魔物の棲み家

刹那

魔物の棲み家

「朝日先生、まだ帰らないの?」

 帰り支度を終えた同僚の女性教員が、肩にバッグを掛けて訊いてきた。

「もうちょっと。カプセルの案内を今日中にプリントしてしまいたいから」

 朝日ますみは顔をあげて笑みを見せた。

 同僚教員は「ああ!」と指を立てて「朝日先生はここの卒業生だったわね。あれって、一体幾つ納めてあるの?」と尋ねた。〈あれ〉というのは宮段小学校の校庭隅に埋められたタイムカプセルのことを指している。ますみはペンを顎に当てて考える仕草をした。

「えー!幾つなんて私にも分からないなぁ。でも確か、私たちの年に初めてのが納められたっていうのは記憶してる。あとは不定期に卒業前の生徒がやってきたんじゃなかったかしら?その前もタイムカプセルそのものはやってたらしいけど、毎回穴を掘るのも大変だからって、コンクリートで拵えたんだと思うな」

「ふうん…」

 訊いてはみたが興味を持てなかったようで、同僚は「じゃあまあお先にね」と言って出ていった。

 教務室には、ますみが残るだけだ。秋の日もとっくに暮れて、窓の外は暗い。ますみは小さく吐息をこぼし、パソコンを叩いた。


 二ヶ月後、十二月七日——。


 土曜日ということもあり、出勤している教員はごく少数だ。だが、普段の土曜ならばがらんと空いているはずの駐車場には多くのクルマが駐車していた。その全員が、今日行われる〈カプセル開封会〉の出席者だ。中には家族づれで来ている者もいた。

 カプセルの中には、未来の自分に宛てた手紙が納められている。今の自分から見れば、小学生だった自分が何を考えていたのかが分かるというものだ。久しぶりに会う懐かしい顔と、それを話のタネに盛り上がる——それも催しの主題ではある。

 校庭の隅にビオトープがある。その傍にコンクリートで造られた高さ二メートル弱、幅が五、六メートルの小屋がある。小屋だと分かるのは、その中央に小さな扉があるからだ。扉は鋼鉄製で、頑丈そうな鍵がかけられている。それが宮段小学校のタイムカプセルだ。その周辺にはすでに人が集まり、談笑を初めていた。

 懐かしい顔は、揃って四十二歳となり、その誰もが自らの成熟を相手の中に見た。それなりに老化は進んでいる——という実感があるのは致し方ない。

 そんな中、ますみは小屋の前にパイプ椅子を運び出して設置した。

「ますみ!手伝うよ?」旧友から声をかけられたが、「平気!これで終わりだし」と笑顔で応えた。

 ますみも、この年の卒業生の一人だ。地元に安定して居住する者に任される〈タイムカプセル実行委員〉に立候補したのは、母校に赴任した年だったが、カプセル開封年として規定された卒業三十周年を迎え、事前にクラス全員に案内を出していた。

 小屋の解放には鍵が必要で、その鍵は歴代校長が保管する。開封年を迎えるカプセルがあるか、新しく納めるものがある時にだけ、校長の許可のもとで小屋は解放されることになっていた。

 

「よお!」

 片手を上げた男を、立ち話していた数人が振り返って見た。男はその後ろに見知らぬ女性と少女を引き連れていた。

「佐嘉本?」

 一人が驚いた様子で言うと、佐嘉本隆太は日に焼けた顔を綻ばせた。

「なんだよ、みんな元気そうだな!」

 そう言って皆と並ぶ。日に焼けた顔には何処か不似合いにも見えるスーツを着こなしている。

「すっかり議員様だな」

 一人が言うと、隆太は声をあげて笑った。

「様なんてつけるなよ!市民のために身を粉にする公僕だぞ」

 小さな笑いが起きると、隆太は満足そうに笑った。

「年明けにまた市議選なんだろ?今度当選すると、早くも三期目か?すげえな。着実に市長への道を歩いてるってわけだ」

 その声にも笑顔を見せたが、答えなかった。代わりに背後に控える妻が深々と頭を下げた。

「そろそろ始めるから、全員集合!」

 おどけた調子でますみが声を張り上げる。来ていた全員が小屋の前に集まった。その中心にいたのは、かつての担任である佐伯祥子だ。齢八十を迎え、さすがに足腰に衰えが見えた。ますみに手を借り、椅子に腰を下ろすと、それを合図に全員が腰を下ろした。

「じゃあ始めまーす!」

 ますみは全員の前に出た。

「久しぶりの顔が元気そうなので、みんなホッとしているというところですよね。なにしろ元気が一番!笑顔が一番!幸せが一番!」

 拳を突き上げると歓声が上がった。

「いいぞ!次期市長選に出馬だ、朝日!」

 笑いが起きる。隆太も膝を叩いて笑っている。ますみは苦笑し、咳払いを一つした。

「冗談はともかく、みんなが元気だからこの日を迎えられました。それは本当にいいことよね」

 静かになった。

「タイムカプセルは——」全員の視線がますみに集まる。「過去の私たちが夢見た未来の自分…その自分に宛てた想いを詰めて眠っていました。それを今日、ついに開ける日が来たんです。あの日の自分がどんな子だったか、何を思い、何を未来の——大人の自分に託したのか、それと対面するんです。ドキドキしますよね」笑顔を見せた。小さく拍手が起きた。

「最近は子供の数も本当に減ったんです。私たちの頃、二クラスあった六年生も、今では一クラスだけです。それって、子供時代の友達の数が減るってことですよね。少し寂しいです。友達こそ人生の宝の一つだし」

 シンと静まったままだ。

「ここに集まり、お互いの元気そうな姿を見た時、みんなはどう思いましたか?嬉しかったですよね?それは、みんながあなたに感じたことです。今日カプセルから想いを受け取り、またねって別れても、元気でいましょう!笑顔でいましょう!幸せで、ずっといましょう!さあ、鍵を開けますね」

 拍手が起きた。老いた担任も力なく拍手をしている。

 ますみは手にしていた鍵で、小屋のドアを開けた。一番初めに小屋を使ったのはますみの学年だが、それ以降は不定期でカプセルが収められた。眠っていたカプセルを起こすのは、今回が初めてだ。金属の軋む音が数かに響き、ドアはスライドして開いた。

 二クラス、総勢六十二人の登録者の中、出席したのは合わせて三十人ほど。その全員が腰を浮かせてドアの向こうを覗き見ようとした。納める時には確かに見たはずだが、三十年ぶりに開くドアの向こうから漏れる闇を興味深く見た。多くの棚がぼんやりと見えている。

 ますみが入り、またすぐに出てきた。その手には高さと幅が二十センチほどで、奥行きが一メートルほどある金属の箱があった。手首の細いますみでも持てるのは、その中身が手紙だけだからだ。初めは記念の何かも入れたいという希望が出たが、保管場所の制約から手紙だけとされた。

 中央に置かれた長テーブルの上に箱が置かれ、ますみが皆を見回した。

「あれから誰も中は見ていません。さてと、それじゃあ一人ずつ名前を呼びますね。呼ぶのはここに出席している人の分だけ。残念ながら今日ここに来れなかった人の手紙は、後日私の方から本人に送らせてもらいます。中には居所の確認できなかった人もいたけど、それはまあご実家の方へということで」

 微かな笑いが起きたが、全員自分の名が呼ばれるのを待った。

 ますみは鍵のかかっていない箱を開けて、紙の束を取り出した。二クラス分の手紙は青いリボンで結ばれている。それをテーブルに置いた。

 出席名簿と付き合わせる形で、渡す手紙とそうでない手紙を分けた。終えると顔をあげ、ニコリと笑った。

「緊張するよね。じゃあ、呼びます。ただし、これも最初に決めたことだけど、出席者は全員の前で手紙を読み上げること」

 笑いと悲鳴が起きた。

「出席名簿順!じゃあまず、えっと…一組みの江田くん!」

 ひえ!と声がし、全員が笑った。

 呼ばれたら前に出て手紙を受け取り、自ら読み上げることが繰り返された。笑いは絶えず、悲鳴も絶えない。担任は静かな笑みを見せながら、かつて受け持った子供達の面影を思い起こしていた。

 一通り終わると、ますみは一通の手紙を箱から取り出した。黙ってそれを全員に掲げ、そして言った。

「実は、みんなが読んでくれている間に、奇妙な一通を見つけました。ちょっと信じられないんだけど」

「なんだ?」

 最後のクラス委員長だった波原優希が訊いた。

 ますみは頷き、少し黙った後で口を開いた。

「柏木——和也くん」

 水を打ったように静かになった。誰もが硬い表情を見せている。中には俯く女性もいた。

「朝日——それは、おかしいって」

 波原だ。皆を見回すが、誰一人微動だにしない。

「それは…ありえない」

 苦しげに、呻くように言う波原は、担任だった佐伯の顔を見た。佐伯はシワ深い顔に驚きと苦渋を滲ませている。とうに忘れたと思っていた名は、亡霊のように不意に現れた。

「ありえない?」

 ますみは手にした手紙を見つめた。

「当たり前だろ!なんの悪戯だよ!だって——」

「柏木くんはタイムカプセルを納める前に死んじゃってるから?」

 風が足元の枯葉をそっと揺り動かす。そんな乾いた葉擦れの音も全員の耳に届く、それほど静まり返った。

「朝日…」

「そうだね、うん、それはそうなんだけど、なぜ柏木くんの手紙が混ざっているか、その理由は私にもわからないけど、ここにあるの」

 静かなざわめきが起きた。ありえない!——どういうこと?——そんな声が漣のように広がっていく。

「馬鹿らしい!おかしな嫌がらせをする集まりなのか?タイムカプセルってのは!俺は帰らせてもらうぞ!」

 声を荒げたのは佐嘉本だった。その声に一番驚いたのは佐嘉本の妻と娘だ。目を見開いて夫を、父を見上げている。家では声を荒げたこともないのだ。

「嫌がらせ…?」

 ますみの言葉に、佐嘉本はますみを睨みつけた。

「どう嫌がらせなの?不幸にして亡くなった旧友の手紙がここに混ざっていることの、何が嫌がらせなのかしら?」

 佐嘉本は言葉に詰まった。苛立ちが佐嘉本の頬を痙攣させる。妻と娘を除く、その場にいる全員が、息を殺した。

「私はただ、この柏木くんの手紙に興味があるだけよ?だって、友達だったんですものね。そうでしょ?みんなもそうよね?」

 見回すが、誰も顔を上げようとはしない。

「そう…。変わらないのね、みんな」

 ここに至って、旧友たちにはますみの思惑がわかる気がした。その手紙の真贋はともかく。

「本当に柏木くんの手紙なのか読んでみたら分かるんじゃないかしら?どう思いますか?先生」

 佐伯は俯いたままだ。膝で揃えた両手は握りしめられ、微かに震えていた。

「せっかくこうして当時のみんなが集まっているのだし、本物ならとても意味があると思うんだけど?だって…柏木くんは遺書も残さずに自殺しちゃったのだもの」


 立ち上がった佐嘉本は、ますみを睨みつけたままだ。他の全員は、成り行きを見守っている。その中で、ますみは封を開けた。全員のものと同じく、糊付けはされていない。

 中から取り出されたのは、淡い水色の便箋だった。それをそっと開き、ますみはまず黙読した。そしておもむろに読み始めた。それは、参加者全員にそれぞれの苦痛を呼び起こすものだった。

『四十二歳のクラスメイトたちへ、十二歳の僕から手紙を書きます。みんなはどんな大人になったのかな。僕は、そこには居ないから知ることもできないけど』

 そこまで読んでますみは顔をあげた。

「柏木くんっぽい文章だね。彼って全国感想文コンクールで入賞するくらい文才があったし。何よりクラスで一番大人びてたし。ね、そうですよね、先生」

 佐伯は頷く代わりに、溜めていた息をホッと短く吐いた。ますみは続けた。

『何故いないかと言えば、僕はもうすぐ死ぬからです。でも心はもっと前に死んでいたんですよ。身体も死なせてあげようと思ったとき、小学校の名前に引っかけて遺書代わりの手紙を残そうと思ったんです。宮段小学校——キュウダン…書き換えると、糾弾』

 ガタンと音がした。佐嘉本が椅子にぶつかった音だ。それでも誰も佐嘉本を見ようとはしなかった。

『そこには佐伯先生もいるのかな?』

 誰の目にもわかるほど、佐伯の肩は震えた。

『それもわかりません。でも、最後に先生から言われた言葉は忘れません。先生は僕に言いましたね。〈自分の責任だってあるんじゃないかしら〉って。先生、僕の責任ってなんだったんですか?』

 佐伯の唇がワナワナと震えた。

『僕は先生に相談しました。それは、イジメのことです。誰からのイジメか。それは、みんな知ってますよね?佐嘉本くんも知ってるよね?そう、僕は、佐嘉本くんからイジメを受けていました。毎日毎日、通りすがるたびに膝で脇腹を蹴られ、書いていたノートを破られ、給食は机から落とされ、僕が日直の時に先生が来る直前まで黒板にいたずら書きをして、僕が叱られるようにし、二人一組を作る時は、僕がいつも一人になるようにみんなに言ってましたね。先生、僕の責任ってなんだったんですか?僕は学校で勉強するのが本当は好きでした。でも、そのうちどんどん嫌いになり、学校に行けなくなりました。親からは何があったのかと訊かれましたが、言いませんでした。だって、もしかしたらそのうちイジメも無くなって、また普通に勉強できるかなって思ったから。僕が何も言わなければ、きっと終わるんじゃないかなって。でも、そんな日は来ませんでした。ところで僕には、好きな人がいました』

 女性参加者の中に、手にしたハンカチをそっと目頭に当てる者がいたが、ますみは続けた。

『誰かは言いません。恥ずかしいより、その人がそこにいたら迷惑だろうから。でも、いました。その子と同じ教室にいるのがすごく楽しかった。でも、もう行けなくなり、会えなくなりました。佐嘉本くんは、家にまで嫌がらせの電話をしてきましたね。僕は理解しました。イジメは無くならないんだろうなって。もう学校には行けないんだろうなって。好きな子にもきっともう二度と会えないんだろうなって、思ったんです。そしたらもうどうでも良くなって、きっと僕はみんなのように普通に居られる人間じゃなくて、ダメなやつなんだなって。死ぬって、どんなものなんだろう?そう思うようになって。だから、死にました。遺書というのは、書きませんでした。両親には何も知ってほしくなかったからです。自分の子供が、逃げ出したやつだなんて思ってほしくなかったから、秘密にしました。でも、この手紙は違います。僕はこのタイムカプセルが開けられる時、立派な大人になっただろうクラスのみんなに、先生に訊きたいんです。僕に責任があって、いじめられたのは仕方のないことだったのですか?死んじゃうのも仕方のないことですか?僕は、ダメな人間ですか?みんなも先生も見ていましたね。佐嘉本くんのイジメをいつも見ているだけでした。なぜですか?どうして助けてくれなかったのですか?僕は、全員からイジメられたように思いました。心の死んだ僕の居場所は、だから無くなったんです。僕が好きだった子も下を向いて黙っていました。でも、たったひとつ、僕にはクラスにいい思い出があります。それはその子が、ある時僕に言った言葉です。中学校はクラス数が増えるから、そしたらきっと良くなるよ——嬉しかったけれど、そうはならないと知っていました。だって、僕は絶対に卒業前に死ぬからです。それは、クラスにいても意味のない人間の僕が〈残る〉ためです。うん、僕は、タイムカプセルに残るつもりです。そしてその時が来たら、大人になったみんなに訊いてみたいんです。僕の責任って、なんだったと思いますか?って。ねえ佐嘉本くん、そこにいるのかな?いるなら教えてください。僕の何が悪くて、あんなに毎日イジメていたの?飽きもせずに毎日毎日笑いながら。先生、僕の何が悪くてイジメは終わらなかったのですか?勉強を教えるだけなら大学の先生が小学生を教えたらいいですよね。なぜ先生は先生になったんですか?どうして黙って知らん顔をしたのですか?みんなは、今どんな大人ですか?僕のなれなかった大人になり、楽しんでいますか?』

 ふっと息をつき、ますみは「一生懸命書いたんだね」と呟いた。そして、最後の一節を読み上げた。

『イジメなんてする奴は、心に魔物が住んでるんだ。見て見ぬ振りする奴の心にも魔物が住んでるんだ。そして、僕の心にも、復讐してやる——っていう、魔物が住んだって、誰が裁けるの?君たちのように魔物の言う通りにする僕を誰が裁けるの?魔物は、誰が裁けるの?』

 便箋を伏せ、黙り込んだ。誰一人口を開くものはいない。波原もなにも言わずに腰を下ろした。佐伯は糸の切れた人形のようにガックリと頭を落とし、泣いているように見えたが、涙は流れていなかった。

 その中で佐嘉本が叫んだ。

「嘘だ!デタラメだ!俺は…イジメなんて」

 言いかけ、家族の顔を見た。妻も娘も顔を伏せて泣いていた。手紙で〈心に魔物が住んでいる〉と糾弾された男は、椅子に倒れ込み、俯いた。

「見覚えがあります。この筆跡は、彼の手書きです」

 そう言い、ますみは文面を全員に向けて見せた。

「確かにこのカプセルは彼が亡くなった後でここに保管されました。それはみんなも知っての通りです。でも、入っていたんです。なら、いつ入れられたんでしょう?でもそこでしょうか?問題にして考える部分って、それ?私は、読んでいて思い出しました。柏木くんって賑やかじゃないけど明るくて、誰にも優しかった。勉強もできたし、サッカーも得意でした。女子の中には、かっこいいなあって言ってた子もいました。でも、魔物なんて住んではいなかった彼の心に、いつの間にか〈ちっちゃな魔物〉が住んだんですね。それはきっと、周りの者が住まわせたんでしょうね。この日まで、こんなに長い間、ちっちゃな箱の中で眠っていた魔物が、今私たちに問いかけています。君の魔物は、いつからそこに住み着いたの?なぜ追い払えないの?って。そうは思いませんか?」

 便箋を封に仕舞い、ますみは深く頭を下げた。

「会は終了です。みなさん、参加してくださって本当にありがとうございました」

 少しの間、誰も立ち上がらなかったが、やがて一人、また一人と去っていった。佐嘉本一家も、肩を落として帰って行った。時間で迎えに来た佐伯の家族は、老婆の憔悴した様子に驚きながらも、小さく頭を下げて帰っていった。後に残ったのは、ますみだけだった。その手には、柏木の手紙が握りしめられていた。ますみは表書きの〈柏木和也〉という文字を指で撫でた。懐かしい文字だ。柏木が死ぬまでの間の、ほんの数日だけ手紙をやりとりしたのが昨日のことのように思い出された。

「学校のことやプリントなんかを封筒に入れて持って行ったら、受け取ってくれたね。そしたら次の日に、君は私に手紙をくれたんだよ。覚えてるよね?私、嬉しかったんだ。ありがとうって書かれた手紙が、とっても嬉しかったの。でも何日も続かなかったね。君は、最後に私に二通の手紙を手渡して、〈タイムカプセルに僕のも入れて〉って言ったんだよね。内容は私も知らなかったけど、読んでいてまた嬉しかった。君はクラスに好きな子がいるって書いてたけど、それは私のことだったんだと思っていいよね?君が最後に好きになった人は、みんなと一緒に君へのイジメから目を逸らせてしまった私だったんだね?君は——君の最期には…心に魔物なんかいなかったよ。きっと、そうだと思うんだ。だって、魔物は人を好きになんかならない」

 風が便箋を撫でていく。もうすぐ冬が来る。ますみは、凍えそうな体を抱きしめ、涙を一粒、便箋の上に落とした。


 後日譚


 年明けに行われた市議選に出馬した佐嘉本隆太は、三期目の当選を果たしたが、選挙期間中、家族が応援する姿は一度も目撃されていない。

 担任だった佐伯祥子は、この年の夏、猛暑の中で永眠した。そして、ますみや柏木がいたクラスは、その後二度とクラス会を行うことがなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔物の棲み家 刹那 @arueru1016

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る