20 トウモロコシの収穫

 というわけで、ソフトクリームののち、一同はショッピングセンターのなかにある小さな花屋に向かった。本当に小さな、純恋のアパートくらいの面積に、びっしり花が売られている。


 しかし大半が切り花だ。鉢植えで売られているのは観葉植物とサボテンが中心で、サボテンもさして珍しいものではなさそうだ。


 しかし手毬がなにかに食いついていた。

「おお……斑入りの万象だ……一万円する……」

 手毬が見ていたのは多肉植物で、ハオルチアの札がついている。ハオルチアってこんなのもあるんだ。植物ってすごいなあ。


「これ、海外のナーセリーで育てられてすごい額で売れてくやつだよ。とてもじゃないけど買えないし、せめて目に焼き付けておこうっと」

 手毬は目をかっと開いて万象とやらを見ている。面白いひとだ……と純恋は心の中で笑った。


「いま『面白いひとだ』って思ったでしょ」

 まさかの手毬流読心術が発動して、純恋は慌てた。失礼なことを考えてしまったのを詫びようとすると、

「まあ面白い人間で問題ないよ。よし! 諦めがついた!」

 と、手毬は笑って花屋を出た。一同ぞろぞろと花屋から出て解散した。


 夏休みが終わったが、園芸部はそもそも年中無休なので特に休みが終わった、という感じはしなかった。ただ授業というのが増えるだけだ。


 始業式の日、純恋は校門で見慣れた後ろ姿を見つけた。一子である。

 声をかけようか悩んでいるうちに、一子は昇降口に吸い込まれていってしまった。

 一子は、きっとわたしのことなんてどうとも思ってないんだろうな、と純恋は考えた。友達でいたかったな、とも考えた。


 友達までいかなくていい。フランクに挨拶する間柄程度でぜんぜんいい。


 でもそれもできなくて、純恋はみじめな気持ちになりながら靴を下足箱に突っ込んだ。内履きを出して履いて、教室を目指す。


 夏休みの宿題は完璧に終わらせている。それを教室の回収ボックスに突っ込み、純恋は窓の外を見た。

 園芸部の活動場所は純恋のクラスからはよく見えない。旧校舎のL字の折れたところが活動場所だからだ。恐らく新校舎のどこからも見られないだろう。


 なんでげんじいはネモフィラの花壇のこと知ってたんだろう、と考えて、そういえばげんじいは陸上部の顧問だっけ、と思い出す。あんなヨボヨボなのに校舎の周りをランニングするんだ。純恋はちょっと面白いな、と小さく心の中で笑った。


 その日はほとんど新学期の注意で一日終わり、純恋は機嫌よく園芸部の活動場所に向かった。


 なにやらいつものひさしの下に、バーベキューの道具が用意されていた。五木先生が持ってきたのだ。

「五木先生、バーベキューするんですか?」


「具材はトウモロコシだけだがな。そろそろ収穫できるし、どうせなら収穫したてを食べたいなあ、と思って」


 五木先生は笑顔でそう言った。純恋もうれしくなった。手毬と露草もやってきて、トウモロコシの収穫と相成った。

 トウモロコシはまるまると太って実っていた。さっそく収穫して、皮を剥き、コンロの上に並べる。ちょいちょい醤油を塗りながら転がす。いい匂いがしてきた。


「おおお、おいしそう……」露草がアホの顔でトウモロコシを見ている。


「夢の一本丸かじりだあ……」手毬もアホの顔でトウモロコシを見ている。


「いやあ春からせっせと世話してきた甲斐があるってもんだよ。お前さんらもよく頑張ったな。トウモロコシはわりと難易度の高い野菜だから先生がだいぶ世話したが、お前さんらが毎日草むしりしたり水やりしたりしたから、こういう立派なトウモロコシができたわけだ」


「害虫も病気もほとんど出なかったですよね」純恋はそう言い、焼けるトウモロコシをじっと見た。野菜というのはもっと病気するものだと思っていたからだ。


「まあ、元からいい種使ってるからな。いまは品種改良が進んで、病害虫に強い野菜がドンドコ出てる。先生が子供のころはもっと病害虫が多かった。よし、焼けたぞ」


 焼きたてホカホカあっつあつのトウモロコシを、園芸部の部員と顧問、合わせて四人でむしゃむしゃやる。それは、純恋がいままで食べてきたトウモロコシのなかで、いちばんおいしいトウモロコシだった。


「おいひぃ……」思わずそんな声をあげて、それから恥ずかしくなって純恋はうつむいた。


「おいしいだろ? 別においしく思ったことを恥ずかしがることなんてないぞ」


「ウヒョーうんまー! べこ負けたあ!」と、手毬が謎のセリフを発する。


「べ、べこ負けたって田舎のおじいちゃんが言う『馬勝った』に対する『牛負けた』っていうやつ……菊水、お前いつ時代のJKだ?」


「バリバリのZ世代ですヨ。インスタはインフラ」


 そこで五木先生が笑った。純恋も笑った。インスタはインフラ、て。

 露草はよほどおいしいのか無言でむしゃむしゃとトウモロコシを食べている。


 トウモロコシを食べながら、純恋は「やっぱり園芸部、入ってよかった」と思った。


 自分たちで育てた野菜は格別だ。しばらくトウモロコシをモグモグと味わう。自分たちで世話してきたものだと思うと誇らしげな気持ちになった。


 純恋の高校一年生の夏は、とても充実していた。純恋は嬉しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る