33 赤いスニーカーと戦隊のレッド

 学校でやるべきことを終えてアパートに帰ってきて、純恋は時計を見た。夕方だ。そろそろ母親からビデオチャットがかかってくるはず。


 そう思って数分ののち、純恋のスマホが鳴った。ビデオチャットだ。

 出ると母親はいつも通りきれいに化粧をして適切にアクセサリーを身につけている姿で画面に映った。純恋は、「ひさしぶり」と声をかけた。


「普段からもっとメールしなさい」


「ごめんなさい。あのね、一つお願いがあるの」

 純恋は、園芸部が廃部の危機であること、その廃部の危機から園芸部を救う作戦を用意していること、その作戦には少しお金がかかることを説明した。


 純恋の母親はしばらく考えて、

「廃部になったら別の部活に入ればいいじゃない」と答えた。純恋は全力で、

「わたしがなにかにこんなに執着したことあった? お金送ってっていうほど、なにかにのめりこむこと、あった?」と、たたみかけた。


 母親は気圧された顔をして、

「……じゃあ、いくら送ればいい?」と、答えた。純恋は自力で見積もった金額を言う。


「なぁんだ、かわいい額じゃない。そんなに怖い顔しなくても送るわよ。欲しいものがあったらなんでも言っていいのよ」と、母親は笑顔で答えた。


 ――これで、作戦の準備はできた。

 あとは、一子を仲間にして、作戦を実行するだけだ。純恋はルーズリーフに、作戦の概要を書き綴った。できれば、期末テストの期間が始まる前になんとかしたいと純恋は考えていた。


 月曜日の昼休み、純恋はこのあいだ作ったビオラのしおりと、購買の焼きそばパンふたつを手に、一子のいるA組の教室のドアを叩いた。暖冬とはいえうすら寒いのは確かなので、各教室では暖房が焚かれているのだ。


「およ? 野々原氏でござるか。どうなさった? 寒いから外弁はしないでござるよ」

 露草が笑顔でそう話しかけてきた。純恋は、

「一子、岩見一子さんを呼んでもらえない?」と、露草に言う。露草は、

「……承知」と、不承不承といった感じで一子に声をかけた。一子は顔を上げて、純恋を見た。


「一子、一緒にお昼食べよう。購買でパン二つ買ったから一個あげるよ」


 純恋は購買の人気メニュー、焼きそばパンを二つ、一子に見せた。


 一子は立ち上がった。のろのろと純恋に近寄ると、

「……どこで食べる?」と純恋に訊ねた。純恋は、

「いい天気だし、屋上で食べようよ。中学のころ、一子の持ってた少女漫画のキャラクターが、屋上でお弁当食べてたじゃん」と提案した。


 しかし屋上へのドアはがっちり閉められていた。しょうがないので階段のてっぺんに座る。


 うすら寒いのだが、しかししょうがない。一子に焼きそばパンを差し出した。


「……ありがとう。このあいだはごめん……」

 一子は泣き出しそうな声でそう言う。やっぱりまだ友達でいてくれるつもりなのだ。


「一子が生徒会に入った理由、なんとなく想像できるよ」

「え? ……なんで?」一子はきょとんとしている。純恋は焼きそばパンを咀嚼して、

「一子はさ、小さいころスーパー戦隊のレッドになりたかった、って中学のころ言ってたよね」

 純恋がそう言うと、一子はぼっと赤面した。ふふ、と笑みをこぼす。


「だから今も、赤いスニーカー履いてるし、エリートのキャリアウーマンになって裏の赤いハイヒール履くんだ、って言ってたよね」


「うん。でもなんでそんなこと覚えてるの?」


「わたしは一子の友達だから」


「ともだち」一子は、一言そう返してから、焼きそばパンにかじりついた。一子の顔は、薄い喜びに染まっていた。


「一子は、エリートとして扱われたくて、生徒会に入ったんじゃない?」


「だいたい合ってる。あと兄があの調子だから、入らざるを得なかったともいう」

 二人で、アハハハと明るく笑った。一子は鼻をすんと鳴らして、

「生徒会ね、すごく窮屈だよ。超男尊女卑社会。私はずっとお菓子買いに行く当番やらされてる。コーヒーすら淹れさせてもらえないの」と嘆いた。


「じゃあ、生徒会なんか辞めちゃおうよ。一子のお兄さん、七五三のお祝いのとき言ったんでしょ、『赤い着物着ていい気になってるけど、女はレッドにはなれないぞ』って」


「純恋、なんでそんな細かいディテールまで覚えてるの?!」


「記憶力の良さだけは自信あります。腐っても羊歯高校の生徒なので」

 そう言って焼きそばパンをむしゃむしゃ食べた。一子はえへへと少年のように笑う。


「生徒会じゃヒーローにはなれない。でも園芸部にいま来たら、間違いなくヒーローになれる。ねえ、一緒に生徒会と戦わない?」


「でも。生徒会には逆らえないよ。兄が許してくれない」

 一子は、長い睫毛をふせて黙り込んだ。


「逆らうんじゃないよ。園芸部はこんなことができるんですけど、って見せてやるの」


「逆らうんじゃないんだ。戦うっていうから逆らうのかと思ってた」


「確かに言い方がまずかった。でも園芸部だって羊歯高校の一部だもん、生徒会の意向に従って部費ゼロで活動してる。でも、その状況はまずいから、こういうことができるんですけどまだ廃部にするおつもりですか、って見せてやるだけ」


「……カッコイイじゃん。純恋がいちばんのスーパーヒーローだよ」


「そうかな。一子も一緒にやろうよ。一子となら、失敗しない気がする」


「……そっかそもそも、うちの兄がおかしいんだよね。もう大学も決まって、春からは東京なのに、まだ私に執着してる。でもどうせ春から羊歯高校の生徒会に兄はいなくなるんだから、私だって自由にやっていいんだよね」


「――一子はさ、高校に入ったとたん冷たくなったけど、あれはなんで?」


「もう、純恋に迷惑かけたくなかったから。純恋、きっとわたしのせいでいっぱい迷惑な思いしてたんじゃないかな、って思ったから。クラスも別になったし、兄にもきっと迷惑だぞって言われたから……」


「ぜんぜん迷惑じゃないのに。すごく寂しかったんだよ。むしろわたしが迷惑かけてるんじゃないかなって思ってたくらいなのに」


「なぁんだ。お互い誤解してただけか」一子はきれいに並んだ、真珠のような歯を見せて笑った。純恋は思わず、

「一子。歯に青海苔ついてる」

 と、そういって指摘してしまった。二人はまた、アハハハと笑った。


「あと、これを渡そうと思ってた」純恋はビオラのしおりを取り出した。


「かわいい。ありがとう」一子はそう言って微笑む。純恋は、

「前に一子からもこういうのもらったから、そのお返しだよ」と応えた。


 昼休みがそろそろ終わりなので、一子にきょう園芸部に来てもらう約束をして、それぞれ教室に戻った。純恋はワクワクしていた。


 大きな相手に、大きなプロジェクトで勝負をかける。その快感で、純恋は鼓動の高鳴りを感じていた。そして、一子が仲間になった。嬉しいとしか言いようがなかった。


 その日、園芸部に純恋が向かうと、露草が難しい顔をしてウロウロウロウロ歩いていた。手毬はのんびりコーヒーをすすっている。純恋が、

「こんにちは」と声をかけると、露草が噛みつくような顔をして、

「野々原氏! どーして岩見一子と親しくするでござるか! 野々原氏は生徒会の回し者でござるか?!」と怒鳴ってきた。


「違うよ。一子はもう味方だよ。一緒に、起死回生の策を繰り出すことになった」

 純恋はルーズリーフに書いた作戦の骨子を露草と手毬に見せる。


「これなら、花壇計画に詳しくないわたしたちでも、なんとかできるんじゃないかなって」

「でも……これだけ球根を買うと、そこそこお値段張るんでないでござるか?」


「そこはわたしのポケットマネーから……って言えばカッコイイけど、母に頼んでお小遣い増額してもらった。それにこういう手もある」


 純恋は手帳をひらいて、このあいだ新聞から切り出した広告を二人に見せた。

『たねや閉店セール 花の球根、タネ、よりどり五個で百円』というのが、広告の内容だ。


「うお、やっす! たねやって商店街のつぶれかけの園芸店でしょ?」

 手毬が目をぱちぱちする。


 その、商店街の園芸店は、あまりにつぶれかけの負のオーラを放っているので、珍しい植物が売られていても、一同手を出せないでいた店だった。

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