第6話
ついつい切れてしまったあの日から、古参の従業員の私に対する当たりがきつくなった。仕事をする上で必要最低限の会話も成立しない。私の姿が見えると、みんな席をはずしてしまうのだ。
ホント腹が立つったらないわ。
ただ、幸いなのは私の仕事は、書類さえきちんと上がってくれば、ほぼ一人で完結すると言うこと。こちらも無視して仕事をしていた。
ところが…。
「…おかしい」
私のポツリとした呟きにアルフレッドが顔を上げた。
「どうかしましたか?」
「いいえ、ちょっと気になることがあって…確認してくるわ」
私は先ほどまで作業していた帳簿を持って、倉庫の方に歩いていく。相変わらず従業員達はタラタラと仕事をしている。私語も多い。けれど、私が砂糖の在庫の確認を始めると、従業員が一人こちらにやってきた。
「なんだお前、何しに来た?」
「在庫の確認よ。発注書に変なところがあってね」
「……変なところ?そんなはず…」
「ええ、書式自体は問題ないわ」
問題なのはその数よ。
砂糖は塩と共に高価な調味料だ。日持ちもするので、たくさん仕入れていてもおかしくはない。しかし、砂糖の原産地は今年、台風被害で大きな打撃を受けていた。現在は、深刻な砂糖不足なのだ。
全く、一家の大黒柱の私にはかなり頭の痛い問題よ!
だから余計に気になった。
いくらフローレンス商会が大きな商会であろうと、例年と同じだけ確保できれば良い方であろう。発注書は、
(やっぱり数が合わない。……架空取引)
きっと金額の違う発注書を二枚用意して、一枚を取引先に、本来は控えを提出すべき私の所に、用意したもう一枚の発注書を提出して、支払いの差額を横領したのね。
「ちょっとこれ…!」
「オリビア嬢ちょっと…」
私が相手を問いただそうと声を上げた瞬間、ブラウンが側に来た。
「ちょっと待ってください、私今この人に用が…」
「まぁ、まぁ」
何故か引っ張られてその場を退席させられる。
身構えていた従業員がポカンとこちらを見ている。
「何なの!?」
「オリビア嬢、君はやっぱり頭が良いね。…この件は、ちょっと僕に預からせてくれないか?」
倉庫を出てから、ブラウンにそう言われた。
私、まだ何の件か話してもないんですけど?
取り敢えず有無を言わせない口調に、引き下がった。
ブラウンて、この前もだけど、どうして何の対処もしないのかしら。私はムカムカが溜まっているのを感じていた。
家に帰ってからもなんだかすっきりしない思いを抱えていた。
はしたなくスプーンを噛んで考え込む私に、お父様が心配そうに声をかけてくる。
「どうしたんだい、オリビア?何か心配事でも?」
「…いいえ、職場の上役の考えが分からなくてもやもやしているだけよ」
お父様は目をぱちくりする。そして朗らかに笑う。
「珍しいね。君がもやもやしたまま帰ってくるなんて。いつもぶつかってくるのに」
失礼ね。私を猛獣か何かと勘違いしてるんじゃないかしら。
「私そんな当たり屋みたいじゃないわ!」
「あはは、ごめんごめん。そんな風には思ってないよ。ただ、その人のことを信じているから、もやもやするんだろう?入ったばかりで聞きにくいかもしれないが、真意を確認しておくことは大事だよ?」
お父様を見ながらぼんやりと考える。私はブラウンのことを信用しているのかしら。
分からないわ。出会ったばかりの人だもの。でも、信用に足る人であればと思っている。
(だって、アルフレッドの右腕よ)
組織の中で、一番近い人まで信用できないなんてそんなの悲しいじゃない。
フローレンス商会の中には少数だが、アルフレッドが会頭になってから雇った人が何人かいる。その人たちは、特に私に何の含みもなく接してくれる。というか、古参の従業員はその人たちにも仕事を教えないなどの意地悪をしているみたいだ。後から雇われた者たちで、微妙に絆ができている…気がする。
どうしても従業員に話を聞かないといけないことが発生した場合、私はその人たちに声をかける。
私が一番よく声をかけるのは、年が近いルーシーだ。
「ルーシー、少し教えてほしいの。今日入荷の積み荷なんだけど…」
先日の架空請求から、少し倉庫に行く頻度を増やした。商品の品質チェックだけでなく、きちんと数量の計測も行う。本当は受け入れの時に、数や質量のチェックはしているはずなんだけど…
私が、商品に目を光らせていることに気づいたのだろう。古参の従業員たちが、ギラギラした眼でこちらを見ていた。
(ふん、悪いことをしているのはそっちなのよ。もっと後ろ暗い顔をしたらどうかしら)
「あぁ、それでしたらこちらに…」
ルーシーに誘導され、積み荷の沢山あるところに案内される。
私の背丈ほどの荷物がたくさん置いてある。きょろきょろしながらついて行く。どうやら、今まさに入荷作業を行っているようで、積み荷が馬車から降ろされていた。仕入れ先の担当者と、古参の従業員が何か話をしている。視界を遮るものが多いので、従業員は歩いて来たのが私とは気づかなかったようだ。
「今年も君の所から商品を仕入れたいと思っているんだが…」
「はい!ぜひお願いします」
「いや、しかしね。もっと安くするというところがあってだな」
「そ、そんな…」
「まぁ、付き合いの長い君の所を切るというのもね、心苦しいじゃないか…。私が一言いえば、会頭も君の所との付き合いを継続を決めてくれると思うんだがね」
…このあからさまな脅迫は何!?いつもこんなことしてるわけ!?
私は開いた口がふさがらない。大体、何の権限があって?
大体、仕入れ先業者は3社以上の見積を取って、決定しているはずだ。従業員の一存で決められるものではない。
(…もしかして…!)
「ルーシー、ありがとう。ごめんね、少し確認したいことがあるから席を外すわ。また来るわね」
ルーシーに断って早歩きで執務室に戻る。
猛烈な勢いで保管資料を漁る。
(やっぱり…!)
添付されている見積書は、書式が違うもののすべて筆跡が同じだった。
あいつ、見積を取った振りをして自分で作っていたのね!
見積書を握ってふるふる震える私に、アルフレッドが声をかけてくる。
「どうかしましたか?オリビア先輩」
「どうもこうもないわ!何なのここ!架空請求に脅迫に横領!?まともな奴がいないわけ!?」
あまりの剣幕に絶句するアルフレッドをきっと睨みつける。
「あなたもあなたよ。やられっぱなしになるから相手がつけあがるのよ!ビシッとやり返しなさい!」
アルフレッドがふはっと笑う。
ちょっとちょっと大丈夫!?呼吸困難になりそうなほど笑わないでよ。
…私そんな面白いこと言った?
「…変わりませんね、先輩は。懐かしいな」
涙をぬぐいながら、アルフレッドが言ってくる。
そうか。学園時代の私たちの出会いの日。
「…あの後から、私、あなたに目の敵にされたのよね…」
遠い目をすると、アルフレッドはおや?と首をかしげる。
「目の敵になんかしてないですよ?」
私は胡乱気にアルフレッドを見上げ問いただす。
「職員室で先生に質問してたら、そんなことも分からないんですか?って言ったのは?」
「…僕が教えてあげるのにと思って」
「刺繍のハンカチ作り直してたら、女子力低すぎませんかって言ったのは?」
「…苦手なら僕が代ろうかと思って」
「言葉と内容が一致してないわ!?」
少し気まずそうに視線を逸らす。
「まぁ、僕も未熟だったということです」
先輩よく覚えてますね、と笑うアルフレッドに毒気を抜かれる。
ちょっと!何の話をしようとしてたのか忘れたじゃない!
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