34 ぎゃふんと言わせよう
「たねやかあ……五木先生はときどき行ってたみたいだけどね。ウルトラグリーンにものがないときとか」と、すっかり落ち着いた露草。
「これから一子が来るから、みんなで行ってみよう」
「了解でござるよ。岩見一子って、信用して大丈夫なやつなんでござるか?」
「だってわたし中学のころ三年間ずっと友達だったんだよ? いまも友達だよ?」
「そうでござるか……心得た。岩見一子改め岩見氏と、仲良くやるでござる」
「遅くなりました」
一子が現れた。露草が一瞬びくりと顔を強張らせた。
「どーも。あたしが菊水手毬でこっちのいにしえのオタクが凛堂露草。よろしくね、一子ちゃん」
「い、一子ちゃん……手毬さん、露草さん、よろしく」
「よし。じゃあ、園芸店に行ってみよう」
一同ぞろぞろと旧校舎の前から移動する。
「純恋、具体的になにをするの?」
「ミックス球根花壇、っていうのをやろうと思ってる」
純恋はそう答えた。ちょっと前に園芸番組の再放送で観たものだ。具体的に言うと、ヒヤシンス、アネモネ、スイセン、クロッカス、チューリップなどの球根植物を、一平方メートルあたり五十個ほど植えて、春になると花畑になる……というものだ。
ふだん純恋たちの暮らしている地域では、雪が降って春が遅いので、今年の四月を鑑みるに三月にそれらが満開になることは考えにくい。しかし、今年は暖冬で、春の訪れは、まさに「冬来たりなば春遠からじ」というやつであることが想像された。
淡々と説明した。みなふむふむと聞いている。
「なかなか大胆な賭けだね、純恋」と、一子が言う。
「園芸部にできることで教頭先生と生徒会を驚かせるならこれしかないな、って思ったんだ。きっと三月には咲いてくれるはず」
「羊歯高校、卒業式遅いからね……たしか十五日くらいだったと思う」と、一子。
「じゃあ三年生、春休みあんまりないんだねえ。アパート探しとか大変だろうに」と、手毬。
「うん、まあ入試で合格してればわりと休んでも卒業できるらしいから。その辺のシステムは正直よく分からないけど、兄が校長先生に掛け合ってそういうシステムにしたらしいよ」
岩見宏輝はそういうこともしていたのか。なんとなくびっくりする。
「うちの兄はね、独裁者ではあるんだけど、有能な独裁者でもあるから」
なんでも「愛と幻想のファシズム」という小説に、有能な独裁者による政治がいちばん効率がいい、というようなことが書いてあるらしい。さすが一子、読書家。純恋はそう思った。
「まあ、民主主義国家で、その国家の縮図である学校を独裁で治めようっていうのがそもそもおかしいんだけどね――ここかあ」
一同はでかでかと「閉店セール」と貼り紙のしてある商店街の園芸店の前に来た。すでに野菜の種はだいたいはけてしまっていたが、まだ球根はいろいろ残っている。
「色はどうするでござるか?」と、露草が聞いてきた。
「卒業式だしピンクから赤にかけてがいいんじゃないかな」
校舎前の小さな庭は三平方メートルくらいだったろうか。ということは必要な球根は百五十個。五個百円として三千円分。
なるべく早咲きのものを選んで、アネモネやヒヤシンスを中心に、チューリップやスイセンなんかもいろいろ買っていく。ついでに土をふかふかにするべく、堆肥と腐葉土もどさっと買った。これで五千円。増額してもらった純恋のお小遣いがちょうどよく消えた。
「ひー重たい~!」と、手毬が言う。みんなで堆肥と腐葉土をかかえて学校に戻る。けっこうな距離だが、なんとか戻ってきた。さっそく、松の木のあるあたりの土を掘り返し、堆肥と腐葉土をぶち込んだ。クワを出してきてよーく耕して、ふかふかになった。
それからアネモネの球根を濡れたペーパータオルでくるんでおいた。こうしないと発芽しない、という話を聞いたからだ。
そこまでこなすころにはすっかり暗くなっていた。校舎前の街灯に照らされて耕した感じだ。球根を植えるのは明日の朝練の時間にしよう。純恋はそう言い、一同解散した。
「手がボロボロ」と、一子が自分の手を見て言う。確かにあちこち皮がむけている。軍手を貸したのだが、それでもこうなったようだ。
「純恋たちは、こうやって手をボロボロにして、サツマイモとか花壇の花とか、育ててたんだね」と、一子はしみじみとそう思いを口に出した。
「まあ、サツマイモはほぼほぼ五木先生のおかげみたいなものだから」
「でもそれを生徒会はぜんぶかすめちゃったんだね。ごめんね」
「べつに一子が謝ることじゃないよ」
「ペパーミントのときも、兄にそういうことをしちゃいけないんじゃないのか、って言ったんだけど、聞く耳持たずだった」
一子はふう、と息を吐き出して、
「じゃあ、また明日」と、純恋と別れた。
純恋はアパートに帰ってきて、自分の手を見た。園芸用手袋をしていてもぼろぼろだ。疲れていた。身体じゅうへとへとだったので風呂に入り、それから夕飯を支度した。
翌朝、純恋はびっくりするほどシャキッと起きた。
作戦の続きをやらなければ。純恋は制服に着替えて、急いで食事をし、弁当を支度してアパートの部屋を出た。学校につくとすでに露草が来ていた。
「おはよう」
「おはようでござるよ。球根、植えるでござるか?」
「うん。アネモネは尖ったほうが下なんだっけか」
二人で球根を植える作業をしていると、一子と手毬も登校してきた。まだ学校のドアが辛うじて開いた時間である。みんなで、松の木の周りにえいえいえいえい、と球根を植えていく。
なんとか朝のうちに植え終わった。みんなで水をやり、きょうの朝練は終了した。
――学校のなかでも、園芸部がなにか始めたらしいぞ、というざわつきが広がっていた。
純恋が教室に入ると、いきなり堅肥りに話しかけられた。
「おい野々原。園芸部、なんか植えてたってマジか?」
「マジだよ。生徒会は公正な組織だから、掘り返すなんて卑怯なことしないよね? これは教頭先生に『成功したら部活存続』のお墨付きをいただいてやってるんだから」
「ウグッ」堅肥りは悲鳴を上げた。やったぜ、と思った。
午後から部活に向かうと、露草がなにやら校舎の壁に、監視カメラのようなものを設置していた。ちょうどひさしがかかっているところだ。
「それ、監視カメラ?」
「違うでござる。人をセンサーで感知すると追いかける、監視カメラのオモチャでござるよ」
それでも心強い。これで生徒会は手出しできなくなったと思われた。
「露草さあ、いい加減警戒解きなよ」手毬が呆れた顔をする。
「そう言われても岩見一子はまだ信用していいのか分からないでござる」
「だいじょうぶだよ」純恋はそう言って笑った。そのとき、校舎から一子が駆け出してきた。
「生徒会が球根植えたところを掘り返す作戦考えてたんだけどね、それを教頭先生に言ったらきっつぅく釘を刺されてたよ。生徒会は公正であれ、って。手出ししたら停学にするぞ、って」
「やったー!」純恋たち園芸部の仲間は、一子の言葉に歓喜した。
これで、春になれば花が咲いて、園芸部の存続は認められるはずだ。
「ざまーみろでござる! ざまーみろでござる! やったー!」
露草がぴょんぴょんした。こいつ、リアクションまでいにしえのオタクなのか。
「一子ちゃん、まだ生徒会辞めてないの?」と、手毬。
「年度変わらないと辞められないんだって。だから集会にだけ顔出してきた」
一子はにやっと笑った。策士、の顔だ。
「いちおう手出しするなとは言ってたけれど、教頭先生も大したことはできないって踏んでるみたい。これ満開になったらショック受けるんだろうなあ」
「わーいやったーでござる!」まだ露草がぴょんぴょんしている。
「教頭先生も、生徒会も、ぎゃふんと言わせよう!」純恋は不敵に笑った。
「おー!」一同、それに明るく応えた。
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