掛算ができりゃ立派な大人!

 見えない敵の耳垂れと、出入口付近を陣取る症子ショウコ

 こっちは階段を踏み外したことで憑依した、派手な怪談もない階段妖怪の雨垂れ。

《んで馬鹿垂れ虚弱体質に成った雑魚ってところかな……》

 担った覚えのない肩書きができてしまった。じゃあない、どうするか考えろ。

「そっか、見えないもんね」

「でも、お前なら感知できるだろ」

 まあ、お前が強くなくてよかった。

《逢魔が時ってところかな》

 安心して体を貸せる。

「マージでお前さぁ、舐めんなよ……衷くんよぉ。でもセンスはいいぜ」

《身体がないのに観測できている、心だけで、魂だけで見ている。軽い、遠い、寂しい。そして、虚しい》

「変わった、代わったのか……めんどうだなぁ」

 身体の主導権は雨垂れ。

 そして、今の俺達なら動きが見える。

「加えてこの状態なら身体の不調は無い……ちょっとした人外状態ってことよ。一発KOのオワタ式よりゃ、マシだろ」

《感知できるだけじゃなくて、そんな効果もあるのか……》

「難易度は変わってないよ」

 強がりでもなく、はったりでもない。凛として変わらぬ態度。

「い、やあ。ハッタリは良くねえよ。俺が霊体ならまだしも肉体なんだぜ……お前だってそんなメタい性能してないだろ」

「カコツキ。過去を奪える、過去を与えられる。私が幽霊や妖怪に過去を触れて与えれば、肉体がないこと以外は人間と同じ状態になる。今の状況、肉体なら既にあるでしょ?」

《ん、つまりどういう事だ……?》

 今のの状態は八割ぐらいが雨垂れで、残り二割が衷になってる。

 1の中であれやこれや上手く節制して保ってる。

 そこで急に俺を1にしたらパンクする。だから、ノーダメで逃げなきゃ行けない。

《いやっ、どうすんだよ! 結構詰んでないか!?》

 って言うのを淡々と説明してくるクソガキ。

《あっ! 普通に口悪いわ!》

「クソゲー乙」

 蜘蛛の足が人の形に集まったそれが、耳垂れ……。

 振り返って症子に背を向ける。制服のボタンを音を立てずに外す。

「遊びじゃないんだよ」

 気迫を、殺気を感じる。こんなのを受けておいて、あいつは全く気づかなかったのか。

 マジで才能ねえな

《うるせえやい》

 多分こいつ、最強だぞ。

《えっ?》

「じゃあいいやぁ! 衷を道連れで死んじまおう!」

《はぁ!? お前!》

 屋上の柵はこっちの陣地、飛び移れない死のパルクール!

 身体が、落ちる。腕を制服から抜いて、脱ぎ捨てる。ベルトを抜いて落ちながら、三階の教室のベランダを過ぎて、二階のベランダの柵に巻き付ける。体の主導権が俺にないとできない芸当!

「衷、早くあいつに向かって……叫べ……助けろって、叫べ!」

《?! 助けてくれ! 症子!》

 人外状態、並外れたことも不可能なことも、無理だろうと今だったらできる。身体を、ベランダに上げる。

「信じないだろうけど、テンパってる今なら多少撹乱になるかもしれんし……」

「衷ちゃん!」

 かなり上から、疾走感のある声が聞こえた。疾走感……

《いや、落下だ》

「んな訳……」

 そう言いながらも、俺は振り返って巻き付けたベルトを握る。

 見上げる前に、

「は」

 視界の端に入ったそれに、声を掛けた。

「こっちだ馬鹿! 耳垂れを出せ!」

 耳垂れの一部がベランダの柵にぶら下がる。掴めたみたいで、症子の落下は止まる。

《へえ。妖怪側が掴めば無事なのか、スタンドみたいな事か?》

「焦ってねえな」

《あっ……》

 俺にはわかるぞ、お前の考えてること。お前が怪我を心配したのも、フリなんだろ。

《いやっ、ちがう》

「マトモになりたくて、でも好奇心は満たしたい、その間を保ってたんだろ」


「やっぱり、そうだったんだ……」

 症子はベランダに上がっていて、俺を見ている。いや、俺ではなく僕か。

「お前がこいつのことになると身投げするくらいおかしくなってる理由も、教えて欲しいんだがな」

 ココロの真似事をするなら、霊+思い出=魂。

 魂が器に入れば器は息をして意志を持って動く。霊特化で、命を吹き込む力……

「最強ちゃんよォ」

「そんなに強いかな?」

 アホか。

 死者の魂が入れば人間は蘇る。つっても、蘇らないために霊と過去で分けてるんだが、こいつは分けたものを合成できる。

 ズルすぎる

「チートorバグった奴が、ただの一般人に惚れ込んでんのか? さっきまで登場人物でもなかったモブだぞ」

 よく考えなくても関係性が歪だ。クラスメイトでもない奴ら、一方は好奇心から近づいただけ、なのにもう一方は必死になって助けようとする。

「それとも馬鹿なほどお人好しなのか? てめーは」

《それに、やっぱりって……》

 そうだ、それだよ。まるで過去に……そうか、そうなのか。

「返せ、過去。こいつの記憶が曖昧だ、今日以外にも抜いたんだろ。記憶が少しでもあれば、俺がパワーアップするかもしれないし」

 肉体の記憶は多ければ多いほどいい。経験や感情を糧にするガランドウルとしては貯蓄があればある程に強くなれる。

 バフもデバフも自由自在にできる症子は、誰がなんと言おうと最強だ。

「分かったよ……でも、衷ちゃんは日常に」

《なぁ、雨垂れ、なんか嫌な予感がするんだけど》

 肉体の操作に意識が取られたのか、こんな話で警戒を無くすほど俺は弱いのか、まあどっちもどっち、雑魚×雑魚ってことでそれはいい。


 すぐ側、至近距離、同じ場所にずっと立つ案山子のような、笑ってる女が横にいた。

《これって気のせい?》

 一気にやられた。反射的に間合いを取ろうとする前に、決着は着いていた。瞬きする間もない、あり得ない速さで、身体がバラバラになる感覚。肉が、骨が、一気に音を立てて解体され始める。誰も反応できず、絶叫の前に、絶命。



《はっ!? 新手のガランドウル!》

「はぁ?! 何だ急に、今からお前が対峙するんだぞ!」

 こんなんじゃ、安心して体を貸せない。しかし方法はそれしかない!

「頼むぞ、まじ、マジで!」

《ん、あ? あ!?》

 不安だ……。

「ちょ、ちょっとタンマ! 一体何が起こって……」

 自分自身の発言が、ふと脳内から引っ張り出される。

〈虚弱体質に成った雑魚〉

〈一発KOのオワタ式〉

 あいつが最強ならこっちは最弱か……。どういうことか分からないが、最弱×最弱オワタ式ってとこかな……どっちの力が元なのか分からねーが……

 いや、最高だわ。

《ん? はあ? さっきから……何だこの記憶》

「タンマって、遊びじゃないんだよ」

 この能力、変に過去を与えられないように気をつければ必勝……!

 僕と俺の狭間の能力として生まれるなら、変化なんてあっちゃいけない、それこそ強化! 触れられるのは悪手!

「そうだな、だから本物の襲撃者を対処しに行くぞ」

《ど、どういうことだ? 何が起こってるんだよ!》

 嘘をつかれている、とか思ってんだろうな。怪訝な表情、鋭い眼光、信じる気なんか無さそうだ。

 信じなくてもいいよ、信じなくても行動すれば。

「今から言うことを信じなかったら、俺が衷を殺す」

《はぁ!? お前!》

 どうせ俺が殺そうと殺さなくとも死ぬんなら、脅しに使った方が100万倍マシだろ。

《だから! 説明を!》

「死ぬときゃ一緒だぜ?」

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