27 謹慎処分
「メガネメガネ」と、漫画のように眼鏡を探す生徒会長を睨んでいると、手首を堅肥りに掴まれた。
「暴力は三日の謹慎って生徒手帳の校則欄に書いてあるよな」堅肥りはそう言って、純恋をなかば引きずるようにして職員室に連行した。
「教頭先生! 野々原が生徒会長に暴力を振るいました!」
堅肥りはそう言って教頭先生を呼んだ。教頭先生は高慢そうな顔をして近づいてくると、
「なんでそんなことを?」と訊ねてきた。
「生徒会のひとたちが、園芸部の私物の花を、勝手に処分していたから」
「私物の持ち込みは本来ルール違反。没収するのでなく人にプレゼントしているのだからぜんぜんマシだろう」
「でも! ゲーム機を持ち込んでる人とか、漫画雑誌を持ち込んでいる人とか、いるじゃないですか! それなら園芸部が花を持ち込んで、なにが悪いんですか?!」
「校則違反が堂々と行なわれている、と言いたいのだね。それはつまり我々教師の怠慢で教師の責任放棄だと、君は生徒でありながら告発しようというのだね? やる気になれば、いますぐ持ち物検査をしてそういったものを没収できるよ。野々原さんがやれと言った、と言って」
純恋はそこで、教頭先生に利用されかけていることに気づいた。このままでは、純恋は学校じゅうの恨みを買うことになってしまう。そうしたら針のむしろどころの騒ぎではない。
諦めて言う。
「……いえ。やめてください。ごめんなさい。言葉が過ぎました。……失礼しました」
「じゃあ、きょうから三日の謹慎ということだね。ゆっくり頭を冷やしなさい」
洟をぐすぐすさせながら、家に帰ることにした。リュックサックの中身は広げていないので、そのまま帰る形だ。涙が止まらなかった。
家に帰って、そういえばきょうは五木先生が帰ってくる日だったな、と思い出す。五木先生は家にあるオリーブの世話をだれに頼んだのだろう。研修じゃお酒も飲めなくて退屈だろうな。
夕方、スマホが鳴った。電話に出ると太喜雄さんだった。謹慎の連絡がいったらしい。
「大丈夫か? これからちょっとそっちに行く」
「え、いや……別に……」
「純恋ちゃんが人を殴るなんてなにかの間違いだ。ちゃんと話そう」
太喜雄さんは相変わらずの素敵な声でそう言うのだった。
玄関チャイムが鳴った。ドアを開けると、太喜雄さんでなく五木先生だった。
「野々原、謹慎を食らったって聞いて様子を見に来た。大丈夫か?」
「あ、はい。だいじょうぶ……です」
「なんで人を殴る、なんて、野々原らしくないことをしたんだ?」
「生徒会が、あんまり卑劣なので」
「卑劣かあ。そうだな、ペパーミント花壇にばらまいたりイモ泥棒したり」
「それだけじゃないんです。露草さんと手毬さんの私物の鉢植えを、新聞に広告を出して近所のひとに譲渡してしまったんです」
「……は?」
五木先生から、喧嘩腰のリアクションが返ってきた。新聞を渡す。この街と隣町だけで読まれている地方紙である。お悔やみ欄くらいしか読むところがない、とよく言われる。
「……おいおい、これは……ふんどし、本気で園芸部を潰す気だ」
ふんどし。前の生徒会長、岩見宏輝のあだ名である。
「で、教頭先生に文句も言ったんだって?」
「園芸部の花は私物だって言ったら、いますぐわたしに頼まれたと言って持ち物検査をしてゲーム機や漫画雑誌を取り上げてもいい、って言われて。これ以上教室にいられなくなったら、わたし学校に行けなくなると思って、やめてください、ごめんなさいって言いました」
「野々原……お前さん、つらかったな……あんまりじゃないか」
五木先生と純恋がそう話していると、ドアがばっと開いた。
「純恋ちゃん!」太喜雄さんだ。太喜雄さんは五木先生を見て、
「……どうも、野々原純恋の親戚の、野々原太喜雄というものです」
と挨拶した。一応五木先生がちゃんと先生に見えたらしい。
とても珍しい現象である。五木先生は見た目だけだと純恋より幼く見えるくらいだ。しかも五木先生に「若々しい」という印象はないのに、である。
「あ、どうも。園芸部の顧問の五木さくらです」
……一瞬、二人の間に、変な電撃のようなものが走ったように感じた。
太喜雄さんは手に持っていた紙袋から、お茶請けにちょうどよさそうなナスの漬物を取り出した。純恋はポットのお湯でお茶を入れて、三人でお茶を飲むことにした。湯吞みが二つしかなかったので、純恋は朝に麦芽飲料を飲んだマグカップを軽く洗ってそれで飲むことにした。
「それで……だ。本当に菊水と凛堂の花はぜんぶ持っていかれてしまったのか?」
「わかりません。譲渡会の途中で生徒会長を殴ってしまって、わたしのクラスで生徒会に所属している男子に校舎まで連れてこられてしまったので」
「……そいつぁひでえや。園芸部が丹精込めて育てた花がさらわれるなんて。俺だって品評会に出そうと思って頑張って育てた菊の花をお浸しにされた時は泣いたもんだよ」
太喜雄さんはおいおいと泣き始めてしまった。菊の花って食べられるんだ……。
「とりあえず野々原は情状酌量の余地がある。確かに校則には『暴力は三日の謹慎』と書いてあるが、それだってほぼほぼ正当防衛だったわけだろ」
「正当防衛っていうか……止めたかっただけです。生徒会に花を持っていかれるのを、止めたかったんです。でも殴って眼鏡を吹っ飛ばしたのは確かなので、謹慎します」
「三浦に怪我はなかったって聞いた。それなら暴力じゃないんじゃないか」
「そうだ。純恋ちゃんはなんも悪いことはしてねえぞ」
「それでも。それがルールですから、それに逆らおうとは思いません」
ひとつため息をついて、淡々とそう言った。五木先生は涙目で、
「野々原、お前さんはすごいよ。人を殴るって勇気のいることだぞ。先生だってやったことないし殴られたこともあんまりない」と、吐き出すように言う。
あんまりないってことは殴られたことがあるのか。それはともかく。
「三日の謹慎、特に弁護して解いてもらう必要はないっていうことでいいのか?」
「はい。いい機会なので、苦手科目をコツコツ勉強して、溜まってる家事もちゃんとやろうと思います」
「お前さんどんだけきちんとしてるんだ」五木先生はいかにもズボラ生活してます、という顔をした。その横で太喜雄さんがお茶をすすっている。
「先生も漬物食べてください」と、太喜雄さんは五木先生に漬物を勧めた。
「ああ、ありがとうございます」そう言って五木先生はナスの漬物をひょいパクと食べた。
「……おいしいですね、この漬物……」
五木先生からナスの漬物をかじるぽりぽりというおいしそうな音が聞こえる。
「うちのばあさんが漬けたんですよ。うちのばあさん、結婚しろ結婚しろ孫を見せろ、って言わなければいいばあさんなんですけどねえ。あと色ご飯も得意ですよ」
「えっ、太喜雄さんって独身なんです?!」思わず純恋の口から素っ頓狂な声が出た。
「あーうん、若いころにものすごい派手に失恋したんだよ。それが忘れられなくてね」
太喜雄さんの若いころの失恋がどんなのだったかは分からないが、しかしそれはきっと壮絶に悲しいことだったのだろう。ほぼほぼ「おっさん」になっても結婚していないのだから。
それはとりあえずどうだっていいんである。
とにかく大丈夫ですから、と、五木先生と太喜雄さんに帰ってもらった。漬物をぽりぽり食べながら出がらしのお茶を飲み、純恋は天井を見上げた。
人を殴ってしまった。それがじわじわとショックだった。ここに母親ないし父親がいたら、さぞかし𠮟られたろう。とりあえず連絡はいっていないと思われるのが、唯一の救いだった。
何度目かわからないが、たたみに大の字になって転がった。人の顔に見えるシミが目に入る。人の顔だと思ってしまうともうそれにしか見えない。なかなか不気味である。
バカやってないで勉強しなきゃ。純恋はむくっと起きて、ノートと教科書を広げた。きょうやるはずだった範囲を確認する。意外と一人で勉強しても分かるんだな、と純恋は思った。
もうすぐ中間テストのテスト期間に入る。
その間はすべての部活がストップする。
であればだれが、花壇の草むしりをするのだろうか。
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