ガランドウル!

スンラ

21g、ウニ

 一人分の肉体+21g=稼働する一人

 超簡単な式で表現すれば、生きた人間はこういう重さで生きている。

 ならば二重人格者の魂は、二つなのか。

 一つの魂に二人の人間が収まるのか、ならば二つの魂に一人の人間が宿ることもあるのか。いや、それはツインレイ? 

 ならば21gの重りを分け合っているのか。半身? それとも半心? それなら、10gぽっちの重さでも魂は機能するのか。

 それとも、二重で42gの重さなのか。

 一人+21g=二重人格。



「それを聞きにわざわざ、私を呼び出したんだ」

 隆延たかのべ高校の校舎裏、下校時刻はとっくに過ぎている。

 そこに二人、僕こと八嗄ヤガレココロと、二重人格の噂があるクラスメイト、玖珠本クスモト症子ショウコ

 全く話しかけたことの無い彼女に、興味があってここへ呼んだのだ。

「ああ、二重人格ってどういうものか分からなくてさ。本人に聞けばわかると思って」

 最初は友達になってから自然に聞くつもりだったけど、直球に聞いた。

 僕より頭一つ分小さな身長、見た目からは二重人格とは思えないな。偏見だけれど。

ココロちゃん、貴方ってだいぶ変だよ」

「まさかのちゃん付け……。変わってるのは自覚してるさ、人よりちょっと好奇心が大きいだけなんだよ」

 気になるものは気になる。

 正当な理由こそないが、不可解なことを少しでも知りたい欲求は不思議ではないと思う。言うなれば欲に忠実なだけの、一般的な高校2年生。

「それより、僕の事じゃなくてあんたのことを教えてくれ」

 話が逸れるところだった。僕とは別のクラス、2年1組の彼女。外向的な性格なのに人と関わろうとしない矛盾はなんなのか、二重人格の噂は本当なのか。

「一度疑問に思うと疑問が溢れてくるんだよ。分からない、で結構だ」

「そういうのって、どうしても答えが欲しくなるんじゃないの?」

「前、痛い目にあってね。今の僕は手頃な所に答えがあるかもしれない箱を手に取っただけで、中身が答えとは考えてないんだよ」

 あれ、というか僕の名前知ってるのか。一回もクラスメイトになったことがないってのに……

「要は、箱の中身を見れればいいだけってこと?」

「うんうん、軽い衝動だろ?」

「全然。ココロちゃんって結構重いね」

 違和感があった。

 僕は気になって衝動的に彼女を呼んだ。

 本当に交友関係は無いのだ。二重人格がある、と噂になった彼女の名を僕が知ってるのはわかる。

 しかし、何故僕の名前を知っていて、しかもちゃん付け。今の会話だって、まるで、もっと前に何かあったみたいな……

「全然話は変わるけど……、ねえココロちゃん」

「?」

 玖珠本クスモト症子ショウコが人差し指と中指を立てて、その指先で、空中に円のようなものを描いたかと思えば、そこから下に延び、最後に突いて終わる。

「忘れたい過去は無い?」

 あれ、眠いな……

 ねむいぞ。ダメだ、今日は彼女の答えを聞いた後に、ソウと一緒に帰るんだけど……、あれ。


 困るなぁ。と、誰かの声が聞こえた気がした。


 なんだっけ。目の前にあるのは壁、窓……校舎? 校舎の裏に、僕は立っていた。

 僕は何をしてたんだっけ。寝ていた、のか。

「帰んぞォ親友。何ぼぉっとしてんだタコ」

 頭を叩かれる。僕が親友と言える、僕を親友と言える唯一の人間、旋夏センカソウ

「……僕、何してたんだっけ?」

 ここに、彼女がいない。呼ぼうとしてた、はずなんだけどな。

 僕は今日……トラブルがあって玖珠本クスモトを呼べなかった? でもならなんでここにいるんだ?

「んん? あ、あー。俺がシューズ失くしたんだよ」

「ああ、そうか。そうだったね、帰るかソウ

 シューズ、失くした……はあ? 僕がそんなんで、ソウの手伝いを?

 叩かれた恨みと言わんばかりに、ソウの頭を強く叩く。

「痛っ! なにすんだよココロ

「おいおいおいおい、おかしいよお前。僕がそんなんでお前の手伝いするか? 普通」

「ぐぅ……」

「早いよ諦めんの。なんだ? 何があったんだ? 本当に覚えてないぞ」

 気持ち悪い感覚だ、でも、なんだこれ。

「いや、俺からは言えないんだよ。悪ぃけど」

「……ふーん。」

 昨日の放課後、僕は何をしようとしていた? 確か……あの時も僕は、何故か校舎裏に……、校舎裏は、彼女クスモトショウコを呼ぼうとしている場所だ。

「じゃあ、誰なら言えるんだよ」

「それもなー」

 ガッツリ渋っている。口も何もかもが軽薄でノリで生きてる野郎だと思ってたが、評価を見直さないといけないな……。

「OK、わかったよ親友。でも一つだけ、質問に答えてくれ」

「おう」

玖珠本クスモト症子ショウコに関わりはあるか?」

 明らかに表情が、驚きで歪む。

「な、何故それを、いやちょっ、待てよ。違うぜ? 関係ねーし知らねー。だれそれ?」

こいつ、わかりやすいなあ。

「彼女は今どこにいるんだ?」

 ソウの顔はオーバーとも言える驚きから、ゆっくりと諦めに変わる。溜息を、一つ吐いた。

「頓息だねえ親友」

「つうか、うん! 悪い症子ショウコー! 俺こういうの苦手ー! さっさと出てきてー!」

 僕ではなく、きっと見ていた彼女にソウは呼び掛ける。

「せめてもうちょっとできなかったのかな? あなた達って何ができるの?」

「んだ女ぶっ殺すぞ」

「約束も果たせない子はだれ?」

「悪いつったじゃんよ」

目の前で繰り広げられる会話、約束っていうのは僕を騙せって感じか……?

そろそろ、僕の心が実写版で叫びたがってる。

「そもそもとして、僕の記憶が消えてるのはどういうことだ?」

 消えてるのかどうかも、ちょっと疑問だ。その推測通りだとしたら、記憶が操られている。

「私が消したんだよ。あなたの記憶……そう、過去をね」

「……いや。状況的にそうでも、やっぱり信じられないな。技術の最先端どころか未来デパートにあるかどうかだぞ、時代じゃねえよ、そりゃあもう人間離れだろ」

 記憶を失くす、それも意図的になんて。

 もしそんな技術があっても、一高校生が持ってていいもんじゃないだろ。

「人間離れ? そらそーよ親友、なんてったって人間じゃないんだから」

「えっ?」

 な、何だ……? 比喩的な? めちゃめちゃな暴言を言ってんのか?

「ドン引くんじゃねえよ親友、違うぞコラ。そいつは半妖怪、半人半霊、って奴だぜ」

 ……? 半人半霊……過去を消せるって……

「二重人格って、衷ちゃん言ったよね。違うよ、人格じゃない、それに二重でもない」

 一人分の肉体+21g=稼働する一人

 稼働する一人+21g=二重人格

「妖怪だし、そもそも恨まれてるし、魂と魂が二つあっても、一つの身体だったら一つの魂になるのよ」

 =21g

「つ、つまりそれは……」

「憑依されても操られなかった、中途半端に力を得てしまった人間」

 人間バツ。

 半人半霊マル。

「式が間違ってんだよ、一人+妖怪ガランドウル、だ」

「はぁ!?」

「これで、あなたの好奇心を満たせたかな?」

 ……成程、成程。

「僕は君にこんな感じのことを言ったんだろ、好奇心はあるんだけどちょっと知れればいいだけ、なんてさ」

 全然違う。そんなんじゃない。確かに軽い物だと思ってるが、僕の性根の気持ち悪さは尋常じゃないんだぜ。

「馬鹿かッ!! そんなどう考えてもストーリーが紡がれていきそうな設定を知ったら! 巻き込まれたいに決まってるだろ! なんっでそうっ、僕を渦に落とすんだ!!!!」

 脈が速くなる。動悸が止まらない。人類が初めて火を点けた瞬間、きっとこんな気分だったのだと思う。

「じゃあなっ! 先に帰ってろソウ!」

 脚を強く、強く踏み込む。走り出す、僕は屋上へ向かうのだ。僕は新たな道を、未知を、体験するために。

「ちょっと、待ちなさいっ! ココロちゃん!」

 猫をも殺す猛毒を、誰にも止める権利がない。誰に求める権利もない。屋上、あそこにはくだらない噂があったんだ。

 磔の生徒の話。過度なイジメが行き過ぎて、いじめられっ子が磔にされて死んだっていう話だったはず。それで、あの屋上に来るいじめっ子を一人一人呪い殺すんだ。そこで十字架のポーズをすると、呪われて死ぬ、なんて噂がある。

「絶対やめて! そんなことをしても、意味なんてない!」

 症子ショウコが跳躍をする。一回ジャンプをしただけで、天井スレスレ、からの一回転で僕の前に立つ。

「よ、よお。随分運動神経がいいんだな症子ショウコちゃん。改名手続きをする時は相談してくれよ」

「その時は、飛翔の翔に変えようかな……」

 静かに、怒っている。その怒りが、ひしひしと伝わってくる。

(なんでそんなに怒ってんだろ、変に霊を挑発すると、他の奴らも危ないのかな)

ココロちゃんの身がどうなるか……、もしかしたら形を保てないかもしれない」

 あったであろうが、彼女をここまで焦らせているのかも。ならば、この子の性格なんか知らないが、いけるか?

「……僕はただ、この、過去の無い感覚がどうにもね。戻してくれれば僕も戻るよ」

「……そう? わかった。なら、ちょっと頭を貸して、ココロちゃんの過去を返すね」

 僕よりも身長が少し低い彼女に合わせ、頭を下げる。

 記憶を無くす時のやり方とか、戻し方とか、気になりはする。まあでも、それよりも、面白いことが気になる。

 そのまま僕は、完全に油断した彼女の頭に向けて、頭突きをかました。

「いたっ!」

 ピンチはチャンス、運命は奪い取るもの。僕は屋上をただただ目指し、走った。

「性格悪いよ! ココロちゃん!」

 最後の階段を昇って、禁止と書かれただけのボロっちい扉を、無理矢理こじ開ける。

「……」

 夕日が、真正面に見えた。追い付かれる前に、その日を背にして階段を見る。

ココロちゃん!」

 もう近くにいる。

 しかし、目標は彼女よりも近い。

 僕の21gがどう変貌するのか、21gの中の割合はどうなるのか。

「これは、ただの実験だ」

 歴史上初……もっと昔に僕が生まれていたら、どんな初になったのかな。ああ、多分こうなる。

「根拠もない、好奇だらけ人体実験だ!」

 初めてウニを食ったヤツ。

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