24 生徒会の陰謀

 教頭先生は忙しそうに、書類の整理や生徒会からの提案を眺めている。

「どうしたんです、ぞろぞろと」


 教頭先生はそっけなく一同にそう言う。五木先生が、

「園芸部で育てていたサツマイモが盗まれました」というと、

「それは大変でしたね。話はそれだけですか?」と返してきた。


「これは窃盗、立派な犯罪だと思うんですけど」五木先生は強くそう言い返す。


「窃盗。誰が犯人にせよ、この学校でサツマイモの盗難が起きた、という噂が広がれば、生徒たちは近隣住民の好奇の目にさらされます。それが進学に影響するとは思わないですか?」


「……あぅ」五木先生はそう言って、口を閉じた。握りこぶしをぎゅっとかためている。


「進学に影響するのもそうですし、校舎内に警察などの機関が出入りすることで、学習に集中できなくなる可能性もあるのでは? そこまで考えて、犯罪、と言っているのですか?」

 教頭先生はそう言い、

「五木先生、五木先生はスポーツの部活の顧問に配置転換するべきだと思うのです。いつまでも、なんの実績もない園芸部の顧問でいたらキャリアの形成に支障をきたしますよ」


 と、まさに悪代官の言うご無体なこと、という印象のセリフを発した。


 五木先生は、ハッキリ言おう、スポーツの指導には向いていない。それを分かった上で、教頭先生は園芸部を潰そうとしているのだ。


「先生。教頭先生と話してもらちがあきません。生徒会に行ってみましょう」

 純恋はそう提案した。五木先生はあわてて、

「野々原。教頭先生に失礼だぞ」と頭を下げた。教頭先生は、

「別に気にしていませんよ。あなた方にとっては事実でしょうしね」と答えた。


 一同、ぷんすこしながら生徒会室に向かう。ガラス張りの壁は、「クリーンで風通しのよい、開かれた生徒会です」というのを主張しているそうだが、ぜんぜんそんな感じはしなかった。


「失礼します」と純恋がドアを開ける。


「お? 園芸部だ。どうしたんですか?」

 眼鏡の二年生――新生徒会長、三浦が眼鏡をくいっと上げる。


「園芸部が収穫したサツマイモが、ゴッソリ盗まれました」

 純恋が強い口調でそう言うと、三浦は急に表情が緊張した。


「生徒会に、なにか心当たりはないか、と思いまして」


「い、いや、その、イモ泥棒なんていうことは、生徒会は……」

 これはクロか。園芸部の部員と顧問合わせて四人は、ぐっと生徒会長に詰め寄った。


「なんの話だ?」

 戸が開いて誰か入ってきた。――岩見宏輝だ。一子の兄にして、絶大な権力を誇った、前の生徒会長。


「せ、生徒会長。園芸部が生徒会にイモ泥棒の罪をかぶせようと」

 三浦がすごい早口でそう言うと、岩見宏輝はハハハと笑って、

「学校のものは生徒会のもの。生徒会のものは生徒会のもの、ですよ、五木先生」

 と、猫型ロボットの漫画に出てくるガキ大将の理屈を展開した。


「岩見、進学が決定してるからってそんなに堂々と生徒会室に居座ってるのか」


「五木先生のおっしゃる通り、俺は進学が決定してるんです。なにか問題でも?」


 岩見宏輝の口撃の凄まじさに、純恋は啞然とした。言語の運用力が違いすぎる。岩見宏輝というひとは、野蛮に見えて知性の塊なのである。


「し、しかしだな。さっきのセリフを聞くに、生徒会がイモ泥棒だと思っていいんだな? 然るべき書類に然るべきことを書いて、進学を足止めすることだってできるんだぞ」


「学校の中で起こったことを、そんなに大きな責任として問えますかね?」


「か、金足農業は、リンゴを盗んだら停学、ナシを盗んだら退学だったんだぞっ!」

 五木先生がわけのわからないことを言い出した。


「なんですそれ。金足農業ってどこの学校ですか」

「え、お、お前ら金足農業を知らんのか?! 平成最後の百姓一揆ってツイッターでめっちゃ盛り上がったあの二〇一八年の夏の高校野球……」


「俺たちは令和の高校生なんです。平成なんていにしえの時代を持ちだされても困る」

 とにかく、と岩見宏輝は続けた。


「金足農業とやらがリンゴを盗んだら停学ナシを盗んだら退学、というのを掲げていたとしても、この我らが羊歯高校の校則には『園芸部のイモを盗んだらこうなる』というルールはありませんからね。我々生徒会はなにも悪いことはしていない」


 全く腑に落ちないが、確かにルールというものを鑑みればその通りだった。

「い、いやしかし、泥棒はいかんだろう」


「失礼だなあ。ちゃんと世の中の役に立たせてもらいましたよ。きょうの夕方の、ローカルニュースを観てください」


 なにやらトドメのセリフを言われてしまったような感じがして、一同ぞろぞろと生徒会室を出た。一子がドーナツの箱を抱えて、純恋たちの横を通り過ぎていった。


 純恋は夕飯の材料を高校横のフジノヤで買い、とぼとぼとアパートに帰った。夕飯を支度しながら、ローカルニュースを見る。


 東京のテレビ局には行けないんだろうな、という印象の女子アナウンサーが、

「次のニュースです。羊歯高校の生徒会が、こども食堂にサツマイモ十キロを寄付しました」

 というニュースを読み上げた。思わず画面に釘付けになる。


 三浦生徒会長が、こども食堂――食事のままならない、貧しかったり親が料理を作ってやれなかったりする環境の子供さんのための慈善事業の施設だ――に、サツマイモを寄付している。感謝状までもらっている。生徒会長はニコニコして、

「園芸部に寄付してもらったサツマイモを、お腹を空かした子供のために使えて、嬉しいです」


 と、それ本来わたしたちが言うことでは、というようなセリフをしゃあしゃあと吐いている。


 ムカムカしてきて、テレビのチャンネルを変えた。しかしこの街のある、東北のとある県は、とにかく平和でニュースがない。どのチャンネルも羊歯高校生徒会のサツマイモ寄付の話で盛り上がってしまっていた。


 呆然としながらテレビを止める。気がついたら野菜炒めがこげていた。


 こげた野菜炒めを食べながら、何度目か分からない、心の底から出てくるやたら深いため息をついた。野菜炒めはこげていたので当然苦い。

 敗北ってこういう味がするのか。


 生徒会のやったことはまさに「有益」なことで「実績」で、感謝状をもらうようなことだ。


 それを生徒会はサツマイモ泥棒だ、と言っても、世の中は完璧に生徒会の味方だろう。生徒会のやったことは実際素晴らしいことだ。それに園芸部も同意したかのようになっている。

 堅肥りの前でイモ畑の話をしたことを悔いた。


 しかしもう完全に遅い。園芸部が毎日草むしりと水やりをして世話したサツマイモは、食べるものに困っている子供たちのために使われてしまった。なまじいいことだからタチが悪い。


 もういい。忘れて寝よう。そう思っているとスマホが鳴ったので電話に出る。太喜雄さんだ。

「純恋ちゃん、サツマイモをこども食堂? に寄付したんだって?」


 やっぱりニュースを観て連絡してきたのだろう。純恋はイモ泥棒の話を淡々と説明した。


「イモ泥棒……かあ。しかし世の中がこういうふうに生徒会を褒めちぎったら、園芸部がイモ泥棒されたことを主張しても通らんだろうなあ。気持ちはわかるよ、無人販売のリンゴを盗まれたことあるからな。警察に行ったら『盗まれるようなところに置くな』って言われたよ」


 太喜雄さんも寂しそうにそう言った。自分で育てた作物を盗られた悲しみは、太喜雄さんもよく分かるようだった。


 純恋はそのまま、ペパーミントをばらまかれて花壇が台無しになったことも話した。太喜雄さんはペパーミントというのがよく分からないようだったが、とりあえずドクダミみたいに増殖するのだ、と説明したらわかってもらえた。


「生徒会はなんで園芸部をそんなに目の仇にしてるんだ? 園芸部に村でも焼かれたのか?」

 村を焼かれた、って、それ戦国時代のお話じゃないですか……。


 純恋がそう言うと、電話の向こうで太喜雄さんは笑った。

「もう遅いから、あんまり夜更かしすんなよ。そいじゃあな」


 電話が切れた。純恋はスマホを充電器にセットした。もう寝よう。生徒会と教頭先生のことを考えても疲れるだけだ。しかし生徒会と教頭先生のことばかり頭に浮かんでくる。


 教頭先生は、「実績」と言っていた。園芸部には実績がない、と。であればあのイモを、先回りしてこども食堂に寄付していたら、慈善活動として「実績」を積めたのだろうか。


 実績というのは賞状やメダルや盾やトロフィーのことだけではないと思うのだが。

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