18 ベランダー
「柱サボテンだ! こいつぁークールだねえ!」
今度は西部劇に出てくるあのサボテンである。しかもこれもでっかい。
なんでか知らないが、砂漠の植物はでっかくなりがちなんだな、と純恋は思った。
「あの」と純恋は手毬に声を掛けた。
「どーしたの?」
「たとえばこれと同じ種類の、ちっちゃい鉢に植えてあるサボテンを買ってきて、植え替えたりして少しずつ大きくしたら、最終的にはこういうサイズになるんですか?」
「うーん。ここは気候が現地に近いから、こういうふうに育つっていうのはあるかも。結局日本と自生地じゃ気候が違うから、そこまででっかくはならないだろうし、育てるのにも時間がかかるんだと思うよ」
「そうですか」
「でもロマンだよねえ、でっかいサボテン。図書館で借りた本で、何十年も前のサボテンの専門書があって、それに『六十年前縁日で買ってきて、それを枯らさずに世話をしている』って話が載ってたんだけど、たぶんその人死んでるよね」
純恋は思いっきり噴いた。
「おー牡丹サボテンもあるじゃん! すっごーい!」
噎せている純恋をスルーして、手毬は地面にへばりつくように植えられている植物を見た。サボテンと言われても、なんというか純恋にはただふつうの多肉植物に見える。
「牡丹サボテンってなんですか?」
「サボテンの一種だよ。こんな見た目でもサボテンなんだよ」
「なるほど。収斂進化ってやつですか」
「そうそれ! アメリカ大陸のサボテンと、アフリカ大陸の多肉植物は、乾燥した砂漠っていう環境が似てるからそっくりになったんだって」
要するにモモンガとフクロモモンガみたいなことだと思えばいいのだろう。
「こういう植物園を見ると……『多肉 愛の劇場』を思い出すね」
ずっと黙っていた露草が口を開いた。『多肉 愛の劇場』ってなんだ。そこを訊ねてみる。
「植物男子ベラ●ダーっていうえねっちけーのドラマがあったんだ。コロナより前だからまだ物心つく前か生まれる前か、のドラマだけど、親が好きでDVDに焼いて、ときどき見てたんだ。それのミニコーナーで、多肉植物が主人公のドラマをやってた」
よく分からない。多肉植物が主人公ってなんだ。
「あー知ってる! 寄せ植えパーティやろうぜ! とかいうやつ! 記憶喪失になっちゃうやつ!」
「手毬も知ってたの?!」
「そりゃー知ってるよ。それのDVDうちにもあるよ、それで多肉植物にハマったんだもん」
だめだ、ついていけない。純恋はそう思った。
この二人は植物オタクを小学生のころからやっているわけで、純恋はつい最近植物にハマった人間である。そりゃついていけなくても当然だ。
しかし、こんな風に――好きなものの話で、楽しく盛り上がれる仲間が欲しいな、と純恋は寂しい気持ちを味わっていた。手をぎゅっと握りしめて、中学生のころ一子と楽しく過ごしたことを思い出すのを打ち消した。
もう一子は純恋の友達ではない。
でも、一子の友達でいられたらいいのに。
植物園を見学し終えて、みんなで自販機のジュースを買い、海の見えるベンチに座ってジュースを飲む。まあまあおいしいオレンジジュースを飲みながら、純恋は一子を思い出していた。一子と楽しく過ごした日々は、もう戻ってこないのだ、と。
「……なんか、悩んでる?」
手毬に心配された。純恋は少しあうあうしながら、
「生徒会にいる友達だった子が心配で」と、そう答えた。
「ああ、岩見氏。あの子お兄さんが生徒会長なんだよね。岩見宏輝だったか……お兄さんは二年生まで柔道部員で、そりゃもう有望視されてたらしいけど、故障して生徒会に転向したんだって。それで生徒会で独裁政権やってる」
露草が真面目な返事をくれた。生徒会の独裁政権ってどういうことだ。そんな漫画とかライトノベルみたいなことがあっていいんだろうか。
「その生徒会をバックアップしてるのが教頭先生なんだよ。生徒会は教頭先生の権力でなんでもできるからね」
露草の落ち着いた言葉に、純恋は少し落ち着きを取り戻した。
もう友達でもなんでもない一子と楽しくやろう、と思うのがそもそもの間違いなのだ。一子は一子の友達がいるのだから、それを邪魔する権利は純恋にはない。
だけれど。
「岩見さん、友達っている感じ?」と、純恋は露草に聞いた。
「ううん。いつも一人で本読んでる」
――一子も、寂しいんじゃないかな?
純恋がそう思っていると、手毬がバッと立ち上がった。
「まずい、急がないと帰りの電車が夜になっちゃう」
そういうわけで、大慌てで一同は駅に向かった。
地元の駅で一同解散して、純恋はアパートに戻った。植物園が楽しかったのを思い出す。アパートのドアノブに紙袋がぶら下がっていた。なんだろう、と開けてみると、あんまりきれいでない字で「おすそ分けです 太喜雄おじさんより」と書いたメモが入っていた。
野菜である。こんなしょっちゅう届けてくれなくても、と純恋ははあ、と息をついた。
中身は純恋の苦手なゴーヤ数本だった。どうやって食べよう。切って火を通したら食べられるだろうか。試しに一本切ってそうめんと一緒に炒めてみた。食べるもののにがい。
それでもゴーヤは、ゴーヤという植物と太喜雄さんが頑張って作ったものだ。おいしく食べねば失礼である。純恋はがんばってゴーヤチャンプルをもぐもぐ食べた。
調理せず余ったゴーヤは、明日部活に行ったら五木先生に押し付けようと純恋は決めた。
クレマチスの枯れた花を取り、だんだん復活の兆しを見せてきたマーガレットを眺めて、洗濯ものを取り込んでから、純恋はシャワーを浴びて寝てしまうことにした。明日は確か日曜日だ。園芸部に入ってから、年中無休ゆえ曜日感覚が狂いっぱなしである。
朝、起きてとりあえず制服に着替える。汚れ物を洗濯機に放り込み、ジャージをリュックサックに詰めて部活に向かう。きょうも花壇の草むしりと花壇の準備をしなくてはならない。ゴーヤも忘れずにリュックサックに押し込んだ。
純恋が一番乗りだった。五木先生は二日酔いの顔をしている。
「おはようございます。大丈夫ですか」
「おう野々原、おはよう。いやあ、ショッピングセンターの花壇をまたやれるのが嬉しくて祝い酒ってことにして飲みすぎた。日本酒はどうにも残っていかん。こういう仕事してると迎え酒ってわけにもいかんしな」
五木先生はそう言って苦笑した。純恋もそれにつられて笑う。
「ところで先生、ゴーヤってお好きですか?」
「わりと好きだぞ。好きだから庭に植えようか考えたんだが、植えちまうとたくさん生りすぎて食べきれないから諦めてスーパーで買って食べてる」
「わたしの親戚から、ゴーヤもらったんです。正直あんまり得意じゃないので、どうぞ」
「おーっありがとうな! ゴーヤはニンニクで味つけるとうまいんだぞ~」
五木先生が無事にゴーヤを受け取ってくれた。純恋はメタルラックを眺める。相変わらず手毬と露草のお気に入りの植物が並べてある。陽は当たるが雨には当たらない絶妙の位置だ。
手毬のリトープスの実生苗は元気いっぱいだし、帝玉は相変わらず石にそっくりだ。露草のシクラメンは葉っぱしか残っていないが元気そうである。
「先生、シクラメンってこのあいだ言ってた休眠? になっても葉っぱ生えてるものなんですか? うちにあるアネモネとラナンキュラスは丸裸なのに」
「あー、そいつは非休眠株ってやつだ。完全に水を切らずに夏越しする方法だな。ここの気候だと休眠させるより簡単だ」
「ってことはうちのアネモネとラナンキュラスは枯れてるってことです?!」
「いやいや、野々原の家の環境がどうなのかは知らないが、植物といえども個体差っつうもんがあるし、そもそも野々原は『来年生えてきたらラッキー』のノリで育ててるんだろ?」
……そうなのであった。
しばらく五木先生と話をしていると、露草と手毬がやってきた。みんなでジャージに着替えて、草むしりを開始する。
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