17 花壇計画と植物園

「うーん。これから真夏から秋だからなあ。夏から秋まで育つ花の苗を植えて、それが終わったら球根を埋めてやる感じかな。まあ難しいことは考えなんでよかろ。サルビアとかペチュニアとかジニアとかがいいかな」


「帝王貝細工はどうですか?!」露草がやたら圧の強い花の名前を言う。帝王貝細工って、なんだかすごい名前だ。どんな花なんだろう。


「おー帝王貝細工か! 悪くないな!」


「帝王貝細工ってすごい名前ですね」


「純恋ちゃん、帝王貝細工ってすごくきれいなんだよ。ほら」


 露草がスマホを見せてきた。きらびやかな大輪の花が写っている。色もさまざまで楽しい。

「これが帝王貝細工かあ……たしかにきれいですね」


「名前がいいよね、帝王貝細工……なんていうか名前だけだとどこかの皇帝が作らせたみたいで、中二病にはたまらない名前だよね」

 いや名前かい。そこかい。


 一同、羊歯高校の旧校舎前に戻ってきた。さっそく、五木先生が「花壇計画」と書かれたノートを出してきて、ぺぺぺぺぺとめくる。


「これが先おととしのショッピングセンター前の花壇。このときは大成功したんだ。部員もいまよりたくさんいたしな。手分けして街中の花壇の世話をしてた」


 花壇計画、というのを見ると、草丈でどこに植えるかをよく考えた上で、サルビアとペチュニアとジニアをバランス良く配置していた。


「これに、だ。今年は帝王貝細工を追加して植えたいと思う」


「せ、拙者の提案が実現したでござる」露草が挙動不審している。五木先生が露草の背中を軽く叩いて、

「背丈の順に、手前からペチュニア、サルビア、帝王貝細工、ジニアで植えていこう」

 と提案した。色はピンクからオレンジのあたりで調節することになった。


 あっという間に出来上がった花壇計画を前に、純恋は、(実は五木先生ってすごい人なんじゃないのか……?)と思い始めていた。そう思って五木先生をちらりと見る。真面目な顔で、面積に対して必要な量の苗を計算している。


 この五木さくらという先生は、自分が「気合いだ根性だとしか言えないことは問題だが、しかし具体的にどう指導していいか分からないタイプの体育教師」だということをちゃんと分かっている。


 だから、できることならちゃんと指導できるようにしたい、と思っていることも、想像に難くない。


 花壇計画が出来上がって、五木先生はよし、と納得の顔をした。

「ところでせんせー、花の苗代ってどこから出るんですかー?」と、手毬。


「ショッピングセンターが出してくれるはずだ。安心しろ」

 はあい、と一同納得して、その日は解散になった。五木先生がショッピングセンターとやり取りして、苗を仕入れてくれることになった。


 旧校舎から校門側に出る細い日陰の道を歩いていると、手毬が突然提案してきた。

「隣町の植物園いかない? いまからならちょうど電車に間に合うよ」


「植物園なんてあるんですか」純恋はちょっとびっくりしていた。ただの田舎だと思っていたのに、植物園なんてあるのか。シンプルに驚きである。


「いいね! 行こう行こう!」と、露草も行きたいらしい。純恋は当分野菜を買わなくていいことを思い出して、

「入園料はいくらですか?」と尋ねた。


「んー、火力発電所のオマケだからタダだよ! ただし火力発電の仕組みの展示も見なきゃいけないけど!」


 それならぜんぜん問題はない。よし行こう。三人して駅に向かう。ちょうど隣町の駅に止まる鈍行列車がきていた。それを見て手毬が、

「二両編成だ!」と言う。いや二両編成って、編成もなにも二両くっつけただけじゃないですか……。


 とにかくその鈍行に乗り込む。車内は冷房が効いていてとても涼しい。列車が動き出して、純恋はひさかたぶりに暮らしている町を出ることになった。


「火力発電所のオマケってことは熱帯植物園なんですか?」


「うん! ジャングルエリアと砂漠エリアがあってね、砂漠エリアにはめちゃめちゃでっかいアデニウムとかがあるんだあ」


「アデニウム……?」


「塊根植物。前にちらっと話したコーデックスってやつ。見てこれ」

 と、手毬がスマホを見せてきた。異様な太り方をした木の前で、サングラスのおじさんが笑顔で写真に写っている。


「これがアデニウム。こっちのおじさんは有名なプランツハンター」


「プランツハンター……って、植物を集めてる人ってことですか?」


「まあだいたいそんな感じ!」

 手毬、知ってはいるがなかなか雑だ。純恋はふふっと笑った。


 そんな話をしていると列車は隣町の駅に滑り込んだ。一同列車を降りる。

 隣町は海に面した町で、中心街は基本的に純恋の暮らす街と同じくらいの賑わいだ。ただしシャッターの閉まっている店はちょっと多いかもしれない。


 火力発電所の周りは、防風林らしい松の木がたくさん植えられていた。潮風に吹かれ続けたせいで、松の木はグニャグニャしている。


 植物園は広い海沿いの公園にあった。火力発電所がどーんと建っている横に、ガラスのドームがふたつある。熱帯植物園の入り口から入ると、まず火力発電の仕組みのコーナーがあって、そこを流し見してまずジャングルエリアに入る。


 むわっと暑い。まあ外も暑いからさほど気にならない。入るなり手毬が、

「ウツボカズラだー!!!!」と嬉しそうに猛ダッシュした。


 ウツボカズラ。小さいころ本で読んだことがある。虫を消化液で溶かして栄養にする、なかなか恐ろしげな植物、というのが純恋のイメージするウツボカズラである。

 しかしそこに展示されていたウツボカズラは予想外に小さい可愛らしいもので、へえ、こんなきれいな植物なんだ、と純恋はそれを観察する。


「これって鉢植えで育てられないんですか?」


「育てたいのはやまやまなんだけどね、水槽に入れて湿度を保たないといけなくて、そういう設備揃えるのが高校生のお小遣いじゃしんどいんだよね」

 なるほど。確かに特殊な設備がいるものは簡単には育てられない。


 ウツボカズラの次は池に植えられたオオオニバスを見た。でっかい。人が乗っても沈まないだろうと思われたが、乗らないでくださいと立て札がしてあった。そしてジャングルなのに、何故か池にニシキゴイが泳いでいた。


 パイナップルやバナナも植えられていて、いかにも熱帯の植物園という感じだった。純恋は家族とハワイに旅行に行ったときに食べたパイナップルの味を思い出す。

 たしか中学生のころ、コロナウィルスの終息宣言が出るなり、シンガポールにいた母親から当時一緒に暮らしていた父親にメッセージがきて、ハワイで合流してコロナお疲れさん会をしよう、ということになったんだったか。おいしかったっけな、あのパイナップル。


 ヒスイカズラとかいう見たことのない色の花や、それこそハワイで見るようなヤシの木なんかが植えられていて、ジャングルエリアはとても面白かった。その次のドアを開けると砂漠エリアだ。


「わぁーおエケベリア・カンテだ!」

 相変わらずすごいテンションで手毬が植物を見る。エケベリアというのはお馴染みの、花のように葉っぱの開く多肉植物なのだが、手毬いわくカンテというのはそのなかでも希少で、高校生のお小遣いで買えるものではないらしい。


「手毬、はしゃぎすぎだよ……」露草がぼそりと注意するも、手毬の勢いは止まらない。問題の馬鹿でっかいアデニウムの前で、手毬は写真をカシャカシャと撮り始めた。


「ほら、花が咲いてるよ! まさに砂漠のバラだよ!」

 アデニウムはその巨体に似合わぬ愛らしい桃色の花をつけていた。きれいだなあ、と純恋はそれを眺めた。その間にも手毬はほかの植物のところに移動している。

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