15 ブルーバード

 なんだかワクワクして、純恋は「金のなる木の珍しいやつ」を観察した。

 ちょっとネットで調べてみると、どうやら「ブルーバード」というやつのようだった。純恋はさっそくスマホでカシャカシャ写真を撮り始めた。


 カメラロールが植物でいっぱいになってきたぞ。

 さっそく手毬と露草のグループチャットにブルーバードの画像を送ってみる。

「おおおブルーバードだ!!!!」

 と、速攻で手毬から返信がきた。明らかに体調不良のテンションではない。


「内職したお金でオブツーサ買おうと思ってたけどカランコエもいいな……」

 やっぱり内職だったのか。バレたら𠮟られるぞ。純恋は誰もいないのに肩をすくめて、誰もいないのを思い出してちょっと恥ずかしい気分になる。


「ところで手毬さんと露草さんの、植物の種類をたくさん知ってるのって、どこで覚えたんですか?」と、そう質問してみると、


「最初は図書館で見つけた多肉植物図鑑。あとえねっちけーの日曜朝の園芸番組」


「わたしは花のカタログ。あとえねっちけーの日曜朝の園芸番組は手毬と同じ」

 と帰ってきた。なるほど。純恋はちょっとネットを検索して、日曜朝の園芸番組の時間を調べてみた。もう部活に行っている時間じゃないですか……。


 ――そういえば、使ってない録画機があったな、と純恋は気付いた。リサイクルショップで買ったものの、配線が面倒で、父親がほったらかしで出ていってしまったやつ。


テレビ台の下に収まっている録画機を見つけて、純恋は取扱説明書を探して配線を自力でなんとかして、とりあえず子供向け五分アニメが録画できるか試してみた。


 ……できた。なんだ、こんな簡単なのを放置していったのか。さっそく次の日曜の園芸番組を録画することにした。


 そのあと、純恋は自分でネット検索して調べた、もろもろの花の世話について、ノートにまとめることにした。ルーズリーフを取り出して、いままで覚えたことを書いていく。


 さすがにガチの進学校の生徒だけあって、記憶力はなかなかなんだな、と純恋は自画自賛した。小さく笑顔になり、それからはルーズリーフをバインダーに綴じた。


 遅い昼ご飯を支度して、トマトとそうめんをパクパクモグモグした。

 そうだなあ、図書館に行ってみようかな。カードって持ってたんだっけか。財布を開くが図書館のカードらしきものは見当たらない。どうやら小学生のころこの街に引っ越してきて、そのまま図書館に行ったことがない状態だったらしい。


 昼ご飯のあと、純恋は自転車で図書館に向かった。


 園芸の本が並んでいるところを目ざとく見つけて、その中から何冊か借りていくことにした。カードを作って財布に入れる。知識の国の市民権を手に入れたぞ! と、純恋はビーグル犬の漫画に出てくる安心毛布の男の子みたいなことを考えた。


 家に帰ってきて本を広げる。どれもちゃんとした園芸家が著したものだ。少なくとも、走るのが遅い生徒を怒鳴るしかできない五木先生よりかはちゃんとしていそうだと思ったが、読んでみるとだいたい五木先生の言うことと合致していて、素直に驚く。


 一通り読み終えて、ロマン枠で借りてきた美しい庭づくりの本を広げる。大きな花壇やバラのアーチなんて、純恋の暮らす環境では望むべくもないのだが、それでもそのイングリッシュガーデンの本はニコニコしながら眺めるのにぴったりの本だった。


 だれか素敵な人と結婚して、転勤族の家の子でなくなって、庭を持てたら、こういう庭づくりを楽しんでみたい。


 そこまで考えて、何故か太喜雄さんの顔が頭に浮かび、いやいや、と、純恋は首を横に振る。

 異性に優しくされるということに慣れていないので、太喜雄さんが親切にしてくれるのが嬉しいのだが、しかし太喜雄さんは父親の従弟だ。確実に既婚者だろう。


 とにかく図書館の本はまだまだ貸出期限が先なので、楽しく眺めて過ごそうと純恋は決めた。

 夏休みの宿題は、さすがに進学校なのでどっさり出ている。こっちもなんとかしなければならない。


 純恋は毎日が充実していた。


 次の日、部活に行くと、五木先生が理科、主に生物を教えている角屋先生と話をしていた。

 科学部で面倒を見きれなくなったアサガオを譲りたい、という話らしい。アサガオかあ。どんなのだろ。五木先生が了承して、角屋先生がアサガオの鉢を持ってきた。シンプルなプラ鉢に植えられて、周りに支柱を立てただけのさっぱりしたものだ。花は紫のものとピンクのものの二種類である。


「おはようございます。アサガオ、きれいですね」


「おお、おはようさん野々原。アサガオはなんというか素朴な感じがしていいよな。世話も簡単だし。いにしえの人々の血のにじむような品種改良のおかげだ」


「品種改良ですか……」


「そうだ。アサガオは江戸時代にすっごい流行ったんだぞ。大昔ブラ●モリが東京都内だけでやってたころに紹介されてたな」


「ブラ●モリ、なんで東京都内だったんです?」


「そりゃああれだ、タ●リが平日昼に毎日生放送のバラエティ番組をやってたからだ」

 想像がつかないです。そう言うと五木先生はハハハと笑って、

「そりゃ令和の高校生なら知らないよな~! 先生だってい●ともは子どものころだったからな~!」と涙目になっていた。年齢自虐ネタだ。


「おはよーございます!」と、手毬が現れた。手にはなにか、石のようなものを植えた鉢を持っている。


「おー菊水おはよう。体の調子はどうだ?」


「ほどほどでっす! それよりうっかりホームセンターで帝玉買ってきちゃいました!」


「帝玉……って、あのすっげえ簡単に腐るやつか」


「ハイ! 家だと風通し悪すぎてぜったい腐るんで、ここにおいていいですか?」


「構わんぞ。どれどれ……相変わらず石だな、これは」


「石、ですね。これ花とか咲くんですか?」


「そりゃ咲くよー純恋ちゃん。これ中学のころに買ったやつ。腐って枯れたけど」

 手毬は純恋にスマホの画像を見せてきた。石の割れ目から、にょっきりと太陽みたいな大きな花が咲いている。きれいだ。


「こんなきれいな花咲くんですね、これ」


「問題は腐らないで夏を越せるかだよ。花はそのあと、冬になってから」


 そんなことを言いながら、手毬はかつて簡易温室だったメタルラックに帝玉を置いた。


「これは遮光したほうがいいんじゃないか?」


「そうですね、遮光しないと火傷しちゃうかも。リトープスも焼けちゃうし」

 きのう借りてきた本で読んだのだが、多肉植物は基本的に太陽が大好きらしい。しかし日本の、高温多湿の夏というのは自生地の乾燥した夏とは全く違う環境なので、少し太陽を遮ってやるのがいいらしい。もちろん暑ければ暑いほど元気、というものもあるそうだが。


 リトープスの実生苗も見る。成長が遅いのかぜんぜん育っている感じがしない。

 五木先生が黒いネットのようなものを持ってきてメタルラックに被せた。どうやらこれが遮光シートというやつらしい。これで強すぎる日差しから多肉植物を守れるようだ。


「……さて、きょうも草むしり頑張るか。そうだ、菊水、野々原、アサガオいらないか? 科学部から押し付けられたんだが」


「アサガオですかー。あたし多肉マニアなんで」


「わたしもベランダが限界です。もう洗濯干すのもギリギリ」


「そうかー……しゃーない。園芸部で世話するか。校舎の中に飾ってもいいな。たとえば職員室とか」

 五木先生はため息をついた。職員室に飾って、蹴倒されたりしないのだろうか。

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