第8話

「全く、最初から仕組まれてたのね」


 あの騒動の後、会頭室に戻った私は、行儀悪く机に頬杖をついてぼやいた。

 ブラウンは古参の従業員の不満の捌け口になって不穏分子をあぶり出し、新しく雇ったルーシーのような人たちが不正について調査していたらしい。ルーシーもただの従業員ではなくて、伯爵家で諜報や隠密の特別な訓練を受けた人間なんだって。

 なんだ、私がやきもきする必要なかったじゃない。


「義父上の代から勤めている人間はフローレンス商会の名前を笠に着て、仕入先に横暴なことを言ったり、過剰な利益供与を求めたり…まぁ、評判が悪かったんですよね。仕事をサボるだけではなく、横領も目に余るようになってきていましたから、ここらで引導を渡そうかと…先輩が入社する前に出来れば良かったんですが」


 先程教えてもらったが、なんと、ブラウンはオーエンス伯爵の家令らしい。

 屋敷を取り仕切る執事とは違って、こうして主人の要望で外での単独仕事を任されることもあるそうだ。ただ、領地から伯爵の指示が来るので商会だけにかかずらっている訳には行かないみたい。それで、商会の運営さえうまくいっているうちは不正に関しても見て見ぬふりをしていたようだ。

 会頭がアルフレッドに代わって、あそこまでの反発があったのは、単に年齢だけでなく、これまでのような後ろ暗い事がやりにくくなったからなんだろうな。


「あはは、オリビア嬢ってば先走って断罪しようとするんだもんなぁ。証拠を精査する途中だから焦った焦った」


 ブラウンは応接椅子に座り、頭の後ろで手を組んで笑う。

 じとっとブラウンを見る。


「だったら最初からそう言いなさいよ」


 イライラしすぎて敬語が取れているが、今さらだ。

 この人はあまり礼儀に厳しくないようなので、このままいかせてもらおう。

 アルフレッドも苦笑して言う。


「そうですね、せっかく彼らと関わらなくても良いように内向きの仕事をお願いしてるのに持ち前の無鉄砲さでむしろ積極的に関わりをもたれるんですから…」

「何よ、人がせっかく心配して…」

「まぁ、なんにせよ、これで先輩に外向きの仕事もお願いできますね。」


 ぶつくさいう私にアルフレッドがいい笑顔で言う。


「え、いやちょっとそれは…」


 人と関わりの多い仕事は苦手だから、できれば避けたい…


「先輩?今のお手伝いみたいな内容だけであのお給料な訳無いでしょう?」

「……ですよね」


 ガックシ。

 やっぱりアルフレッドはそこまで甘くないか。


「いいお返事ですね。…では、さっそく舞踏会に行きましょう」

「はぁ!?何のために!?」

「フローレンス商会の会頭が変わったことを周知するためにですね。いくつか参加予定なんですよ」


 そして、さらっと爆弾を落としてくるところもさすがである。

 というか、舞踏会!?あの年頃の貴族の男女がウフフアハハと交流を深める?

 どうしよう…私、未成年で平民落ちしたから貴族時代も正式な社交場なんか行ったことないんですけど!?それを、アルフレッドと?このキラキラしい男と並んで参加するの??冗談でしょう!?


「…私社交界デビューデビュタントもすませてないんですけど…」

「…?では、当日は白色のドレスでも着ていきますか?」

「違うわ!どんだけ若作りよ!…そうじゃなくてマナーも何も分からないの。あなた恥かいても知らないわよ!?」

「あぁ、講師をつけましょうね。若いですが、ルーシーはそのあたり完璧です」

「…うち貧乏なの知ってるでしょ?ドレスなんか用意できないわ…」

「必要経費です。こちらで持ちましょう」


 うぐぐ、どんだけ言い募っても、全く響かないアルフレッドを睨みながら、ぽそりと言う。


「…そんなの、婚約者と行きなさいよ」

「いませんよ?そんな人」


 にっこり笑って言われた言葉にポカンと口を開ける。

 伯爵家の跡取りの健康な成年男子に婚約者がいないとな…?

 そんな馬鹿な。どうやったってこんな優良物件、売れ残るわけがないでしょう?


「…あなた、なんか曰くでもついてるわけ?」


 恐る恐るアルフレッドを見上げると、ぶはっとブラウンが噴出した。


「ひ、ひひひ、言うに事欠いて…曰く…曰く………まぁ、似たようなもんか」


 ホントによく笑う人だわ。何がそんなに面白いのかしら。

 不審なものを見る視線をブラウンに向けていると、額に青筋を立てながらにっこり笑うという器用な笑顔を顔面に張り付けたアルフレッドが言う。


「慎重に相手を見極めている所なんですよ。…先輩にだって決まった相手はいないんでしょう?」

「……」


 何よ、断言してくれちゃって。

 いません。いませんよ。前の職場では「気位ばかり高い嫁き遅れ」と呼ばれていましたとも。でも。癪だからそんなことは言わない。


「わ、私にだって、気になっている人の一人や二人いるわよ」


 嘘だけど。

 見栄を張ってぷいっとそっぽを向く。

 ブラウンがぴたりと笑うのをやめ、アルフレッドの「ほう」という声が聞こえた。

 な、何よ。


「まぁ、相手を問いただすのは追々にして……会頭ぼくを補佐するのが仕事ですからね。行ってもらいますよ舞踏会」


 凄みのある笑顔で押し切られる。一体幾つ笑顔を使い分けてくるのかしら、この人。仕方ない、雇い主には逆らえないわ。アルフレッドが命じたのよ。恥かいたって知らないんだから。

 ……没落して平民落ちした女なんか連れてるって。


「あぁ、当日はくれぐれも喧嘩はご遠慮くださいね」

「はぁ!?私が好きで喧嘩してるみたいな言い方やめてくれる!?」

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