#7・あの日々は戻らない ①

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 これは4年前の記憶──。


 私が、10歳の頃の話だ。

 あの時のことは、こうやって夢に見るくらい鮮明に覚えてしまっている……。


 丁度、今と同じ少し肌寒くなった頃。

 秋が始まる季節だった。



[10月3日]


「知ってる!?あの子、もう4歳の時からずっと、うちの病院にいるんだって」


「えぇ、4歳からずっと?やばくない!?」


「酷い喘息持ちみたいでさ、外とか学校に行けないんだって」


「喘息ってだけで!?うわ、可愛そう……」


「最初はさ、ただの小児喘息って思われてたらしいんだけどさ……なんか違う病気みたいで、よく分かってないんだって」


「ね!私もあの子が、苦しそうにしてるの見たことある……。あれただの喘息じゃないよね絶対」


「病院代とかさ、どうしてんだろうね。まぁもちろん、保険とか下りてるんだろうけど……」


「なんか噂では親戚の人とかがお金払ってるらしいよ」


 病室の外で、看護師のお姉さんたちの話し声が聞こえる……。

 私は、部屋のドアに内側から寄りかかり、その話を聞いていた。

 

 可愛そうだとか、やばいとか、お金とか、もうそんな言葉、聞き飽きた……。


 うるさい……。

 うるさい……うるさい……うるさい……。


「ぐすっ……うぅ……」


 私は泣きながらドアの前でうずくまってしまった。

 もう何度目かな。

 こんな事で泣き崩れるのは。


 私が一体何をしたっていうの……。



[午後1時30分]

 

 私は、病院の図書コーナーで、いつものように本を読んでいた。

 ここにある子供向けの本は全部読んでしまったから、最近は大人向けの小説を読むのに挑戦したりしていた。


「あいたっ……」


 すると突然、図書コーナーの目の前で誰かが転んだ。

 

 よく見ると、転んでいたのは、私と同い年くらいの女の子だった。

 私は、とっさに小説を読むのをやめて、その子の所に駆け寄った。


 それは、衝動的だった。

 私は屈んで、倒れたその子に声を掛けた。

 

「大丈夫!?ケガしてない!?」

「うん。ありがとう。」


 床には松葉杖が落ちていたので、私はそれを拾い、渡してあげた。


「ありがとう、優しいんだね!!」


 その子は松葉杖を受け取ると、明るい声で、私にお礼を言ってくれた。


「えへへ」

 

 人見知りの私が、何時いつになく自然と笑顔で応えていた。

 病院で知り合った子だからだろうか──。


「私ね、生まれつき足がよくないの。だからこの松葉杖を使って歩くんだけど、結構難しくて……」

「そっ、そうなんだ……」


 その子は、自分の事を私に話してくれた。

 でも私は、なんて返答したらいいのか正解が分からなかった。


 言葉に詰まったけれど、『大変だね』という言葉は使いたくなかった。

 私が、たくさん言われてきた言葉だったから……。


「あっ、もしかして図書コーナーに来たの!?」


 もしやと思い、その子に問いかける。

 自分から話しかけるのは得意じゃないけど、頑張って話しかけてみた。

 それはきっと、彼女に対する警戒心がない事に気付き、少しだけ話してみたいと思ったから……。

 私にとってそれは、特別な証だった。


「うん!少し前からここに入院してるんだけど、お部屋でテレビ見るの飽きちゃって……。だからさ、本でも読もうかなって思って図書コーナーに来たの!」

「わぁ、本好きなの!?私も好きなんだ!!」


 私は、同い年くらいの子と、ほとんど話したことが無かったから、とても興奮していた。

 身体に染み渡る初めての感覚に新鮮さを感じ、何かとびきりの凄い出来事が始まるのではないかと思い、心が跳ね上がりそうになっていた。


「まぁ好きっていうか、たまに読むくらいだけど……」

「そうなんだ!!ねぇねぇ、お名前は!?」

「ユミ。キミは!?」

「モモカだよ!!」


 彼女は名前を教えてくれた。

 だから私も名前を教えた。

 名前を教え合うのは、私にとって特別だった。

 私の人生が変わる瞬間なのではないかと思いときめいていた。


 だから調子に乗って、次へ次へと会話を膨らませたくなる。

 こんな感覚は、味わったことが無かったのだ。


「あっユミちゃん!!これすっごく面白いんだよ!よかったら読んでみて!!」


 私は、咄嗟に持ってきてしまった、さっきまで読んでいた文学小説を彼女に見せる。

 この小説は、一度読んで面白かったから、もう一度読み直していた所だったが、彼女がもし読んでくれるなら、譲ってあげたくなったのだ。

 きっと、この小説の良さを共有したかったのだと思う。


「へぇ、面白そうだね!でも私さ、漢字苦手なんだけど読めるかな……」

「ほとんどの漢字にふりがなが振ってあるから大丈夫だよ!」

「分かった、じゃ読んでみる!」


 そう言って彼女は首から下げたポーチに本をしまい、また松葉杖で立ち上がる。


「えっ……もう行っちゃうの!?」

「うん、お部屋でお父さんとお母さんが待ってるから借りて読むつもりだったの。そろそろ行かなきゃ」


 彼女は、少し申し訳なさそうに言った。


「そっか……」

「モモカちゃん、この本読み終わったら感想言うね!」

「わぁ、ホント!?待ってるよ!」


 私は嬉しくて少しはしゃいでいた。

 その後ユミちゃんと別れ、少しの間“図書コーナー”で小説を読んでいた。


 だけど、小説の内容が頭に入ってこなかった。

 さっきまでの時間が楽しくて、ほとんど誰とも話してこなかった私には、刺激が強すぎて……。


 とても興奮していた……。

 嬉しくて、しょうがなかった。


 だって、初めて“お友達”が出来るかもしれなかったから──。



 ✳︎



[10月4日]


「東山せんせい!」


 時刻は朝の8時10分──。

 健診の時間だ。


 私は、いつも通り東山先生の診察室に顔を出しに行っていた。

 ただ、いつもと違うのはエコバックを持参している。

 今日は特別な日なので、このエコバックの中には事前に用意したとあるモノを仕込んでいるのだ。


「おはよう、モモカちゃん」


 診察室のドアを開ければ、東山先生は優しく出迎えてくれた。


「昨日はよく寝れたかい?最近、少し気温が下がってきたからね……」

「うん!お布団もう一枚出したから、あったかく寝れた!」


 私は診察用の椅子にポフっと座って元気に答える。


「そっか、ちゃんと自分でやれて偉いね。はい、お口“あーん”して」

「あ〜ん……」


 1日のルーティンはまずは喉の調子をみてもらう所から始まる。

 そのあとは心臓と気管の検査をしてもらい、

 毎日ではないけれど、たまにレントゲンを撮ることもする。


 コレは毎日の恒例行事であり、一日を快適に過ごすための準備体操でもある。

 この診察室に来れば、昼夜逆転も防げるし、何より東山先生に会う事によって、部屋に戻ってからの勉強にも火が付くのだ。


「はい、おしまい。上着、着ていいよ。『喘息のお薬』また出しておくから朝と夜に飲んでね」

「はーい!」

「よし、じゃ今日も一日頑張ろっか」


 東山先生は少し前に屈み、私の目を見て、いつも通り励ましてくれる。

 でも今日は、なんとここでサプライズ!!


「うん!あっ、東山せんせい?」

「ん、なんだい?」

「これ!」


 私は以前から準備をしていた、東山先生へのプレゼントをエコバックから取り出して渡す。


「これ……モモカちゃんが描いてくれたのかい?」


 東山先生と私の似顔絵が描かれた紙を、先生は大事そうに持ちながら眺めてくれる。


「うん。東山せんせい、いつもありがとう!」


 私は、椅子に座ったまま、身を少し前に出し、笑顔で東山先生の方を見つめる。


「ははっ、まいったなコレ……。嬉しすぎて泣いちゃうよ」


 東山先生は、私の描いた絵を眺めながらそんな言葉をくれた。

 私は、東山先生のことが大好きだ。

 こんなにも温かい人は今の私の人生の中で東山先生だけ。

 先生のことは、本当のパパのように思っている。


「へぇ、僕そっくりだなー。カッコよく描いてくれたんだ」


 東山先生は絵を少し目に近づけてよく見てくれる。


「うん、東山せんせいはカッコいいもん!」

「おっ、それは嬉しいな。モモカちゃんも、とっても可愛く描かれてるね。ご本人さま同様、美人さんだ」

「もぉ、恥ずかしいからそういうのはいいよ、

先生」


 少し恥ずかしくなり、身を屈めて頬を膨らませる。


「あらっ、ホントの事なんだけどな……。この絵、貰っていいのかい?」

「うん!」

 

 私は元気よく頷いた。

 大事な人への贈り物で喜んでもらうと、これ以上ないほど嬉しいな。


「ありがとう、大事にするね、モモカちゃん」


 東山先生はそう言って、私の頭を優しく撫でてくれる。


「えへへっ」


 瞳を閉じで撫でてもらう感触を味わう。

 東山先生に撫でてもらうのは、私にとってのご褒美だ。


 診察室に来るたびにコレを期待してしまうのだ。


「あっ、そうだ東山先生。一つ聞きたいことがあって……まだお時間大丈夫ですか?」

「ん?構わないよ。どうしたんだい?」

「ユミちゃんって知ってますか?」


 私は、ユミちゃんがどんな子か東山先生が知ってるかなと思い、聞いてみた。


「あぁ、大橋ユミちゃん?知ってるよ。丁度、1週間前にうちの病院に来たんだ」


 やっぱり。

 ユミちゃんは、つい最近来た子だったんだ。


「モモカちゃん、会ったのかい?」

「うん、一緒にお話したの!私のおすすめの文学小説、今読んでくれてるんだよ」


 昨日の事を思い出しながら、東山先生に淡々と語る。


「そうかい。それは良いお友達になりそうだね」

「うん!」


 すると東山先生は少し真面目な顔になり、私をじっと見つめた。


「ん?どうしたの、東山せんせい?」

「モモカちゃん、ユミちゃんがうちの病院に来た理由とか聞いた?」

「ううん、聞いてないよ」


 そう答えると、東山先生は少し深い呼吸をして、何か言いたそうにじっと考え込む。


「そっか。やっぱり、モモカちゃんには話しておくよ」


 一体なんだろう。重要な事かな……。


「あの子はね、実はあと1ヶ月くらいしか、うちの病院に居ないんだ」

「えっ、そうなの……!?」

「うん。それでも、仲良くしてくれるかい?」


 きっと東山先生は、私がせっかくユミちゃんと仲良くなったから、その事を言いづらかったんだ……。


「うん、ユミちゃんすごくいい子だよ!私、お友達になりたいんだ!でも、どうして1ヶ月しか、ここに居ないの?」


 すると東山先生は、一度周りを見渡したあと小声で私に言う。


「……言っちゃダメだよ?」

「え……うん」

「約束できるかい?」

「わかった!」


 私も小声で返事を返した。


「あの子はね、お父さんの転勤でこの街に引っ越して来たんだ。でも、その前からユミちゃんは入院してたんだ……。地元の病院で1回目の足の手術の為にね。けど、そこにお父さんの転勤が重なって、ベッドを別の病院に移すことになったんだよ」

「えっと……それが、ここの病院だったってこと?」

「うん。本当はこの街の、もう一つの大型病院で手術をする予定なんだ。そこに専門の先生が来るからね。でも、その大型病院が新しくベッドを置く余裕がなくてね……次の手術の日まで、うちで入院する契約になったんだ。その、うちでユミちゃんをうちで預かる期間が約1ヶ月ってことなんだ……」

「そうだったんだ。でも、1ヶ月かもしれないけど私、ユミちゃんとお友達になってみたいんだ」


 すると、東山先生は微笑んだ。


「モモカちゃんが、そう言ってくれて良かったよ。きっと、あの子もモモカちゃんと話せて喜んでると思うよ」

「えへへ」

「よし、じゃあ今日も一日頑張りますか」

「オぉー!」


 私は腕を真上に伸ばして拳を掲げた。

 東山先生に挨拶をして私は自室に向かう。


 部屋に戻ったあとは最初に窓を開けて換気をする。

 

 窓から入ってくる外の空気は澄んでいて心地よい。

 そよ風が優しく私の肌を撫でながらすり抜けていく。

 まるで、一日の始まりを応援してくれているみたいだ。


「よぉし、まずは今日の課題を頑張るぞっ!」


 私は棚の引き出しから課題のプリントと筆箱を取り出して、机に向かう。


「算数、苦手だけど頑張らなきゃ……」



 *



[午後2時30分]


 今日の課題を終えて、お昼を済ました私はいつも通り、図書コーナーに向かう。


 木目調の床スペースに靴を脱いで上がり、昨日の続きの本を、本棚から見つける。図書コーナーの柵越しの隅っこは、私のお気に入りのポジション。そこでお尻にクッションを敷き、いつも通りに読書に夢中になる。


 これが私の最高の時間。

 嫌な事があった時も、本の世界の冒険に出かければ、すぐに忘れられる。

 私が今読んでいるのは、いわゆる恋愛というモノの物語。

 だけど私にはまだ早かったのかな。

 この小説のような意味で男の子を好きになる感覚はまだ分からないや……。

 いつかは、男の子を好きになるのかなぁ。

 

「モモカちゃん!」


 突然、上で私を呼ぶ声が聞こえた。


「ユミちゃん!?」


 見上げると、図書コーナーの柵の外から私を見下ろしてるユミちゃんがいた。


「モモカちゃん、昨日借りたこの本、凄く面白いよ。まだ途中だけど」


 ユミちゃんは、昨日私がおすすめした本を持って柵の上から覗き込んで言う。

 あの後、お部屋で読んでくれたみたいだ。


「ホント!?わぁー、そう言ってくれると嬉しいな!!」


 私は、嬉しくなって少しはしゃいでしまう。


「モモカちゃんって、本おすすめするの上手なんだね!」


「えへへ、そうかな。なんか照れるよ」


 私は少しモジモジしながら言う

 するとユミちゃんは靴を脱いで図書コーナーに上がって来た。


「もしかして、ここの本全部読んだの!?」

「児童向けのやつはね!だから、今はこっちの棚の小説を読み始めてるの」


 私は、高学年向けの少し背の高い本棚を、指差して言う。


「すごっ、本当に本がすきなんだね」

「うん、好きっ!」

「ゲームしたり、ネットの動画見みたりしないの?」


 ユミちゃんは、すごく不思議そうな顔をして聞いてきた。


「あっ、うーん、しないかな」


 ゲームもインターネットも、全然馴染みがないから、よく分かんないや。


「モモカちゃんって、あんまりスマホ使わないの?」

「わっ、私スマートフォンもってないよ?」

「えっ、そうなの?」


 するとユミちゃんはカバンの中を探り、何かを取り出す。

 中から出てきたのはスマートフォンだ。


「えっ、これってユミちゃんのスマートフォン!?」


 私は、まさか同い年くらいの子がスマートフォンを持っていると思わなかったので、驚きながら聞いてしまった。


「そうだよ!」

「すごーい!でも、スマートフォンって、もうすこし大人になってから持つモノじゃないの!?」


 値段的にも高そうだし、ユミちゃんのお家はお金持ちなのかな、


「えっ、みんな持ってるよ!?」

「えっ、そうなの!!?」


 私は、ほとんど同世代の子たちの生活が分からないので、みんな持ってることに驚いてしまう。


「でねっコレ!最近、この歌い手グループが流行ってるらしいんだよね!モモカちゃん聴いてみて!」


 ユミちゃんは私の隣でスマートフォンを操作しながら、画面を見せてくれる。

 スラスラと指で画面をなぞり、次々と項目が切り替わって行く。

 何をしてるかは全然わからないけど、スマートフォンの操作に、かなり手慣れている事だけはわかる。

 

 そしてユミちゃんは、画面に動画のようなモノをだして、私の方を見て楽しそうに尋ねてきた。


「聞いてみて!!」


 ユミちゃんはイヤホンを貸してくれた。

 私は、馴れないイヤホンを耳にはめてみる。


 すると、あまり聞いたことのない曲調の音楽が“シャラララ”と私の耳を駆け抜ける。


 楽器なんだろうけども、ちょっと電子音のような、すごくポップなメロディ。

 

「すごい……かわいい音楽」


 私は、思わずそう囁いてしまう。

 するとユミちゃんが嬉しそうに私を見て頷いた。


 私は、音楽はテレビの歌番組を録画するくらいしか聞かないから、すごく新鮮に感じていた。


 そしてこの曲調はテレビだと聞いたことがない。とても可愛くて楽しい気持ちになる。


「すごい、こんなの初めて聞いた!これ何て人たちが歌ってるの!?」

「ヒカッキンズだよ!」


 ヒカッ……キンズ?

 聞いたことのないグループかも。


「初めて聞いた!テレビであんまり聞いたことないや……」


 私は一度イヤホンを外して言う。


「そりゃね!歌い手ユウチューバーだからね!ネット活動がメインだから、テレビには出演しないよ」

「でもみんな知ってるの!?」

「知ってる!知ってる!ほらみて!この新曲なんか1500万再生!!みんな大好きな証拠!!」


 ユミちゃんはスマートフォンに表示された数字を指差す。


「へぇ!そうなんだ!!凄く可愛くて、とってもいい曲だった!」

「でしょでしょ!モモカちゃん歌い手とかあんまり聞かない!?」

「歌い手って、歌手のこと!?」


 私は、聞き馴れない言葉を一応ユミちゃんに尋ねてみる。


「ううん!いまのヒカッキンズみたいに、ネット活動中心で歌を歌ってる人たちのこと!」

「そうなんだ!私、スマートフォンもってないから、全然わかんなくて……」

「じゃーさ!今日は私のおすすめの曲、モモカちゃんに教えてあげる!」

「わっ、ほんと!?」


 私はそのあと、ユミちゃんからたくさんの曲を教えてもらった。こんなにも楽しくて心がフワフワと弾む瞬間はいつぶりだろうな……。

 外の子たちは毎日こんな午後をすごしてるのかな……。

 学校から帰ったあとみんなで集まって、色んな音楽を教え合うのかな。


 それってすごく楽しそう──。

 

 ユミちゃんもきっとそんな日々を過ごしてたから、遊び慣れてるんだよね。


 でも、ユミちゃんって東山先生の話では引っ越してくる前から一回目の手術で入院してたんだよね。通学はどうしてるんだろ。


「そういえば、ユミちゃんって学校に行ってるの!?」


 私はつい、聞いてしまった。

 やっぱり聞いたらまずかったかな……。


「行ってたよ!今はお休み中だけど。手術が終わったら新しい学校に入るんだ!」

「そうなんだ!」

「新しいとこでみんなと仲良くやってくにはこういう流行ってるモノを知っておこうと思ってね!音楽とか結構聞くんだ!」

「そうだったんだ、えらいね!」


 ユミちゃんは流行を知るために努力してたんだ。


「モモカちゃんは学校行ってないの?」

「うん……。私は結構すぐ体調壊しちゃうから、行けてないんだ」

「そうなんだ……」


 ユミちゃんは私のことを気にしてか質問した会話を止めようとする。


「あっでも!こうやってユミちゃんから色々聞けて楽しかったよ!歌い手とか面白い動画とか!こういうのが流行ってるんだって知れて、面白かった!」

「そっか、それならよかった!」


 ユミちゃんは笑顔で応えてくれた。

 するとスマートフォンから“ピコン”と音が鳴りユミちゃんは確認する。


「あっ、お母さんから連絡入ってる。じゃ、モモカちゃんそろそろ行くね。」


 ユミちゃんは急いで靴をはいた。


 私は時計をみる。


「あっ、もうこんな時間。」


 気がつくと夕方の5時を過ぎていた。夢中になってユミちゃんとお話してたから時間を忘れてた……。


「コレ、明日までに読んでくるね!」


 ユミちゃんは本を手にかかげ、図書コーナーの外から手を振る。


「ホント!?分かった!また感想聞かせて!」

「オッケー!じゃーまた明日ね!」


 ユミちゃんは図書コーナーを後にし、自分の部屋へもどって行った。


「私も、そろそろ戻ろうかな」


 私は、ユミちゃんを見送ったあと、本の貸し出し表に名前を書いて、1冊だけ借り、部屋へ戻った。


 部屋へ戻ったあとは、お絵描きの続きをしながら、さっきまでの楽しい気持ちに浸ってい。た。


「ふんふんふんフーン♪」


 口ずさんでいるのは、もちろんヒカッキンズの歌!

 この歌のタイトルは「t•u•n•i•n•g☆」っていうんだ。とっても素敵な曲!


 これがきっと私の欲しかったモノ。

 お友達と遊ぶ感覚。すごく痺れる。


 毎日こんな楽しい日をすごしたいな……。


『あの子、1ヶ月後に手術があるんだ。少しの間だけだけど仲良くしてあげてね』


 ……。


「1ヶ月しかいないのか、ユミちゃん……」


 気がつくと、私の鉛筆は止まっていた。

 頭の中を駆け抜けていた音楽も。


 私は、暗くなった外の景色を、窓の内側から見つめる。


「外……」


 窓ガラスには悲しい顔が写っていた

 私は、はっと我に返る。


「もっモモカは、本読むの好きだし!お絵かきも好きだし!お外に出れなくても全然平気!!」


 私は、何故か突然自分に言い聞かせていた。


『新しい学校に入るの!』


 すると今度はユミちゃんの言葉を思い出す。


 やっぱり、お外のみんなは楽しいのかな。

 1ヶ月だけじゃなくて、ずっとお友達といれるんだよね……。


 窓を開ける。

 頬を触れる少し冷たい風は、私と似ている。


「学校か……」




    ◇◆ 遠ざけていたモノに触れた──。


       【あの日々は戻らない①・ 終】


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