#4・裏切りの代償

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「だから……」


 モモカは一呼吸おいて、まっすぐな眼差しで続けた。


「だから、私が裏切れば殺してくれていい!」

「……!?」


 次々と、衝撃的な言葉が飛び交い、悪魔の俺でさえも少し動揺する。


「グーちゃんが命がけだから、私も命をかけるの。だから私が命をかけない契約は、私の望んていたのとは少し違う」

「……」

「だから、さっきあんな風に言っちゃたのかな。ごめんね、全然怒ってるとかじゃないから」

「いや。こっちこそ安易に聞いて悪かった」


 俺は頭の後ろに手を回し、後ろ髪をクシャクシャ揉みながら言う。


 これがモモカの望んでる「友達」ってことなのか?

 俺は、今さら気がついた。

 モモカは俺が思っていたよりも遥かに度胸のある人間だった。


「分かった。お前が望むならそうしよう」

「ありがとう、グーちゃん」


 彼女は納得してくれたのか、柔らかな微笑みを見せる。


 不思議だ。

 彼女の見せるこの笑顔には、とんでもないほどの重みが詰まっている。

 俺はその笑顔の意味を知らなかった。

 これからは、もう少し優しく接してもいいかもしれない。


「まっ、なんか湿っぽくなったが、それじゃ改めてよろしくってことだ……」

「あれ……ちょっと雰囲気変わった!?」

「何がだよ……」

「なんでもなーい」


 すると彼女は、ゆっくりと此方こちらに手を差し出す。


「私こそ……よろしくね!」


 モモカは笑みを浮かべながら、少し照れ臭そうにそう言った。

 俺は、差し出された彼女の手を握る。

 

 その瞬間だった。

 俺の脳内に何かが駆け巡る──。


 暗い部屋に電流が流れる様に赤い線が走る。

 目に見えているわけでは無いが、脳裏に焼きつく鮮明な光景。


 一体なんだ……コレは。


 ドクッ。

 心臓が震える様に大きく揺れる感覚。

 目眩めまいも重なり、視界がぼやける。

 重力で押し潰されそうになる感覚が全身に襲いかかり、冷や汗が垂れた。


 触れた事の無い未知の感覚に、恐怖し圧倒される。

 時間が過ぎる感覚すらも忘れる程に──。


 気がつくと、俺はただ握り合った手を見つめていた。


「えへへ 。結構握るね……」


 モモカの声で我に帰る。

 視線の先。

 モモカは恥ずかしそうに俺の目を見ていた。


「わっ、悪るい……」


 俺は咄嗟とっさに手を放した。

 訳も分からない感覚にとらわれ、ついそのまま彼女の手を握り締めていた。

 悪気は無いので許して欲しい……。


「うっ、うん。別に良いんだけど……どうかしたのかなぁって」


 するとモモカは、不思議そうに問いかける。


「いや、何でも無い……」

「そっか。何か少し具合悪そうに見えたから」

「平気だ」


 先程の現象はよく分からないが、今モモカを心配させるのは良くない。

 平常を装い、話題を終わらせる。


「あっ、グーちゃん今日行く所無いでしょ?」

「え?」

「今日はとりあえず、ココに泊まろうよ!」


 しかし……。

 モモカが楽しそうに話しかけてくれるが、先程の事象が思考をさえぎり、話が頭に入ってこない。


「あっ、あぁ……」

「わーい、それじゃ 夜更かしパーティだね!」


 いや、一回忘れよう。考えても仕方がない。


「そうだ、とりあえず一緒に何かテレビ見よ!今日は確か、この後の番組で小峠出るんだよ」

「なぁ、テレビってなんだ!?」


 俺たちの契約は始まった──。



 ✳︎



 ちゅんちゅん。


 気が付くと、穏やかな鳥のさえずりが耳に入る。

 もしかして朝──。


 鳥たちの奏でる音色は、何故か心が安らぐ。

 もう一度布団にくるまって熟睡したい程に。


 この世界に来て目を覚ますのはもう二度目。

 散々な一日を遂げて、俺はようやくこの和やかな朝に辿たどり着いた。

 

 魔界に居た時では考えられない平和な朝だ。

 こんなにゆっくりと寝たのは、何時いつ以来だろうか。


 久々に身体がしっかりと休まった感覚。

 もしかして本当は、奴隷であったのは魔界にいた時の自分なのかもしれない……。

 俺は彼女に……モモカに助けられたのか。

 

 そうだ。昨日は病室に泊まったのだった。


「スゥ……スゥ」


 すると、隣で寝息が聞こえる事に気が付く。

 

 俺は真横を見た。

 何故かモモカが横で寝ている……。


「なっ、なんで!?」


 思わず叫んでしまった。

 昨日は補助ベッドを使って寝た筈なのに。

 俺は何で、モモカのベッドにいるんだ。


 直様すぐさま、起き上がって状況を確認する。

 いや、よく見たら俺は補助ベッドの上だ。

 そしてモモカは床で寝ている。


 どういうことだ……。


 まさか、夜中にベッドから落ちたのか!? 

 だとしたら寝相悪すぎだろ……。


「スゥ……スゥ」


 何食わぬ顔で寝てやがる……。


「おい、起きろ。そんなとこで寝てると風邪引くぞ」


 俺は床で寝てるモモカに言う。


「んぅ……」


 はぁ、色々焦ったぜ。

 時計を見ると、時刻は7時半……。

 こんな朝から、一々ビックリさせないでくれ。

 

「ぅぅん?なんか……冷たい?」


 そりゃそうだろな。床で寝てんだからな。

 はぁ……歯磨いてくるか。

 床で寝てるモモカをほっといて洗面室に行く。


 シャカシャカシャカシャカ。

 俺は歯を磨きながら、昨日の夜を思い出す。


 そういや昨日は夜2時くらいまで起きてたんだっけか。

 もともと、夜行性の悪魔にとっては起きているのが普通の時間だが……昨日は色々ありすぎて2時にはもう寝てしまった。


 モモカとバラエティ番組とかいうのを見ていた。

 半分寝かかっていたからほとんど覚えていないが。

 しかしこの世界の技術はすごいな。

 あのテレビとかいう機械には驚いた…。

 そしてこの世界のコメディアンはなかなかに中毒性がある。

 特にモモカの一押し小峠の笑いは俺にも響いた。

 なんて日だ……。

 なかなかクセになる言葉だ。


 ガラッ

 ドアを開けて、俺は病室に戻る。

 すると、まだモモカが床で寝ていた……。

 なんて朝だ……。


「おい」

「ぅん?」


 半目を開き、首を傾けるモモカ。


「いつまでそこで寝てんだよ。せめて寝るならベッドに戻れ」

「もぉ……いいじゃん別にぃ……」


 今にも寝かかりそうな声で答えるが、またうずくまるように、首を傾ける。

 

「よくねーんだよ!また従業員に、俺がなんか言われんだろが!!つか、この光景異様なんだよ!」


 すると、諦めたように、目を開く。


「ふあぁ……」


 呑気なあくびをしながら、ようやくモモカが体を起こし背伸びする。


「おはようグーちゃん」


 腕で目を擦りながら、まだ眠気の残る力の抜けた声で挨拶する。


「顔洗ってこいよ。ついでに歯磨きもな」


 俺は病室のカーテンを開けながら、振り向いて言った。


「なんかさぁ……グーちゃんお母さんみたい」

「意味わかんねーこと言ってねーで、早く行ってこい」

「はーい!」


 俺は補助ベッドをベッドの下に片付ける。

 お母さん?あいつ今そう言ったか?

 まて……そういえばこいつの母親はどこにいるんだ!?

 いや……それも気になるとこだがそんなことより自分の心配だ。


 この後どうする。

 とにかく住居探しをしなければならない……。

 あとは生活資金……。

 働きどころを見つけなくちゃな。

 まぁとにかく、この街を歩いてみるか。

 人間の世界のことも知らなくちゃいけない……。


 ガラッ。

 そうこう考えてるうちに、モモカが戻ってきた。


「ねぇ!今日一緒にどっか出かけようよ」


 いきなり何言ってんだこいつは……。


「馬鹿か。今日は無理に決まってんだろ。また昨日みたいに体調悪くしてもらったら困るんだよ」

「えぇ……せっかくこの街のこと教えてあげようと思ったのに……」


 俺はそれに反応する。

 

 確かにそれは俺にとっても都合が良い。

 だが発作が起きたのはつい昨日の話だ。

 無理に外出させるのは危険だ。

 それにこいつがいくら望もうが病院側がそれを許さないはずだ。


「……」


『僕はあの子が望むのであればそうさせてあげたい』


 いやあの男は逆だったか。

 俺もできればモモカにやりたい事をさせてやりたい。


「分かった。今日はここに居る……」


 モモカが少し落ち込んだ表情をする。

 俺は話題を見つけるためにテレビとやらをつけた。

 なにか面白いモノがやってれば、励ますことも出来るだろう。


 ポチッ。


 なんだこれは、天気の情報か?


『そろそろ梅雨の時期ですね』

『明日以降は傘を持ち歩きましょう』


 明日から雨のマークが連続して続いている……。

 後ろを振り返るとモモカがむっとした表情をしていた。


 そんな顔されてもなぁ……。

 晴れは今日が最後か。

 あと数日は雨が続く……。


 その時、ガラリとドアが開く。


「おはようございます!朝食をお持ちしましたよ」


 業務員か。

 いいタイミングだな。


「ありがとうございます」


 俺は部屋を出て行こうとする。


「えっ?グーちゃんどっか行くの!?」

「ちょっとな……。お前は飯食ってろ」


 ガラッ。


 俺は静かにドアを閉めた。

 部屋を出て2階にある受付のような場所に行く。

 俺はそこで業務員にあの男と話ができるかを聞いた。

 すると許可を貰い、しばらくするとあの男が歩いてきた。


「やぁ……おはよう。どうかしたのかい?」

「東山とか言ったな。ガキを外へ連れ出すと言ったら止めるか?」

「モモカちゃんをかい?うーん……」


 東山は腕を組み、下を向いたまま考え込む。


「もしかしてモモカちゃんが外に出たいって言ってたのかい?」

「あぁ」

「昨日の今日だ。僕の立場上モモカちゃんを外に出させるわけにはいかない。少なくとも、あと3日は安静にしてほしい。しかもその3日間なにも起こらなければ検討したいところだ」


 少し困った顔をしながら東山は俺を見つめる。


「あのガキは1年も生きない。その間好きにさせてやりたいって言ったのはアンタだ」

「分かっている。君もそう言うと思った。今君が焦っているのはこの先ずっと雨が続くからだろう?」


 察しが良くて助かる。この男もモモカのことを気にかけているみたいだ。


「そうだ。明日以降は嫌でも安静になる」

「分かったよ。元々、君に色々言い出したのは僕の方だからね。だが条件つきだ。それでもいいかい?」

「なんだ」


 条件を受け入れてでも、事は実行すべきだ。


「外出は車椅子でだ。そして夕方の4時半には病院へ戻ること。何かあった時にすぐに病院へ戻れるように出歩くのはここ近辺だけ。モモカちゃんが嫌と言えばこの件は無しだ」

「分かった……。それでいい」

「キミと思いでを作れてあの子もきっと嬉しいだろう」

「やめろ。元々そんな仲じゃねぇ……」


 俺は後ろを向き病室へ戻ろうとする。


「……もう戻るのかい?」

「あぁ。10時ごろにはアイツと出かけようとおもってる」


 俺はモモカの病室に戻ろうとする。


「それじゃまだ少し時間があるね?」

「あぁ?」

 

 しかし、東山は呼び止めた。

 何用だと、仕方なく振り返る。


「昨日の続き、聞きたいだろう?」



 彼女の過去それは、ここから始まる物語のプロローグだった──。




     ◇◆ 東山が語るモモカの真実──。


            【裏切りの代償 終】


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