エピローグ
元々時間に几帳面なのか、昨夜の脅しが効いたのか、待ち合わせ時間より十五分早く久礼野駅に行くと既に柊が待っていた。
相変わらず柊の中学生みたいな私服はダサかったが、何よりも十字架のネックレスに吹き出しそうになるのを堪える。
相変わらず柊は可愛いなぁ。
「おっす美桜! 今日はどこに行くんだ?」
「おっす柊、その前に何か言う事は無いか?」
私は渾身の私服をアピールする為にくるっと一回転する。
白いシャツと黒のプリーツスカートを着こなす私は、今日も可愛い。
鈍感な柊が私のアピールに気付き、照れ臭そうに褒める。
「その、似合ってる、と思う……」
「うむ! 今日はここから少し歩いた公園でピックニックをするぞ!」
久礼野市は田舎でショッピングなどは不便な事が多いが、良いところもある。
それは広い公園がある事だ!
その広さから久礼野公園はランニングコースも用意されており、もちろん子供が遊べる遊具や大人が楽しめるアスレチックまである。
これぞ市民税の正しい使い道というものだ。
久礼野公園はその広さから近所の人はもちろん、近隣の市町村からも遊びに来るような久礼野市にある数少ない観光名所の一つに数えられる。
久礼野駅から徒歩五分というアクセスの良さも人を引き付ける大きな要因だろう。
今日はこの久礼野公園で柊と二人っきりでデートを満喫し、あわよくば男女交際に発展させたいという目論見だ。
というか、今回の一件で柊の中での私に対する好感度はかなり上がったはずでは?
私の予想では、あとちょっと押せばいける程に上がっているはずだ。
一人でにやけていると、あっという間に公園に到着した。
「さっきから気になってたんだけど、美桜の手に持ってそれ何だ?」
手に持っているバスケットを指さす柊に私は驚いた。
「何って、弁当に決まっているだろう! まさか、食べて来たのか?」
「食べてない! 弁当って、まさか美桜が作ったのか?」
「いや、作ったのは松前だ。自慢じゃないが、私は家事の類は一切出来ない!」
「本当に自慢じゃねーな……でも、腹減ってたから助かるぜ!」
「そうか! では、今から食べよう!」
バスケットの中に入っていたレジャーシートを広げ、その上に二人で座る。
レジャーシートが存外小さく、柊と距離が近くて少しドキドキしてしまう。
バスケットの中身は、チーズやハムやレタスなどの具材が調味料と共にサンドされたバケットが二つ入っていた。
二つバケットのうち、一つを柊に手渡す。
「おっ! 美味そうだな! 頂きまーす!」
余程腹が減っていたのか、受け取った柊は早速食べ始めた。
柊の隣に並ぶように座ると、遊具やアスレチックで遊ぶ一般庶民達を見ながら私もバケットを一口齧った。
やはり、腹が立つ程美味い。
二人で特に会話もなく、バケットを食べていると不快な声が聞こえて来た。
「おい、テメェもしかして有栖川美桜か!」
背後から聞こえた声に振り替えると、そこに居たのは以前体育館裏で柊を襲うよう依頼した三人のヤンキー、ハゲ。ロンゲ。トサカ。
「アスレチックで遊ぼうと思って来たら、とんだ幸運だぜぇ! 会いたかったぜ有栖川!」
「私は貴様等に用など無い。ほら、ぐるぐると回転するジャングルジムが空いたぞ。遊んで来たらどうだ?」
「うるせぇ! 今はジャングルジムどころじゃねぇ! 俺達はテメェに公共交通機関が使えなくされて自転車通学になっちまったんだぞ!」
「そうだそうだ! 見てみろこの大腿四頭筋! 自転車通学のおかげでこんなムキムキになっちまっただろうが!」
怒りながら太ももの筋肉を自慢してくるトサカ。
怒っているのか感謝しているのかどっちなのだ……。
「美桜、知り合いか?」
「あ、ああ。昔、ちょっとな……」
まずいっ! 過去に私が金に物を言わせて柊をリンチさせようとしてたなど知られたら、絶対に嫌われる。
バケットを持つ手が汗でぐっしょりと濡れる。
どうにかこの状況を打開せねば……!
「彼氏とピクニックなんざ、良いご身分だなぁ! って……テメェもしかして、新井柊か?」
非常にまずいっ!
「た、助けてくれ柊! こいつら三人は私が可愛い過ぎるあまりに付きまとってくるストーカーなのだ!」
「「「はぁ?」」」
「以前襲われた時は光莉が居たからどうにかなったが、きっと今日は光莉が居ないのを良いことに私に卑猥な事をするつもりなのだ!」
「「「違う違う違う?」」」
「おいテメェら? 今の話本当か?」
激しい怒りに拳を握りしめて立ち上がる柊。
私の為に柊が怒っているこの状況……悪くない。
「違うって言ってんだろ? むしろ逆だぜ! この女に俺達酷い仕打ちを受けたんだ!」
「そうだそうだ! 俺なんて、前に居た連れの女に目と右腕潰されそうになったんだぞ! おしっこも漏らす事になっちまったし」
それはお前が勝手に漏らしたんだろ!
「美桜に付きまとうのは止めろ。良いな?」
「こんな頭のおかしい女に誰一人付きまとってねーっての!」
ロンゲが興奮のあまりに突き出した手の平が当たった柊は、尻もちをついた。
まさか、自分の攻撃であの新井柊が転ぶとは夢にも思っていなかったロンゲは、自分の手の平を見て興奮した。
「え? え! 今、俺の手が当たって転んだ? あの新井柊が!」
「もしかして、こいつ本当は全然強くねーんじゃねーの?」
「きっとそうだぜ。噂に尾ひれが付いてヤベェ奴みたいになってただけだぜ! 私服もダセェしきっとそうだ!」
私服ダサいとか言うな! 柊の私服はダサいけど、ダサ可愛いだろうが!
「……はっ、ははっ! そうか! 俺って滅茶苦茶弱くなってんだ!」
尻もちを付いた柊は打ちどころが悪くバカになってしまったのか、ゲラゲラと笑いながら立ち上がった。
「てことは、テメェら雑魚が相手でも楽しめるって事だよなぁ!」
飛び掛かるようにロンゲに掴みかかった柊は、馬乗りになってロンゲの顔面を何度も殴る。
しかし、ハゲに羽交い絞めにされるような恰好で引きはがされ、無防備の腹にトサカが蹴りを入れる。
「――――ガハッ! 痛ってぇなぁおい!」
羽交い絞めにされたままトサカに頭突きを食らわせ、足を踏んでデブの羽交い絞めから解放される。
間髪入れずロンゲがさっきの仕返しと言わんばかりに柊の顔面を殴るが、
「全然気かねぇよ!」
柊の反撃に放ったパンチがロンゲを殴り飛ばす。
口の中が切れたのか、口から血を吐き出す柊。
「おいおい! 楽しくなってきたなぁおい!」
あれ? ついさっきまで、のどかなピクニックを楽しんでいた……よな?
いつの間に乱闘騒ぎが始まった?
ほのぼのカントリー映画を見ていたら、突然牧場の羊達が血みどろの縄張り争いを始めたような衝撃に私は言葉を失っていた。
これでは、私の完璧なデートプランが台無しでは無いか!
公園の中で楽しそうに殴り合いをする柊達が、公園利用者からの通報で駆け付けた警察官に連行されたのは十分後の事だった。
「さて、バケットも食べたし……帰るか!」
一人公園に取り残された私は、レジャーシートをバスケットの中へ片付けて、帰宅した。
帰り道の途中、雲一つ無い晴天に向かって、大きな声で叫んだ。
「好きな男子が戦闘狂過ぎて私に惚れない!」
end
好きな男子が戦闘狂過ぎて私に惚れない話 花水 遥 @harukahanami
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます