#5・思い出の日

─────────────────────


 俺と東山は、病棟の3階にある休憩スペースのような場所に移動した。

 すると東山は、ボタンのたくさん付いた機械の前で立ち止まる。


 なんだこの機械は?

 中に入っている物はなんだ……。


「好きなの選んでいいよ」

「俺はいい。気をつかうな」

「そんなこと言うなって。コーヒー飲める?」


 コーヒー?たしか人間が栽培していたものだ。

 魔界でも少し聞いた事がある。

 飲んだ事はないが、怪しまれないためだ。

 ここで断って他の分からない飲み物を喰らうよりはいい。


「じゃあ、それでいい……」

「はいよ」


 ガタッ。


 機械の中から、恐らく飲み物の入った容器が出てきた。


「はい」


 東山が機械の出口から容器を取り出し、俺に渡す。

 なんだこれ、どうやって飲む……。


「じゃ座ろうか」


 俺と東山は、近くにあるテーブルの席につく。


 向かい合うのは、余裕すら持て余す雰囲気を醸し出す、微かに若さが残る中年の男。


 この男が、この病院のボスである。


「いきなりだが、君はモモカちゃんの家族について聞いてはいるかい?」

「いや……」

「そうか……。まず聞いてほしい。彼女には今家族はいないんだ。元々母子家庭だったが唯一の家族であった母親は2年前に病気で亡くなっている」

「……」

「それと、知ってるかもしれないが、モモカちゃんは今学校には通っていないんだ。行かせてあげたいが、無理に行って嫌な思いをさせたくないっていうのが僕の本音だ。今からなじむっていうのは、中々勇気がいることだからね……。モモカちゃんがどうしても行きたいと言うなら別だが、本人からもそう言うことは聞かないからね」


 学校……。人間の子供は、一定期間、学舎まなびやに入るのだろうか。


「だからモモカちゃんは病院で勉強してるんだよ。学校からプリントが送られてくるからね。もちろん学校に通ってる子よりかは、少し簡単な問題のモノらしいんだけど。それでも一生懸命やってるよ」


 あいつ、そんなことしてたのか。


「彼女はね、いつも笑顔だけどほんとは色々辛い思いを抱えているんだよ。人前じゃあんまり弱音を吐かない子なんだけどね……。でも、時々泣いてるって話も聞くんだ。だから君はモモカちゃんに優しくしてほしい。まっすぐで優しい子だが、きっと彼女は折れやすい。時には誰かに甘えたい時だってあるだろう」

「……」

「君はいつもの彼女を見た事があるかい?」


 “いつもの”というのはどういう意味だ。


「彼女は本当は凄く内気で根暗な子だ。いつも自信がなくてクヨクヨしてる。無口だし誰かに興味を示さない。母親が亡くなってからね、彼女の心は閉ざされていった」


 そんな風には見えなかったが……。


「でもね 気を許してる人の前では明るくなるんだ。君はきっとそうだ。今度見てみるといい。彼女が他の誰かと喋っているところを。キミと話している時がどれだけ楽しそうか、その目でわかるはずだ」


 休憩広場によく似合う、リラックスした落ち着いた口調で東山は語る。


「アンタは俺とアイツが話しているとこなんて見たことないはずだが……。なんでそんな風に言える」

「そりゃ言えるよ。だってあの神経質なモモカちゃんが、普通人を部屋にとめたりはしないさ」

「!?」

「キミはモモカちゃんに好かれた立派なボーイフレンドだよ。これまで看病してきたうちのスタッフすらも、懐かない人がたくさん居るってのに。羨ましいもんだね」


 東山、俺はただのアイツの”契約者”だ。    

 ボーイフレンドなんかじゃない……。


「……」

「コーヒー飲まないのかい?」

「あっ?」


 まずいこのままでは。


「あとで飲もうと思っていたところだ……」

「いいよ、かしな。開け方が分からないんだろ」


 まずい。

 俺は容器を東山に渡す。


「キミはきっとこの世界の人間じゃない」


 その言葉に唖然とした。

 なんだ……こいつ。


「何を言っている……」

「だからカンの開け方も分からないんだ」


 東山は容器のふた“カシャ”と音を鳴らして開る。

 そしてもう一度俺の方に渡してきた。


「第一、その耳が証拠だ」


 少し信頼していたがまさか敵か……。

 俺は病室から隠して持ち出した果物ナイフをポケットの中で握る。


「刃物か?やめておけ。ここの世界じゃ、そんな物でも持ち歩いただけで大騒ぎだぞ」

「なんだテメーは……」


 俺は椅子から立ち上がって東山を警戒する。


「安心しろ、別に僕は君の敵じゃない。寧ろ味方だ」


 淡々と冷静に話し続けるこの男は、今は不信感しかない……。


「僕は魔界の存在を知っている」

「なに!?」


「キミはきっと魔界から来たんだろう?」


 やはりコイツは……追手か。


「お前……まさか悪魔か!?」

「違うさ」

「なら魔界の人間か!」

「それも違う……」


 この男はデタラメを言っているのか……?

 少し混乱してきた。


「僕はこの世界で生まれ育った普通の人間さ」


 目の前の男はテーブルに両肘をつき、手を組みながら答えた。


「ならなぜ魔界のことを知っている!?」


 すると東山は、身につけている腕時計を確認し立ち上がる。


「ん?もうこんな時間か……。そろそろ行かないと、モモカちゃんとのデートの時間がなくなっちゃうね」

「おい、おちょくってんじゃねーぞ!!!なぜ知ってるかって聞いてんだ!!」


 そっぽを向いた東山に叫ぶ。


「聞くかい?と言ってもそんなに大した話じゃない。僕もそんなに情報を持っていないんだ」


 東山は白衣のポケットに手を突っ込んだまま、半身をこちらに向けながら語る。


「どういうことだ……」

「僕には昔、大事な女性の友人がいた。彼女は、魔界からやって来た人間だった」

「なんだと!?」

「でも今は居ない。君と同じようにこの世界のことを知らなかった。その人に缶コーヒーの開け方を教えたりもした。だから、さっきのはすごく懐かしかったんだ」


 東山は少し微笑む。


「なに笑ってやがる……」

「さぁ、もう行きなさい。これを君に貸す。この世界の通貨、1万円だ」


 東山はこの世界の紙幣であろうものを、俺に渡して来た。


「おい、話はまだ終わって……」

「このあと患者の手術が入っている。話はまた次に会った時にしよう。それから耳は魔法で隠しなさい。もう君は魔力が使えるはずだ」

「なに!?」


 すると東山は俺を置き去りにして、行ってしまった。


 いま魔法が使えると言ったか!?

 俺は魔力を手に集中させた。

 黒い魔導が光る。


 嘘だろ!?

 俺の魔力が戻っている!?

 いや正確に言えば魔界にいた時よりかは微弱だが。

 使えるようになっている。


 何者なんだヤツは……。

 今のところ危険という訳ではなさそうだが、完全に信用しきるのもどうだか……。


 俺は魔力を使って耳を人間の形に変えた。変えたというよりは周りからはそう見えるようになっているはずだ。


 時計を見る。

 9時15分だ──。


 病室にもどってモモカに外出許可が出たことを言わなければ。

 それから、この話の内容はモモカには今は黙っておこう。

 俺は急いで病室に戻った。



  ✳︎



 ガラッ。


 少し重い病室のドアを開け、中に入る。


「あっ、グーちゃんどこいってたの!!」

「東山のところに行ってただけだ」


 難なく、病室の丸椅子に腰掛け、ベッドに腰掛けていたモモカと向か合う。


「えっなんで!?」

「外出許可をもらってきた」

「えっ」

「外に出たがってただろ?」


 足を組み、窓の外の青空を見つめて言う。


 換気のために開けた、窓の小さな隙間から、心地よい外風が肌を撫でる。


「いいの?」

「東山本人から許可をもらった。だがお前が車椅子に乗ること、4時半までに帰ること、行くのはここ近辺だけという約束をしている。それなら外出してもいいそうだ」

「車椅子!?私乗ったことないから絶対うまく動かせないよ」


 モモカの表情は不安気ふあんげに曇る。


「俺が押してくんだよ……心配すんな」

「グーちゃんが押してくれるの!?いっ、いいよ!それなら外出は大丈夫……。なんか迷惑だし……」


 もしかして気使ってんのか?

 そりゃそうか。


「なぁ……俺に色々教えてくれるんじゃねーのか?」

「でも……なんか悪いよ」


 確かに、意外と引っ込み思案かもな。


「お前が嫌ならあんまり強引には誘わないが、

別に迷惑じゃないからな。普通に楽しめばいい。それだけだ」


「ほっホント?グーちゃんも楽しいかな……」


 なんだよそれ……。


「お前次第だろ」

「分かった。一緒に行きたい」


 ようやく乗ってくれたか。


「そうこなくっちゃなぁ」


 なんでだ。

 俺……楽しんでないか。


「グーちゃん。じゃ私着替えるから、ちょっと外出ててもらっていい?」

「あぁ。じゃ俺は車椅子とりにいってくる」

「分かった!じゃまたこの部屋で会お!」


 俺は1階にある貸し出し用の車椅子をとりに行った。

 車椅子を2階へ持ち運ぶのにエレベーターを使用する。

 エレベーターは魔界のモノと違ってすごく機械的な造りだ……。

 ボタンを押せば各階を移動できるみたいで

 本当にこの世界の機械技術は発展している。

 魔法がなくてもあまり不便に感じないかもな。


 俺は2階に戻り病室の前に戻ってしばらく待つ。


 2分ほど待っていると病室のドアが開いた。

 するとさっきの寝巻きとは別の服に着替えたモモカが出てきた。


「グーちゃん、お待たせ!」


 これはおそらく私服か。ベージュ色の服に青いスカートを履いている。着がえると気のせいか少しガキっぽさが消えるな……。


「久しぶりに着たんだけど……ど、どうかな!?」


 俺はまじまじとみてしまっていた。

 そしてハッとする。


「いや……わかんねーけど。いいんじゃねーの?」

「ほんと!? 」


 モモカが嬉しそうな顔をする。


「それじゃ……乗っていいぞ」

「う、うん」


 目の前でモモカがモジモジしてる。なんだよ、早く乗れよ……。


「あのっ、言いたいことがあるから車椅子に乗るのは玄関から出た外でもいいかな……」


よくわかんねーけどコイツのペースに合わせてやるか。


「別にいいぞ」

「うん。あっ、ねぇ車椅子、玄関まで私が運ぶ!」

「あ?いいって別に……。患者が車椅子押してたら色々ヤバいだろ」

「い、いいの。このくらいしなきゃ!」


 するとモモカが車椅子のグリップを握る。

 変なとこで気使うんだな。


「わっ、初めて持った」


 まぁ、好きにさせてやるか。

 俺とモモカは2階からエレベーターに乗る。


「そういえばグーちゃん、さっきもエレベーター乗ったの?」

「あぁ。他の奴が乗ってたから、利用していいもんだと思ってな」


 閉まるドアを眺めながら、モモカに返事する


「なんかおもしろいね!」

「なにがだよ……」

「ちゃんと乗れたんだね。偉いね!」

「ガキか俺は!」


 話をしてると、ロビーの出口前に来ていた。


「外で乗んのか? 」

「うん、なんかごめんね。わがままで……」

「別にいい……」


 俺とモモカは自動で開くドアを抜ける。


 外に出ると心地よい風に吹かれる。


 そして玄関を出て少し歩いたとこで立ち止まった。


「この辺でいいか?」


 辺りを見渡して、玄関前の少し広々とした場所で立ち止まる。


「うん」


 車椅子をモモカから受け取り、今度は俺がハンドルを握る。


「じゃ、乗っていいぞ」


 車椅子のハンドルを握ったまま、横に立ち尽くすモモカに声をかけるが、なにか緊張でもしてるように俯いたままだ。


 その数秒後、モモカは顔を上げ、隣の俺に語りかけ。


「あの……」

「どうした?」

「……」


 そういえばなんか言いたいことがあるとか言ってたな。


「き、今日はその……よろしくお願いします!」


 言うなりモモカは俺の目の前でお辞儀をした。

 なんだ。それが言いたかったのか。

 ここで変にかしこまった返事はしないほうがいい。多分コイツの不安を解くのはそういうのじゃないはずだ。


「まかせろ」


 しかしモモカは、少し硬い表情のままでいる。

 なんだよ。ここに来て緊張してんのか?


「ほら……乗っていいぞ」

「しっ、失礼します」


 モモカが車椅子に腰かけた。


 ……。

 すごく、背中と背もたれの間があいてる。


「なぁ、緊張してんのか?」

「すっ、する」

「もっと深く座っていいぞ」


 俺はモモカの肩を後ろに引っ張って背もたれをかけさせる。


「じゃ 行くぞ!」

「うん」


 ダダダダダダッ。


「えっ!?ちょっと!!きゃっ!!」


 俺は全力疾走で車椅子を押しながら走り出す。


「え!?グーちゃん!?」


 病院の敷地を出て丘になってる広い道を下る。


「どうした!?」

「これ!ちょっと早すぎない!?」

「え!?なに!?聞こえねーよ!」


 俺はさらに加速する。


「ねっ!グーちゃん!きゃっ!」


 俺は車椅子のパイプ部分に足を乗せ完全に足が地面と分離する。


 ダダダダダダっ。


 そのまま勢いよく坂道を下る。


「グーちゃんこれ!普通に怖いんだけど!!!」

「俺が操作するから安心しろ!!」

「ねぇ!!車椅子ってそういう乗り物じゃなの知ってるよね!!!」

「こっからだ!!」


 俺は手を後ろに伸ばし、魔導を噴射する。


 ビュン!!!

 ダダダダダダッ!!!!


「きゃっ!!?」


 車椅子はさらにスピードをあげた。


 ガタッ!


「ねぇ!今浮いた!!浮いたから!!」


 涙声になりかけたモモカが叫ぶ。


「おい!怖くないか!!?」

「怖いっていってるじゃん!!きゃっ!」


 俺とモモカの乗った車椅子は坂道を下り続ける。 

 気のせいか一瞬通りがかった人間が二度見してきたように見えたが、そんなことは気にせず進む。


「ねぇ!!今見られた!!しかも二度見された!」


 気のせいではないようだ。


「グーちゃん!これまずいって。私たち通報されちゃうって!!」


 モモカが後ろを振り返る。


 俺は少し驚いた。

 怒ってるかと思ったら、モモカの顔は少し笑っていた。

 怒りたいんだろうけど笑いを押さえきれていない。


「やめるかじゃぁ!!」

「もう少し!!!」

「お前乗り気じゃねーか!!」

「だってこんな経験もう絶対できないもん!!!」


 ダダダダダダッ。


 車椅子の勢いは止まらない。

 俺はさらに魔導を噴出し加速させる。


 ビュン。

 

「わぁぁぁー!!!!!」


 モモカの声は気がつくと悲鳴から楽しそうな叫びに変わっている。


「風気持ちいい!!」


ダダダダダダ。


「きゃぁっ、すごーい!!!!」


 俺たちは止まることなく丘を下った。


 俺はパイプから足をおろし再び車椅子を押す。今度はゆっくりだ。


「はぁ……」


 モモカが深呼吸してる。

 幸い坂道はそのあと誰もすれ違わなかった。

 確かにモモカの言う通りもう二度とできないかもなコレは。

 今日はたまたま人がいなかったからできただけだ。


「どうだった?」

「グーちゃんがあんなおバカさんだと思わなかった!!」

「お前も笑ってただろ」

「私は止めたもん!!でも面白かった!!」


 モモカのその声は、今までよりも楽しそうに感じた。


「そうか」

「でも最初普通に怖かったもん!怖いって言ったのに止めてくれくれなかった。グーちゃん酷い!!」

「でも止めて欲しいとは言ってなかっただろ」

「まぁね!はぁー、久々だよぉ……こんな爽快感を味わえたの!」


 久々か……。本当にそうなんだろうな。

 ずっとあの部屋から出られないんだもんな。


「緊張……解けてきたみたいだな」


 つい俺も楽しそうに言ってしまう。


「え!?あ……うん!」


 気がつけば、丘を下って街に出ていた。


「ここは繁華街か?」

「うん!わたし途中退院してる時に少しだけ来た!」

「へぇ」


 見渡すと色々な店が奥まで続いている。


「見たことねー店ばかりだ」

「グーちゃんはそうだよね」


 繁華街を歩き続けると、なにやら、一層賑やかで綺麗な建物が目に入る。


 見上げれば、何十メートルもある、その背高い建物。表面はガラス窓で覆われていて、壁には色とりどりの広告のようなモノが張り付けてある。


 この世界の文明を象徴するかのような、見るからに立派な建物だ。


「あれはなんだ」

「本屋さんだよ!」

「本屋って、もっと質素じゃねーのか……」


 俺は魔界の書店を思い出す。


「ここは、大きい本屋さんだからね!中古専門店とかだったらグーちゃんのイメージに近いお店もあるんじゃないかな。ほら、ファンタジー小説にでてくるような!」


 まぁ、俺にとってはこの文明の方が余程ファンタジーなんだがな。


「この世界の本屋には何が売ってるんだ?」

「本屋さん?えーっと普通に小説とか雑誌とか漫画とか?あと参考書とかも売ってる!」

「よくわからんが、色んなものが売っているんだな」

「入る!?」

「いや 今は別にいい。今度自分で来た時また探索する。お前の行きたい場所はないのか?」


 車椅子に乗るモモカを、後ろから少し覗き込み、様子を伺う。


 すると、モモカも少し後ろを向いて返事しようとする。


「うーん。行きたい場所っていわれると……ココっていうのは今は思いつかないかな。私は、ただお散歩できてるだけで楽しいから!中に入らなくても外から景色を眺めてるだけで十分楽しい!」

「そうなのか。まぁ、寄りたい場所があったら言えよ?」

「うん!」  

「なぁ、あれは服屋か?」


 店の中の様子が外からでも覗ける程、大きな窓ガラス。その奥には、セットアップのジャケットコーデや、リボンやフリルの付いた、少しガーリーなワンピースが展示されているのが見える。


 そのほかには、ハットやサングラスなど、服装に関するモノも小窓のショーケースから確認できる。


「そうだよ!」


 少し誇らしそうに、自慢げに答えるモモカ。


「どこの店も小綺麗だな」

「えへへ。そうだね!」

「あれは?」


 今度は、赤色で派手な塗装がされた建物を指差して言う。


「あそこはゲームセンターだよ!」

「ゲームセンター?」 


 建物の壁にはまた、派手な広告が貼ってあり、入り口からは、たくさんの人間が出入りしている。

 中から出てくる人間たちは、なにやら袋や荷物を抱えて、楽しそうな顔をしている。


「私はあんまり知らないけど、なんか色々遊べるの!」


 店の中の音楽が、通りすがる俺たちを引き込むかのように、賑やかに響き渡る。

 

「へぇ」


 俺は上から少しモモカの表情を盗み見た。

 瞳を輝かせながら、楽しそうにあちこちを見つめている。

 街に流れるたくさんの音は、モモカの心を躍らせているのだろうか。

 

 賑やかな街だな……。


「あの四角い建物は……」

「あれはコンビニだよ!色んな所にある便利なお店。食べ物も文房具も雑誌も色々売ってる。ほらあっちにもあるでしょ!?グーちゃんも絶対使うから覚えておいたほうがいいね!」

「なぁ、食べ物も売ってるんだろ?昼飯買いにちょっと行ってみないか。そろそろ腹減る時間だろ」


 街中に聳え立つ時計塔の針が11時30分を指しているのが目に入る。


「うん!行く!行きたい!!あっでも今私お金持ってない……」

「俺が払うからいい」

「グーちゃん、お金持ってたの!?」


 少し驚きながら、モモカが振り向く。


「東山に借りた金がある」

「いいの?グーちゃんが借りたお金でしょ?」

「いいんだよ……行こうぜ」


 俺たちはコンビニと呼ばれる建物に入る。

 車椅子でも入れるらしいがモモカがどうしても降りたいと言い出したので車椅子は外にたたんでおいておく。

 まぁ店のなかに入る時くらいはいいだろう。


「わぁーコンビニ久しぶり!すごーい!色々ある!」


 楽しそうでなによりだ。

 これパンか?色々種類があるな。


「ねーグーちゃん!このチョコパンすごい美味しそう!!あっでもこっちのサンドイッチも美味しそう!!」


 かなりはしゃいでる。まーそうか、モモカにとっては全てが久しぶりなんだからな。


「そうだな」


 つい笑ってしまった。

 誰かが楽しそうにしてると

 こっちも楽しくなってしまう。


 俺たちはサンドイッチと握り飯を買ってコンビニを後にした。

 買うときにモモカが「ほんとにいいの?」と言ってきたが、安心させるために「街の情報提供代」とでも言っておいた。


 俺はモモカを車椅子に再び乗せて街を抜ける。


「グーちゃん、ありがとう」


 車椅子に乗ってるモモカが振り返って言って来た。


「あぁ」


 モモカは前を向いて静かにしている。

 さっきまであんなにはしゃいでいたのに、どうしたんだ。


「おい、具合大丈夫か!?」

「う、うん大丈夫……」


 ……。


「なぁ本当に大丈……」


 そう言いかけたときだった。


 グスッ……グスッ。


 前から鼻をすする音が聞こえてくる。

 泣いてるのか!?


「おっ、おい!どうかしたか!?」


 すると モモカが振り返る。


「なんでもない、なんでもないの……」


 その瞳には涙が溢れそうな程に溜まっていた。


「なぁ、一回止まるか?」

「ううん、大丈夫」


 少し掠れた涙声でモモカが返事をした。

 一体どうしたんだ……。


「ごめん、こんなに楽しいの久しぶりだったから……。なんか涙が出てきちゃって。こんなつもりじゃなかったんだけど」


 ……。


「そうか」


 俺は何となく察した。

 やはり病院での生活は窮屈だったのだろう。

 俺たちはまた丘を少し上る。


「昼メシ、どこで食おうか」

「あっ確か、もう少し行ったところにベンチがあったはずだよ」

「詳しいんだな」

「一応地元だからね!まぁでも1、2回しか来たことないんだけど」


 話し歩いているうちに、高台まで歩いてきたようだ。

 さっきまで歩いてた繁華街が下にあり見渡せる。

 街のすぐ横には海が広がっていた。

 水面が陽光に照らされ、キラキラと輝いて見える。

 

 そしてモモカが言っていた通り、木でできたベンチもある。

 休憩にはもってこいの場所だった。

 俺はモモカを車椅子から下ろして、ベンチに座らせる。

 そして隣に腰掛けた。


 さっきコンビニで買ってきたサンドイッチと握りめしを袋から取り出しモモカに渡す。

 すると手を合わせて「いただきます」と言ってからサンドイッチの封を開けていた。


 パクッ。

 隣に座るモモカがサンドイッチを一口食べる。


「んー、美味しい!!」


 俺は隣で、その横顔を見てた。

 なんでも美味そうに食うんだよなホント。

 つい見てしまう……。


 俺もサンドイッチを口に頬張る。

 うん、確かに美味い。

 これがコンビニとやらの味。


「どおグーちゃん、サンドイッチ美味しい!?」

「あぁ」

「でしょ!!」


 覗き込んでくるモモカの顔はさっき泣いたとは思えなくらいに柔らかな笑顔だった。


「ここ、いい場所だよね。街と海が見渡せるの」

「そうだな」

「昔ね、お母さんとここに来たことがあるの」


 ……。


「その時もここでサンドイッチを食べたの。

コンビニのじゃなかったけど。うちでお母さんと一緒に作って持っていったの。その時、お母さんと食べたサンドイッチがすごく美味しくて……。それからこの場所が好きになっちゃって」

「そうか……」

「お母さん、優しくて大好きだった。私はお友達とか居なかったけど、お母さんと一緒に話している時はいつも楽しかった。一緒にテレビ見たり、お風呂に入ったり……。でもね、私が9歳の時に病気で亡くなったの」


 それ以上は聞いていいのか。

 俺はもう知っている。

 ある程度だが、東山にモモカの話を聞いた。


「そ、そうだったのか……」


 東山に聞いたことはなんとなく黙っておきたかった。

 東山の話の中に、モモカの口から言いたくないことも混じっているかもしれないからだ。

 

 もし気に触ることを言えば、きっと傷つけてしまう。

 誰だって知られたくないことの一つや二つはある。

 今モモカが話したいことだけを聞く方がいい。


「お母さんが亡くなってからいつも辛くて……毎日楽しいこともないし。ずっとひとりで寂しくて……。私はどうしてもお友達が欲しかった。一緒に楽しくお話してくれるお友達。でも、私こんなんだからお友達の作り方わからなくて。知らない人の前に立つと緊張しちゃって、うまく喋れなくなるし。でも、グーちゃんは平気だったの。だからグーちゃんがお友達になってくれるって言ってくれた時、本当に嬉しかったの。もう一人ぼっちじゃないって思えて」

「なぁ、きっとお前こと、母親も見守ってるさ」

「えへへ、そうかもね」


 モモカは俺に笑顔を作って応えてみせた。


「ねえグーちゃん、私グーちゃんと居られてすっごく楽しい……。グーちゃんは私と一緒に居て楽しい……?」

「まぁな」

「ホント!?えへへ。やっぱり契約してよかった」


 微笑むモモカ。

 これで重い話はひと段落といったとこか。


 そのあとモモカが「海見よ!」と言って高台の柵の前に行く。

 俺も隣で景色を眺めていた。


「きれい……」


 モモカが隣でそっと呟いた。


 さっき通った場所はあそことか、そんな話をしながら俺たちはずっと景色を眺めていた。

 

 そのあとモモカが今日は私にとって思い出の日になったとか、なんとか言っていた。


「グーちゃん。私の話聞いてくれてありがとう。自分の話こんなに真剣に聴いてくれた人いなかったな」


 俺はモモカの方を向いて黙って頷いた。


「私ね、グーちゃんともっと仲良くなりたい。だからね、色々グーちゃんのこと知りたいんだ」


 俺の話……?


「もしよかったらなんだけど……聞かせてほしいな。次はグーちゃんの話」


     


      ◇◆ 打ち解けたいこの想い──。



            【思い出の日 終】


─────────────────────

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る