第5話

 

 最初はあんなに警戒していた仕事だけれど、結論から言うとすごく楽しかった。

 得意の算術を生かせる帳簿付けも、流行の商品が次々と入ってくるのを見られる商品の品質チェックも。基本的にかかわる人がアルフレッドかブラウンなのも気が楽だった。…ブラウンにはまた別の意味で気まずさがあるけれど。

 こうやってみると、これまでの仕事、本当に苦手なことばっかりだったのよね。

 接客の仕事も、力仕事も、針仕事も…

 癪だけど、ここでの仕事を与えてくれたアルフレッドには感謝している。

 むかつくから絶対言葉にしたりはしないけれど。


 ふう、とため息を吐いて、隣で仕事をしているアルフレッドを見やる。


 そして、ここで働くようになって見えてきたことがある。

 どうやら、アルフレッドは古参の従業員に侮られているようなのだ。

 年齢が若すぎることもあるだろう。アルフレッドは、丁寧な言葉で話しかけ、できるだけ言葉を尽くすようにしているように見える。

 でも、アルフレッドの指示が気に食わないと、改めてブラウンに指示を求めに行ったり、愚痴を言いに行ったりしているようなのだ。

 働くようになって数日の私の目にさえつくのだ。アルフレッドはやりにくくないのだろうか?

 そして、その一因を私が担っていたりしないだろうか…。


「…?どうしました?分からないことでも?」


 私の視線に気づいたのだろう。

 アルフレッドが顔を上げてこちらを見た。

 急いで首を振る。

 だけど、私の集中が切れているのが分かったのだろう。休憩にしますか、と立ち上がった。

 アルフレッドはこうして毎日お茶を入れてくれる。最初の日に熱心に見ていたせいだろうか、クッキーが必ずお茶請けに添えられている。私もそっと立ち上がって、応接ソファーの方へ移動する。

 お礼を言って、お茶を一口飲んだ後、おずおずと切り出した。


「ねぇ、ついつい昔のままの口調で話してるけど…きちんと改めましょうか?」


 アルフレッドは宝石のような琥珀色の瞳を丸くする。

 意味が分からない、というように首を傾げた。


「いまさら、ですか?」

「悪かったわね。…あなた、他の従業員との対応に苦慮してるんじゃないの?入ったばかりの私がこんなだと、示しがつかないのではなくて?」


 じ、っとアルフレッドを見やると、眉毛をへの字型にして微笑まれた。器用だ。


「あはは、かっこ悪いな。気づいてたんですか?」


 そして一口紅茶を含む。


「これは僕自身の問題ですから、先輩は気にしなくていいんですよ。外向きには困りますけど、ここで働く分にはこれまで通りで。今更、先輩に敬語なんか使われたら居心地が悪いですから」

「……あなたがそう言うのなら」

「えぇ。それより。僕の知り合いだということで、もし何か言われるようならすぐに相談してくださいね」


 思いがけず、まじめな顔で言われてたじろぐ。

 ごまかすように早口になる。


「ふん。何か言われたって返り討ちにしてやるわ。…あなたは自分のことだけ心配してなさいよ」

「あはは、それもそうですね」



 お茶を終えると、私は仕入れた商品の品質チェックに向かうことにした。

 午前中に入ってきた商品が仕分けされ、午後にはきちんと分類され、順番に並ぶ。私は、品質チェック表を見ながらそれらをチェックしていくのだ。衣類・食料品・鉱物…種類も様々で楽しい。品質に難ありのものは、ブラウンに報告して、仕入れ先にクレームを入れてもらう。

 今日は衣類の多い日だ。衣類は縫製が甘いものがあるので、広げて念入りに見る。


(…私の縫った衣装もこんなふうにチェックされていたのかしら)


 もともと裁縫は不得意だ。学園時代、アルフレッドにはよく馬鹿にされていた。こんな生活を5年も続けていたので、多少ましにはなったが、今でもそんなに好きではない。

 弾かれてたらショックだわ。


(よし!こんなものね)


 難あり商品を籠に詰めて立ち上がる。

 今日は持ち運べる程度なので、このまま商品を持って行ってしまおう。ブラウンのいる副会頭室は商会の出入り口付近にある。

 もともと、私の使っている机をブラウンが使ってたみたいなのよね。私が入ったことで、部屋を分けることになって不便してないのかしら…。


 副会頭室をノックしようとしたら、中から声が聞こえてきた。


「俺は会頭は、あの坊主じゃなくてあなたが相応しいと今でも思ってますよ!」

「大体、何であんたがこんな入り口近くで仕事をさせられないといけないんですか?あの坊主の愛人のために…」

「そうだそうだ、しかもあの女、仏頂面で腹が立つんですよ。こっちを見下しているというか…」


 まただわ…。

 中からはブラウンの朗らかに笑う声が聞こえてくる。

 全く…ブラウンも笑ってないで、何とか言ったらいいのに…!

 ムカッときて、ノックして返事を待たずにドアを開けてやる。中でブラウン相手に熱弁を奮っていた3人がぎょっとした顔で振り返る。


「あ、愛人…」


 思わずといった声が漏れる。

 ちょっと待って!?愛人って私のこと!?


「急に入ってくるなよ!」


 自分たちの行動を棚に上げて怒鳴りつけてくる相手に、瞬間的に怒りが沸騰する。


「はぁ!?こんなところで人に聞かれたら困るような話をしている方が悪いんでしょ?大体、私は執務補佐。職業紹介所の斡旋でここに就職したの。たまたま、雇い主が知り合いだからって、愛人呼ばわりされるいわれはないわ!大体、私もアルフレッドも未婚よ!!」


 反撃されると思っていなかったのだろう。相手がひるむ。


「こちらは仕事で副会頭に用があるの。たらたらと生産性の無い、しょうもないことを話すだけなら、退席するのはあなたたちよ。さっさと出て行って!」


 舌打ちして3人がバタバタと部屋から出ていく。

 それを見送って、きっとブラウンを睨みつける。


「あなたもあなたよ。従業員を諫めずへらへら笑ってんじゃないわよ!」


 ブラウンは大きな体を二つに折り曲げるようにしながら笑っていた。

 しまった…苛々しすぎて敬語が取れてるわ。


「ひひひ、腹、痛い…いやー、お姫様は苛烈だな」

「バカにしてるの!?」


 私が声を荒げると、ブラウンは降参とでも言うように両手を軽く上げる。


「ごめんごめん。で、仕事の話だっけ?」


 そして何事もなく、話を元に戻してきた。

 むー。まだ言い足りないのに。こういうところ、大人ってずるくて嫌いよ。

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