!?

《よお》

 頭の中に、響く声。耳を通らずに言葉を認識する。

 ここはどこだ? 僕は、屋上にいたはずだ。

 何故僕は、泥沼の中にいる? 全身がほとんど埋まっていた。何とか鼻までは浸かっていないけれど、それ以外は泥の中。

 手足が動かない、ガチガチに固められてるみたいだ。

 ここどこだ? 深層意識のあれこれみたいなやつ? 見える範囲には、高い空……日は、ちょうど後ろか? 

 声の主は? 見えない。

《こっち見ろや》

 衝撃が頭に走る。何者かに、蹴られた?衝撃に押されて目に泥が入った。

「くっおっ、あああああっ! 目が! 目があっ!!」

 すぐさま腕で拭おうとするが、何せ動けない。なんだこれ、拷問か!?

《あー、こっち向けねーのか。よし分かった、俺っちに任せろ》

 何者かから頭を掴まれた。な、なんだ、僕は死ぬのか? こんなよく分からない状態で最後を迎えるのか?

《ほぉら……よっと!》

 無理矢理、首が、捻じ曲げられる。痛みが、流れる、流れる、流れているのに身体が動かないっ! 気がおかしくなる、生涯を終える感覚がする!!

「うぐっあああああああああっ!!! あっ」

 折れた。

 僕は、死ぬのか?

《気ぃしっかり保てよ? だってお前、共存する気なんだろ?》

 首が折れたことで、声の主をはっきりと見る。というか僕はなぜ死んでいないのだろう、死ぬほどの痛みはあるのに。

「……共……存……? お前……やっぱ……妖怪?……」

《まともに喋れなくなったかぁ? それとも痛みに耐えてるのか?》

 質問を質問で返すなって言いたいところだけど、そう発するのも苦しい。

《お察しの通りここは深層意識とかそういう心象な世界、結界、ここでお前がどれだけ痛めつけられようと現実の身体には関係ない。》

 成程……そしてこいつは屋上の霊だ。

《いやちげえけど、俺はお前が最後の階段を踏み外したことで来たんだけど》

「…………は……?」

《俺、そんな面倒な階段怪談が出るほどのやつじゃない》

「……じゃ……」

 じゃあなんで本当に、僕に憑依したんだよ。

《お前が哀れだったから! なはははは!》

 いかん、倒れる。こいつに憑かれたせいか疲れる。

《いいぜ、ガランドウルにしてやる。お前がどう生きるか、俺も気になる》

「…………」

《ちなみに、俺の気分で話しかけっから!よろしく!》

 ああ、食ってしまった……。中身を知らずに。



 泥沼の、嫌な臭いが消える。それどころか、痛みもあの声も消える。不自由な感覚が無くなって……あれ、死んだのか。嘘だろ?

「うわあああっ!」

 つい、前に倒れる。ここは……まだ屋上か? 目の前に玖珠本クスモトが立っている! このままではぶつかる! や、やべえっ、今の僕はマジで考えてなかったのに、こういう展開考えてなかったのに! すまん症子ショウコ

「大丈夫?」

 ぐいっ、と、倒れそうな僕を、前から支えてくれた。

「あ、ああ。大丈夫……大丈夫かと言われるとあれだけど……」

 僕は立ったまま気絶していたのか、この屋上で。

「えっ、う、嘘だよね!? 本当にガランドウルになったの!? 冗談だったらやめてよ!」

 なんというか、さっきの死ぬ程の痛みを感じると、テンションが上がった状態には戻れない。

「あ」

 力加減ができなかったのか、玖珠本の額には、俺の頭突きでくっきり痕が残っていた。

「悪い、痕が……」

「いいから! 成ったの? 成ってないよね!」

「強いて言うなら憑かれた、かな」

《洒落たこと言ってんじゃねえよ、しかも再利用しやがって》

 言葉が、彼奴の声が背後から聞こえた気がした。急いで後ろを振り向いても、誰もいない。

「……本当なんだ……」

 その行動で察したみたいだ。僕は憑依されている、21gが42gになってしまったのだと。

「なぁ、ガランドウルってなんなんだ?」

 それは好奇心ではなく、現状を理解するための問。

〈魂と魂が二つあっても、一つの身体だったら一つの魂〉

〈憑依されても操られなかった中途半端で力を得てしまった人間〉

 僕は上辺も理解していないのだ。

「人には魂の入れられる空間が、普通は一つ分しかないの。でも偶に、歪んで減らして増やして広げて狭めて曲げては燃やして、絶望して、空間が二つ分になった人」

 それは、僕じゃない。僕は絶望していない、していないはずだ。

「霊が取り憑いても、人形ドールにならず、元々伽藍堂だったみたいに、二つが二つとして収まってしまった者。それを、空虚という名の奇形」

 僕はどこかで絶望していたのか、この自分に、この世界に。

 人形、伽藍堂、その奇形。

「ガランドウルと呼ぶ」

 そうか……僕は、

 まだ望んでいるのか。

「症子、頼む、僕に教えてくれ。ガランドウルの生き方って奴を」

 もしかしたら見つけられるかもしれない、僕の昔からのあれを。そうだ、そうだよ。解決出来るかもしれない!

「軽く跳んでみて、ここを月面だと思って」

 そう言われ、不思議ながらも飛んでみる。さっきまで気絶状態だったからか、着地後、少しぐらつく。

「と、とんでみたけど、なに? カツアゲ?」

「歪み木、枯れ木、アリとガキ。今並べた言葉の共通点はなんだと思う?衷ちゃん」

 神妙な顔で跳ぶのを見ていた症子が、突然聞いてきた。

「最後にキがつく? 意図がわからない問いをしてどうしたんだ?」

「国語が苦手なんだね。文脈から言って衷ちゃんのガランドウル…いや、ガランドについてだよ。気が付かないなんて……」

 なんだ? ただ跳んだだけで何がわかったんだ。

「ガランド。ウルが抜けて随分劣化版じゃないか、王の器じゃないってか?」

「うん。どれも衷ちゃんには勿体ない言葉だね」

「遠回しでも傷つけていいって訳じゃないぞ。僕如きは山の賑わいにもなれないっていうのか」

「ある方がマシどころかある方が虫って程にお邪魔なんだよ。無い方が現状より増し。どうしてこうなったのかな?」

 どうしてこうなったのか……? やっぱり僕がおかしいんじゃなくて、取り憑いたあいつがおかしいのでは?

「僕がこう、能力を使ったりだとかは」

「諦めた方が身のためだね。ほぼ力は無い癖に、自分の心身が憑かれるようにしているだけなんだから」

 疲れるようにしてるだけ……確かに、走り回って気絶したからと考えれば説明できるが、具合が悪いぞ。

「そ、それでも!」

「そもそも、能力は君が作るものだよ。君の魂と幽霊の魂の間で生まれるものなんだから、あるならやり方が流れてくると思うよ」

 そんな、じゃあ僕は能力無し……?

《あるぜ?》

「あるのか!?」

「無いって」

そっちじゃない! 

で? 能力はなんだ!

《話せる》

「っはぁ〜!?」

「呆れられても……」

 全然噛み合わってない会話、自分にしか聞こえない声に返事するのは辞めようかな……

《あー、かったりいわ、不便だしこれでいいだろ》

 さっきと変わらずアイツが喋る。でも、今回はアイツが喋る度に……

「な、霊の声?!」

 症子が反応していた。

「えっ、なんでお前も?」

《かったりい、つったろ? 全員に聞こえるようにしたんだよ、これで話せんだろ》

 こいつの魂は僕の身体の中にあるはずなのに、なんで症子にも……

《これが俺の能力、俺の気分で話しかけるって訳よ》

 くそっ! 貴重なスキル枠がそれって超もったいない!

「どうやら衷ちゃん、憑かれた霊もおかしいみたいだね」

「ほんとだよ……そんで、僕が跳んだ理由を教えてくれよ」

 そこが明かされてないじゃないか。ちなみに今、財布は持っていない。

「力を出している状態だと身体能力も上乗せされるんだよ。憑依されたばっかりだったらその状態になってるし」

 だからあの跳躍力……憑依が身体を侵されている状態なら、矢張り症子ショウコだ。

「と、なると、むしろ体調が悪い僕は……」

 確かに、山の賑わいにもなれない……

「霊の名前、どうするの? 言霊って言葉もある通り、名付けておくと多少はマシになるかもしれないよ」

 だとしても、立派な名前を付けすぎても拍子抜けっつうか、

「ハッタリになるだろ」

 名前ねえ? こういうのは先人に聞いた方がいいよな。

「お前はなんて名前つけてるんだ?」

「耳垂れ」

 なんだその謎センス。

「ちなみに言っておくけど、疑問符のことだよ」

「……?」

《雨垂れ、耳垂れって知らねえのか?》

「……あ、じゃあそれでいいや。雨垂れ」

疑問符の隣ってことは……

《感嘆符だ》

 ビックリマークか!

「ふうん? じゃあ……」

 数秒黙って、玖珠本症子は僕の目をじっと見た。

「ビックリ、させて」

 僕より頭一つ分小さな身長、髪の長さはミディアムってところか。

 つまり、僕よりも小さな体躯、僕よりも小さな姿形が、僕はとてもそうだと、そうだと思う。

 僕の好奇心を満たすためだけ、好奇心を抑えるためだけに呼んだはずだ。

《あ! じゃあダブル垂れってことか》

「あ、あー。エクスクラメーションってことか?」

《そうそう、んで俺の名前決めたのはいいけど、能力名はどうすんの?》

「私の能力名はカコツキだから、うん、ガランドのツキナシかな?」

能力名にナシ? ナシってなんだナシって、無いじゃないか!

「……ガランドウル」

 ソウ症子ショウコも隠していた。二重人格と呼ばれる理由。

 そう言われると、ソウの言動のブレがあるのも、症子ショウコのどこかぎこちない口調も……それに起因するのか?

《その分、強いのかねえ》

 自ら巻き込まれに行った渦、現在その渦中。僕は溺れている。藁にもすがる思いで、禍根を僕は掴んだ。

「生き方を教えてくれって言ってたよね」

「あ、ああ、言ったが」

「ガランドウルの生き方は簡単で、ガランドウルと戦うことだよ。霊側の力に乗っ取られて暴れるガランドウルを沈めるの」

 それじゃ、もし雨垂れが強ければ症子と戦ってたことになるのか……

《感謝しろよな?》

「戦うことは義務付けられていないし、逆に自我を保ちながら敵になる子もいる」

「ねえ衷ちゃん……ガランドウルになっちゃったのは仕方ないけどさ……」

 これ以上、先。僕は好奇心だけで進んじゃいけない。でも、もしかしたら、という希望がある。昔から、昔からずっと。

「もう本当に、関わらないで」

「嫌だね。僕は巻き込まれたい」

 症子が僕に背を向ける。数秒置いて、声がした。

《避けろ!》

「なっ!」

 勝手に足が動き出す、操られているみたいに後ろへ跳んだ。

「何だ、なんで僕の足が……雨垂れか?!」

《ヒー! 危ねぇな……あ、お前には見えないのか》

 屋上のタイルに大きなヒビが割れている。しかも、僕が立っていたところ。それはきっと飼育と同じ方法、1番簡単な躾。

「わ、割れてる……」

「動かないで」

 僕は心の中で、雨垂れに感謝した。そして見えない敵を、どう見るか。

「動くと殺しちゃう」

 症子の耳垂れ。カコツキと言う名で過去を奪う。

 そんな見えないガランドウル相手に、どう立ち回ればいい?

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