19 ショッピングセンターの花壇にて

 本当に、雑草というものはむしれどもむしれども生えてくる厄介なものだ。しかしこの雑草の一本一本にも名前があるんだよね、と思うと、雑草というのはただの厄介者ではなく、敬意を払うべきライバルなのではないか、と純恋は思った。


 敬意を払うべきライバル。そんなのがいたら楽しいだろうなあ。


 とりあえずインパチェンスとマリーゴールドを守るために、雑草を次々引っこ抜いていく。このイネ科っぽいやつなんて言うんだろ。こっちがオオバコなのは知っている。じゃあこっちの、細かい白い花のやつは?


 草むしりタイムが終わって、抜いた雑草をしみじみと観察する。植物を調べられるアプリで調べてみると、細かい白い花のやつはハコベで、イネ科っぽいのは小さすぎて調べようがないようだった。もうちょっと大きくなって、実がつかないと判断ができないらしい。


「雑草にも五分の魂……か。いや一寸の虫にも、だ」

 純恋は思わずそんなどうしようもないトンチキ発言をしていた。


「よし。草むしり終わったか。ポカリ飲め、暑いだろ」

 五木先生がクーラーボックスを開けた。ペットボトルのスポーツ飲料が入っている。みんなでぐびぐびそれを飲む。うまい。


「お、届いたな」と、五木先生がスマホをみてニンマリした。


「なんかポチったんです?」と、明るい調子で手毬が画面を覗き込む。


「いやあ、フリマアプリでうっかりバラの二年ものの苗を買っちまったんだ。バラは沼だと思ってたが枯れた花を片付けたあと寂しくなってな。到着したみたいだ」


「……先生、その画像インスタのスクショです」

 手毬がちょっと怖い声を発した。インスタのスクショ? そう思っていると手毬は自分のスマホでSNSを開くと、五木先生が見ていたフリマアプリのバラの苗の画像に並べた。


「え? ……つまり宣材写真をよそから引っ張ってきて、別の苗が送られてくるってことか?」


「ちょっといいですか。ふんふん……画像はイメージですって概要欄に書いてありますよ」

 露草が画面を確認する。確かに「画像はイメージです」と書かれていた。


「……え? 画像は……イメージ?」


「これが届くというわけじゃないみたいですねえ」と、手毬。


「……まじか。また騙されたコンチクショウ」


「五木先生はフリマアプリに向いてないと思いますよ」と、露草。


「ウグッ。このZ世代め……!」怒りを向ける方向が違う、と純恋は思った。


「で、いくらしたんです、このバラの苗」純恋が訊ねると、五木先生はくるしげに、

「相場よりお高めの五千円……しくった……」と、そううめいた。そりゃうめく額だ。

 その次の日、五木先生はげんなり顔で部活に現れた。やっぱり思ったよりずいぶんとショボいバラの苗が送られてきたらしい。


「それでもたぶん二年ものではあるんだが……はあ……」


「だいたいバラの苗って季節外れじゃないですか? ふつう春先の葉っぱのないやつでしょう」

 露草の冷たい追及。五木先生は顔をドンヨリさせて、

「見本があんまりきれいなもんで忘れてたよ……」とぼやいた。


「せんせーはインスタとかで画像見て満足するスタイルにしたほうがいいと思いまーす」

 手毬がそう言うと、五木先生は悲しい顔で、

「だってどんなに写真がきれいでも、匂いまでは伝わってこないだろ?」と答えた。

 それは真理だ。


 その日は学校の花壇の草むしりのあと、ショッピングセンターが苗を用意してくれたというので、ショッピングセンターまでそれを植えに行った。苗はもう花やつぼみのついているものがほとんどで、特に露草の推していた帝王貝細工は、いろいろな色があってとてもきれいな花だった。


「きれいですね、帝王貝細工」


「でしょ? 帝王貝細工はドライフラワーにしても映えるけど、花はやっぱり土に植わってないと」露草はそう言いながらせっせと手を動かす。手毬も休まず、サルビアの苗を植えている。純恋も、最近ちょっと花を植えるのに慣れてきた。せっせとジニアの苗を植える。


 純恋は、こんなにいろいろな花があるというのに、少し驚いていた。

 花なんて虫を呼ぶために咲いているものだ、という認識が、もう完全に崩れていた。

 花というのは人間がきれいだなあと言って眺めるために、昔からたくさんの育種家が育てて、たくさんの人が「きれいだなあ」と思うために作られたものだ。


 そりゃあ素朴な野花なら、虫を呼んで花粉を運んでもらうためのものかもしれない。


 でも、こうして園芸に使う花は、たくさんの人の労力で育てられたものだ。


 純恋は感動していた。手を動かしながら、きれいな花を眺めた。

 やっぱり、園芸部に入ってよかった。


 もし園芸部に入っていなかったら、自分はおそらく退屈な日常に押しつぶされ、なにかをきれいだと思うこともなく、ただ無為に時間が流れていただろう。


 それが、花がきれいだと思えて、楽しいと思えるようになったのだ。

 すばらしい進歩だ。純恋はうれしくなった。


 嬉しくなっているうちに、花壇の植え付けがだいたい終わった。最後にたっぷり水をやる。

「よし! できた!」五木先生が嬉しそうな声で、土まみれの園芸用手袋をはたいた。


 そこにできていたのは、丁寧に計画されて色みをそろえた、見事な花壇だった。

 さっそく店長の中島さんを呼んでくると、中島さんは花壇を眺めて、

「やはり素晴らしい。先おととしの花壇も素晴らしかったですが、ここまでではなかった。特にあの花がいいですね、華やかで」と、中島さんは帝王貝細工を見てそう言った。


「い、いやあ。うれしいですな……拙者、喜びのあまり踊りだしそうですぞ」

 露草が緊張した声でそう言った。やはり自分の提案した花が褒められて嬉しいらしい。

 花壇が完成して、一同はショッピングセンターのフードコートでソフトクリームを食べることにした。もちろん五木先生のおごりである。シンプルな、どこにでもあるありきたりなソフトクリームだったが、勝利! という感じの味がする。


「もうすぐ夏休みも終わっちまうな」

 五木先生がそうぼやいた。

「せんせー、年中無休の園芸部の仕事をして、研修とかはだいじょぶなんですかー?」


 手毬が五木先生にそう尋ねた。五木先生は、

「あー、いまはだいたいリモートだから。コロナはいい迷惑だったがリモートの文化ができたのはありがたいことだ」と、そう言ってソフトクリームをはむっと食べた。


「……五木先生、先おととしからここの花壇やってなかったってことは、部員ゼロ状態が三年続いたってことですか? なんでそれで廃部にならなかったんですか?」

 純恋が思ったまま訊ねると、五木先生はソフトクリームを食べているというのにしぶーい顔をして、

「今年の春卒業した、いまの大学一年生のやつがギリギリ三人で踏みとどまってたんだ。二年一年の部員はいなくてな。で、先おととしの春うちの学校にやってきたのがいまの教頭先生で、園芸部に連絡しようとして電話かけてきたのを教頭先生がぜんぶガチャ切りしてたらしい」

 と、職員室事情を説明した。ガチャ切りって、きょうび固定電話でもあるまいに……と純恋は思ったが、職員室では固定電話が現役なのだそうだ。


「だから、わざわざ先生の電話番号調べてまで花壇を依頼してくれたのが嬉しいんだよ」

 そう言って五木先生はソフトクリームをもぐもぐした。


「そもそも教師っつうのは世間をまるで知らんのだよ、先生を含めてな。学校、っていうコミュニティの中で、いつも通りの仕事をしてるだけで給料がもらえる仕事だからな。転勤先だって学校なのは変わらんし」


 そういうものなのか、と純恋は考えた。確かに、教頭先生の電話ガチャ切りは、普通の職場だったら絶対に許されないことだろう。それでも連絡をくれた中島さんには感謝しかない。


「さ、ソフトクリーム食ったら解散すっぞ。雑貨屋でも見てなんか可愛いアクセサリーでも買えばいい」


「せんせー、あたしお小遣いぜーんぶ多肉植物とサボテンにぶっこんじゃいましたー」


「わたしも花に使っちゃったんです」


 安定の手毬と露草だった。五木先生はハハハと笑った。

「お前さんららしいな。でもここの花屋、けっこうレアな花置いてるから覗いてみるか?」

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