第7話
ある日、会頭室に従業員の一人が怒鳴り込んできた。
「おい、この書類を用意したのはお前だろ?桁が全然違うじゃないか!?」
あまりの剣幕に、唖然としながら、相手が机の上に叩きつけた書類を見る。仕入れた商品に対する支払いのための書類だ。確かに私が作成したものである。先方からの、納品数と支払いが合わない旨の陳述書もついている。
私は、日付と項目を見ながら、納品書を探す。
(うん、私は間違ってない)
「この通り、納品書に記載された数量で作成していますね。もし数字が違うと言うのなら、納品書を作成した人のミスではないですか?」
冷静に指摘すると相手がたじろいだ。
普通、資料作成の元となる納品書を残してあると思わなかったのだろうか?
…これまでは残してなかったんだろうな。管理、杜撰そうだもの。いや、あえてなのか?
私が引き継いだ資料は、アルフレッドが自分でまとめたものだったんだろう。綺麗にファイリングされていた。しかし、どおりで貰ったものより過去の資料が見当たらないわけだ。倉庫にでも持っていったのかと思っていた。
勢いで押してしまえば、こちらがあわてふためくとでも思っていたのか。ホント、考えが浅はかと言うか…。
「ほらココ。名前がありますね。ビアンカさん?この人が受け取りの時にチェックしているはずです。一緒に確認に伺いましょうか?」
「……いい、もういい!」
そう言って逃げようとする。
逃がすわけ、無いわよね?
「……何がもう良いのかしら?これは、納品書よ」
私は、指でビシッと差して相手を詰める。
そう、納品書なのだ。
こちらで手が加わるものではない。
「普通、送り先が作ってつけてくるもの。こちらがするのは受け取りのサインだけのはずよね?ココの数字が、そんな怒鳴り込んでくるほど違うってことは、人為的に改竄したってことよね?」
そして、そんなものを鬼の首を取ったように持ってきたと言うことは、あなたが片棒担いでるって言うのが丸分かりよ!
「あなたの発案かしら?私を辱しめるために、社内だけではなく先方も巻き込むなんて……商会の評判を地に落とそうって言うの?恥を知りなさい!」
ついに、相手はうろたえて逃げ出した。
けど逃がすもんか。
私は走って追いかける。
これまでいくつも不正を見つけてきたが、発散できずもやもやとしたものだけが溜まっている。ここらで一発びしっと言わないと、苛々が募るばっかりよ!
後ろから慌てたようにアルフレッドがついてくるのが分かった。
追い詰めた先には納品書に名前のあったビアンカもいた。二人どころか、そこにいる全員が何故かこちらを睨んでいる。
私は腰に手を当てて、顎をそらした。
「あなた達の行ったことは文書偽造よ?仕入れ先に対しては、詐欺になるわ。警察につきだされたくなけりゃ、他にやってないかさっさと白状しなさい!」
「ふん、愛人が偉そうに!」
「だからその愛人て、なんなのよ!普通は恋人でしょ!?」
「……オリビア先輩、論点がずれてます」
アルフレッドが冷静に指摘してくる。
私はごほんと咳払いをひとつして場を建て直す。
「私達の関係性はここではどうでも良いのよ。いくら私が気に入らないからって、犯罪まで犯す?頭おかしいんじゃないの?大方私に難癖つけて、採用したアルフレッドを糾弾するつもりだったんでしょうけど…お粗末すぎて笑えるわ!大体、気に入らないなら正々堂々話し合いで解決しなさいよ!」
一息で捲し立てたせいで息が切れている。
そっと肩に手を添えられた。アルフレッドだ。
「先輩、ありがとうございます。でもね、僕はもう、あなたに守ってもらわなくてはいけない子供ではありませんよ。自分の意見は自分で言えます」
そう言って、従業員達をまっすぐ見据えた。
「おいおい、なんの騒ぎだよ」
ブラウンが頭を掻きながら現れた。従業員達はざわめく。場がにわかに活気づいた気がした。ちらっとブラウンを見やったアルフレッドはそのまま話し始める。
「さぁ、皆さん。本日をもって査定の期間は終了しました。僕に従えない者は辞めていただきましょう。では、解雇対象者の名前を読み上げていきます」
アルフレッドのいきなりの発表に従業員達がざわめいた。
私もビックリしてアルフレッドを見る。
手に持ってる紙の束、それいつの間に?と言うか、もともとそのつもりで?
アルフレッドは周囲の反応など気にせず、次々と名前をあげていく。いや、それ、ほとんど全員なんじゃなかろうか……。そして、名前を呼ばれたのであろう男性が声を張り上げた。
「な!俺は立ち上げの時からいるんだぞ!」
「そうだ!こんな横暴、旦那様がお許しにならないぞ」
一人の声に勇気付けられたのか、名前を呼ばれた者達の声が次第に大きくなっていく。イライラして、声をあげそうになったところで、アルフレッドがすっと手を上げた。
「何を勘違いしているか知りませんが、会頭は僕です。高々10年ここで働いただけの人間が偉そうにしないように。過去のことが分からなくてもそんなに困りませんが、僕の指示に従えない人間は邪魔でしかないんですよ」
絶句する従業員はすがるようにブラウンを見た。
「ブラウン副会頭、一緒にこんなとこ辞めて独立しましょう!俺はあんたについて行きます!」
ブラウンは肩を竦めた。
思った反応と違ったのだろう、従業員の一人が声を張り上げる。
「副会頭!何か言ってください!」
ブラウンは考え込むように顎に手を当てた。
「…何か?これまでご苦労様」
「…!そんな!」
「だって、あなた。俺たちが会頭について訴えても、諫めたりしなかったじゃないか!同じ気持ちじゃなかったのか!?」
ブラウンはやれやれと首をふる。
「ホント、何を勘違いしているか知らないが…。どうして俺が諫めてやる必要がある?物の道理が分からず、輪を乱す従業員をいちいち懇切丁寧に指導しろって?なら解雇して一から育てる方が楽なんだよ」
アルフレッドがニコニコと言葉を引き継ぐ。
「僕と副会頭で新しい従業員の面接は済んでます。どうぞあなた達は今日限りで辞めてくださって結構です。あ、今回のことだけでなく、複数の犯罪が絡んでいたようなので心当たりのある方は心してお待ちくださいね」
容赦しませんから、とアルフレッドはにっこり笑った。
従業員達はガックリと膝をついた。
私も呆然とアルフレッドの方を見る。
「私に従業員の名前覚えなくて良いって言ったのこの為だったのね」
アルフレッドは良い笑顔で笑っていた。
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