SATAN・#13

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 私、ルミル・アラティウスは、この『ロマンス帝国』の第16代皇帝の孫。

 

 すなわち皇女である──。


 しかし、皇女であると言っても、私は分家に引き裂かれた父親の娘であるため、全くもって皇族である実感が無かったのだ。

 

 私の母『サナリー・アラティウス』は一般人であったが、どういった理由かは分からないが、皇子である父『ドミニク・アラティウス』と婚約を結んだ。


 私は、皇女であるにも関わらず、小学一年生まで田舎育ちだった。

 それは、後に分かった事ではあるが、母が私を気遣って肩身苦しい思いをしないように、皇都から遠ざかった場所で生活をさせてくれていたからだ……。


 皇都に引っ越すまでは、父ドミニクは、仕事で家にいる事は殆ど無かった。

 常に皇都に出張に行っていたからだ。

 だから私は、ずっと母に育てられ、父との思い出は全くといっていい程に無いのだ。


 そして、私にとって母以外に大事な人がもう一人いた。

 確かこの日は、その人に会いに行った筈だ……。

 小さな私を追いかければ、きっとその人にも会えるかも知れない──。


 しかし、とても鮮明な夢だ。

 現実ととても変わらない。

 

 まさかとは思うが、これは『彗星眼』が見せているのだろうか。

 一体何故、こんな昔の記憶を呼び起こす。


 この眼は一体、私に何を観させたいのか。

 もう生きる意味もないというのに……。


 そんな事を考えていると、小さな私は宿題を終えていた。

 随分と早く感じるが、時間の経過すらも、まるで全て掌握される様にあやつられている気がする。

 私はこの彗星眼の手の平の上に居る様だ。


 部屋の壁にぶら下がった時計を見れば、時刻は20時を回っていた──。


 小さな私は、鞄にノートと筆箱を仕舞い、部屋を出て行った。

 私は、彼女の後を着いていく。

 どうやら、夢の中の人達には私の姿は見えていない様なので、穏便になること無く後を追った。


 部屋を出ると、そこには数十メートルもある長い廊下が広がっている。

 まるで高級ホテルの様なその光景は、今は懐かしく思える。

 

 廊下を進み、小さな私が向かった先は、3階にあるベランダだった。

 ベランダには廊下の扉から入れる様になっており、小さな私は手慣れた様に入り込む──。


 その後を辿ると、ベランダの柵の前に、細身でスラっとした白毛しらがの男性がロウソク一本で夜闇に身を潜めていた。

 タキシードを羽織り、いかにも執事といえるその格好は、後ろ姿でもキッチリと格好良く決まっている。


 そう、彼こそが私にとって大事な存在の一人。

 小さな私も、やはり彼に会いに来たようだった。

 

 しかし、もう日が沈んだというのに、彼はベランダで一体何をしているのだろうか……。

 私もベランダに入り込み、暗闇の中を目を凝らして辺りの状況を把握しようとした。


 よく観ると、彼は望遠鏡を両手に持ち、レンズ越しに夜空を眺めている。


 そうだった……。

 天体観察が趣味だったっけ。


「クーラーウース!!」


 小さな私は天を仰ぐ彼に、後ろから構って欲しそうな声で呼び掛ける。

 すると、彼は望遠鏡を除くのを辞めて、緩やかに後ろを振り返る。


「おやっ……これは、お嬢様。こんな所までどうかされたのですか!?」

「それはこっちのセリフだよ、クラウス。こんな夜に何やってるの?」


 自分でも恥ずかしくなる程、生意気な子供だ……。

 彼女には、もっと目上の人をうやまいなさいと言ってやりたい。


「天体観測でございます、お嬢様。こうして望遠鏡で夜空を眺めると、輝く星達が心を癒やしてくれるのです……」

「ふーん……」


 彼の名は、クラウス。

 私の一番の付人だった人だ。


 年齢は当時70歳位で白毛が良く似合うお爺さん執事である。

 クラウスは私の家に一番長く支える従者さんだった。


 引越して来る前からずっと一緒で、良く一緒に遊んで貰っていたり、面倒を見てもらっていたのだ。

 

「お嬢様もご覧になりますか?」

「うん!見たい!!」


 小さな私は、クラウスから望遠鏡を借りて、夜空を眺める。

 小さい背丈の少女と、まるで祖父の様な風貌の執事の背中を、ただ懐かしみ、呆然ぼうぜんと眺めた。


「わぁぁ!!すごーい!!」

「ふふふ。どうでしょうか、お嬢様」

「コレっすごいよ、宇宙みたい!!」

「そうですね。何処までも広がるこの広大な宇宙を、この望遠鏡で冒険できるのです……」


 この時の事はよく覚えている──。

 初めて望遠鏡で星を眺めたのはこの日だった。

 まだ幼かったから、上手に感動を言葉に出来なかったけれど、この時の私はときめいていた。

 宇宙に広がった煌めく星たちを、まるで宝物を見つけた様に、うっとりと眺めていたのだ。


 それは今も忘れる事の無い、私の中の遠い思い出だ。


「ありがとう、また見せて!!」


 数分眺めると満足した様に、小さな私はクラウスに望遠鏡を返した。


ところでお嬢様、お夕飯は?」


 クラウスは、こんな時間にウロウロとほっつき歩いている事を不自然に思ったのか、当然の反応を見せる。


「いいよ、そんなの……」

「どうかされたのですか?」


 小さな私が落ち込んだ様に俯くと、クラウスは優しく問いかけてくれた。


「聞いてよ、クラウス。アメリーさんが、勉強勉強ってうるさいんだ」

「そうでしたか……。ですが、それはお嬢様を思っての事ですよ。悪く思わないであげて下さい」


 クラウスは、どんな時でも中立的な立場で居た。

 常に平等で、絶対にどちらかの肩を持つような態度は見せない人だった。


「だって、アメリーさんはいっつも睨むように私を見てくるんだもん。この前なんか、お花の絵を描いてる最中にキャンパスを取り上げられたんだ」

「おや、それはいけませんな」

「でしょ、クラウスからも言ってやってよ。このくさたかり野郎って」

「私の口からは言えませんなぁ……」


 クラウスは少し困った様な苦笑いを見せる。

 

 今の年齢になって初めて分かる。

 クラウスは絶対こんな私に苦労していただろうと。

 いや、こんなませた子供が近くに居たら、そりゃ誰だって苦労しない訳がない──。


 それでも、見捨てないで居てくれた事。

 私はクラウスに頭が上がらない……。

 

「大体、お父様が皇都おうとに引っ越すなんて言い出したから、私こんな目にってるのに……」

「……」

「ここにきてから、ずっとお勉強ばっかりでもう飽きちゃったよ。大体そんなにお勉強したって、将来役立つ事の方が少ないのに、プライベートを捨ててまで机に向かってるだなんて馬鹿みたいだよ」


 小さな私は、今まで溜まっていたであろう不満を並べ始める。

 この子の痛みを理解出来てしまう。

 皮肉にも、私自身だから。


「お嬢様、貴方はアラティウス家に生まれた皇女なのです……。国民の模範となり、偉容いようを保たなければなりません」

「そんなの、なりたくてなった訳じゃないじゃん……」

「……」

「前の暮らしの方がよかった。田舎だったけどのんびりできたもん」


 不満をれる小さな私を、クラウスはしかることもなく、ただ自分の立場での意見を連ねた。

 小さな私はというと、そんなクラウスの気持ちを理解しながらも、自分の気持ちを分かってくれる大人に、心の救助を求めていたのだろう……。


「お嬢様……」

「クラウス……こんな退屈な人生やだよ」


 するとクラウスは、小さな私の頭をそっと撫でる。

 そして、何か閃いた様に、クラウスの表情はパッと明るくなる。


「お嬢様、私目でよろしければトランプ遊びでもいかがですかな?」

「トランプ?私わかんないよ。賭け事に使う遊びは良くないって言われるんだから……」


 小さな私の言う通り。

 私はこの時期、皇女として相応しくない遊びを全て禁じられていたのだ。


 身体を派手に動かす『鬼ごっこ』や『かくれんぼ』。それに『トランプ』の様に賭博とばくに用いられる類のモノ。

 それらは全て禁じられていた。


 今考えても、小さな子供には残酷だった。


 そんな事を考えていると、クラウスは『名刺入れ』程の大きさの、小さなケースを懐から取り出した。


「秘密ですよ?私がお嬢様にゲームを教えて差し上げます」

「ゲーム!?ホント!?」

「はい。お嬢様が勝ちましたら、こちらの賞品を差し上げます」


 クラウスは、先程取り出したケースから、硬貨ほどの大きさの“何か”を取り出した。

 それを手の平の上に置いて、小さな私に差し出して観せる。

 

「なにこれ……王冠?」

「私の大事な王冠コレクションの一つです」


 クラウスがケースから取り出したのは、酒瓶の『王冠』だった──。


 …………。


 まさか……。

 この彗星眼が見せたいモノって。

 何で今更──。


「えぇ、あんまり欲しくない」

「な、なんと!!」

「だって興味ないもん、王冠とか……」


 小さな私は、全く興味なさそうに王冠を一蹴ひとけりする。


「お嬢様、こちらの王冠は本物ですよ?」

「ホンモノ?どういう事?」

「今は倒産してしまった『フォーゲル社』が製造していたレアな酒瓶の王冠です。王冠マニアの間では有名でして、ざっと500万G《ゴールド》はします」

「ウソでしょ!?これが!?」


 小さな私は、クラウスの手中に収まる王冠を、その価値を確かめる様にもう一度眺める。


「えぇ、本当ですよ。ですがお嬢様、このクラウス、ゲームには結構自信があるのです。そう簡単にはやぶれる事は無いでしょう……」


 クラウスは王冠をつまみ、もう一度小さな私に観せる。

 王冠はロウソクの灯火に照らされた。

 その光沢は、“賞品”の名に相応しい風貌と輝きを見せる。


「面白い!やるっ!!でも、私が負けたらどうするの!?」

「いえいえ、お嬢様から何かを頂くことはございません……」

「えぇ、それじゃ面白くないよ」


 小さな私は、両手を広げて100点満点の物足りない反応をする。


「いえいえ、お嬢様には、この私目をゲームで倒すという目標があるじゃありませんか。それだけで十分に面白いのでは?」

「クラウスを倒すこと……?わ、分かった。それでどんなゲームなの!?」


 少し熱が入ったのか、やる気の表情を浮かべた。


「はい、お嬢様は『ポーカー』というゲームをお聞きになった事はございますでしょうか?」

「うん、あるよ。でもどんなゲームかはよく知らないんだ……」

「そうでしたか。ポーカーとういうのは簡単に申しますとカードの“役”が揃う確率を判断するゲームでございます」


 ポーカー。

 そうか、この日私は初めてポーカーに触れる。

 私の退屈な人生を変えてくれたこの『ゲーム』に。


「うーん……なんだか難しそう」

「ですが、ゲーム性は意外とシンプルで『強い役を出した人の勝ち』というなルールでございます」

「へぇ、そう聞くと簡単そうかも?」


 この時私は、ゲームに興味津々だった。

 自分の遊びの幅が広がる事と、禁じられた遊びに片足を突っ込んだ事が、私の背徳はいとく感を刺激したのだ。


 忘れもしない。

 クラウスから最初に教えてもらったゲームはポーカーだった。


「では実際にやってみましょう」


 クラウスは、小さな私をベランダにある“カフェテリア”のテーブルに案内する。

 すると、クラウスは持ち運んでいたかばんの中からトランプを取り出してシャッフルし、双方に2枚ずつカードを配った。


「今お配りした、2枚のカードが手札になります。それと別に、5枚のカードを裏側にしてテーブルの真ん中に置きます」


 クラウスは5枚のカードを、裏側のまま手際てぎわ良くテーブルの真ん中に置いた。


「次に、『チップ』をお互いに10枚ずつ配ります。これは“賭け金”の代わりとして扱うモノですが、今回は1枚100Gとさせていただきます。ゲームに勝利するとチップを貰うことができ、チップが無くなれば“負け”というルールになります」


 クラウスはチップを10枚ずつ配る──。


「相手のチップを全部無くせばいいんだね!!それで、勝負はどうやって決めるの!?」

「まずは勝負に必要となる“役”を見ていきましょう。お嬢様にはこちらをお渡しさせて頂きます」


 クラウスはポーカーの役表をくれたのだ。

 それは直筆だった。


 今思えば、事前に役表を作ってくれていたという事は、元々ポーカーを私に教える予定だったのだろうか……。

 それも今は、もう聞く事が出来ない──。


「コレ、作ってくれたの!?ありがとう!!」

「いえいえ。役を覚えるまで、そちらの表をご覧になってください。上に行くほど“強い役”となり、それに伴い揃う確率も低くなっていきます。1番上の『ロイヤルストレートフラッシュ』は、まず揃わないと言っていいでしょう……」

「あっ、聞いたことある、それ!!」

「はい。確率は65万分の1。ロマンではありますが、重要なのは揃う確率が高い下の役になります」


 小さな私は、役表の下の方を指で追う。


「えっと、一番下の役は……ワンペア?」

「はい。『ワンペア』は同じ数字のカードが2枚揃うと完成します。では、お嬢様の手札を見てみましょう」

「オッケー!!」


 先程さきほど配られた2枚の手札を表に返す。


 手札は、【♠︎1・♢Q】だ。


「えっと……これだとワンペアでもないし、役が無いってことだよね」

「はい。ですがこの後、役が揃う可能性がございます。次はゲームに参加するかを決めるフェーズに移ります」

「うん、うん」


 小さな私は頷きながら、興味津々に話を聞く。


「ポーカーには『親』という役職ポジションが存在します。『親』は順番に回りますが、今回は私が最初にさせて頂きます。2人で遊ぶ場合『親』は『BB《ビックブラインド》』と呼ばれる必ず『賭け金』を賭博ベットしなければならないポジションを兼ねます。この『BB』の金額は通常、ゲームを始める前に決めますが、今回は200Gとします。なので『親』はゲームが始まる前に必ず200G、つまりチップを2枚、賭博ベットします」


 そう言ってクラウスは、2枚のチップをテーブルの手前に置いた。


「えっと、とりあえず『親』が回って来たら、強制でチップを2枚置くんだね……』

左様さようでございます。そして、お嬢様もチップを1枚差し出さねばなりません」

「えっ、『親』じゃないのに!?」


 小さな私は、又もリアクション芸人の様に、見応えある反応を見せる。


「はい。お嬢様にも『SB《スモールブラインド》という役職ポジションがございます。先程の『BB』の半額のチップを必ず賭博ベットせねばなりません。つまりチップを1枚差し出して、ゲームの参加、非参加を選択できるのです」

「10枚しかチップがないのに、ゲームに参加しなくても1枚無くなっちゃうの!?」

「そういう事になります。ゲームの参加に関してですが、まず降りる場合から説明致します。その場合、『撤退フォールド』と宣言する事でゲームから降りれます。その後、相手は賭博ベットされたチップを全て貰うことができます」

「チップ1枚を犠牲にして、ゲームから降りれるって訳ね……」


 小さな私は『SB』のチップを1枚差し出す。


「対しまして、ゲームに参加する場合は2種類の選択肢がございます。一つ目は、『親』が賭博ベットした金額と同じ金額に合わせる『同額コール』。二つ目は相手の金額より上の金額を賭博ベットする『上乗レイズせ』という宣言です。つまり、お嬢様がゲームに参加する権利を得るには、相手のチップの枚数に合わせる、しくはそれ以上のチップを差し出さねばなりません」

「ふんふん……」

「ではお嬢様、『同額コール』か『上乗レイズせ』のどちらかをお選びください」

「分かった!じゃあ『同額コール』」


 私はチップをもう1枚差し出す。

 これで残りのチップは8枚だ。


 合計で4枚のチップがテーブルの真ん中に置かれた──。


「『親』もゲーム開始前に『上乗レイズせ』、『撤退フォールド』を選択できますが、今回はそのまま続行させて頂きます。お嬢様、ここからがゲーム開始でございます」

「おぉぉ!!待ってました!!!」


 小さな私は拳を握り締め、何故かガッツポーズをする。


「先程、テーブルの真ん中に5枚のカードを裏返しで置きましたが、ゲームが始まると3枚だけ表にします。この段階を『フロップ』と言います」


 クラウスは5枚のカードのうち、左から3枚だけ表に返した。

 表になったカードは【♠︎3・♢1・♡K】だ。


「この表にしたカードと、自分の手札を合わせて役を作るのです」

「おぉ、なるほどねっ!!」


 私はもう一度手札の2枚を見る。

 手札のカードは【♠︎1・♢Q】だ。


「もしかして、手札の♠︎1とフロップの♢1を合わせてワンペア!?」

「はい。お嬢様は今『ワンペア』の役が完成しております」

「クラウス、これ面白いっ!!他にはどんな役があるの!?」


 余程楽しいのか、はしゃぎ様が凄い。


「同じ数字が2組揃う『ツーペア』や、同じ数字が複数揃う『スリーカード』に『フォーカード』。“階段”の様に連続した数字が5枚揃う『ストレート』。同じ絵札スートが5枚揃う『フラッシュ』。スリーカードとワンペアの両組を完成させる『フルハウス』といったモノがございます……」

「なんか燃えてきた!!」


 その瞳は輝いて見えた。

 それもそのはず

 こんなにも楽しい思いをしたのは、久々だったのだから。


 幼い頃の私には、衝撃だったのだ。


「さぁ、お嬢様。この『王冠』を奪ってみて下さいませ」


 クラウスはもう一度、王冠をを掲げる。

 小さな私は、先程までとは全く違う眼差しで王冠を見つめていた。

 闘志を燃やす様に──。


「やってあげるわよ、クラウス!それで次は次は!!」


 少女からは、楽しさが溢れ出ていた。

 退屈な人生を変える、新たな扉を開いたのだから──。


 

 *


 

 夜も更けてきた──。


 私は一階のクラウスの部屋から移動し、コソコソと3階の自室まで向かっていた。


 懐から懐中時計を取り出し、時刻を確認する。


「うっ、ヤバっ……」


 時刻は23時50分──。

 普段であれば、自室にて就寝の準備をしている所だ。


 こんな所を誰かに見つかったら、また無駄に怒られてしまう。

 だから私は、足音を立てずに泥棒みたいにコソコソと移動しているのだ。


 クラウスには、私の部屋まで着いていくと言われたが、誰かに見つかって何か誤解を受けるとクラウスの迷惑になるから、断ったのだ。


 そして、長い廊下を経て、ようやく自室に辿り着く。

 部屋に戻ると、着替えのパジャマを持って、同じ階にあるバスルームに移動する。


 バスルームに入ると、速攻で服を脱ぎ、速攻でシャワーを浴びる。

 

 この時間にシャワーを浴びるのは本当は良くないのだけれど、やっぱり一日の汗は流さないとゆっくり寝付けない。

 しかし、悠長にしていると、誰かが通り掛かった時に、また何か言われるので、手早くだ。


 シャワーを浴び終わると、化粧水を付けてパジャマに着替える。

 濡れた髪は、軽くヘアオイルを付けて、タオルでターバンを作り丸め込む。

 乾かないので、取り敢えず放置だ!!


 このバスルームには、タオルや化粧水、ブラシやオイルなどの必需品が備え付けてある。

 だから、着替えさえ持ってくれば、直ぐにシャワーを使えるのでとっても楽ちん。


 そして、この濡れ髪問題には何時いつも悩まされる……。

 冬場であれば、自室の暖炉だんろで乾かすのだが、それ以外の季節は、基本タオルでポンポンしながら水分を取るしかないのだ。


 聞く所によれば、あまり長時間濡れたままでいるのも良くないそうだ。

 だから、魔術師を雇って、温風を出す魔法を使い、髪を乾かす貴族も居るとか……。


 けど、うちは魔術師は雇わない。

 何でか知らないけど……。


 そんな便利な魔法がこの世に存在するのであれば、率先して魔術師を雇うべきではないだろうか……。

 そうすれば、私の髪もタオルでポンポンしなくて済むというのに。

 大人って変だ。


 そんな事を思いながら、私はバスルームを後にする。

 部屋に戻って寝る前に、寄り道をする。

 今度は私の隣の部屋だ。


 トントンとドアを叩いた後に、勝手に入り込む。

 すると、部屋の中には丸いテーブルの席に着いて、手記の様なモノに万年筆で何かを書いている白い髪の女性が目に映る。

 お母さんだ──。


 ドアを閉めると、ようやく気が付いた様で、こちらを向く。


「あらっ、まだ寝てなかったの?」


 お母さんは、優しく微笑みながら私を部屋に歓迎してくれる。


「うん。今シャワー浴びてた!」

「お疲れ様。今日はどうだった?」

「今日ね、クラウスにポーカーを教わったの!」


 私もテーブルの席に着き、お母さんの顔をよく眺める。

 この時間こそ、一日をくくる最高のリラックスタイムだ。


「あら、それは良かったじゃない。ご迷惑お掛けしなかった?」

「全然!?だってクラウスも、私と遊べて楽しいって言ってたもん」

「まぁ……。明日、私からもお礼を言っておくわ」

「えぇ、いいよ別に。だってポーカーは2人の秘密なんだもん」


 そう、ポーカーは2人の秘密なんだからっ!

 ……。

 あっ……。


「あら、2人の秘密を私に話してよかったの?」

「お母さんはいいの!!」

「そうなの?けど、あまり外ではやらない方がいいわ。またパパに言われるかもしれないから……」

「分かってるって!!だからポーカーはクラウスの部屋で鍵を閉めてしかやらないんだ」


 私は、少し悪い子の様なたくらみを、自信満々に語った。

 お母さんは、少し困った笑顔を見せながら、私の頭を撫でてくれる。


「ねぇ、そもそも何でお母さんはお父様と結婚したの!?」


 頭を撫でられてる最中、ふとそんな疑問がポカンと浮かんだのだ。

 けど、こんな事は誰でも聞きたくなる様なことだ。

 ただそれを聞く事は、いけないような感じがしたから、聞いていなかったというだけの話だ。


 学校のみんながどうかは知らないけれど、うちの家柄なら特に聞きにくい。

 そんな話題は、物心が付いたからこそ今までスルーしてきたのだ。


「そうね……それは、アナタがもう少し大きくならないと分からないわ」

「好きだったの?」

「大人にはそういう野暮な事は聞いちゃダメ」

「えぇ!!だって理由も無しに結婚する訳ないじゃん……」


 今日は、とことん突き詰める。

 相手が優しいお母さんであろうと、私が産まれてきたからには、それを知る権利もあるだろう。

 別に両親の恋路こいじを知りたい訳ではない。

 ただどういった経緯で知り合ったのかを、私は知りたいだけなのだ。


「ルミルも、好きな男の子が出来たら、あまり触れられたくないでしょ?そういう事」

「私、好きな男の子いないもん!!だって男の子は、えっちな事しか考えてないってエリーザちゃんが言ってた。キモいから、あんまり関わりたくない……」

「ルミル、男の子にも良い子はいっぱい居るわ。皆んなと仲良くしなきゃ」

「むぅ……」


 そもそも、学校のみんながよく言ってる『恋愛』とか、よく分からない。

 ちょっとませてる子は、もう付き合ってるとか言ってた。

 そこは私にはサッパリだ──。


 私は成長が遅くて、鈍いだけなのだろうか。

 こんな私もいつかは、男の子を好きになるのだろうか……。

 よく分からないや。


「さぁ、もう遅いからお部屋に戻って寝なさい」


 するとお母さんは、そそくさと話を切り上げる。

 

 時計を見ると時刻は0時50分──。

 我ながら、小学生が起きているには相当遅い時間だ。


「ねぇ、お母さん。明日もお仕事遅いの?」

「うん。今日と同じくらいには帰るわ。ごめんね……」


 お母さんは、いつもお仕事が遅いのだ。

 基本的にはお父様と一緒に行動する日が多いらしいのだけれど、たまにはゆっくり女子トークでもしたい……。

 

 けれど、私は何時いつも頑張ってるお母さんの味方。

 こうして、夜少しお話できるだけでも幸せなのだ。


「ううん、全然心配しないで!!私1人でも大体何とかなってるし!!」

「ルミル、こっち来て」


 お母さんは、手招きしながら私を呼んだ。

 一体なんだろうか──。


 私はお母さんの座る目の前まで行く。

 すると次の瞬間、抱きしめられた。

 私は、お母さんの胸元にうずくまる。


「む、お母さん?」

「お母さんね、ルミルが頑張ってるの一番知ってるから……」


 そう言いながら、お母さんは私の頭をまた撫でてくれた。


「もっ、もぉ、どうしたの急に……」

「んー?なんでもない」


 お母さん、私もう2年生だからちょっと恥ずかしい……。

 けど、ホントは凄く嬉しい──。

 久々にお母さんに甘えた気分だ。


「さぁ、もう寝ましょ、ルミル」


 お母さんは私を放すと、ポンポンと肩を叩いて入り口まで誘導してくれる。


「おやすみ、お母さん」

「うん、おやすみ」


 お母さんは、ご丁寧に見送りまでしてくれた。

 その何気ない行動に、母親の愛を感じた。

 

 私はお母さんに手を振って、部屋を後にする。

 今日は何だかいい日だった。

 クラウスとも遊べたし、お母さんにも甘えられたし。

 

 明日も楽しい日になればいいけどな──。



 *



 お母さんの部屋を出ると、静かに自室に向かおうとした。

 しかし、それは叶わなかった。


「こんな遅くに何してるんだ?ルミル」


 後ろから声を掛けられた。

 少し低い、粘着するような男性の声だ。


 私は、咄嗟に振り向く。

 視線の先には、背が高く、質の高い服を着た赤茶色の癖毛の男性が佇んでいた。


「お父様っ……」


 見つかってしまった。

 お父様に。


「一体何時だと思っているんだ。何処かに行っていたのか?」

「今、お母様とお話をしてました」

「話?一体なんの話だ……」

ただの世間話です」


 面倒臭い事になってしまった。

 そんなに上手く一日が綺麗に終わる筈が無い──。


「そうか。学校の成績はどうだ?」

「はい……えっと」

「なんだ、あまり良くないのか?」

「いえ、良くない訳ではないと言いますか……普通です」


 お父様とは、あまり話したくない。

 口を開けば、いつもこんな会話ばかりだ。


「そうか。でも普通では駄目だ。常に一位を目指しなさい。一位でなければ、良い成績で無いと思った方がいいだろう」

「はい、お父様……」

「執事達に言っておこう。もう少し、ルミルの成績を上げる様にと」

「それなら、是非クラウスを……」


 私は少し頭にきて、自分の意見を提案した。


「何故クラウスなのだ?」

「私との相性が良いからです、お父様」

「クラウスを付けるのは駄目だ。彼はもう執事では無いのだからな」


 しかし、この手の会話で私の意見が通る事は殆ど無い。

 今回も、ただ押し付けられるだけ。

 お父様との会話は、何時いつもそうだ。


「今のクラウスは唯の『警備』だ。それはお前も分かっている筈だ、ルミル」

「申し訳ございません、お父様」

「さぁ、もう寝ない。明日も学校だろう」

「はい、お父様……」


 お父様は、歩いて行ってしまった。


 私は溜息ためいきくと、自室に戻った。

 ホントに何処を好きになったのだろうか。

 母親の謎は今日も迷宮入りだ。

 

 私は、ベットに入り一日を振り返りながら眠りに着いた──。


 そして翌日。

 学校から帰宅すると、速攻で宿題を終わらせる。

 いや、正確に言うと、学校の休み時間や空き時間を使って、できる限りの宿題は終わらせていたのだ。

 だから、家に帰ってからの宿題の量は、ほんの僅かだったという事だ。


 何故なら、今日もクラウスに会いに行く為。

 私は、昨日教わったポーカーをやるのが楽しみで仕方がなかった。


 階段を駆け下り、一階のクラウスの部屋を目指す。

  

 やる気に火がついたのだ。

 ポーカーはもちろん。

 遊ぶ時間のさまたげになる宿題も。


 はしたないだろうか。

 皇女らしく無いだろうか。


 けど、周りが例えそう思っても、私には私のやりたい事がある。

 

 私は必ず手に入れてみせる。

 クラウスからあの王冠を──。


 ガチャ。

 勢い良くドアをあけて宣言する。


「クラウス!!今日も勝負よ!!」



 *



 ポーカーを教わった、その日から、クラウスにゲームを挑み続けた。

 来る日も、来る日も、その闘志をやす事なく、知識と戦略を身体に染み込ませ、ゲームを掌握していく。

 

 しかし、クラウスの言葉は生半可“嘘”ではなかった。

 本当に強かったのだ──。


 知識を付ければ付けるほど、その圧倒的な差が目に見えてわかってくる。

 だからこそ楽しかった。

 その圧倒的な壁を越えるという目標は、私の生きる意味の一つになったのだから。


 全ては、あの王冠を手にする為に。

 私はただクラウスに挑み続けた。


 そして季節は流れ、あれから5度の春が訪れた──。

 

 皇都私立学院の中等部1年生になった私は、あれからずっとクラウスに『ポーカー』を挑むも、一度も勝てずにいる。

 

 いつしか家の執事にクラウスとポーカーで遊んでいる所が見つかり、無意味なお叱りを受けた。

 クラウスは、お父様や他の執事達に怒られてしまったみたいで、それに対して私は反論した。

 クラウスは全く悪く無い事と、私から自由を奪わないで欲しい事を主張した。


 するとお父様は、私の意見を許してくれたみたいで、幾つか条件付きでクラウスとポーカーをする事を許してくれた。


 一つ目は、学校での成績をいずれも常に3位以内に居続ける事。


 二つ目は、平日はクラウスとポーカーをしない事。


 この条件を私は呑んで、クラウスと今後もポーカーをして遊んでもいい事を約束した。


 学校の成績を保つために、授業の予習復習は欠かさずに行うのはもちろんの事、歴史や化学の勉強のために書庫の本を全て漁り読んだ。


 運動もトップで居なければならない。朝は毎日ランニングと筋トレをして体力を付ける。

 

 食事は絶対に“好き嫌い”をしない。

 学校での食事も、家での食事も。

 執事に頼んで、美味しさよりも栄養バランスに長けた食事を作って貰えるようにお願いした。

 苦手だったピーマンもいつしか平然と食べれるようになった。

 カルシウムをしっかり摂るために、牛乳は毎日欠かさずに飲んだ。


 そのお陰で、少し気になっていた胸元がわずかに育った様な気がしなくもない……。


 私は全力だった。

 全てはクラウスとポーカーをする為。

 そして、クラウスの『500万Gの王冠』を手に入れる為。


 しかし、時間は待ってくれなかった。

 その日は突然訪れた──。


 廊下に響く、甲高かんだかい己の声と、

 それを不甲斐なさそうに聞き続ける紳士の姿。


 私は何度も問い続けたのだ。

 目の前の理不尽な現実に。


「ねぇ、なんで!クラウス!!なんで何も言ってくれなかったの!!ねぇどうして!!!」

「申し訳ございません、お嬢様……」

 

 私は、目から溢れ出す滴をこらえ切れず、頬に垂らしながら訴えていた。

 私が人生でこんなにも顔を熱くして、全力で叫ぶのは、今までに在っだろうか。


 クラウスは今日、この家から居なくなる──。


          


          ◇◆ 不吉なる予感──。


    

       【SATAN #13・クラウス 終】


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  ────◇◆ピックアップ◇◆────


イラスト担当のEluaさんがファンアートを描いてくださりました。


https://kakuyomu.jp/users/oosakiamu/news/16818093076084403891      [挿絵]


ルミル、ポンポンしてるのが、めちゃめちゃ可愛いです……。

『大人って変!!⭐︎』


素敵なイラストをありがとうございました✨



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