを考えこんでいる。

 ルーシーがため息を吐いた。ふん、と腰に手を当てて言う。


「会頭、ここであなたの横にいる女性に手を出す男がいるわけがないでしょう?オリビアさんはまっとうなことおっしゃってると思いますけど?」


 アルフレッドもため息を吐く。


「分かりました…」


 何なの?そんな苦渋の決断です、みたいな顔で承諾すること?

 私は頭に疑問符を浮かべながらアルフレッドとルーシーを交互に見る。

 まぁ、少しはまともな商談が見れそうでよかったわ。

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