#1・青い空の見える世界

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 灯りが無ければ、前すらも見えない程の漆黒。


 真冬の様に、つめたい冷気が漂う“この場所”は、死後の世界かと錯覚するほど、どこまでも闇である。


 ランタンを照らしながら、石や雑草だらけの足場の悪い道をただひたすらに進む。

 

 そして一歩踏み出す度に、ミシミシと小枝を踏む音だけが響きわたっていた。


 ここは魔界の西側に位置する『黒の森』。

 黒いマントを被った“悪魔の行列”が、森の奥へと突き進んでいる。

 その数は十数。

 そして列の2番目を、ただひたすらに、歩き続けた──。


 俺もまた……1匹の悪魔。


 戦争でもしに行く様に、張り詰めた空気を醸し出すこの行列は、一体何処へ向かうのだろうか……。


 何処ってそりゃ、場所なんか明確でなくても、戦争だろ。


 比喩でも何でもない。

 戦争は戦争だ。


 誰かを殺して、誰かに殺される。

  

 そして誰かに讃えられ、誰かに恨まれ、誰かに悲しまれる。


 それが戦争だ。


 いや、最後は違うか。


 俺が死んだとして、悲しんでくれる奴なんて、居ないのだから……。


 もう何日目だろうか。


 こんな暗い森の中を、言われるがままに、のそのそとほっつき歩いて。


 時折、腹が減ったのを思い出しながら、次にありつける飯のことを考える。


 あぁ……塩と胡椒をきかけせた、肉が食いたい。


 それから、パンも、米も。


 噛み締めると、脂や糖が口の中に広がり、食に満たされてる、あの感覚をもう一度味わいたい。

 しかし、それは一体いつになることやら。


 なぁ、今日俺、死ぬのかな……。

 

「ここか……」


 すると突然、先頭を歩く一匹の悪魔が立ち止まった。


 俺の目の前の悪魔こそ、今回の集団任務を監督する、1番偉い“お方”『ゲルデリッヒ大尉』。


 厳格な性格で、魔王軍への忠誠心で出来上がっているような頭をしている。


 マントの内側には、“大尉”の軍服を着ており、左目を眼帯で覆っておる。


 俺たちが、この任務に対する暴言や不満を口走れば、それを聞いたこの大尉に、魔王軍本部に通告され、生涯を終えることになる。


 いや、通告よりも先にその場で、あの“お気に入りの黒い拳銃”で銃殺されるんだろうか。


 これまで幾度となく、酷い扱いや、子機を使われてきた。


 酷い扱いっていうのは、軍事訓練でヘマした時に、暴力を振るわれたり、1週間メシ抜きだったり……。


 子機っていうのは、やりたくもない死体運びをさせられたり、大尉のために、酒や煙草を運んだりする事だ。


 奴を一言で言うなら、“おっかないおっさん”だ。


 まぁ、こういった状況を強いられるのも、全て俺たち“下層階級”に生まれた悪魔の宿命だから仕方ないのだけれど……。


 俺は大尉の背中を少し回り込み、正面を覗き込む。

 よく見ると、自分と同じ身長くらいの大きさの石碑がたっている。


 これが噂の『裏世界』へ通じる門か……。

 

 ここに来た理由──。


 それは、今から行われるとある“儀式”のためらしい。


 何やら、この石碑の前に特別な“石”を置くことで、『別の次元の世界』に行くことができるようだ。


 俺たち“魔王軍・調査隊悪魔”は、その儀式を通して、その別の次元の世界に侵入するという訳なのだが……。

 

 正直、ぱっとしない。

 本当にそんな事ができるのだろうか……。


 その別の次元というのは、通称『裏世界』と呼ばれている。


 “裏世界”は人間が多く住む世界と言われ、

 そこに住む者達は、無論だが魔界の住人とは全くと言っていいほど、異なる文明を築いているらしい。


 この世の裏側にるとされる事から、反転世界なんて呼ばれ方をされることもある。


 そして目的の最終地点は、裏世界へ行くことが成功した暁に“魔王軍・特攻隊”を送り込み、征服するということだ。

 

 俺たちが所属する“魔王軍”は魔界を制した。


 だから次の目的は、裏世界の人間達を奴隷にし、そして悪魔の移住範囲として確立することだ。


 コトっ。


 ゲルデリッヒ大尉は、石碑の前に、特別な石を置く。


 その石の名は、『転移の鍵』。


 転移の“鍵”といっても見た目は片手に収まるほどの大きさの石ころだ。


 この石には、“まじない”がかけられており、これを石碑の前に置くと、別次元への入り口が現れるらしい。

 まさに名前通り、ドアを開くための鍵である


 ググググググ!


 大尉が石を置くと、石碑の奥の空間が歪み始めた。


 そして、見る見るうちに空間に“裂け目”が入り、大きな穴となった。


 初めてみたがこれが裏世界への入り口なのか……。


「まずは様子見だ。行けラル」


 大尉が呼んだのは、俺の名前だった。


「はっ、はい」


 俺は言われるがままに、返事する。

 正直怖いし、なんでこう言う時に限って俺なのだろうか。

 

 まぁでも、逆らったら重い処分は免れないから、やるしかないのだが……。


「そこまでだ!全員手を挙げろ……」


 なんだぁ?


「ガァっ……」

「グハッ……」


 突然、後ろの列の悪魔達が、悲痛な声を上げ始める。

 後ろを振りむけば、列の後ろの悪魔たちが、地にへばりつくように倒れていた。


 一体、何が起きてる!?


「ネズミが一体まぎれてたとはなぁ……」


 大尉は、列の一番最奥に視線を向け、重圧感あるその声で語る。


 俺も列の最奥をよく見る。

 列の1番後ろの、黒マントが拳銃を突きつけている。


 俺に向けてだ……。

 俺に拳銃を向けるその裏切り者は、黒マントを脱ぎ捨てた。

 中から出てきたのは悪魔じゃない……。


 人間の女だ。


「転移の鍵を渡せ!」

 

 俺に拳銃を向けながら、女は喋り始める。


 奴はスパイか?

 何故、今まで気づかなかった。

 悪魔に姿を変えていたとでもいうのか!?


「さもなければ……コイツを撃つ」


 はっ、人間なんかに殺されるわけねぇだろ……。


 俺は向けられた銃口を睨みつけ、両腕に魔力を集中させ、戦闘の準備に入る。


「ふっ」


 小馬鹿にするように鼻で笑ったのは大尉だった。


「そうか……貴様、知っているぞ。元、『名誉奴隷めいよどれい』の人間の女か。今は『王華おうか』に所属していたはずだが……。裏切りの行為は、極刑に値するぞ?奴隷の女」


 王華おうか?確か、魔王軍の幹部グループの一つだった筈だ。何故、そんな奴が俺たちに拳銃を向ける……。

 

「死ね!!!」


 その絶叫と同時に、大尉はふところから拳銃を取り出し、空かさずに引き金をひいた。


 ドン!!!!!

 

 辺り一面に猛烈な“発砲音”が響き渡ると同時に、ダイヤモンドの様に光り輝く“水色の弾丸だんがん”が、その銃口から放たれた。


「グァあああぁぁ!!!」


 血飛沫ちしぶきが舞うと同時に、大尉の悲鳴が上がった。

 そう、撃たれたのは大尉の方だった。

 手から血を流しながらひざまずく。

 阿鼻叫喚とは、正にこの事だろう……。


「次はお前だっ!!!」


 女は殺意の込もった銃口をこちらに向けた。


 まずい……。

 こいつ大尉の早撃ちを見切ったっていうのか?!

 しかも、あれはなまりの弾丸じゃなかった。


 あれは恐らく、特別な拳銃……『魔導銃』だ。

 人間の癖に魔導を使えるのか!?


「早く行けラル!!任務を遂行しろ!!」


 地に這いつくばった大尉が、もがきながら俺に叫ぶ。

 俺の真後ろには裏世界への入り口があり、足元には“転移の鍵”がある。


 どうする……。


 もう正直、任務なんてのは、どうでもいい。 

 “魔導銃”相手に俺が敵う筈がない……。

 

 このまま後ろのゲートに逃げ込もうとすれば確実に撃たれる。

 いや、そもそも逃げ込むことに成功しても追ってくるだろう……。


 俺だけが裏世界に逃げ込むには、この“ゲートの入り口”を閉める必要がある。

 その為には、この足元の石を拾わなければならない……。


「何をしてるぅ、早くしろぉお!!」


 考え込んでいると、倒れている大尉がうめきながら叫び散らかした。

 恐ろしいが、今はそれどころじゃない。


 賭けだ──。


 今思いつく方法はコレしかない。

 この方法で決着をつけよう。


 俺は両手をあげた。


「なにをしてるぅキサマぁぁ!!」


 ゲルデリッヒ大尉が叫ぶのを無視して、俺は女に向かって言う。


「石は足元にある。これが欲しいんだろ!」


 すると 女が用心深くこちらに近づいてくる。


「キサマ、自分が何をしているのか分かっているのか!!」


 俺は大尉の忠告を、後ずさる事なく無視する。


 コツコツと足音を立てながら、徐々に女が迫ってくる。

 そして、石の前で止まる。


 腕一本分ほどの距離で、俺と女は睨み合い、一呼吸したあとに、決心をする。


「拾えよ」


 女は、俺を警戒しながら沈黙する。


 しかし5秒ほど経ってから女は動き、そしてかがんで地に転がる石を手に取った。


 今だ!!


 その瞬間、俺は空かさず女の後ろに回り込んだ。


 すると女は拳銃を構え後ろを向こうとした。

 だがそれはもう遅かった。


「うおぁぁぁ!!!!」


 この生涯で、叫んだことの無い声が身体の奥底から飛び出た。

 生きるか死ぬかの瀬戸際せとぎわに立たされた俺は、その抜け道へと、ただ駆け出した。


「なに!?」


 俺は、女を背後からゲートに向かって押し倒したのだ。

 そして自分の身体も、勢いに巻き込まれた。


 ググググと歪な音を立てながら、次元の裂け目は閉じていく。


「何をするっ!!」


 女は必死で拳銃を構えようとするがバランスを崩して身動きがうまく取れていない。

 俺は後ろから女の腕をしっかり抑える。


 やってしまった……。


 俺の思うようにはいったが。

 この後一体どうなるんだ……。

 今更ながら このまま本当に裏世界へ行くのか……!?


 こいつと一緒にか!?


 その時、掴んでいた女の腕が異次元空間の強風によって離れてしまった。


 しまった。

 あの石を持ってかれる!!


「何してくれるんだ、この悪魔め!!」


 女は、宙に浮いた身体をよじらせながら、こちらに叫んだ。


 それは、こっちのセリフなんだよ!!


 女は“魔導銃”を構え、またも銃口を俺に向ける


 やばいぞ……。


「らぁぁ!!」


 ドンッ!!!!!!


 魔導により形成された、あの水色の弾丸が、音速で射出される。


 放たれた弾丸は、俺の耳横をカスッた。

 どうやら強風に煽られて、うまく狙いを定められないようだ。


 危ねぇ……死ぬかと思ったぞ!!


「次は外さないっ!!」


 ビキビキ……。


 しかし突然、女の声に被さるように、背後から亀裂きれつの入る音が聞こえる。

 その時だった。

 

 バリイイイイン!!!


 ガラスが割れるような音と共に、向かい風の突風が、後ろに吸い込まれるように吹き始める。


 一体何事だ!?

 俺は恐る恐る、後ろを振り返った。


 ゴォオオオオオオ!!


 巨大な穴に、風がものすごい勢いで吸い込まれている。


「なんだこれ!!?」


 どうやら、異次元空間に穴が開いてしまったらしい。

 原因はもちろん、先程の銃弾しかないだろう。


 もう次から次へと……。


 そして俺は穴に吸いよせられた。

 穴の縁に掴まり、吸い込まれて落ちるのを必死で耐える。


「何してくれてんだよ!!?」

「しっ、知らないわよ!!」


 女も少し狼狽うろたえている様子だ。


 いや……もう、どうにでもなれ。

 正直もう疲れたんだ。


 誰かにコキ使われるのも。

 面倒臭い、戦争も。


 思えば今日は散々な1日だった。

 そして俺は、この穴に吸い込まれて死ぬことになる。


 こんな意味不明なやりとりなんかで……。

 だが、生きて帰っても、酷い処分が決まってるのは確実だろうし。


 このまま死ねるなら。


 死んだ方がマシか──。


 握力に限界が来たわけじゃないが、このままいてもたっても状況は変わらない。


 俺はゆっくりと手を離した。


 無慈悲なこの身体は、豪風と共に巨大な風穴の中へ吸い込まれていく。


 一瞬だったが俺が“生”を諦めたことに驚くような女の顔が見えた気がした。

 まあ、もうどうでもいいか……。

 

 真っ暗な空間へと俺は吸い込まれていった。




 ✳︎



 

 チュン チュン──。


 どうしてか、心地よい鳥のさえずりが耳元に入る。

 音がこもって聞こえるからきっと外で鳴いているのだろう。


 外?


 俺は今室内にいるのか?

 意識が朦朧もうろうとしていて、記憶が曖昧だ。

 俺は寝ていたのか?


 そうだ。俺は裏世界の入り口に飛び込み、異次元空間の穴に吸い込まれて気を失ったんだ。

 でも……生きてたのか?


 ここはどこだ……。


 何か、肌を包む柔らかいモノが被さっている。


 ここは、布団の中なのか?

 すごく温かい。


 そして甘い良い香りがする。

 何の香りかはわからないが……。

 香水のような、石けんのような香りだ。


 俺は、ゆっくりと瞼を上げた。


 目の前に見えるのは、見たことない造りの天井……。

 そして、見たことない形の机に椅子……。


 子綺麗な白い壁に、やけに薄い丸型の時計。

 本や、小物、ヌイグルミが詰め込まれた棚。

 まさか部屋なのか、ここは!?


「スゥ……スゥ」

 

 すると、足下の方角から何か音が聞こえる事に気づく。

 それはとても小さく、空気の漏れるような息遣いの音。

 これは、吐息だ。


 俺は、恐る恐る少し起き上がり、足下の方を確認する。


 すると、ベットに腕をまくらにして乗せて

寝ているナニカが居る……。

 自分とは何処か違う、容姿をするナニカ。


 色白の肌に、丸みを帯びた耳。

 柔らかい肉に包まれた骨格や、手足。


 知っている。

 何度か目にしたことがある。


 この種族の名は──。


「わっ!!」


 目の前の光景に驚愕し、思わず叫んでしまった。

 これって、人間の子供だ──。

 どういう状況だ!!


 俺は、パニックになりながら、ベットから出ようとした。

 その時だった……。


「んぅん、あれ……気がついた!?」


 横で寝ていた人間の子供は、目を覚ました。

『気がついた』とは、俺のことを言っているのか!?


「あのっ、身体大丈夫ですか?」


 ドタっ!!

 俺は一目散に、ベッドから這い出た。


「わっ!?」

 

 そして子供から逃げるために、部屋のドアを開け、廊下の様な場所に出る。

 見渡せば、部屋がいくつか在るが、複雑な迷路ではなさそうだ。


 まさかとは思うが、ここは人間の住居なのか!?


 廊下を駆け抜けると、下りの階段が見える。

 どうやら、ここは二階のようだ……。


 すると後ろからガチャと扉の開く音が聞こえる。


「ちょっと……まって!逃げないで下さい!」


 自分を追う子供の声が聞こえ始める。

 まずい。捕まったらどうなるか分からんぞ。

 俺は急いで階段を駆け下りる。


 下ったその先に、玄関のようなドアが見えた。

 そして、その頑丈そうなドアノブに手をかける。

 ガチャ!

 勢いよくドアを開け、“外”であろう場所に向かって飛びだした。


 すると、光がさし込む──。


 勢い余って何歩か駆け抜けると、その光景を見て、俺は立ち止まった。


「なんだ……ここは」


 遠くまで続く青い空。

 見たことのない形状の家々。

 そして遠くには細長い建物もちらほら見える。

 整備された灰色の石の壁が、道に沿って長く続く。


 俺は困惑して戸惑い、一歩引いた。


 だが、止まってはいられない。

 とにかく、何処かに身をを隠さなければ……。


 俺は道なりに沿って進もうとする。


 ガチャ!

 後ろでドアが開く音が鳴った。


「まっ……まって!逃げないで!」


 またも子供の声が聞こえてくる。

 追ってきたか!


「まっ……ごほっ、ごほっ。うっ」

 

 しかし、子供の声は途切れる。

 後ろを振り返ると、追ってきた人間の子供が立ち止まりせきをしている。


 ふっ、残念だったな。

 なんだか分からないが、けそうだ。

 前を向き直し、また走り出そうとする。


 ドッ!!


 その時、背後で鈍い“衝突音”のようなモノが響き渡った。


「あー、イッテー!!」

「おい、どこ見て歩いてんだ、コラ」


 また後ろで何かが起きたようだ。

 次はなんだ!!


 またしても振り返ると、先程見た光景とは別だった。

 俺を追いかけてきた人間の子供が、人間の男、2人に囲まれている。


「ごっ、ごめんなさい……」

「はぁー!?お嬢ちゃん謝れば済むと思ってんの!お嬢ちゃんのせいで腕ケガしちゃったんだけど!」

慰謝料いしゃりょう払ってもらわないとー!!」


 なんだ?人間同士で揉め事になってるようだ。

 こんな光景初めてみたぞ……。


「おっ……お金は、い……今持っていなくて……」


 どうやら子供と男が、つかったらしい。

 そして今、謝罪をしているという状況だろうが……見ればわかる通り、子供のほうが完全に怯えてやがる。


「はぁ!?なめてんじゃねーぞ?」


 なんだこれ……。

 子供は、俺を追って来たんだろ。

 これじゃ、俺が悪いみたいじゃないか……。


「金ねーなら 身体で払ってもらおうか!」


 男が子供の肩に手を掛けた。

 まずいぞコレ…。


 ここは初めてくる世界だけれど分かる。

 どう見てもこいつらは当たり屋じゃないのか?

 ここは、人間の数が少ないのか?

 だれも通りがからない。


「ごっ、ごめんなさい、ごめんなさい!」


 あーあー、もう子供の方が泣き出しそうだ。

 どうすんのコレ……。


 でも俺には関係ない。

 俺だって、見ず知らずの世界で独り彷徨っている、危険な状況なのだから。


 こんな状況に関わる余裕なんてない……。


「わかった、わかった!じゃーお兄さんと遊んでくれたら許してあげるから!」


 男の1人が、子供の肩を触りながら言う。


「あれ、よく見たら結構かわいいじゃん。お嬢ちゃん名前なんていうの!?」


「ぐすっ、ご……ごめんなさい」


 男2人に絡まれて、泣き出してしまう子供。


 あー、もう見てらんね……。


「早く、名前言えよコラ!!」

「あのぉ、すみません」


 子供を取り囲む男2人に、仕方なく声をかける。


「あ!?」


 すると男2人は俺を睨みつけながら、振り返った。


「ケンカは良くないですよ、ケンカはぁ」

「は?なんだテメーは!!」


 男のうちの1人が、俺に威圧して接近してくる。


「ジャマすんの?ん?見ろよ!こいつコスプレしてるぜ!」

「うわ!ホントじゃん!耳なが!ウケる!!」


 何言ってんだ?コイツらは……。


「なぁ、あんちゃん!悪いこと言わないからこっから引いてくんないかな」

「じゃねーと、あんちゃんボコボコにしちゃうよ?」


 男2人は俺を取り囲み、今にも殴りかかってきそうな様子だをかもしだす。


 その時だった。


「こっ、この人は!関係無いんで!」


 目を真っ赤にした半泣きの子供が、俺の前に立った。


「お前うるさい。ねーコイツ黙らせといて」

「おっけー!お嬢ちゃんうるさいってよ!!」


 ボコォ!!


「うっ」


 男の一人が子供の腹部を殴った。


「げほ、げほっ」


 子供が苦しそうに咳をしている。


 俺は呆然としていた……。


「お嬢ちゃん。うるさいとこうなるよ?」

「まっ、俺も怪我させられたし、このくらいは当然だけどね」


 俺には全く持って関係無いことはずなのに。

 何故だろうか、とても見ていられない。


 それは、俺が帰る場所を失ったからだろうか。


 この世界に取り残されたかと思うと、同情という気持ちを超えて胸から熱い何かががこみ上げてくる。

 

 これはきっと、怒りの感情。


 俺は自分を庇った子供の方を見た。

 地に倒れ込み、苦しそうな顔をしてもがいている。


「おい……」

「あ!?」


 男二人は再び俺を睨む。


 いいだろう、喧嘩してやる。


「そのガキ、放してやれ」


 地面に横たわる子供を見たあと、正面を向き、睨みつける。


「何お前、なめてんの?」


 男の一人が、俺の胸ぐらを掴む。


 さぁ、始めるか。


「悪魔に喧嘩を売ったな?お前ら全員地獄行きだ!!!」


 人間が、一体どんな実力なのか、少し遊びながら見てやろう。


 (魔力解放!!!!!)


 (……。)


 (魔力解放!!)


 (あれ……)


「地獄行きはテメェなんだよ!!」

「おらっ」


 ボコォ!!


 途端に男の一人が、右ストレートで俺の顔面を殴りつけた。


「ぐはっ!!」


 ぶっ飛ばされ倒れ込む……。

 魔力がでない!!なんで!!?


 ドシっ!!


 続いて相手の蹴りが降りかかる。

 いたっ!!ちょ 痛た!!痛いって!!


「痛たっ……すみません、すみませんでした!」

「今さら謝ってもおせーんだよ!」

「コスプレしてんじゃねーぞ!!」


 俺は2人に蹴られ続ける。

 両腕で頭を抑え、うずくまる。

 みっともない。


 他の悪魔たちが、この姿を見たらなんて言うだろう。

 きっと笑いを通り越して、引かれる。


 地面と腕の隙間から、子供が手で口を押さえ、涙を流している姿が見える。


 まるで自分が悪いとでも言わんばかりに。

 やめてくれ。

 勝手に泣かれると俺が惨めじゃないか……。


 俺はここから先、この人間たちにひれ伏せながら生きていくのか。


 コレじゃ、逆じゃないか。

 奴隷は俺になる。


「おい!!キミ達!!なにしてるんだ!」


 すると、少し遠くから、別の声が聞こえる。


「ちっ、警察じゃん」

「おい、逃げるぞ」


 男2人は俺を蹴るのをやめて走り去っていく。


「大丈夫かキミ!!」


 俺は声をかけられ起き上がる。

 もうプライドも何もない。

 喋る気すら起きない。


「殺せ……」

「はい?」


「このまま奴隷になるの方が辛いんだ……」


 俺は半泣きになりながら言った。


「何言ってるかわかんないけど、怪我とか無い?原因は何かしらないけど、ケンカはダメだよ?それじゃ気をつけなね!」


 チャリンチャリーン。


 男は見たことない乗り物に乗ってどこかへ行った。


「……」


 すると子供が近づいてきた。


「あのっ、大丈夫ですか?」


 子供の目が赤くなってる。

 よく見ると頰に垂れていた涙が、まだ乾ききっていない。


 どうしていいか分からない。

 どう返答すればいい。


 ただ一つだけ分かったことががある。

 この人間達は、俺が手をつけなければ敵視はしてこないようだ。


 そのことがわかったのも含めてなんだか気分が良くない。

 助かったはずなのに気分は最悪だ……。

 俺が一人でわめいて、ボコボコにされて、助けられて、心配されて。


 惨めだ。


「うるせぇ」


 俺は子供の手を弾いて歩きはじめる。


「えっ!?ちょっと!!」


 とにかくこの地域の探索を……。


「まっ、まって!!」


 子供がついてくる。

 俺はそれを無視して歩き続ける。


「あっ、あのぉ……助けてくれてありがとうございます!」


 無視。ていうかなんだ。

 なんでこのガキはついてくる。


 だが、次の子供の言葉で、俺の心臓は止まりかけた。


「あのっ、もしかして、本物の“悪魔さん”だったりするんですか!?」





  ◇◆ まさか、まさかの速攻バレ!!──。



       【1・青い空の見える世界 終】


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