#2・その少女

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「あのもしかして 本物の悪魔さんだったりするんですか!?」


 その時、子供が思わぬ言葉を掛けてきた。

 気付かれた!?

 俺が魔王軍の使者だと分かれば、捉えられて処罰される。

 少し油断していたが、とてもまずい状況だ。


 どうする……このガキは今ここで殺るか?

 といっても、魔力が使えない今の俺には無理だ。

 そうなると、ここは逃げ切るしか……。


「いや、違いますけど」


 俺はその言葉だけ言い放ち、先をスタスタ歩く。


 スタスタスタスタ。

 トコトコトコ。


 小走りになり、遠ざけているのに、後ろから子供がついてくる。


 スタスタスタスタスタスタ!

 トコトコトコトコ。


 いつまでついてくんだよ!!


「あのっ、ホントに身体もう大丈夫なんですか!?」


 後ろから何か声が聞こえるが、無視。

 その時だった。


 グゥ〜〜〜。


 腹が鳴った。


「あっ、お腹すきましたよね!?もうお昼ですもんね。よかったらウチでごはん食べて行きませんか!?簡単なものだったら私作れるんでご馳走しますよ!!」


 いや……諦めろよ。


「お前さぁ」


 振り向くと、ため息混じりの声が出る。

 すると、子供がキョトンとした顔をして、立ち止まる。


「そんなについて来ると、イタズラしちゃうぞぉー!?」

「えぇ、ホント!?イタズラされたーい!!」


 ウザ……。

 だめだこりゃ。


「あのさぁ」


 それは、自分でも驚くほど、呆れた声だった。


「バカなこと言ってないで早く家帰ったら?」


 目の前のガキにそう言って、俺は再び歩き出す。

 今度は追いつかれないように、素早く石壁の角を曲がる。


「ちょっとまって!!」


 後ろから声が聞こえたが、全速力で逃げだす。

 俺は、ただひたすらに無意識に足を動かし続けた。

 すると、通りがかる人間達が走る俺を物珍しげに見てくる事に気づく……。


 やはり俺の正体はバレているのか?

 いや さっきの男達には気付かれてはいないみたいだったが……服装に問題があるのか?


 そんな事を考えている内に、広場のようのな場所に出る。

 よく見渡せば、ベンチやブランコといった遊具や休憩スペースもある。

 広場の入り口の前に看板があるが、文字が全く読めない……。

 やはり、魔界とは全く別の文明のようだ。


 俺は、近くに人間が居ないか警戒して広場に足を踏み入れた。


 だいぶあの子供から離れただろうか。

 まぁいい、ここで休憩していくか。

 昨日から色々ありすぎて、流石に疲労が重なっている。


 俺はピンク色の石でできたステージに腰掛けた。

 そして、上空を見上げ、ただ呑気のんきに流れゆく雲を見つめる。

 そうだ、ここに来て驚いたのは、この世界は空が青い。

 最初は違和感があったが、よく見ると綺麗なもんだ。


 気候も温暖で落ち着いているし、風も心地よい。

 そんな事を考えながら、後ろに手を伸ばし、伸びをする。


 しかし、分からないことがいくつかある。

 この世界が本当に裏世界と呼ばれる場所なのか。

 そして 俺を襲い、転移の鍵を持ったまま異次元空間に吸い込まれた女は、あの後どうなったのか。


 どちらにせよ、俺にはもう帰る場所が無いのだから気にしても仕方がないが。


 でも万が一だ。万が一何かあった時のために、あの女の行方は知ってはおきたいところだ……。


 

 青い空を見上げながら、想いにふける。

 昨日と今日の疲れが溜まっていたのか、気づくとウトウトと俯き、寝かかっていた。


 もう何も考えたくない。

 逃げることも、戦うことも。

 なぜなら俺はもう悪魔失格だから。

 この世界で人間どもと共存できるなら居座らせてほしい。

 もう俺を自由にさせてくれ。


「こんなところにいたんですね」


 すると頭の上から声がした。

 聞き覚えのある声。

 なんだ一体……。


 顔を上げると、さっきの子供が目の前に立っている。

 それは、とてもじゃないが、信じがたい光景だ。

 まだ追ってきていたのか。

 さっき別れてから、大分経ってるっていうのに……。

 

 なんせこっちも命がかかってるから、人間と

必要以上に馴れ合う訳にはいかないんだ。


「もう勘弁してくれよ……」


 呆れ切った声で俺は言う。


「どうしてもお礼がしたくって……」


 すると子供は落ち着いた声色で、そっと語りかけて来た。


「お礼?」

「私を、助けてくれようとしたじゃないですか」


 なんだそれは……。


「いや、別にそんなことしてねーよ。っていうか俺も一緒にボコボコにされてたの、見えてなかったのかよ?お礼もなにも、ねーだろが」

「でも、気持ちが嬉しかったんです!おにぎり作ってきたんで一緒に食べましょ!」

 

 何故か子供はバスケットを持ち運んで来た。

 そして、そのバスケットのフタを開ける。

 中からふんわりと美味しそうな米の匂いがした。


 グゥーーーー。


 また腹の音がなる。


「ふふっ、やっぱりお腹空いてたんですね!どうぞどうぞ!」


 中を覗くと「握り飯」らしきものがたくさん入っていた。

 もう腹に限界が来てる。

 俺は誘惑に負けて1つ聞くことにした。


「あの……毒とか入ってない?」

「え?」


 すると子供は目をキョトンとさせた。

 よし何も入ってなさそうだな。

 頂くとするか。

 

 俺はバスケットの握り飯を一つ取り、飢えた口の中に放り込む。

 パクッ。


「実はー、この中のどれかに毒入りのおにぎりが入ってまーす」

「え!?」


 ウソだろ?罠か!!


「それを選んじゃうと〜」


 なに……!?


「って、ウソでーす!毒なんて入ってませーん!えへへ、今の反応面白かったですねっ」


 ……。

 俺はもう腹が減って限界だった。


「じゃー私も食べようかな!」


 すると、子供が俺の隣に座って食べ始めた。

 頰を少し膨らませながら、『食べないのか?』と言わんばかりに俺の方を見てくる。


 俺は生唾なまつばを飲み込んだ。

 どうやら毒は入ってないみたいだ。


 俺は再度、握り飯を口に入れ込む。

 すると、優しい食感が口の中に広がる。

 そして味付けされた、ほのかな塩の味が甘さと混ざり、絶妙な旨味を引き立てる……。

 そして舌から体全身に染み渡る。


 涙が出そうだ。


 ここ数日、何も食っていなかったから、体が快感に浸っている。

 もう今の俺には、目の前の米は高級な御馳走でしかない。


 こんなに美味い握り飯は初めて食べた気がする。


 スンッ。

 俺は溢れ出そうになる涙を堪え、鼻をすする。

 それを横で見てた子供が心配そうに言う。


「どっ、どうかしたんですか?もしかして、お口に合いませんでした?」

「いや……違う」


 俺は言葉に詰まったが、とりあえずこれだけは言っておこうと思った。


「凄く美味いよ……コレ」

「ホッ ホントですか!?」


 すると子供が嬉しそうに俺の顔を覗き込んできた。

 可愛らしい笑顔でこっちを見てきたので俺は少し戸惑う。

 いや、よく考えろ。相手は人間だぞ……。


「よかったら、たくさん食べてくださいね!」


 俺は遠慮なく握り飯を食べた。

 さっきまでのメチャクチャな時間が頭をよぎりこの平和な時間をしみじみと感じる。


 平和。

 そうだ。今俺は平和だ。


 そして気がつけば、俺と子供は近くのベンチに移動し腰掛けていた。

 木漏れ日の暖かい日差しの中、黄昏ている。

 何故だろうか。

 隣に人間がいるというのに俺は気を許していた。

 

「あの私、知ってるんですよ?あなたのお耳 、それって付け耳じゃないですよね?」

 

 不意に子供が沈黙を切り出した。

 こいつもしかして俺が寝てる間に、色々見ていたのか!?


「きっと本物の悪魔さんですよね!?」


 そして、さっきから引っかかっていた一言に問う。


「お前の言うその『本物』っていうのはどういう意味だ?」

「えっ!?だって本物だったら凄いじゃないですか!!」


 本物が凄い……。

 一体どう解釈するべきか。

 まさか、悪魔を見たことがないのか?


「本物の悪魔だったらどうする?」

「えっと…もう感動ですよ!!」


 どういうことだ一体……。


「お前悪魔のこと好きなのか?」

「悪魔が好きっていうか!ファンタジーの世界ってなんか憧れちゃうじゃないですか!魔法の世界とか ホントにあったらいいなーなんて……。私も魔法とか使ってみたいなーなんて」


 ちょっとまて。

 今、ファンタジーと言ったか?

 魔法も悪魔もか?


 この世界では空想のものということか?

 そういうことならさっきまでの、このガキが言っている事に納得がいく。


 しかし『悪魔や魔法』が架空のこの世界で、このガキには俺の正体がバレかかっている。

 どうする……ここで仕留めるか?

 いや、もっと有益な使い方をするべきだろうか。


 さっき、このガキはファンタジーと言ったがそれを逆手にすれば、上手く利用できないだろうか。

 例え相手が人間であろうが、ガキは馬鹿な生き物だからな。


「おいガキ、よく聞け。俺の正体が知りたいか?」

「え!教えてくれるの!!」


 ほーら馬鹿丸出しだ。


「あぁ。だがもし教えれば、お前と俺との闇の取引……そうだ、契約が始まる。その契約の内容も俺の正体を明かした後にしか教えられない。もしお前が俺の正体を明かしたあとに契約を破ればお前は命を落とす」

「うん!うん!」


 少しは動揺しろよ。

 本当に分かってんのか、このガキは……。


「どうだクソガキ。俺と『闇の取引』をしないか?」

「うーん、もうひとつほしいかなぁ……」


 は?


「あなたの正体が知れること以外に、もうひとつほしい。だって私は契約の内容もまだ分からないし命を賭けてるわけだから、なんかもう1つくらいあってもいいよね!?」


 このガキ……。

 だいぶませてやがる。


 つっても契約するのに魔法を使っている訳じゃ無い。

 やってることはただのゴッコ遊びだ。

 俺にとっては重要なことではあるが……。

 

 しかし、ここで逃したらまずいのは分かる。

 条件を上乗せされるのは面倒であるが、なにか適当を言って、誤魔化せばいい……。


「分かった。何が欲しい?」

「うーん……。私もあなたと同じ。契約した後に用件を言う!」


 このガキ、舐めた事を言う。

 

「それはダメだ。先に要件を言え」

「えー……」


 何考えてやがるコイツ。

 こっちは遊びでやってるんじゃねーんだぞ……。


「だって今言ったら恥ずかしいんだもん」


 なんだと!?

 もう、面倒だ。

 それに俺も考え過ぎだった。

 こんなガキ相手に翻弄されて、時間の無駄もいい所だ。

 

 何か面倒な条件だったとしても適当に聞き流せばいい。

 こちらの用件を押し付けられればそれでいいのだから。


「ちっ、わかった。それでいい。ただし1つだけだ。あまり大きすぎる願いやこちらに支障のでるものはその時点で拒否し無効とする。これでいいか?」

「じゃーこっちも確認させて!?」


 いい加減にしろ。

 なんだってんだこのガキは……。


「支障がなければあなたは必ず私のお願いを聞き入れること。もし出来ないのであればその時点で取引は無効となる」


 めんどくせーガキだな……。


「私は契約したら命をかけるんだからこれで対等よ!」


 にししとガキが笑う。

 コイツ、なにか……本気だ。

 本当に何考えてやがる!?


 ふっ、いやそれでいい。

 そのくらい真剣に考えてもらわないと俺が最終的に不利だ。

 

 この契約は、ただの遊びでやられては困るんだ。


 だが少し違和感がある……。

 このガキ、予想以上に本気で食いついている。


「いいだろう、契約開始だ」

「わーやったー!!」


 ガキは両手をあわせ、嬉しそうな顔をする。


「さっ、まずはあなたの正体を教えて!!」


 いくぞ。


「オレは……魔界から来た」

「うそっ!!魔界って漫画とかにでてくるような!?」


 瞬発的にガキの声のボリュームがあがり、何故か興味津々に食いついてきた。


「ちょっ、シー!声大きいって……」

「あっ、ごめんごめん」


 そして楽しそうに謝って来る……。


「魔界からきた……」

「魔界から来た!?」

「おまえが言うところの、本物の悪魔だ」

「……」


 あれ……思ってた反応がない。


 ガキはおれの方を見つめている。

 無言で。軽い放心状態だ。


「おい、怖くなったのか知らねーけど、今更尻尾巻いて逃げれねーからな」

「あ……うん 、続けて」


 なんだか様子が変だ。

 さっきまでのテンションはどこいっちまったんだ。


「俺は訳あって魔界へ帰ることができない。

その間しばらくこの人間の世界に居座ることを決めた。だが、この世界は俺のいた世界と180度違う。モノも食事も建物も生活もルールも。そしてここからが契約内容だ。よく聞け」

「うん……」

「俺にこの世界のことを教えろ。俺がこの世界で生きていくにはどうしたらいいかを……。

そして絶対に俺の正体を他の人間には言うな。もし言えばさっき言ったとおりお前の命はない。」

「……」


 またも、無言で返事が無い。

 ただなぜかガキの目が輝いているようにみえた。


「おい聞いてんのか!?」

「うん。きいてるよ」


 ちっ。どうもやりにくい。


「次はお前の番だ。お前の欲しいものはなんだ」


 来る。ガキの欲しいもの。


「うん。私は欲しいものっていうより。

あなたに支障のない願いだったら何でもいいんだよね……」


 ある程度なら覚悟はできてる。

 来い。


「それじゃぁ……」


 ……。


「私とお友達になってください!!」


 は?

 俺は動揺を隠せないでいる。

 なんだ……それ……。

 それが欲しい“願い“?


「いや、え?」


 俺は聞き返してしまう。


「だめ……かな!?」


 いや……。

 これは予想して無かった。

 悪い意味で。

 つか人間と友達って……。


 突拍子もない状況を目前にすると、ただただ頭の中が白く染まる。


 俺は変な夢でも見ているのだろうか……。


 そして、ガキの方をみる。

 どうしてもという顔をしている。


 友達……?

 俺と友達になる事が願い?


 まさか冗談だよな。


 その時だった。


「私……うっ ゴホっ ゴホッゴホッ」


 ガキが咳をしだした。


「はぁ はぁ はぁ 」

「おい、どうした?」


 なぜか、発作を起こしている。


 いや、思い返せばさっきも咳をしていた。


「おい?しっかりしろ!」

「ごほっごほっ」


 バタっ。

 ガキはベンチに倒れてた。


「くそっ。医者はどこだ!」

「……はぁ はぁ」


 喋れる状態じゃない……。


「ちぃ」


 俺はガキをおぶって 広場を後にした。

 小走りになって何故か医者をさがす。


 だがこの世界の医者がどんな格好をしているかがわからないし文字も読めない。

 どうやって探せば。


「おい!生きてるか!?」


 コク。


 後ろでガキが首を下に傾ける。

 意識はあるみたいだ。

 このままじゃどうしようもない。

 歩いている人間に聞くしかねー。


 おれは前を歩いていた男に話しかける。


「おい!医者を探してる!どこだ!?」

「ひっ?医者?この先まっすぐ行った所に病院があるよ。白い建物だ」

「あっちか!」


 再び走り出す。

 俺は後ろのガキにもう一度呼びかける。


「おい。大丈夫か!!」


 顔が下に傾く。


「はぁはぁ ごめん……ね。せっかく契約したのに……」

「うるせぇ!余計な事喋んな」


 俺は必死な思いで走っていた。

 今コイツに死なれちゃ都合が悪い……。


 見えた。あれだ。

 白い建物。

 合っているは分からないが俺は急いで建物の入り口に飛び込む。

 中に入り白い服の業務員に話しかける。


「おい!?ここは病院か?」

「はっはい?そうですが……」

「おいコイツをどうにかしろ!発作がおさまらねーんだよ」


 最初は不審な目で見ていた業務員だが訳を話すと目の色を変えた。


「分かりました! こちらにお嬢さんをねかせてください」


 車がついてるベッドにガキを寝かせる。

 息はあるみたいだが気絶していた。

 ガラガラガラガラ。

 ガキは検査室とやらに運ばれていった。


 はぁ……。

 ひと段落はついたって感じか。


 俺は長椅子に腰掛ける。

 なぜか落ち着かない。

 心配してるのか?あのガキのことを……。

 いやそりゃ心配だろ。

 あのガキに死なれちゃ俺の計画は台無しだ。


 椅子に座りそわそわしてる俺に誰かが近づいてきた。


「あなたがモモカちゃんを連れてきてくれたんですね。ありがとうございます。」


 前を見ると白い服を着た男が立っている。


「誰だ」


「私はここの医院長。東山と言います」


どうやらここの偉い医者みたいだな。


「モモカ?あのガキのことか!?」


「ええ。モモカちゃんはウチの患者さんなんですよ。入院してるんです。ですが今は3日間の途中退院で病院を離れていたんです」


「おいアイツのこと知ってるんだな。あれは病気か!?」


「えぇ ウイルス肝炎からなる肺がんです。しかも原因は不明」


「肺がん?それはまずい病気なのか?」


「あなたはモモカちゃんのお友達ですか?」


「なに?」


 その瞬間あの言葉が俺の脳裏をよぎる。


『私と……お友達になってください!』


 ちっ。

 話を進めるためだ。


「まぁ、そんなとこだ。」


「聞きたいですか?モモカちゃんの現状について?」


「どういう意味だ」


「いえ、寧ろ大切なお友達なら聞いておいてほしいんです。僕は医者としてどうしても伝えたい。あの子の大切なお友達であるあなたに」


「あぁ……?」


「モモカちゃんは……あと一年も生きれないでしょう」


「なんだと!?」


「ガンの促進は今も続いているんです。侵食しているガンのウイルスは未発見に分類されるもの。現在ワクチンは無く、直す方法も見つかってないんです」


「おい……そのことをあのガキは知っているのか!?」


「病気のことは知ってますが。寿命の話は知りませんよ。でも色々察する子でね。途中退院をしたいって言ってきたのは、モモカちゃんの方からなんですよ。だから僕はモモカちゃんが望むのであれば、そうさせてあげたかった……。少しでも元気な内に病院なんかじゃなく普通の生活を送って欲しくて。なんせあの子はほとんど外に出たことがないから。だから僕を恨むなら恨んでくれていい。でもこれだけは君に伝えたい。どうか……最後までモモカちゃんの側にいてほしい」


 俺は何て返せばいいか分からなかった。

 たかが人間の寿命のことなんて知ったこっちゃない。

 そう思っているはずなのに……なぜだか心が苦しい。


 そのあと、東山という男と別れた。


「また君とお話しする機会を設けたい。

まだ彼女のことで話しておかなければいけないことがいくつくかあるんだ」


 そう最後に言って医者の仕事に戻っていった。

 言いたいことがあるなら今話せとでも言いたかったが……。何故だろう。

 

 今はこれ以上あのガキの話を聞いていられなかった。


 椅子に座ったまま数時間が過ぎた。


 窓からさしかかった夕日が、床にをオレンジ色に染める。


 気づけばもう夕方か……。


 その時だった。

 業務員の女が俯いている俺に話しかけてきた。


「あのモモカちゃんのご友人さんですよね?モモカちゃんの状態が少し落ち着きました。意識も取り戻して 今お部屋のベッドにいますよ」


「そうか」


 俺は少しホッとしていた。

 でももうたくさんだ。

 いずれ死ぬ病人のことなど考えたくない。


 契約は中止だ。

 この世界で生き抜くのは大変だが別の方法を考えるしかない。

 

 あのガキは都合が良すぎたがもう俺は構えない。

 そんな気分じゃない。


 俺は席を立ち病院を去ろうとする。


「あの、モモカちゃんが病室に来て欲しいって言ってましたよ!」


「!?」


 立ち止まってしまった。


『どうか最後までモモカちゃんの側にいてほしい……』


 さっきの医者の言葉が浮ぶ。


 いや……俺は世話係じゃねーんだぞ。


「あの、お時間があれば是非行ってあげてください。あの子があんなに必死になって誰かを呼んでるの、初めてみたものですから……」


 ……。


 ちぃ。


「場所を教えろ!」

「202号室です。鍵はあいてますから!」


 オレは駆け出していた。

 その部屋に行けばきっと答えが見つかる。

 いまはどうしていいかわからないんだ。

 文字は読めないが数字は読める。


 階段を駆け上がる。

 202……どこだ。


 二階の広間を抜け廊下に出る。


 201……202……。ここか。


 俺は数字の立て札を見つける。

 そして引き戸のドアノブに手をかけた。


 ガラッ。

 俺は立ち止まった。


 ドアを開けると、そこには幻想的な光景が広がっていた。


 白いベッドに座った少女が窓からさしかかった夕日に照らされている。


 そして少女はこちらを向き微笑んだ。


 ここから、俺と彼女の人生を賭けた契約が始まる──。




    ◇◆ 少女と悪魔。

           物語は動き出す──。


              【その少女 終】


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