最終章
刹那、新井はコンクリートを粉砕した拳を振り上げると、私の顔面目掛けてストレートを繰り出した。
新井の拳は私の眼前で止まり、ガラスが割れるような甲高い音を立てて空気中に大きなヒビを作った。
「無駄です。マスターの周囲には不可視のシールドを展開しました」
「このシールドヒビが入ったのだが? もう少し新井の力が強かったらシールドごと私が粉々になっていたではないか!」
「申し訳ございません。私の想定より強い攻撃を受けた様です」
命の危険を感じた私は、上空から降りてくる光莉に文句を言う。
「マスター。新井柊は一体どうされたのですか?」
「どうやら、私の頭上に【危険度】の表示が出たようだ。新井の狙いは私だ、ここでは人目に付く移動するぞ」
「御意」
後ろから抱きしめるように私を抱えた光莉は、遥か上空へ飛翔する。
「逃がす訳ねぇだろ! ゼッテーこの力は手放さねぇ!」
飛翔する光莉目掛けて垂直飛びする新井だが、いくら人間離れした力を持っていても人である以上空は飛べない。
そう高を括っていたら、足場の無いはずの空中で新井がもう一度ジャンプして急速にこちらへ近づいて来た。
「貴様本当に人間か?」
背後へ振り向き思わず声を荒げる。
「どうやら、凄まじい脚力で空気を圧縮させ、その反動で推進力を得ているのでしょう」
「よく分からんが、現実で二段階ジャンプを可能にするとは、奴はもはやゲームキャラだな」
「マスター、幸いにもここは千葉です。有栖川邸の地下訓練場であれば人目に付かず耐久度も申し分無いかと思われます」
「私もそこしか無いと思っていた。新井に追いつかれないよう、全速力で向かえ!」
「ですが、マスター。全速力ではマスターの体がバラバラに分解されてしまいます」
「わ、私の安全が確保出来る限りの速度で頼む!」
「御意」
「ぎゃぁああああああああああああああああああ?」
ジェットコースターの次は光莉の超高速飛行……今日は間違いなく厄日だ。
有栖川邸は三大財閥の名に恥じぬ面積、大きさを誇っており、その姿は現代版の砦と言ったところだろうか。
新井の追跡を振り切りながら、久しぶりに帰宅すると屋敷の門から敷地と外を隔てる外門まで、一直線に並んだ使用人達が出迎えた。
『お帰りなさいませ、美桜お嬢様』
「アホか貴様ら? そんな事をしている場合では無い! ものの数秒で漫画の中から飛び出したみたいな戦闘力を持った奴が来る! 直ちに防衛体制に入れ!」
『御意!』
私の号令一つで使用人達が一斉に防衛体制へ入る。
有栖川家の使用人達は全て戦闘に慣れている。
とは言っても実践経験は無く、あくまで日頃から有事に備えて訓練しているという意味だ。
有栖川邸の門を閉め、扉や窓と言った出入り可能な場所には全てに高耐久シェルターを展開する。
私は光莉と共に急いで屋敷の地下へ向かい、防衛システム管理室から屋敷中に仕掛けられたカメラで新井の様子を確認する。
しばらくして、隕石が落ちたような地響きに屋敷が揺れた。
「この揺れ……地震でしょうか?」
管理室の一人が声を上げると、私は強く反対した。
「そんな訳あるか! 外門付近の庭を映したカメラを見てみろ!」
庭に大きなクレーターを作り着地する新井の姿が映されていた。上空からの侵入を許し、外門を容易く突破された事に有栖川家の使用人達は絶句する。
どうでも良いがこいつクレーターばかり作ってるな。隕石系男子という奴か?
新井は一直線に有栖川邸の門目掛けて歩いてくる。
新井が我が家に来るのは大変うれしいが、これほどまでに最悪な状況だと流石に喜べない。
庭に設置された落とし穴や捕獲網の類は全て腕力と脚力によって無意味と証明された。
『えー、侵入者に告ぐ。ここは有栖川家の私有地である! 直ちに出て行かない場合は実力行使も厭わない』
防衛システム管理室の室長が呼びかけるが、新井は無視して進む。
本当にやっちゃって良いんですかね? という視線を向けてくる室長に私は首を縦に振った。
どうせ我々が何をしても新井に傷一つ付ける事は出来ない事を知っているからだ。
『警告はしたぞ! 撃てー!』
屋敷の外壁に設置された機関銃が一斉に新井に向けて発射されるが、土煙を上げるだけで新井は最低限の動作でその全てを躱した。
あんぐりと大口を開けたままカメラの映像を見る室長に私は同乗した。
現実でそんな現実離れした動きされると、その顔になるのはしょうがない。
機関銃の猛攻を全て避けた新井は有栖川邸の門を蹴破り、遂に有栖川邸に侵入した。
同時にシールドを持った警備兵達が新井に体当たりするが、
「邪魔だっつーの」
逆に新井の平手で突き飛ばされて、シールドを粉々に粉砕されてしまった。
「撤退だ! 撤退しろー!」
新井は警備兵達には手を出さず、警備兵達は全員無事に撤退した。
神パワーとやらで、直感的に私の居場所が分かるらしい新井は一直線に地下にあるこの防衛システム管理室へ向かって来た。
管理室は地下八階にあり、各階は分厚い鉄製のシェルターで守られている。
いくらあの新井とは言え、突破するのは容易では無いはずだ。
「地下一層のシェルター、突破されました! 続いて、地下二階、三階共に突破!」
なーんて事はなく、新井の進撃は止まる事を知らず、有栖川家の防衛システムを悉く突破してくる。
「破壊しながら迫ってくるこの感じ、まるで怪獣映画だな」
「マスター。このペースだとここに到着するまでおよそ一分です」
隣に立つ光莉の言葉に管理室に居る人員全てが動揺を見せた。
私はため息を吐いてから、大声で呼びかけた。
「聞いた通りだ! 奴はすぐここにやってくる! 皆は直ちに緊急避難路にて退避しろ!」
「それは……お嬢様はこの場に残られるおつもりですか?」
「いや、私は更に一階下の地下訓練場へ向かう」
「無茶です! お嬢様の身に何かあれば、私共は貴方様のお父上に顔向けが出来ません!」
「貴様! 私を誰と心得る! 有栖川家次期当主、有栖川美桜であるぞ! 有栖川家の名に懸けて敵に背は向けん! 必ず倒す! 分かったのならすぐに避難しろ!」
「…………お、お嬢様……ご武運を……!」
室長は私に頭を下げると、皆を連れて緊急避難路から地上へ退避した。
「七階に侵入! もうすぐここも突破されます!」
光莉の予想ぴったりだな。
「さて、では我々は客人を迎える準備をしようか」
「御意」
私と光莉は地下九階、地下訓練場へ向かった。
地下訓練場の天井はドーム型になっており、高さは十メートル程度ある。
天井と壁は白色で、九十九製の特殊な材質で作られており並大抵の衝撃ではかすり傷一つ付かない代物だ。
何十年も新型兵器の実験に使っているにも関わらず汚れ一つ付かず、純白を保っている事が何よりも丈夫さを証明している。
訓練場には、試運転する兵器に合わせた器具を用意するが今日は何も置いていない。
ただ白く広い空間だ。
そんな訓練場の中央で私と光莉は新井を待つ。
しばらくすると、地下九階入り口のドアが粉砕する音と粉塵と共に新井が入って来た。
「ドアに施錠はしていなかったと言うのに、野蛮な奴め」
「黙れ! 散々逃げ回りやがって! 大人しく俺に倒されろ!」
「勘違いするな! 私は逃げていたのでは無い、新井を迎え撃つ準備をしていたのだ。そして既にそれは整っている!」
「なに? まさか、罠か?」
「有栖川が罠など卑怯な真似すると思うか!」
「庭の落とし穴とか機関銃は何なんだよ? ったく、相手が有栖川だと調子が狂うぜ」
「ふんっ、そのまま戦わず力を手放すつもりは無いのだな?」
「ったりめーだ! 俺は例え友達が相手でもこの力の為ならお前はぶっ倒すぜ」
両手の拳を突き合わせて、戦闘態勢アピールをする新井。
「仕方ない。では、相手をしてやれ光莉」
「御意」
「……一体何の冗談だ? まさか、光莉が俺より強いって言うつもりか?」
学校での光莉しか知らない新井は、光莉が普通の女の子と思っているようだ。
「対国家用人型戦闘機兵『極光七型』戦闘を開始致します」
しかし、普段と全く別人格の光莉を前に私の言っている事が冗談では無いと察したように構えた。
「そのまさかだ。言っておくが、光莉は貴様より遥かに強いぞ」
「ははっ! そりゃあ楽しみだ!」
まさに瞬きする間、光莉の姿が消えて新井の体が訓練場の壁にぶつかり、床に落下した。
「マスターからは、殺害しなければどのような攻撃をしても良いと許可を頂いております。再起不能になるまでご覚悟を」
「言うのが遅い! もう新井再起不能になっているだろうが!」
「痛ってーな……光莉がまさか本当に人間じゃなかったとはな……」
光莉の一撃をノーガードで受けたにも関わらず、新井は転んだ程度の反応ですぐに起き上がった。
「マスター。彼は以前戦った時よりも、強くなっているようです」
「やっぱ、どすこいの正体も光莉だよなぁ! こんなデタラメな奴が何人も居る訳ねーもんな! あの時の俺と一緒にするんじゃねぇぞ? あの時からLEVEL200は上げたからな」
「バカな! 貴様毎日学校に来ていただろう! 一体いつ悪党を成敗する時間があったのだ!」
「最近、第三次世界大戦関連のニュースを聞かなくなったと思わねーか? そりゃ軍隊が居なきゃ戦争出来ねーよな」
ニュースなど最近全然見てなかったので、正直知らないが世界情勢に疎い女と思われたくないので適当に話を合わせる。
「まさか、貴様がやったと言うのか!」
「いいか有栖川、この力があれば一晩で世界平和なんてのは簡単に実現出来るんだよ!」
今度は新井が猛スピードで光莉に接近し拳を繰り出す。
新井の攻撃を光莉は表情一つ変えず腕でガードする。
「手放すには惜しいと思わねぇか!」
新井の猛攻は続き、次第に緩んだ光莉のガードの隙を付きボディーに強烈なブローを繰り出し、光莉の体が宙に吹き飛ばされる。
明らかに以前の新井とは桁違いだ……。
「どすこいにはリベンジしたいと思ってたんだ! 探す手間が省けて丁度いいぜ!」
宙に舞う光莉目掛けて、ジャンプした新井が追撃する。
無防備な光莉に何発ものパンチが繰り出され、トドメと言わんばかりに床に叩きつけられた。
「おい、お前の力はこんなもんじゃねぇだろ! 本気で来いよ!」
「…………本気は、出せません」
「ハッ! その余裕がいつまで続くかな!」
起き上がった光莉に対して間髪入れずに追撃を繰り出す新井。
「やめろ新井! きっと、光莉は葛藤しているのだ。友である貴様を攻撃する事を躊躇っているに違いない!」
「だったら、有栖川が両手両足無くせば解決するだろうが! それにこんな強い奴二度と戦えねぇから、もっと楽しませろよ!」
「……エネルギーの充填完了。省電力モード解除します」
光莉は新井の拳を容易く流すと、その勢いを乗せた蹴りを繰り出して再度新井を壁に衝突させた。
「当初の予定では、最初の一撃で戦闘終了の予定だったので省電力モードのままでしたが、新井柊の成長を元に再計算。通常モードへの戦闘へ移行します」
葛藤とかじゃなくて、ただ充電してただけだったのか……変に推察して恥ずかしい!
通常モードへ移行した後の光莉は凄まじかった。
私も光莉の戦闘モードをまともに見るのは初めてなので、光莉の圧倒的な力に言葉を失った。
新井の繰り出す攻撃は全て見切られ当たらず、反対に新井が攻撃している間に光莉は新井に対して何発もの攻撃を当てる。
見ている側としては、新井が光莉に近づいたと思った次の瞬間には新井は地に伏せている。
まるで、パラパラ漫画の数ページ飛ばしたような現象になっている。
流石、極光の名は伊達では無いらしい。
究極の光と書いて極光。
それは、光よりも早く、視認すら出来ず、圧倒的な熱量で敵を滅ぼす。
まさしく、極光だ。
光莉は極光七型でヒューマノイドだが、初代極光は戦闘機だそうだ。
そう考えると人類の技術の進歩は凄まじい。
人類というよりかは、九十九財閥なのだが……。
新井もかなり神パワーとやらをその身に宿しているようで、光莉の攻撃で地に伏せても直後に起き上がり反撃を繰り出す。
「消滅砲出力0、01%」
光莉に目掛けて拳を振り上げた直後、光莉の指先から出た光線が新井の右足の腿を打ち抜いた。
「――――っぐ!」
腿を打ち抜かれた新井は、苦悶の声と表情で膝をつく。
「光莉! その技は止めろと言っただろう?」
「ですがマスター。新井柊の装甲は消滅砲で無ければ貫けません」
「新井は人間だ! 装甲など付いていないだろう!」
「いえ、マスター。視認は出来ませんが確かに新井柊の周囲には装甲とも呼ぶべき、高密度のエネルギーが展開されています」
「なんだと!」
恐るべき神パワー。それで光莉の攻撃を受けても骨一つ折れなかったのか。
「右足が破損した以上、これ以降の戦闘は不可能です。降伏しなさい新井柊」
「っざっけんな……これからだろうが……」
「いいえ、戦闘は終了しました。貴方は負けたのです」
「負けてねぇ! これから、これから……だろうが! 俺は、主人公なんだよ。だから、ゼッテー負けねぇんだよぉおおおおおおおおおおおお!」
あまりの痛みにおかしくなったのか、叫びだした新井の周囲に神々しい光が集まる。
(今だけ授けましょう……私の力の一部を……)
「誰だ!」
まるで脳に直接語りかけてくるような声に周囲を見渡すが、新井と光莉以外に誰も居ない。
まさか、本当に神が実在するとでも言うのか……。
集まった光は一つずつ新井の体に溶けていき、一つになる。
「……は、ははっ、すげぇ! まだこんな力を隠してやがったのか!」
何度も自分の手を開いて閉じて、何かを実感する新井の右腿はいつの間にか治っていた。
「さぁ! 第二ラウンドといこうか!」
「マスター。危険ですので離れていてください」
猛スピードで接近し、繰り出される新井の拳を受け止める光莉。
光莉の背後にある壁は、その衝撃に大きな亀裂が走った。
まさか、今までかすり傷一つ付いていなかった訓練場の壁に拳の余波だけで、こんなにも大きな亀裂を作るなどあまりに人の力をかけ離れている。
光莉も今の新井の一撃は相当に堪えたらしく、少し後ずさった。
「俺の力はまだまだこんなもんじゃねぇぞぉおおおおおおお!」
続いて繰り出された蹴りを飛翔して躱す光莉にアッパーを打ち込む新井。
新井のアッパーをもろに食らってしまった光莉は凄まじい勢いで天井に打ち付けられ、天井に大きな亀裂が走った。
「オラオラオラァ! さっきまでの余裕はどうした光莉!」
天井に磔にされた光莉に対して何発ものパンチを打ち込む新井。
新井のパンチが打ち込まれる度に光莉の体は天井に沈んでいき、息を吐く間もない新井の乱打は徐々に地上へと昇って行った。
「ぶっ飛びやがれぇ?」
最後に最大の力を込めて放たれたパンチが天井に大きな穴を空け、地下九階から光莉の体は一気に地上へ殴り飛ばされ、その勢いはなおも収まらず地上はおろか、どこか遠くへ飛ばされてしまった。
滅茶苦茶だ……。
「ハァ……ハァ……俺の勝ちだぁあーーーーーーっ?」
両手でガッツポーズをして、高らかに叫ぶ新井を私は呆然と見つめていた。
「どうだ有栖川! 俺が光莉を倒したぜ!」
誇らしげに言う新井に、私は冷たい眼差しを向ける。
「……それで、どうした?」
「どうしたって、俺が最強って証明されただろうが」
「だから、それがどうしたと言っている! 貴様はその力を持って何を喜んでいる? 何がそんなに嬉しいのだ? その力を持っていて一体何の役に立つのだ?」
「往生際が悪いぜ有栖川。テメェがどんな理屈をコネようと、テメェは俺に負けたんだ」
「質問に答えろ新井柊! 貴様はその力で何が出来ると言うのだ!」
「何が出来るじゃねぇんだよ! 俺は何度もこの世界救ってんだよ! 有栖川が知らないうちに俺が戦ってるお陰で今日も平和だっただろうが!」
「本気で言っているのか? 貴様は話し合いで解決出来る事を暴力という一番簡単で、一番醜い方法で解決したに過ぎない事にいつまで気付かない! いい加減目を覚ませ! 貴様は主人公でもなんでも無い! ただの人間だ! 私と同じただの人間なんだ!」
「悪いけど、俺は有栖川の言ってる事、全然分かんねぇ。もし、前世でお前見たいな奴に会ってたら、何か変わってたかもな」
そう言って、拳を握る新井の目を真っ直ぐ見て私は応える。
「前世で会えてなくても現世で会えただろう! 残念だが、貴様の人間離れしたその神パワーとやらは手放して貰うぞ」
「――――っ!」
新井は何かに気が付いたように上を見上げたが、既に遅い。
極光とは光よりも早いのだ、例え宇宙空間へ打ち上げられたとしても私のピンチには一瞬で駆け付ける。
「マスターに怒られるので、頑張って死なないでください。極電流(ライトニングブラスト)」
背後に居た光莉が放った凄まじい雷撃が新井の体を焼いた。
あまりの眩しさで咄嗟に目を閉じていなければ、失明してしまいそうな程だ。
光莉の放った極電流を受けた新井は白目を向いて気を失っていた。
消滅砲を撃つんじゃないかとヒヤヒヤしたが、流石に消滅砲を撃てば新井の存在自体が消滅する事を光莉も計算済みだったようだ。
「戦闘終了します」
「よくやった光莉。見事だったぞ……ところで、新井は生きてるだろうな?」
「…………さぁ?」
「いやそこ一番大事だから?」
「……まだ、だ。まだ、終わってねぇ……」
鉄さえも溶けるような超高圧電流を生身で受けたにも関わらず、立ち上がる新井の力に対する執念には驚嘆の声を上げざるを得ない。
「おい、無理するな。息をするのもやっとだろう」
「まだ……まだだ……俺は、負けねぇ」
「分かった! 分かったから立つな! 死んでしまうぞ!」
ふらついた足で、虫の息にも関わらず立ち上がる新井の姿はあまりにも痛々しい。
「マスター、危険です。離れて下さい」
「光莉も止めろ! これ以上戦って何になる! 最初からこの戦いは無意味だと何故分からないのだ!」
「…………もう、嫌だ…………弱いのは……嫌だ」
「貴様の強さならこの私が誰よりも分かっている! それは腕力などではなく、心の強さだ! だから、もう止めてくれ!」
「……まだ、負けてねぇ」
「――――いいえ、もう終わりです」
突如、上から聞こえた声に見上げると新井が作った大穴から一人の人間が降りて来た。
「貴様は一体何者だ!」
「あら、私の顔を忘れてしまったんですか? さっき会ったばかりですよ? 有栖川さん?」
徐々に降りてくる人物の顔を見て、私は思わず声を荒げた。
「天堂貴様か! 貴様が新井をこんな目に!」
「いや、柊君を焼いたのは佐藤さんでは?」
冷静に返答する天堂を冷たい眼差しで睨みつけた。
「マスター。この存在はかなり危険です。今すぐ避難してください」
「あらあら、そっちの喋り方が素なんですね佐藤さん。大丈夫ですよ、私は有栖川さんに危害を加えたりしませんから」
「答えろ天堂、貴様が神なのか?」
私の問いかけに天堂はくすりと笑った。
「いいえ、正確に言うと私は神ではありません。私は世界の平和を維持する為に太古の時代に創られたシステムです。分かりやすく例えるなら、佐藤さんの超大先輩と言ったところでしょうか?」
「貴様はAIなのか?」
「んー違うんですが、私の存在を表現する言語は今の時代にはまだ無いので、そのような物と捉えて貰って構いません」
普段の天堂と同じで、なんとも腹の立つ喋り方をするが常人からは到底発しえない威圧感を放つこの存在は明らかに人ではない。
「…………」
新井は自らに力を与えた存在の正体が天堂だと知って、言葉を失ってしまっている。
「おっといけない。まずはやるべき事を終わらせましょう」
演技じみた仕草で手を叩いた天堂が新井の胸に手を当てようと近づく。
「や、やめろ詩織……俺に触るんじゃねぇ」
新井は半歩下がって天堂から離れた。
「もぅ、柊君? ルールはルールですよ」
後ろ歩きしていた新井は自らの足に躓いて尻もちを付いた。
そんな新井に近づいて天堂は新井の胸に手を当てると、
「さぁ、悪に敗れし者よ……貸し与えた力を返して貰います」
神秘的な光と共に新井から神パワーを回収した。
力を奪われる時はもっと反抗すると思っていた新井だったが、私を一瞥した後に安らかな表情で眠りについた。
「あとは、有栖川さんの【危険度】も9999から0に戻しておきますね」
「何故、私の危険度を急に上げた?」
私の質問に天堂は凍えるような冷たい声で淡々と答えた。
「有栖川さんは柊君も手駒にしようとしました。佐藤さんという兵器と勇者である柊君、その二人を所有するのは人には許されません。柊君は今勇者としての力を失ったので有栖川さんの危険度は0になりました」
「勇者だと? 力を貸し与えて無理やり戦わせるなど、戦闘奴隷の間違いではないか?」
睨みつける私に天堂は嘲笑で答えた。
「さて、これで私はやるべき事が終わったので、また新しい勇者を探しに行くとします」
「黙って行かせると思うか?」
「ですよね」
「神だろうが太古のシステムだろうが関係無い! 全ての元凶である貴様を葬ってそのバカげたゲームは本日をもってサービス終了だ!」
天堂はため息を吐くと、三つ編みを解いて眼鏡を外した。
天堂の髪は黄金に輝き、その瞳の中には宇宙が広がっている。
挙句の果てには、空中へ舞い上がり背中に天使のような美しい翼を広げた、その姿はまさしく神話の中に登場する女神そのもの。
女神がたった今、私の頭上に降臨していたのだ。
しかし、私は神に祈るよりも神を降ろす方を選んだ。
「光莉、次の標的は神だ。殲滅しろ」
「戦闘開始します」
「多分無駄だと思いますけど、長引くのも面倒なので光莉さんの最大火力の攻撃を私に放って下さい。それが私に効かなかったら諦めるって事で良いですか?」
「良いだろう! 光莉、消滅砲の発射を許可する」
「わっふー!」
思わず学校モードが出てしまう程喜んだ光莉は、消滅砲の発射エネルギーを溜め始めた。
エネルギーが充填し終わるまでの間、天堂は退屈そうに欠伸をしている。
「エネルギー充填完了。いつでも発射可能です」
「よし、神殺しを実行しろ!」
もし、天堂が塵と化しても上空目掛けて発射すれば、さほど大きな問題にもならないだろう。
光莉の両手から発射された超高密度のエネルギーが欠伸をしている天堂目掛けて発射される。
全ての物質を素粒子レベルまで分解する光莉が所有する兵器の中で最強最悪の攻撃を前に天堂は避けるどころか指一本動かす素振りを見せない。
にも関わらず消滅砲が天堂に直撃する寸前で、突如消滅砲が消失した。
あまりに一瞬の出来事に私は目を疑ったが、天堂が先程と同じ体制で宙に浮いている現状からして、見間違いや目の錯覚の類では無いことが分かる。
「貴様、一体何をした!」
「簡単な事です。私は佐藤さんの放った攻撃の事象を上書きしただけです」
「光莉、もう一度放て!」
「申し訳ございません、私の装備の中から消滅砲が消失しました」
「そんな訳あるか!」
「言ったでしょう有栖川さん? 事象を上書きしたと。佐藤さんから消滅砲は、そもそも放たれなかった……何故なら、そんな装備作られていなかったからです。このように私はこの世界を書き換えました」
「…………そんな、バカな……神の御業、というやつか……」
「文字通り、私とあなた方では存在している次元が違う事が証明出来ましたか?」
「…………まさしく、神と呼ばざるを得ない。何故私や光莉を消さなかった? 貴様なら容易いのでは無いか?」
「私はこの世界の平和を維持する為のシステムです。私自身が誰かを消すような行為は認められていません」
「……それは良い事を聞いた、貴様は自身を守ることは出来てもこちらへ攻撃は出来ないという事だな」
「ええ、その通りです。では、勝負は私の勝ちという事で私は次の勇者を探しに行きます。有栖川さん、佐藤さん、また会うその日までお元気で」
そう言い残し、天堂は姿を消した。
次会うまでに、奴を無力化する装備を開発せねばなるまい……事象の上書き、それさえ無力化出来れば……。
「…………ふぅ」
天堂がこの場から居なくなった事で、体から力が抜けた私はその場で態勢を崩した。
「マスター。大丈夫ですか?」
その場に倒れそうになった私に肩を貸して、体を支える光莉。
「あ、ああ。今日は色々あったからな……少し疲れたようだ」
「では、岐阜の家へ帰還しますか?」
「そうだな」
飛翔を始める光莉を私は止めた。
「待て光莉、新井も連れて行こう……そんな嫌そうな顔をするな」
デフォルト人格のはずが、露骨に嫌そうな顔をする光莉を言い宥めて新井と共に私達は帰宅した。
「あら、お帰りなさいってぇえええええええ? 皆どうしたのよその恰好! 特に光莉ちゃんなんてボロボロじゃない! 柊君はなんか焦げ臭いし!」
帰宅した我々を出迎えた松前は、私達三人がボロボロの姿で帰って来た事に絶叫した。
「ご飯の前にお風呂入ってらっしゃーい!」
焦げ臭いと言われた新井を最初に風呂に入れ、その後に私と光莉が風呂に入った。
新井は天堂に力を奪われてからというもの、一言も喋らなかった。
風呂から出ると、テーブルの上には四人分の夕食が用意されていて、新井と松前は座って私達を待っていたようだ。
「何か二人で話をしていたようだが、一体何を話していたのだ?」
「べっつにー。ただ、私が柊君を口説いてただけよん」
「なっ! 貴様は男だろうが! 新井大丈夫か? トラウマになってないか?」
「失礼ね! そんな意地悪言う子は晩御飯抜きよ?」
ぷんすか怒る松前は可愛らしくなど無く、食事前に見たくない気色悪さを放つ。
「ほら、冷めちゃうから早く食べましょ」
今日の夕食はハンバーグだ。
私達は合掌をしてから、夕食を食べ始める。
いつまでも箸を手に取らない新井を除いて。
「……有栖川」
「どうした?」
「今日は、すっげー迷惑かけて……悪かった」
「今更何を言っているのだ? 普段は私が散々新井に迷惑を掛けていた、おあいこだ」
「光莉も悪かった!」
「お気になさらず。私も久々の戦闘を楽しめました」
光莉の言葉に苦笑いを浮かべる新井は、すっかり牙の折れたライオンのようだった。
「俺はもう力を無くして、普通の人間に戻っちまったけど……友達で居てくれるか?」
「可笑しな事を言うな、私は別に新井が人間離れした力を持っていたから友達になりたいと言った訳ではない」
「その通りです。マスターは新井柊に好意を寄せていたので、本当は告白をしようとしていたのですが、日和って友達と言い換えたのです」
「よ、余計な事を言うな! 貴様一体どこから見ていたのだ?」
「マスターの部屋には二十の隠しカメラが設置してあります」
「外してこい! 今すぐに!」
「……御意」
席を立って、私の部屋に向かう光莉。
「まぁまぁ美桜ちゃん……」
「それに俺は有栖川や光莉に、取り返しのつかない事をしちまった……」
「ええい! グダグダとうるさい! 取り返しのつかない事など無い! とにかく飯を食え! 話はその後で良いだろう!」
怒声に一瞬背筋を伸ばした新井は、箸を取って口いっぱいに白米を掻き込んだ。
泣きながら飯を食べる新井に松前は「泣く程喜んでくれるなんて嬉しいわ!」と的外れな事を言っていたが、訂正するのも面倒くさいのでスルーした。
夕食後、今日は遅いから泊めてもらったら? という松前の提案に新井はバツの悪そうな顔をしていたが、
「今日は泊っていけ、私も貴様に言いたい事がある」
私の言葉に新井が我が家に宿泊することが決定した。
光莉の奴、本当にカメラ全て外しただろうな……。
別に何をするという訳でも無いが! 念の為だ! 念の為!
我が家は私と光莉の部屋以外に空き部屋が一つある。
新井が今日泊る部屋はその空き部屋だ。
しかし、私は新井を自室へ呼び出して床の上で正座させている。
椅子に座って新井を見下ろしている私は、足を組みなおし怒気を含んだ口調で問い詰める。
「どうして呼び出されたか分かるか?」
「そ、それは……俺が有栖川や光莉に手を上げたから……だろ?」
「そんな下らない事で怒る訳あるか!」
「えっ……じゃあ、なんで……?」
「まさか、本当に分からないのか……?」
しばらく沈黙した後、ゆっくりと頷く新井に私は大きなため息を吐いた。
「では、天堂の事を何と呼んでいた?」
「……詩織」
「光莉の事は?」
「光莉」
「京宝院の事は?」
「竹ちゃん」
「私の事は?」
「有栖川」
「何故だ? 何故私だけ名前でもあだ名でも無く苗字なのだ?」
「えー……冗談だろ?」
「私はいつだって本気だ! 何故私だけ苗字で呼び続ける! 理由を教えろ!」
鋭い眼光で問い詰められた新井は目を泳がせるが、私は言うまで帰さないと表情で語る。
「それは……ただ……なんと、なく?」
「では命令だ。今日から私の事は美桜と名前で呼べ。私も新井の事を柊と呼ぶ」
「わ、分かった! 分かったからそんな目で睨むな!」
「では、今後私の事はどのように呼ぶつもりだ?」
「……美桜」
「よし! では次だが……」
「まだあるのかよ……そろそろ寝ようぜ」
「我が有栖川邸の修繕費用、おおよそ十億円ほどだったかな?」
「急に目が覚めてきました美桜様!」
「おお、そうか。それは良かった」
力を無くしてから、柊の奴犬みたいで可愛いな。
「明日、私と二人でデートへ行くぞ」
「はぁ……」
「どうした、あまり嬉しそうじゃないな?」
「いえ! 大変嬉しいでございます!」
「そうか、そうか。私のような美少女とデート出来るのだ、さぞ嬉しいだろうな」
「明日の正午に久礼野駅で待ち合わせだ! 一度帰ってから、ちゃんと着替えてくるのだぞ! この私をエスコートするのだ、中途半端なデートは許さないからな!」
「了解しましたです!」
「うむ! では明日も早い、直ちに就寝せよ!」
「イエッサー!」
軍隊みたいな敬礼をしてから、私の部屋を出ていく新井。
テンションに任せて、言いたい事色々言ってしまったが……嫌われただろうか?
一人になった部屋の中で頭を抱えていると、突然ドアが開けられ柊が隙間から顔を覗かせた。
「美桜、言い忘れてたけど……今日は本当にありがとな。おやすみ」
「あ、ああ。おやすみ」
ドアを閉める音がして、しばらくの間心臓の鼓動がうるさくてしょうがなかった。
柊には寝ろと言ったが、反対に私が眠れそうにないのだが……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます